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罪とは何ですか
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イ聖 記事96

罪とは何ですか

罪とは何ですか

聖せい書しょの答こたえ

 聖せい書しょで言いう罪つみとは,神かみの基き準じゅんに反はんする行こう動どう,感かん情じょう,考かんがえのことです。神かみから見みて正ただしくないことをして,神かみのおきてを破やぶることも含ふくまれます。(ヨハネ第だい一いち3:4; 5:17)聖せい書しょによれば,行おこなうべき正ただしいことをしないことも罪つみになります。(ヤコブ 4:17)

 聖せい書しょの原げん語ごで罪つみに相そう当とうする言こと葉ばには,「的まとを外はずす」という意い味みがあります。その言こと葉ばは古こ代だいイスラエル軍ぐんの兵へい士したちに関かん連れんして使つかわれています。兵へい士したちの中なかには,石いし投なげ器きで狙ねらったものを「外はずさない」人ひとたちがいました。その「外はずさない」という表ひょう現げんは,「罪つみを犯おかさない」とも訳やくせます。(裁さばき人びと 20:16)ですから,罪つみを犯おかすとは,神かみの完かん全ぜんな基き準じゅんという的まとを外はずすことです。

 創そう造ぞう者しゃである神かみは,人にん間げんのために基き準じゅんを定さだめる権けん利りを持もっています。(啓けい示じ 4:11)私わたしたちは自じ分ぶんの行こう動どうについて神かみに責せき任にんを問とわれることになります。(ローマ 14:12)

罪つみを犯おかさないようにすることはできるか

 いいえ,できません。聖せい書しょによると,「全すべての人ひとは罪つみ人びとになったので,神かみの栄えい光こうに達たっすることができません」。(ローマ 3:23。列れつ王おう第だい一いち 8:46。伝でん道どうの書しょ 7:20。ヨハネ第だい一いち 1:8)どうしてそうなったのでしょうか。

 最さい初しょの人にん間げんアダムとエバは,もともと罪つみ人びとではありませんでした。神かみに似にた完かん全ぜんな者ものとして創そう造ぞうされたからです。(創そう世せい記き 1:27)ところが,神かみに従したがわずに罪つみを犯おかし,完かん全ぜんではなくなってしまいました。(創そう世せい記き 3:5,6,17-19)そして,2人ふたりの子し孫そんである人じん類るいに,罪つみと不ふ完かん全ぜんさという欠けっ陥かんが受うけ継つがれることになりました。(ローマ 5:12)そのことについてイスラエルのダビデ王おうは,「私わたしは過あやまちのある者ものとして生うまれ」たと言いっています。(詩し編へん 51:5)

重おもい罪つみとはどういうものか

 聖せい書しょによると,古こ代だいのソドムの人ひとたちは「邪じゃ悪あくで,……甚はなはだしい罪つみを犯おかして」いました。その罪つみは「極きわめて重おも」いと表ひょう現げんされています。(創そう世せい記き 13:13; 18:20)では,罪つみの重おもさはどんな3つの要よう素そによって決きまるのでしょうか。

  1.   何なにをしたか。聖せい書しょによれば,性せい的てき不ふ道どう徳とく,偶ぐう像ぞう崇すう拝はい,盗ぬすみ,酩めい酊てい,脅おどし取とること,殺さつ人じん,心しん霊れい術じゅつなどは,特とくに避さけるべき重じゅう大だいな罪つみです。(コリント第だい一いち 6:9-11。啓けい示じ 21:8)それに対たいし,人ひとを傷きずつける言げん動どうなど,意い図とせずに犯おかしてしまう軽けい率そつな罪つみもあります。(格かく言げん 12:18。エフェソス 4:31,32)とはいえ,聖せい書しょが注ちゅう意いを促うながしているように,どんな罪つみも軽かるく見みるべきではありません。小ちいさな罪つみでも重かさねると,やがて神かみのおきてから大おおきく外はずれたことをしてしまいかねないからです。(マタイ 5:27,28)

  2.   なぜしたか。神かみが何なにを求もとめているかを知しらずに罪つみを犯おかしてしまうこともあります。(使し徒と 17:30。テモテ第だい一いち 1:13)聖せい書しょによると,そうした罪つみが大おお目めに見みられることはありませんが,それよりも深しん刻こくなのは,故こ意いに神かみのおきてを破やぶるような罪つみです。(民みん数すう記き 15:30,31)間ま違ちがっていると分わかっていながらあえて罪つみを犯おかすのは,「心こころ」が「悪わるい」からです。(エレミヤ 16:12)

  3.   頻ひん度どはどうか。聖せい書しょに示しめされているように,同おなじ罪つみでも,1度どだけ犯おかすのと何なん度ども繰くり返かえし犯おかすのとでは違ちがいがあります。(ヨハネ第だい一いち 3:4-8)どうすれば正ただしい行こう動どうを取とれるか知しっているのに,「故こ意いに罪つみを犯おかし続つづける」人ひとは,神かみから処しょ罰ばつされることになります。(ヘブライ 10:26,27)

 重じゅう大だいな罪つみを犯おかすと,良りょう心しんが痛いたんでとても苦くるしい気き持もちになることがあります。ダビデ王おうはこう書かきました。「私わたしの過あやまちは頭あたまの上うえに高たかく積つみ重かさなる。負おい切きれない重おもい荷に物もつのように」。(詩し編へん 38:4)でも聖せい書しょには,次つぎのような心こころ温あたたまる言こと葉ばが書かかれています。「悪わるい行おこないをやめ,有ゆう害がいな考かんがえを捨すてよ。憐あわれんでくださるエホバのもとに帰かえれ。私わたしたちの神かみのもとに帰かえれ。神かみは寛かん大だいに許ゆるしてくださる」。(イザヤ 55:7)