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エホバの証人

日本語

「ものみの塔」  |  2012年12月

 寄せ​られ​た​手紙 ― ベナン​から

これは大変なことになってきた

これは大変なことになってきた

いかにも​西​アフリカ​らしい​朝​でし​た。辺り​に​は,ソース​と​米​を​煮る​香り​が​漂っ​て​い​ます。道​を​行く​女性​たち​は,びっくり​する​ほど​大きな​荷物​を​頭​に​うまく​載せ​て​歩い​て​い​ます。心​から​の​笑い声​に​混じっ​て,売り手​と​買い手​の​激しい​やり取り​も​聞こえ​て​き​ます。太陽​は​すぐ​に​ぎらぎら​と​照りつけ​始め​ます。

数​人​の​子ども​たち​が,ヨボ​つまり​白人​を​見る​と​すぐ,いつも​の​歌​と​踊り​を​始め​まし​た。その​歌​は,「ヨボ,ヨボ,ボンソワール」で​始まり,「何​か​ご褒美​ください​な」で​終わり​ます。その​中​に​一​人,歌っ​て​い​ない​少年​が​い​まし​た。わたし​が​道​を​進ん​で​ゆく​と,その​少年​は​付い​て​来​て,両手​で​ジェスチャー​を​始め​まし​た。それ​は​手話​の​よう​に​見え​まし​た。わたし​は​米国​で​アメリカ​手話​を​学ん​だ​こと​が​あっ​た​の​です​が,ベナン​は​フランス​語​圏​です。

わたし​が​自分​の​名前​の​8​文字​を​なんとか​手話​で​示す​と,少年​は​ぱっと​顔​を​輝かせ,わたし​の​手​を​引い​て​細い​道​を​通り抜け,自分​の​家​まで​連れ​て​行き​まし​た。その​家​は,典型​的​な​コンクリートブロック​の​家​で,部屋​は​二つ​しか​あり​ませ​ん。そこ​に​少年​の​家族​が​集まっ​て​き​まし​た。皆,手話​で​話​し​て​い​ます。わたし​は,自分​の​名前​を​手話​で​示し,メモ​に『わたし​は​宣教​者​で,聖書​を​教え​て​い​ます。また​来​ます』と​書い​て​見せ​まし​た。近所​の​聴者​の​人​たち​も​一緒​に​なっ​て,皆​うなずい​て​い​ます。『これ​は​大変​な​こと​に​なっ​て​き​た』と​思い​まし​た。

家​に​帰っ​て​から​も,『「耳​の​聞こえ​ない​者​の​耳​も​開け​られる」と​いう​神​の​約束​に​つい​て​学ぶ​よう​彼ら​を​助け​られる​人​が​だれ​か​いる​に​違いない』と​考え​まし​た。(イザヤ 35:5)そこで,少し​調べ​て​み​まし​た。最近​の​人口​調査​に​よる​と,ベナン​に​は​聴覚​障害​者​が,知ら​れ​て​いる​だけ​で​も​1万2,000​人​いる​と​いう​こと​でし​た。わたし​は,ベナン​のろ​う​学校​で​使わ​れ​て​いる​手話​が​フランス​手話​で​は​なく​アメリカ​手話​で​ある​こと​を​知っ​て,目​を​丸く​し​まし​た。しかし,ここ​に​は​エホバ​の​証人​で​アメリカ​手話​を​知っ​て​いる​人​が​一​人​も​い​ない​こと​が​分かり,がっかり​し​まし​た。ため息​を​つき​ながら,地元​の​証人​の​一​人​に,「だれ​か​アメリカ​手話​を​知っ​て​いる​人​が​助け​に​来​て​くれる​と​いい​の​に」と​言う​と,その​姉妹​から,「あなた​が​いる​では​あり​ませ​ん​か」と​言わ​れ​まし​た。確か​に,そう​でし​た。そこで​わたし​は,アメリカ​手話​の​独習​書​と,エホバ​の​証人​が​出し​て​いる​アメリカ​手話​の​DVD​ を​何​枚​か​取り寄せ​まし​た。助け​を​求める​わたし​の​祈り​も,かなえ​られ​まし​た。証人​で​アメリカ​手話​を​知っ​て​いる​人​が​カメルーン​から​ベナン​に​移転​し​て​来​た​の​です。

わたし​が​手話​を​学ん​で​いる,と​聞い​た​人​から,「看板​屋​の​ブリース​を​訪ね​て​み​たら」と​言わ​れ​まし​た。シュロ​の​葉​を​縫い合わせ​て​作っ​た,ブリース​の​アトリエ​つまり​仕事​場​は,蒸し暑い​気候​の​中​で​も​風通し​が​よく,さわやか​でし​た。壁​に​は,長年​の​間​に​幾​度​も​その​表面​で​筆​を​拭っ​た​ため,様々​な​色​から​成る​虹​の​よう​な​模様​が​付い​て​い​まし​た。ブリース​は​腰掛け​の​ほこり​を​払い,こちら​を​じっ​と​見詰め​て,わたし​が​話し出す​の​を​待っ​て​い​ます。わたし​が​1​枚​の​DVD​を​ポータブル​・​プレーヤー​に​セット​する​と,ブリース​は​自分​の​腰掛け​を​プレーヤー​の​小さな​画面​に​引き寄せ,「分かる! 分かる!」と​いう​意味​の​手話​を​し​まし​た。近所​の​子ども​たち​が​集まっ​て​き​て,首​を​長く​し​て​のぞき込み,その​一​人​が,思わず,「どうして​音​の​出​ない​映画​を​見​て​いる​の?」と​言い​まし​た。

ブリース​を​訪ねる​たび​に,周り​に​群がる​人​の​数​が​増え​て​ゆき​まし​た。間​も​なく,ブリース​と​他​の​人​たち​が​クリスチャン​の​集会​に​来る​よう​に​なり,わたし​は​通訳​し​よう​と​し​た​こと​で​進歩​でき​まし​た。人数​は​増え​て​ゆき,わたし​を​探し​に​来る​人​さえ​い​まし​た。ある​日​の​こと,わたし​が​自分​の​ぽんこつ​車​を​運転​し,さまよい出​て​来る​ヤギ​や​ブタ​を​避け​ながら,凸凹​道​を​走っ​て​いる​と,突然,車​の​後ろ​で​バン​と​いう​音​が​し​まし​た。「あーあ,また​故障​し​ちゃ​っ​たわ」と​思い​まし​た​が,そう​で​は​なく,ろう者​の​男性​が​車​を​追いかけ​て​来​て,自分​に​できる​最善​の​方法​で,つまり​車​を​たたい​て,わたし​の​注意​を​引こ​う​と​し​た​の​です。

他​の​都市​に​も​アメリカ​手話​の​群れ​が​でき​まし​た。年​に​一度​の​地域​大会​で​手話​通訳​が​組織​さ​れ,わたし​も​通訳​者​と​し​て​奉仕​する​こと​に​なり​まし​た。ステージ​に​上がっ​て,話し手​が​話し​始める​の​を​待っ​て​いる​と,任地​で​奉仕​し​始め​た​時​の​こと​が​脳裏​を​よぎり​まし​た。その​頃​は,『アフリカ​で​宣教​者​と​し​て,もっと​できる​こと​は​ない​だろ​う​か』と​考え​た​もの​です。わたし​は​聴衆​を​見​ながら,『これ​が​答え​だっ​た​の​だ』と​思い​まし​た。ろう者​を​助ける​宣教​者​に​なる​こと​が​その​答え​だっ​た​の​です。ですから​今​で​は​もう,『これ​は​大変​な​こと​に​なっ​て​き​た』と​は​思い​ませ​ん。