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世界を変えた四つの言葉

世界を変えた四つの言葉

第7章

世界を変えた四つの言葉

1 遠い昔,壁に書き記された四つの言葉は,どれほど広範な影響を及ぼしましたか。

しっくいの壁に書かれた単純な四つの言葉。それらは単純なものでしたが,ある強力な支配者はその四つの言葉に恐れ驚き,正気を失うばかりになりました。それらの言葉は,二人の王の退位,その一方の死,さらには強大な世界強国の終焉を告げるものであり,崇敬されていた宗教上の体制に恥辱を被らせました。最も重要なのは,それらの言葉によってエホバの清い崇拝が高められ,エホバの主権が再確認されたことです。それは大半の人々がそのどちらにもほとんど関心を示さなかった時代のことでした。それらの言葉は,何と今日の世界情勢にさえ光を投じています。四つの言葉がどうしてそれほどのことをなし得たのでしょうか。調べてみましょう。

2 (イ)ネブカドネザルの死後,バビロンではどんなことがありましたか。(ロ)今度はどんな支配者が実権を握りますか。

2 ダニエル 4章に描かれている出来事から数十年が経過していました。高慢な王ネブカドネザルの,43年に及ぶバビロンでの統治は,西暦前582年の同王の死をもって幕を閉じました。ネブカドネザル王の家系から相次いで後継者が出ましたが,若死にや暗殺のため,それらの支配には次々と終止符が打たれました。最終的に,ナボニドスという人物が反逆を起こして王座に就きました。月の神シンの女大祭司を母とするナボニドスは,バビロンの王家と血縁関係にはなかったようです。権威者たちの中には,ナボニドスは自分の支配を正統的なものとするためにネブカドネザルの娘と結婚し,息子のベルシャザルを共同統治者として,一度に数年間ずつバビロンの管理をゆだねたのではないかと見る人もいます。もしそうであったとすれば,ベルシャザルはネブカドネザルの孫息子に当たります。ではこの孫息子は祖父の経験を通して,エホバが至上の神であり,どんな王をも辱めることができるという教訓を学び取っていたでしょうか。そのようなことは全くありませんでした。―ダニエル 4:37

収拾がつかなくなった宴会

3 ベルシャザルの宴会はどのようなものでしたか。

3 ダニエル 5章は宴の席から始まります。「王ベルシャザルに関して言うと,彼は自分の大官一千人のために大きな宴会を催し,その一千人の前でぶどう酒を飲んでいた」。(ダニエル 5:1)想像がつくように,これほど大勢の人を,王の第二夫人やそばめたちと一緒に収容するには,相当大きな広間を使わなければなりません。ある学者はこう述べています。「バビロニアの宴は豪華であったが,結局は大酒にふけるのが普通だった。外国から取り寄せたぶどう酒や,あらゆる贅沢品が所狭しと食卓に並べられた。広間には芳香が充満し,集まった客たちを歌手と楽器の演奏者たちがもてなした」。ベルシャザルは主催者として皆から見えるところに陣取り,ぶどう酒を飲んで飲んで飲みまくりました。

4 (イ)バビロニア人が西暦前539年10月5日から6日にかけての晩に宴会を開くのはどうも普通ではないと,なぜ言えますか。(ロ)攻め込んできた軍隊に直面してもバビロニア人が自信を持っていたことには,どんな理由があったと思われますか。

4 バビロニア人が西暦前539年10月5日のその晩に,このようなお祭り気分にひたっていたとは,どうも普通ではありません。国を挙げて戦っていましたが,戦況は芳しくありませんでした。つい先ごろ,ナボニドスは攻め込んできたメディア-ペルシャの軍勢に敗北を喫し,バビロン南西のボルシッパに逃げ込んだばかりでした。しかも今はバビロンのすぐ外でキュロスの軍隊が野営を張っているというのに,ベルシャザルとその大官たちには心配した風も見えません。何と言ってもここは難攻不落の都市バビロンです! その高大な城壁は,都市を貫く大川ユーフラテスの水をたたえた深い堀の上にそびえるように立っていました。それまでの100年余りの間,バビロンを強襲した敵はいませんでした。ですから,どうして心配することなどあるでしょう。ベルシャザルは,この浮かれ騒ぎの音が外の敵にこちらの自信のほどを示し,敵の気勢をそぐと考えていたのかもしれません。

5,6 ベルシャザルはぶどう酒の勢いで,どんなことをしましたか。それがエホバに対する甚だしい侮辱であったのはなぜですか。

5 過度の飲酒がベルシャザルに悪影響を与えるまでに長い時間はかかりませんでした。箴言 20章1節が述べるとおり,「ぶどう酒はあざける者」です。確かにこのときのぶどう酒は,非常に重大な愚行を王に犯させました。王はエホバの神殿の神聖な器物を宴会の席に持って来るよう命じたのです。ネブカドネザルがエルサレムを征服した際に分捕り物として運ばれてきたそれらの器物は,清い崇拝においてのみ用いられるべきものでした。過去の時代,エルサレムの神殿でそれを用いる権限を与えられていたユダヤ人の祭司たちでさえ,身を清く保つよう警告されていました。―ダニエル 5:2。イザヤ 52:11と比較してください。

6 ところが,ベルシャザルはさらに不遜な行動を企てていました。「王とその大官たち,そばめたち,第二夫人たちは……ぶどう酒を飲み,金や銀,銅,鉄,木や石の神々を賛美した」のです。(ダニエル 5:3,4)ですから,ベルシャザルは自分の帰依する偽りの神々をエホバよりも高めようとしていました。そのような態度を取るのは,いかにもバビロニア人らしいことだったと言えるでしょう。バビロニア人はユダヤ人の捕虜を蔑視し,その崇拝をあざけり,愛する故国に戻る見込みなど全く差し伸べませんでした。(詩編 137:1-3。イザヤ 14:16,17)酩酊したこの君主は,それら流刑にされた者たちを辱めてその神を侮辱すれば,女たちや高官たちに感銘を与え,自分を強く見せることができると考えたのかもしれません。 * しかし,ベルシャザルが権力を行使して多少の興奮を覚えたとしても,それは長続きしませんでした。

壁の手書き文字

7,8 ベルシャザルの宴会はどのように中断させられましたか。そのため王はどうなりましたか。

7 霊感による記述はこう述べています。「まさにその時,人の手の指が現われて,燭台の前,王の宮殿の壁のしっくいの上に文字を書いていった。そして王は文字を書くその手の甲を見ていた」。(ダニエル 5:5)何と畏怖すべき光景でしょう。どこからともなく手が現われ,壁の明るく照らされたあたりの空間を漂います。その宴会が水を打ったようになり,客たちがその光景を呆然と見つめている様を想像してください。その手はしっくいの上に謎めいた音信を書き始めます。 * その現象がいかにも不吉で忘れ難いものだったため,人々は今日に至るまで,破滅が差し迫っているという警告の意味で,「壁の手書き文字」という表現を用います。

8 自分と自分の帰依する神々をエホバの上に高めようとしたこの高慢な王はどうなったでしょうか。こう記されています。「その時,王は,顔色を変え,自らの考えのために恐れ驚き,その腰の関節はゆるみ,ひざは打ち合うのであった」。(ダニエル 5:6)ベルシャザルは,臣下の前で自分が威風堂々とした姿に映ることを志していました。ところが実際は,絶望的な恐怖を絵に描いたようになったのです。顔面は蒼白になり,腰はぐらつき,全身が激しく震え,ひざが打ち合うほどになりました。ダビデが歌の中でエホバに語りかけた言葉はまさしく真実です。「あなたの目はごう慢な者たちに向かいます。彼らを低くするためです」― サムエル第二 22:1,28。箴言 18:12と比較してください。

9 (イ)ベルシャザルの恐怖が敬虔な恐れとは異質のものであったと言えるのはなぜですか。(ロ)王はバビロンの賢人たちにどんなことを申し出ましたか。

9 ベルシャザルの抱いた恐れが敬虔な恐れとは異質のものであったことに注目すべきです。敬虔な恐れとは,エホバに対する深い崇敬の念であり,すべての知恵の初めとなるものです。(箴言 9:10)ベルシャザルの恐怖は病的なものであり,震えおののくこの君主に,知恵に類するものを何一つ得させませんでした。 * この王は自分が今しがた侮辱した神に許しを求めるのではなく,「まじない師,カルデア人,占星術者たち」を大声で呼ばわりました。それだけでなく,「だれでもここに書かれたものを読んで,その解き明かしをわたしに示す者,その者は紫をまとい,金の首飾りを首に掛け,この王国の第三の者として支配することになろう」とさえ宣言しています。(ダニエル 5:7)王国の第三の支配者になれば,その上に立つのは統治する二人の王ナボニドスとベルシャザル自身のみとなり,まさに強大な力が与えられることになります。そのような地位は,普通ならベルシャザルの長子のために取っておかれたことでしょう。王はそれほどまでに,何とかしてこの奇跡的な音信を説明させたいと思ったのです。

10 賢人たちが壁の手書き文字を解き明かそうとする試みはどうなりましたか。

10 賢人たちは大広間へ繰り込みました。その数に不足はありません。バビロンは偽りの宗教に染まった都市であり,そこにはおびただしい数の神殿が存在していたからです。吉凶の兆しを読み,謎めいた文字を解読できると唱える者たちは,きっと幾らでもいたのでしょう。それらの賢人は,そうした機会が開かれたことで気持ちを高ぶらせたに違いありません。並み居るそうそうたる人物の前で自分の技量を実際に示し,王の寵愛を得,大きな権力の座に就くチャンスが開かれたというのに,何という有様でしょう。賢人たちは「そこに書かれたものを読むことも,その解き明かしを王に知らせることもできなかった」のです。 *ダニエル 5:8

11 バビロンの賢人たちが,書き記されたものを解釈できなかった理由として,どんなことが考えられますか。

11 バビロンの賢人たちにとって,書き記されたもの自体 ― 文字そのもの ― が解読できないものだったかどうか定かではありません。解読できなかったとしても,これら節操のない者たちは王にへつらうため,何かでたらめな解釈を,恐らく一つくらいは勝手に考え出したことでしょう。もう一つの可能性として,文字は容易に判読できたということも考えられます。しかし,アラム語やヘブライ語などの言語は母音を使わずに書かれたため,一つの単語が幾つか違った意味に解釈できるということもあったでしょう。その場合,賢人たちは,どの単語が意図されたものなのかを判断できなかったでしょう。たとえできたとしても,それらの語の意味を理解して,解き明かしを行なうことはできなかったでしょう。いずれにしても,バビロンの賢人たちが無惨にも失敗したことだけは確かです。

12 賢人たちの失敗は何を明らかにしましたか。

12 こうして,それらの賢人たちはいかさま師であることと,崇敬されていたその宗教上の体制はまがい物であることが暴かれました。期待は大きく裏切られました。ベルシャザルはこれらの宗教家を信頼した甲斐がなかったことを知るに及び,ますますもって恐れ驚き,その顔色はいっそう青くなりました。王の大官たちでさえ「困惑」しました。 *ダニエル 5:9

洞察力を備えた人が呼び出される

13 (イ)ダニエルを呼ぶよう王妃が提案したのはなぜですか。(ロ)ダニエルはどのような生活を送っていましたか。

13 抜き差しならないこの時に,王妃 ― 恐らく皇太后と思われる ― が宴会広間に入ってきます。宴会の騒ぎを聞きつけたのです。それに王妃は,壁の手書き文字を解読できる者を知っていました。何十年か前に王妃の父ネブカドネザルは,自国のすべての賢人たちの上に立つ者としてダニエルを任命しました。王妃はダニエルを「普通を超えた霊,知識,……洞察力」を備えた人物として覚えていました。ダニエルはベルシャザルには知られていなかったようですから,この預言者は,ネブカドネザルの死後,政府高官の地位を失っていたのでしょう。しかしダニエルにとって,目立った存在であるかどうかは重要ではありませんでした。その時点でダニエルは90代に達していたと思われますが,依然としてエホバに忠実に仕えていました。バビロンに流刑にされておよそ80年になるのに,まだヘブライ語の名で知られていました。王妃でさえダニエルと呼び,以前にあてがわれたバビロニア名は用いませんでした。実際に王妃は,「ダニエルをここに呼び,その者がその解き明かしを示すようになさいますように」と王に促しています。―ダニエル 1:7; 5:10-12

14 壁の手書き文字を見たダニエルはどんな苦しい状況に置かれましたか。

14 ダニエルは呼び出されてベルシャザルの前に出ました。このユダヤ人に何かものを頼むのは気が引けました。王はその者の神を侮辱したばかりなのです。それでもベルシャザルは何とかダニエルの機嫌を取ろうと,その不思議な語を読んで説明できたなら,報いとして王国の第三の地位を与えよう,と言います。その報いは以前にも差し伸べられたものでした。(ダニエル 5:13-16)ダニエルは目を上げて壁の手書き文字を見ます。すると聖霊が働き,ダニエルは文字の意味を理解できるようになります。それはエホバ神からの破滅の音信でした。ダニエルは,どうすれば虚栄心の強いこの王に対する厳しい裁きを,本人に面と向かって,しかも夫人たちや大官たちの前で宣告できるでしょうか。ダニエルが置かれた苦しい状況を想像してみてください。ダニエルは王のへつらいの言葉や,富と目立った地位を約束する申し出にひるんだでしょうか。この預言者はエホバの宣告に手心を加えるでしょうか。

15,16 ベルシャザルはどんな重要な歴史の教訓を学び損ないましたか。今日,同様の失敗はどれほど一般に見られますか。

15 ダニエルは大声で勇敢にこう告げます。「その贈り物はあなたご自身のものとしてください。またその礼物も他の方にお与えください。それでもわたしは,ここに書かれたものを王にお読みし,その解き明かしをお知らせ致します」。(ダニエル 5:17)次いでダニエルは,非常に強力で,だれをも意のままに殺し,打ち,高め,辱めることができた王ネブカドネザルの偉大さを認めました。その一方で,ネブカドネザルを偉大にしたのは「至高の神」エホバであることをベルシャザルに思い起こさせます。ネブカドネザルがごう慢になった時,その強大な王を辱めたのはエホバでした。ネブカドネザルは,「至高の神が人間の王国の支配者であり,ご自分の望む者をその上にお立てになる,ということ」を否応なく学ばされたのです。―ダニエル 5:18-21

16 ベルシャザルは『このすべてを知って』いました。それでいて歴史の教訓を学び損ないました。それどころか,ネブカドネザルが犯した不当な誇りの罪をはるかに超え,エホバに対する明らかに不遜な行為に携わりました。ダニエルはこの王の罪をあらわにし,さらには,大胆にもこの異教徒の集団の前で,偽りの神々は「見ることも聞くことも知ることもない」とベルシャザルに告げました。神の勇敢な預言者は言葉を加え,エホバはそれら無用な神々とは対照的に,「そのみ手にあなたの息があ(る)」神である,と述べています。今日でも,人々は命のない物を神々とし,お金や経歴や名声,さらには快楽をさえ偶像視します。とはいえ,そのうちのどれも,命を与えることはできません。わたしたちが存在していること自体,ひとえにエホバの恵みによっています。また,わたしたちが吸う一息一息も,ひとえにエホバに依存しています。―ダニエル 5:22,23。使徒 17:24,25

解かれたなぞ

17,18 どんな四つの言葉が壁に書かれましたか。それには字義的にどんな意味がありますか。

17 ここで老齢の預言者は,バビロンのどんな賢人にとっても不可能であったことを行ない始めます。壁に記された手書き文字を読み,解き明かしたのです。その文字はこうです。「メネ,メネ,テケル,そしてパルシン」。(ダニエル 5:24,25)これにはどんな意味があるのでしょうか。

18 これらの言葉は字義的には,「一ミナ,一ミナ,一シェケル,そして半シェケル[複数]」を意味します。これらの語はそれぞれ貨幣の目方の尺度であり,値の高いほうから順に並べられています。何とも訳が分かりません。バビロニアの賢人たちが,かろうじて文字を判読できたとしても,解き明かしには歯が立たなかったのも少しも不思議ではありません。

19 「メネ」という語の解き明かしはどのようなものでしたか。

19 ダニエルは神の聖霊に導かれて説明を加えます。「この語の解き明かしはこうです。メネ,神はあなたの王国の日数を数えて,それを終わらせた」。(ダニエル 5:26)最初の語はその子音字から判断して,読む人がどんな母音を補うかにより,「ミナ」という語に読むことも,「数え切った」もしくは「数えた」を表わす,アラム語における一変化形に読むこともできました。ダニエルはユダヤ人の流刑が終わろうとしていたことを熟知していました。予告された70年間のうち68年がすでに経過していました。(エレミヤ 29:10)偉大な時間厳守者エホバは,世界強国としてのバビロンの統治の日数をすでに数えておられ,その終わりはベルシャザルの宴に連なっていたどんな人が考えていたよりも近づいていたのです。実際,ベルシャザルだけでなく,その父親ナボニドスにとっても,時はもはや尽きていました。「メネ」という語が二度書かれた理由は,そこにあったのかもしれません。つまりそれは,その二人の王政のどちらも終わることを宣告するものだったのです。

20 「テケル」という語の説明はどのようなものでしたか。それはどのようにベルシャザルに当てはまりましたか。

20 一方,「テケル」は一回だけ,そして単数形で書かれました。これは,その語がおもにベルシャザルに向けられたことを示唆しているのかもしれません。それはふさわしいことだったでしょう。ベルシャザルは自ら,エホバに対する甚だしく不敬な態度を示したからです。この語そのものは「シェケル」を意味しますが,子音字から判断して,「量られた」という語に読むこともできます。そのためダニエルはベルシャザルに,「テケル,あなたは天びんで量られて,不足のあることが知られた」と述べました。(ダニエル 5:27)エホバにとって,諸国民はすべて合わせても,はかりの上の塵の薄い層のように微々たる存在です。(イザヤ 40:15)エホバの目的を阻むには無力です。では,尊大な王一人はどれほどの存在でしょうか。ベルシャザルは自らを宇宙の主権者の上に高めようとしました。一介の人間にすぎないこの者は臆面もなくエホバを侮辱し,清い崇拝をあざけりましたが,「不足のあることが知られ」ました。確かにベルシャザルは,足早に近づいていた裁きに十分に値しました。

21 「パルシン」はどのような意味で三重の語呂合わせになっていましたか。この語は世界強国としてのバビロンの将来について,何を示唆しましたか。

21 壁の上の最後の言葉は「パルシン」でした。ダニエルがそれを「ペレス」という単数形で読んでいるのは,恐らく王の片方がその場におらず,一人だけに語りかけていたからでしょう。エホバが掛けた大いなるなぞは,三重の語呂合わせになっているこの語をもって頂点に達します。「パルシン」は字義的には「半シェケル[複数]」のことですが,その文字は,「分割」および「ペルシャ人」という別の二つの意味にも解釈できます。そのためダニエルは,「ペレス,あなたの王国は分けられて,メディア人とペルシャ人に与えられた」と予告します。―ダニエル 5:28

22 ベルシャザルはなぞが解かれたことに対して,どう反応しましたか。何を願っていたのかもしれませんか。

22 こうしてなぞは解かれました。強大なバビロンは,メディア-ペルシャの勢力の前にまさしく倒壊しようとしていました。この破滅の宣告に直面して意気消沈していたとはいえ,ベルシャザルは約束を守りました。僕たちに命じてダニエルに紫をまとわせ,金の首飾りで装わせ,ダニエルが王国の第三の支配者になるという布告を行なわせたのです。(ダニエル 5:29)ダニエルはそれらの栄誉を拒みませんでした。エホバに帰せられるべき誉れの反映として認めたためです。もちろんベルシャザルとしては,エホバの預言者の栄誉をたたえて,エホバの裁きを和らげることを願っていたのかもしれません。そうだとすれば,これこそ後の祭りです。

バビロンの倒壊

23 ベルシャザルの宴会が行なわれていたちょうどその時,古代のどんな預言が成就していましたか。

23 ベルシャザルとその臣下たちが自分たちの神々を賛美して酒を飲み,エホバをあざけっていたちょうどその時,宮殿の外の暗闇では,壮大なドラマが展開していました。それよりも2世紀近く前にイザヤを通して語られた預言が成就していたのです。エホバはバビロンについて,「彼女ゆえに出るすべての溜め息をわたしは絶えさせた」と予告しておられました。そうです,その邪悪な都市が,神の選ばれた民に加えてきたすべての圧迫は,間もなく終わるのです。どんな方法が取られるのでしょうか。その同じ預言は,「エラムよ,上れ! メディアよ,包囲せよ!」と述べていました。エラムは預言者イザヤの時代より後に,ペルシャの一部となりました。イザヤの同じ預言の中で予告されていたベルシャザルの宴会の時刻までに,ペルシャとメディアは,バビロンに『上って』そこを『包囲する』ため,まさに勢力を結集していました。―イザヤ 21:1,2,5,6

24 イザヤの預言は,バビロンの倒壊に関するどんな詳細な点を予告していましたか。

24 その上,これらの勢力の指導者の名前までが,採用される戦略の主要な点と共に予告されていました。イザヤは事の起こる200年ほど前に,エホバがキュロスという名の人物に油を注ぎ,バビロンを攻撃させることを預言していました。その猛攻撃の途上で妨げとなるものは,すべてその者の前から取り除かれます。バビロンの水は『干上がり』,その強固な扉は開け放たれるのです。(イザヤ 44:27–45:3)実際にそのとおりになりました。キュロスの軍隊はユーフラテス川の流れの方向を変え,水位を下げて,川床を渡れるようにしたのです。バビロンの城壁の扉は,見張り番の不注意で開け放たれていました。一般の歴史家たちも同意しているように,その都市は住民の浮かれ騒ぎの最中に攻め込まれました。バビロンはほとんど抵抗することなく攻め落とされました。(エレミヤ 51:30)しかし,少なくとも一人の人物の死は注目に値します。ダニエルはこう伝えています。「まさしくその夜,カルデア人の王ベルシャザルは殺され,メディア人ダリウスがその王国を受けた。ダリウスはおよそ六十二歳であった」― ダニエル 5:30,31

壁の手書き文字から教訓を得る

25 (イ)古代バビロンが,今日における偽りの宗教の世界的な体制の適切な象徴であるのは,なぜですか。(ロ)神の現代の僕たちは,どのような意味でバビロンのとりことなっていましたか。

25 霊感によるダニエル 5章の記述には,わたしたちにとって深い意味があります。偽りの宗教の慣行の中心地であった古代バビロンは,偽りの宗教の世界帝国の適切な象徴です。「啓示」の書の中で,血に飢えた娼婦として描かれているこの欺まんの世界的集合体は,「大いなるバビロン」と呼ばれています。(啓示 17:5)神を辱める偽りの教理と慣行に関する警告をどれほど与えられても,この娼婦はそれを気にも留めず,神の言葉の真理を宣べ伝える人たちを迫害してきました。油そそがれたクリスチャンの忠実な残りの者は,1918年,王国を宣べ伝える業が僧職者の扇動する迫害によってほとんど停止させられた時,古代エルサレムとユダの住民のように,事実上「大いなるバビロン」に流刑にされました。

26 (イ)「大いなるバビロン」はどのように1919年に倒れましたか。(ロ)わたしたち自身,どんな警告に留意し,それを他の人たちに伝えるべきですか。

26 ところが突如,「大いなるバビロン」は倒れました。それは何と,ほとんど音を立てることのない倒壊でした。西暦前539年に古代バビロンがさして音を立てずに倒れたのと同じです。とはいえ,この比喩的な倒壊は破壊的でした。それが生じたのは西暦1919年であり,この年にエホバの民はバビロンへの捕らわれから解放され,神の是認をもって祝福されたのです。これによって「大いなるバビロン」が神の民に力を振るうことは終わり,同バビロンを信頼できないまがい物として公に暴くことが始まりました。この倒壊は回復不能なものとなっており,その最終的な滅びは目前に迫っています。そのためエホバの僕たちは,「わたしの民よ,彼女の罪にあずかることを望ま……ないなら,彼女から出なさい」という警告を響かせてきました。(啓示 18:4)あなたはその警告に留意してきましたか。その警告を他の人たちに伝えますか。 *

27,28 (イ)ダニエルはどんな肝要な真理を決して見失いませんでしたか。(ロ)エホバが間もなく今日の邪悪な世に敵して行動しようとしておられるどんな証拠がありますか。

27 それで,今日でも手書き文字が壁に書かれています。しかしそれは,「大いなるバビロン」だけに関係したものではありません。ダニエル書の中心をなす肝要な真理,つまりエホバが宇宙の主権者であられるということを思い起こしてください。エホバが,そしてエホバだけが,人間に対する支配者を立てる権利を持っておられます。(ダニエル 4:17,25; 5:21)エホバの目的を阻むために立ちはだかるものは,ことごとく除き去られます。エホバが行動されるのは,単なる時間の問題です。(ハバクク 2:3)ダニエルの場合は,人生の90代についにその時が訪れました。その時ダニエルは,少年時代から神の民を抑圧してきた世界強国がエホバによって取り除かれるのを見たのです。

28 エホバ神が人間に対する支配者を天の王座に就かせたことには,否定し難い裏付けがあります。世界がこの王を無視し,その支配権に反対してきたということは,エホバが王国支配に反対する者たちすべてをやがて拭い去ることの確かな証拠です。(詩編 2:1-11。ペテロ第二 3:3-7)あなたはこの時代の緊急性に応じた行動を取り,神の王国に信頼を置いていますか。もしそうなら,あなたは壁の手書き文字から実際に教訓を得ていることになります。

[脚注]

^ 6節 古代の銘文の中で,キュロス王はベルシャザルについて,「意志薄弱な弱虫がその国の[支配者]として就任した」と述べています。

^ 7節 ダニエル書の記述におけるこうしたごく詳細な点も正確であることが証明されています。考古学者たちは,古代バビロンの宮殿の壁がれんがで作られ,その上にしっくいがかぶせてあることを発見しました。

^ 9節 バビロニアの迷信は,恐らくこの奇跡の恐ろしさをいっそう募らせたことでしょう。「バビロニア人の生活と歴史」(英語)という本はこう述べています。「バビロニア人が崇拝していた神々の数だけでなく,彼らが霊に対する信仰にはまりこんでいたことも判明している。その程度は甚だしく,バビロニア人の宗教文書の大部分は,それらの霊から身を守るための祈りと呪文で占められているほどである」。

^ 10節 「聖書考古学レビュー」誌(英語)にはこう記されています。「バビロニアの権威者たちは,吉凶のしるしを数多く書き出した目録を作成した。……ベルシャザルが壁に書かれた文字の意味をどうしても知ろうとした時,バビロンの賢人たちが,兆しに関するそれらの専門事典を頼みとしたことに疑問の余地はない。それでも賢人たちは無力であった」。

^ 12節 辞書編集者たちは,「困惑した」という部分に用いられている語は,その集まりが混乱に陥ったかのような大騒動を暗示している,と述べています。

^ 26節 ものみの塔聖書冊子協会発行の「啓示の書 ― その壮大な最高潮は近い!」と題する本の205-271ページをご覧ください。

どのような理解が得られましたか

● 西暦前539年10月5日から6日にかけての晩,ベルシャザルの宴会はどのように中断させられましたか

● 壁の手書き文字の解き明かしはどのようなものでしたか

● ベルシャザルの宴会が行なわれていた時,バビロンの倒壊に関するどんな預言が成就していましたか

● 壁の手書き文字に関する記述には,現代的などんな意味がありますか

[研究用の質問]

[98ページ,全面図版]

[103ページ,全面図版]