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異言について聖書はどんなことを教えていますか
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イ聖 記事150

異言について聖書はどんなことを教えていますか

異言について聖書はどんなことを教えていますか

聖せい書しょの答こたえ

 「異い言げんを話はな[す]」とは,学まなんだことのない言げん語ごを話はなす奇き跡せき的てきな能のう力りょくのことです。初しょ期きのクリスチャンの中なかにはこうした能のう力りょくを与あたえられた人ひとたちがいました。(使し徒と 10:46,「新しん共きょう同どう訳やく」,日に本ほん聖せい書しょ協きょう会かい)話はなし手ての言こと葉ばは,その言げん語ごを知しっている人ひとなら誰だれでも簡かん単たんに理り解かいできました。(使し徒と 2:4-8)異い言げんを話はなすことは,神かみが1世せい紀きのクリスチャンに与あたえた聖せいなる力ちからによるものでした。(コリント第だい一いち 12:4,30。ヘブライ 2:4)

 異い言げんを話はなすことはいつ,どこで始はじまりましたか

 この奇き跡せきは,西せい暦れき33年ねんのエルサレムで起おきました。ユダヤ人じんの祭まつりであるペンテコステの日ひの朝あさ,約やく120人にんのイエスの弟で子したちが集あつまっていた時ときのことです。「彼かれらはみな聖せい霊れいに満みたされ,霊れいが語かたらせるままに異ことなった国こく語ごで話はなし始はじめたので[す]」。(使し徒と 1:15; 2:1-4)「天てん下かのあらゆる国くにから来きた」大おお勢ぜいの人ひとが,「彼かれら[初しょ期きクリスチャン]が自じ分ぶんの言げん語ごで話はなしているのを……聞き[き]」ました。(使し徒と 2:5,6)

 異い言げんを話はなす目もく的てきは何なんでしたか

  1.   神かみからの導みちびきがあることを示しめすため。過か去こにおいても,神かみはモーセなどの忠ちゅう実じつな人ひとを導みちびいていることを示しめすために奇き跡せきを起おこしました。(出しゅつエジプト記き 4:1-9,29-31。民みん数すう記き 17:10)同どう様ように,異い言げんを話はなすことは,新あたらしく設せつ立りつされたクリスチャン会かい衆しゅうを神かみが導みちびいていることを示しめしました。使し徒とパウロはこう書かいています。「異い言げんはしるしのためです。それも,信しん者じゃに対たいしてではなく,不ふ信しん者じゃに対たいしてです」。(コリント第だい一いち 14:22)

  2.   クリスチャンが良よい知しらせを広ひろめるため。ペンテコステの日ひにイエスの弟で子したちから話はなしを聞きいた人ひとたちはこう言いいました。「神かみの壮そう大だいな事こと柄がらについて彼かれらがわたしたちの国こく語ごで話はな[している]」。(使し徒と 2:11)それで,この奇き跡せきのもう一ひとつの目もく的てきは,イエスの命めい令れいどおり「徹てっ底てい的てきに証あかし」をして,「すべての国くにの人ひと々びとを弟で子しと」することでした。(使し徒と 10:42。マタイ 28:19)奇き跡せきを目もく撃げきして話はなしを聞きいた約やく3000人にんがその日ひに弟で子しになりました。(使し徒と 2:41)

 異い言げんを話はなすことはずっと続つづきますか

 いいえ。異い言げんなどの賜たま物ものは一いち時じ的てきなものでした。聖せい書しょはこう予よ告こくしていました。「預よ言げんの賜たま物ものがあっても,それは廃はいされ,異い言げんがあっても,それはやみま[す]」。(コリント第だい一いち 13:8)

 異い言げんを話はなすことはいつ終おわりましたか

 この賜たま物ものは通つう常じょう,使し徒とたちが仲なか間まのクリスチャンの上うえに手てを置おくことによって与あたえられました。(使し徒と 8:18; 10:44-46)使し徒とからこの賜たま物ものを受うけた弟で子しが,それを他たの人ひとに与あたえることはなかったようです。(使し徒と 8:5-7,14-17)例たとえで考かんがえてみましょう。役やく所しょの職しょく員いんは車くるまの免めん許きょ証しょうを発はっ行こうします。しかし,免めん許きょ証しょうを受うけ取とった人ひとが,それを他たの人ひとに発はっ行こうすることはできません。使し徒とたちと,彼かれらからその賜たま物ものを与あたえられた人ひとたちが死しんだ時とき,異い言げんはなくなったようです。

 現げん代だいの異い言げんをどう見みるべきですか

 異い言げんを話はなす奇き跡せきは1世せい紀きの終おわりに消しょう滅めつしたと考かんがえられます。現げん在ざい,神かみの力ちからによって異い言げんを話はなしていると正せい当とうに主しゅ張ちょうできる人ひとはいません。 a

 真しんのクリスチャンのしるしは何なんですか

 イエスは,自じ己こ犠ぎ牲せい的てきな愛あいが弟で子しであるしるしになると述のべました。(ヨハネ 13:34,35)パウロも,愛あいが真しんのクリスチャンを見み分わけるための,変かわることのないしるしであると教おしえました。(コリント第だい一いち 13:1,8)また,「霊れいの実み」つまり聖せいなる力ちからが生うみ出だす特とく質しつの最さい初しょに愛あいを挙あげています。(ガラテア 5:22,23)

a 「異い言げん ― 神かみからのもの?」という記き事じをご覧らんください。