スペイン内ない戦せんが3年ねん近ちかく続つづき，大おお勢ぜいの人ひとは体からだにも心こころにも傷きずを負おいました。父ちちもそうでした。父ちちは神かみを信しんじていましたが，カトリックの司し祭さいが戦せん争そうに深ふかく関かかわるのを見みてがっかりし，憤いきどおりを感かんじました。それで，私わたしと弟おとうとにはカトリックの洗せん礼れいを受うけさせないことにしました。

 1950年ねん，2人ふたりのエホバの証しょう人にんが家いえに訪たずねてきました。父ちちは2人ふたりの話はなしを聞きき，毎まい週しゅう，聖せい書しょを教おしえてもらうことにしました。その当とう時じ，私わたしは14歳さいで，サッカーが大だい好すきでした。父ちちはエホバの証しょう人にんから受うけ取とった出しゅっ版ぱん物ぶつを読よむよう私わたしに勧すすめてきました。でも，私わたしは関かかわりたくありませんでした。ある日ひの午ご後ご，サッカーの試し合あいを終おえて家いえに帰かえってきた私わたしは「エホバの人ひとたちはまた来きてるの？」と母ははに尋たずねました。母ははは「そうよ。お父とうさんと一いっ緒しょにダイニングにいるわ」と答こたえました。それを聞きいた私わたしはすぐに家いえから逃にげ出だしてしまいました。

 このように，私わたしは聖せい書しょを嫌きらっていました。でも，父ちちはそれにもめげずに聖せい書しょの勉べん強きょうを続つづけました。聖せい書しょの真しん理りを深ふかく愛あいした父ちちは，1953年ねんにバプテスマを受うけてエホバの証しょう人にんになりました。そのことがきっかけで，私わたしは好こう奇き心しんから父ちちにいろいろと質しつ問もんするようになりました。聖せい書しょを1冊さつ欲ほしいとも言いいました。それで父ちちは，私わたしがマクシモ･ムルシアという若わかいエホバの証しょう人にんから聖せい書しょを教おしえてもらえるように取とり計はからってくれました。それから2年ねんがたち，私わたしは19歳さいの時ときに，マドリードの東ひがし側がわにあるハラマ川がわでバプテスマを受うけてエホバの証しょう人にんになりました。

 1950年ねん代だいに伝でん道どうしたり集あつまったりすることは大たい変へんでした。当とう時じ，スペインの独どく裁さい者しゃだったフランシスコ･フランコは，国こく民みん全ぜん員いんをカトリック教きょう徒とにしようと思おもっていました。それで，エホバの証しょう人にんはたびたび警けい察さつに付つけ狙ねらわれました。集しゅう会かいは個こ人じんの家いえで開ひらかれました。近きん所じょの人ひとたちに怪あやしまれないように細さい心しんの注ちゅう意いを払はらいました。そうしないと，警けい察さつに通つう報ほうされてしまうからです。家いえから家いえの伝でん道どうも，できる限かぎり慎しん重ちょうに行おこないました。1つの場ば所しょでばらばらに2，3軒けん訪ほう問もんしたら，すぐに別べつの所ところに移い動どうしました。私わたしたちが伝つたえるメッセージに多おおくの人ひとが耳みみを傾かたむけてくれましたが，好こう意い的てきでない人ひともいました。

 ある家いえを訪おとずれると，カトリックの司し祭さいが出でてきました。私わたしが訪ほう問もんの目もく的てきを説せつ明めいすると，司し祭さいは「誰だれの許きょ可かを得えてやっているんだ？ 警けい察さつに通つう報ほうするぞ」と言いいました。それで私わたしはこう言いいました。「こんなこともあると思おもっていました。イエスは敵てきたちに捕つかまえられそうになりました。そうであれば，イエスの弟で子したちが同おなじような目めに遭あうとしても不ふ思し議ぎじゃないですよね」。司し祭さいは腹はらを立たてて，警けい察さつに通つう報ほうしようと家いえの中なかに戻もどっていきました。それで私わたしは，すぐにその場ばを立たち去さりました。

 当とう時じのスペインの伝でん道どう者しゃは少すくなく，こうした良よくない反はん応のうに遭あうこともありましたが，この国くには収しゅう穫かくを待まって色いろづいていました。私わたしは1956年ねん2月がつ，まだ19歳さいの時ときに特とく別べつ開かい拓たく者しゃに任にん命めいされました。 a 開かい拓たく者しゃのほとんどは若わかくて経けい験けんがありませんでしたが，国こく内ないにわずかに残のこっていた宣せん教きょう者しゃたちが必ひつ要ような訓くん練れんや励はげましを与あたえてくれました。その後ご，私わたしともう1人ひとりの若わかい開かい拓たく者しゃの兄きょう弟だいはアリカンテという町まちで奉ほう仕しするように割わり当あてられました。そこでは伝でん道どうが一いち度ども行おこなわれていませんでした。ほんの数すうカ月げつのうちに，たくさんの聖せい書しょレッスンを始はじめることができ，出しゅっ版ぱん物ぶつを何なん百びゃく冊さつも配はい布ふしました。

 やがて，私わたしたちの活かつ動どうは人ひと々びとの目めに留とまるようになりました。アリカンテに来きて数すうカ月げつがたった頃ころ，私わたしたちは警けい察さつに逮たい捕ほされ，聖せい書しょを没ぼっ収しゅうされました。そして33日にちの間あいだ勾こう留りゅうされ，その後ごマドリードに連つれて行いかれて釈しゃく放ほうされました。でもこれは，これから起おきることの前まえ触ぶれにすぎませんでした。

 21歳さいの時ときに，軍ぐんに入にゅう隊たいするようにとの命めい令れいを受うけました。それで私わたしは，当とう時じスペインの保ほ護ご領りょうだったモロッコ北ほく部ぶにあるナドールの兵へい舎しゃに出しゅっ頭とうしなければなりませんでした。私わたしはそこで陸りく軍ぐん中ちゅう将じょうに，自じ分ぶんの立たち場ばについて敬けい意いを込こめて説せつ明めいし，軍ぐん務むに就つかないことや軍ぐん服ぷくを身みに着つけないことを伝つたえました。その後ご，憲けん兵ぺい隊たいによってメリリャにあるロストロゴルド刑けい務む所しょに連つれていかれ，軍ぐん法ぽう会かい議ぎにかけられることになりました。

 モロッコにいたスペイン軍ぐんの司し令れい官かんは，軍ぐん法ぽう会かい議ぎの前まえに私わたしの考かんがえを変かえさせようとしました。それで私わたしは侮ぶ辱じょくされ，20分ぷん近ちかくむちで打うたれ，気きを失うしなって倒たおれるまで蹴けられました。それでも刑けい務む所しょの責せき任にん者しゃは満まん足ぞくせず，アーミーブーツで私わたしの頭あたまを踏ふみつけ，血ちが流ながれるまで続つづけました。それから自じ分ぶんの事じ務む所しょに私わたしを連つれていき，こう怒ど鳴なりました。「これで終おわったと思おもうな。毎まい日にちやってやる」。それから看かん守しゅたちに命めいじて，私わたしを地ち下かの独どく房ぼうに閉とじ込こめました。その独どく房ぼうは暗くらくてじめじめしていましたが，私わたしの前ぜん途とはもっと暗くらく思おもえました。

 頭あたまに血ちがこびり付ついたまま独どく房ぼうの床ゆかに横よこになった時ときのことは今いまでも覚おぼえています。そこには身みを覆おおう薄うすい毛もう布ふしかなく，時とき々どき数すう匹ひきのネズミが現あらわれるだけでした。私わたしはエホバに祈いのることしかできませんでした。暗くらくて寒さむい独どく房ぼうの中なかで，「エホバ，この状じょう況きょうに耐たえられるように助たすけてください」と何なん度ども祈いのりました。 b

 次つぎの日ひになると，今こん度どは伍ご長ちょうがむちで打うちたたきました。責せき任にん者しゃが満まん足ぞくするまで，むち打うちは続つづきました。この時とき，「本ほん当とうに最さい後ごまで耐たえられるだろうか」と決けつ意いが揺ゆらぎそうになりました。その日ひの夜よる，独どく房ぼうの中なかで，「エホバ，お願ねがいです。助たすけてください」とひたすら祈いのりました。

 3日か目めにも責せき任にん者しゃの事じ務む所しょに呼よばれました。もう駄だ目めだと思おもいました。事じ務む所しょに向むかう途と中ちゅう，エホバに祈いのりました。そこで私わたしを待まっていたのは，軍ぐん事じ法ほう廷ていの秘ひ書しょ官かんであるドン･エステバンでした。 c 彼かれは軍ぐん法ぽう会かい議ぎを始はじめるために来きていました。

 ドン･エステバンは私わたしの頭あたまに巻まかれた包ほう帯たいを見みて，「何なにがあったんだ」と聞きいてきました。私わたしは仕し返かえしを恐おそれて答こたえるのをためらいましたが，本ほん当とうのことを話はなしました。一いち部ぶ始し終じゅうを聞きいてから，ドン･エステバンは言いいました。「君きみが軍ぐん法ぽう会かい議ぎにかけられるのは止とめられないが，今こん後ご誰だれにも君きみを殴なぐらせないようにする」。

 彼かれが言いった通とおり，その後ごの服ふく役えき期き間かん中ちゅうに私わたしに手てを出だす人ひとは誰だれもいませんでした。なぜ裁さい判ばん官かんのドン･エステバンがその日ひにそう言いったのかは分わかりません。でも，エホバが私わたしの祈いのりに特とく別べつな仕し方かたで答こたえてくれたことははっきりと分わかりました。エホバは一いち番ばん大たい変へんな時ときに私わたしを助たすけ，私わたしが耐たえられないほどの迫はく害がいが起おきないようにしてくれました。（コリント第だい一いち 10:13）私わたしはエホバが助たすけてくれることを確かく信しんして，軍ぐん法ぽう会かい議ぎに臨のぞみました。

 軍ぐん法ぽう会かい議ぎで19年ねんの刑けいを言いい渡わたされ，後のちに“従じゅう順じゅんでない”という理り由ゆうで3年ねんの刑けいが加くわえられました。モロッコで15カ月げつほど過すごした後あと，マドリードの近ちかくにあるオカーニャ刑けい務む所しょに移うつされ，そこで残のこりの刑けい期きを過すごすことになりました。オカーニャに移うつされたのはエホバからの助たすけだと思おもいました。そこはロストロゴルドと比くらべると，パラダイスのような所ところでした。私わたしの独どく房ぼうには，ベッドもマットレスもシーツもありました。しばらくして，私わたしは刑けい務む所しょの帳ちょう簿ぼ係がかりを任まかされました。でも刑けい務む所しょでの暮くらしが長ながくなるにつれて，寂さびしく感かんじるようになりました。一いち番ばんつらかったのは兄きょう弟だい姉し妹まいに会あえないことでした。

 両りょう親しんが時とき々どき訪たずねてくれましたが，私わたしにはもっと励はげましが必ひつ要ようでした。両りょう親しんから，ほかにも兵へい役えきを拒きょ否ひした兄きょう弟だいたちがいることを聞ききました。それで私わたしはエホバに，この刑けい務む所しょに1人ひとりでもいいので兄きょう弟だいを遣つかわしてほしいとお願ねがいしました。エホバは今こん回かいも私わたしの真しん剣けんな祈いのりに答こたえてくれました。しかも，私わたしが願ねがっていた以い上じょうの答こたえでした。それからすぐに，3人にんの素す晴ばらしい兄きょう弟だいたちがオカーニャ刑けい務む所しょに入はいってきました。アルベルト･コンティジョク，フランシスコ･ディアス，アントニオ･サンチェスです。4年ねん間かん，私わたしは一人ひとりきりでしたが，ついに仲なか間まの兄きょう弟だいたちと一いっ緒しょに過すごせるようになったのです。私わたしたちは4人にんで聖せい書しょを学まなんだり，受じゅ刑けい者しゃたちに伝でん道どうしたりしました。

 1964年ねん，ついに仮かり釈しゃく放ほうされました。私わたしの刑けい期きは22年ねんから6年ねん半はんに減へらされたのです。釈しゃく放ほうされたその日ひに，最さい初しょの集しゅう会かいに行いきました。マドリードに戻もどるためのタクシー代だいとして，なけなしのお金かねをはたきましたが，集しゅう会かいには間まに合あいました。兄きょう弟だいたちと再さい会かいすることができて，とてもうれしかったです。でも兄きょう弟だいたちと会あいたかっただけではなく，すぐにでも開かい拓たく奉ほう仕しを再さい開かいしたいとも思おもっていました。警けい察さつの嫌いやがらせはありましたが，良よい知しらせに応おうじてくれる人ひとたちがいて，やるべきことはたくさんありました。

 その頃ころにメルセデスに出で会あいました。特とく別べつ開かい拓たく者しゃとして熱ねっ心しんに奉ほう仕ししていた若わかい姉し妹まいです。メルセデスは謙けん虚きょで，みんなに伝でん道どうしたいと思おもっている，熱ねっ心しんな姉し妹まいでした。とても優やさしくて親しん切せつな人ひとで，私わたしはそういうところに引ひかれました。私わたしたちは付つき合あうようになり，1年ねん後ごに結けっ婚こんしました。メルセデスがそばにいてくれて本ほん当とうに良よかったです。

 結けっ婚こんしてから数すうカ月げつ後ご，旅りょ行こうする奉ほう仕しをするよう割わり当あてられました。毎まい週しゅう違ちがう会かい衆しゅうを訪ほう問もんし，集しゅう会かいに参さん加かして，兄きょう弟だいたちと一いっ緒しょに伝でん道どうしました。スペイン中じゅうで会かい衆しゅうがどんどん設せつ立りつされていたので，兄きょう弟だいたちには助たすけや励はげましが必ひつ要ようでした。私わたしは少すこしの間あいだ，バルセロナにあったエホバの証しょう人にんの秘ひ密みつの事じ務む所しょに通かよい，そこでの仕し事ごとを手て伝つだうこともできました。

 秘ひ密みつ裏りに行おこなっていた活かつ動どうは1967年ねんに終おわりました。その年としに，スペインの全すべての国こく民みんに信しん教きょうの自じ由ゆうを認みとめる法ほう律りつが政せい府ふによって制せい定ていされたからです。1970年ねん，ついにエホバの証しょう人にんは法ほう的てきに認にん可かされました。ようやく私わたしたちは集しゅう会かいを自じ由ゆうに開ひらき，王おう国こく会かい館かんと公こう式しきの支し部ぶ事じ務む所しょを持もてるようになったのです。

 1971年ねんに妻つまのメルセデスと私わたしは，バルセロナの新あたらしい支し部ぶ事じ務む所しょで正せい規きのベテル奉ほう仕し者しゃとして働はたらくようになりました。でもその1年ねん後ごに妻つまが妊にん娠しんし，かわいい娘むすめのアビゲイルが生うまれました。そのために私わたしたちはベテル奉ほう仕しを終おえて，別べつの割わり当あてに取とり組くむことになりました。娘むすめを育そだて上あげるという割わり当あてです。

 アビゲイルが10代だいの時とき，私わたしたちは支し部ぶから旅りょ行こうする奉ほう仕しに戻もどれないかと尋たずねられました。それで，この件けんについてよく祈いのり，経けい験けんある兄きょう弟だいたちに相そう談だんしました。1人ひとりの長ちょう老ろうはこう言いいました。「ヘスス，必ひつ要ようとされているんだったら，ぜひやるべきだよ」。私わたしたちは旅りょ行こうする奉ほう仕しをまた行おこなえるようになりました。最さい初しょの頃ころは，家いえの近ちかくにある会かい衆しゅうを訪ほう問もんしました。そうすれば，アビゲイルの世せ話わと両りょう立りつできるからです。やがてアビゲイルが成せい長ちょうして，1人ひとりで生せい活かつできるようになったので，私わたしたちは特とく別べつ全ぜん時じ間かん奉ほう仕しを一いっ層そう行おこなえるようになりました。

 メルセデスと私わたしは23年ねん間かん，旅りょ行こうする奉ほう仕しをしました。本ほん当とうに楽たのしい奉ほう仕しでした。自じ分ぶんの経けい験けんを生いかして若わかい人ひとたちを励はげますことができたからです。長ちょう老ろうや全ぜん時じ間かん奉ほう仕し者しゃのための学がっ校こうで教きょう訓くん者しゃとして奉ほう仕しした時ときには，マドリードベテルに滞たい在ざいすることもありました。ベテルから3キロほど離はなれた所ところにはハラマ川がわが流ながれています。まさに私わたしはこの川かわで，1955年ねんにバプテスマを受うけました。まさか何なん十じゅう年ねんもたってから，同おなじ場ば所しょでエホバへの奉ほう仕しを一いっ層そう行おこなえるよう若わかい兄きょう弟だい姉し妹まいを助たすけることになるなんて，思おもってもみませんでした。

 2013年ねんからは，再ふたたび特とく別べつ開かい拓たく者しゃとして奉ほう仕ししています。正しょう直じきに言いえば，旅りょ行こうする奉ほう仕しから開かい拓たく奉ほう仕しに移い行こうするのは簡かん単たんなことではありませんでした。でも，そうするのは賢けん明めいなことだと分わかりました。最さい近きんではいろいろな健けん康こう問もん題だいを抱かかえています。複ふく雑ざつな心しん臓ぞうの手しゅ術じゅつも受うけました。こうした時ときには，いつもエホバに頼たよりました。するとエホバは必かならず助たすけてくれました。妻つまのメルセデスはこれまで56年ねん間かん，私わたしのことをずっと支ささえ，どんな割わり当あてを果はたす時ときにも素す晴ばらしいパートナーでいてくれています。

 教きょう訓くん者しゃをしていた頃ころのことを今いまでも懐なつかしく思おもい出だします。若わかくてやる気きに満みちた生せい徒とたちの表ひょう情じょうが目めに浮うかびます。私わたしが若わかかった頃ころのことや，エホバに仕つかえるようになった時ときに感かんじていた熱あつい気き持もちを思おもい出だします。大たい変へんな時ときもありましたが，素す晴ばらしい経けい験けんもできました。本ほん当とうにつらい経けい験けんからも大たい切せつなことを学まなびました。中なかでも一いち番ばんの教きょう訓くんは，自じ分ぶんの力ちからに頼たよるべきではないということです。試し練れんを通とおして，エホバが強きょう力りょくな助たすけの手てを差さし伸のべてくれるのを感かんじました。一いち番ばん大たい変へんな時ときにも，エホバは力ちからづけてくれたのです。（フィリピ 4:13）