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キリストの到来とは何のことですか

聖書の答え

聖書は,将来キリストが地上の人々を裁くために来ることについて,何度も言及しています。 * たとえば,マタイ 25章31-33節は次のように述べています。

「人の子[イエス・キリスト]がその栄光のうちに到来し,またすべてのみ使いが彼と共に到来すると,そのとき彼は自分の栄光の座に座ります。そして,すべての国の民が彼の前に集められ,彼は,羊飼いが羊をやぎから分けるように,人をひとりひとり分けます。そして彼は羊を自分の右に,やぎを自分の左に置くでしょう」。

この裁きは,人類史上類例のない「大患難」の間に起きます。その患難の頂点をなすのはハルマゲドンの戦いです。(マタイ 24:21。啓示 16:16)たとえ話の中でやぎとして描写されているキリストの敵たちは,「永遠の滅びという司法上の処罰を受けます」。(テサロニケ第二 1:9。啓示 19:11,15)一方,羊,すなわちキリストに忠実に仕える人たちは,「永遠の命」という報いを受けます。―マタイ 25:46

キリストはいつ来られるか

イエスは,「その日と時刻についてはだれも知りません」と言われました。(マタイ 24:36,42; 25:13)とはいえ,ご自分の到来に至る期間を明らかにする,目に見える「しるし」について述べました。―マタイ 24:3,7-14。ルカ 21:10,11

霊の体と肉の体,キリストはどちらで来られるか

イエスは霊の体で復活させられたので,肉の体ではなく霊の被造物として来られます。(コリント第一 15:45。ペテロ第一 3:18)そのゆえに,イエスは死ぬ前日に,ご自分の使徒たちに対して,「あとしばらくすれば,世はもはやわたしを見ないでしょう」と語られました。―ヨハネ 14:19

キリストの到来についてのよくある誤解

誤解: 聖書は,イエスが「雲に乗って来る」のを人々が見ると述べている。これは,イエスが目に見える形で来るという意味である。―マタイ 24:30

事実: 聖書はしばしば雲を,見えないものと結び付けています。(レビ記 16:2。民数記 11:25。申命記 33:26)例えば,神はモーセに,「わたしは暗い雲のうちにあってあなたに臨む」と言われました。(出エジプト記 19:9)モーセは,文字どおりには神を見ませんでした。同様に,キリストは「雲に乗って来る」ので,人々は文字どおりにはキリストを見ることができません。とはいえ,その到来に気づくことになります。

誤解: キリストの到来について述べる啓示 1章7節の「すべての目は彼を見る」という表現は,文字どおりに理解すべきである。

事実: 聖書中で「目」や「見る」と訳されているギリシャ語は,実際の視覚だけではなく,悟るとか気づくといった意識を指して用いられることもあります。 *マタイ 13:15。ルカ 19:42。ローマ 15:21。エフェソス 1:18)さらに聖書は,復活させられたイエスのことを「近づき難い光の中に住み,人はだれも……見ることのできない方」と述べています。(テモテ第一 6:16)ですから,「すべての目は彼を見る」というのは,イエスが神の裁きを執行する方であることにすべての人が気づく,という意味です。―マタイ 24:30

誤解: ヨハネ第二 7節は,イエスが肉体で来られることを示している。

事実: その聖句はこうなっています。「欺く者が多く世に出たからです。すなわち,イエス・キリストが肉体で来られたことを告白しない者たちです」。

使徒ヨハネが生きていた当時,イエスが肉体を持つ人間として来られたことを否定する人たちがいました。グノーシス派と呼ばれた人たちです。ヨハネ第二 7節は,その人たちの主張が誤りであることを証明するために書かれました。

^ 3節 キリストの到来について「再来」や「再臨」という語が多く使われますが,それらの語は聖書には出ていません。

^ 14節 「新版 セアの新約聖書希英辞典」(1981年版[英語])451,470ページをご覧ください。