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エホバの証人

日本語

「ものみの塔」 2012年9月

親切心―神からて,なくならないもの

親切心―神からて,なくならないもの

日本青年は,ある優しい年配から親切されて,心動かさました。その年配宣教で,アジアこのそれほど年月たっおらず,日本まだよく話せませでしが,毎週この青年聖書関する話し合いし,何知りたがるこの若者多く質問に,親しみ深い笑顔親切辛抱強く答えました。

若者は,その年配宣教親切態度深い感銘受け,『もし聖書学ぶことよっあれほど親切愛情深いなれるなら,自分ぜひ学ばなければ』と考えました。それで,全くなじみない事柄あっかかわらず,聖書勉強続けました。そうです,親切態度動かし,言葉より強力影響及ぼす場合少なくないです。

反映する特質

人間だれしも,親しい間柄親切するものです。といえ,親切本来,神特質です。イエスは,天ご自分愛するたちだけなく『感謝ない者』に親切ある,と述べます。そして弟子たちに,その倣うよう勧め,「あなた方完全あられるよう完全なけれなりません」と言いました。―ルカ 6:35。マタイ 5:48。出エジプト記 34:6

人間は,神造らいるで,親切いう特質反映たり示したりすることできます。(創世記 1:27)そうです,神倣って,自分身内以外親切示すことできるです。聖書説明よれば,親切は,聖霊つまり活動結ぶ望ましい一部です。(ガラテア 5:22)ですから,その特質は,わたしたち創造なるつい一層多くこと学び,神一層近づくときに,育まれ,培わます。

は,親切人間本質織り込んだけなく高く評価いるで,わたしたちに『互い親切なさい』と言っおらます。それは,もっともことです。(エフェソス 4:32)また,「人親切もてなすこと忘れなりません」と諭しおらます。この「人親切もてなすこと」という表現は,原語は「見知ら対する愛」を意味おり,自分知らない親切するよう勧めいるです。―ヘブライ 13:2

多く親切感謝ないで,他に,それ見ず知らず親切示せるでしょか。そうする助けなりますか。そもそも,なぜそのこと関心払うべきでしょか。

み前で,なくならないもの

興味深いことに,使徒パウロは,見知ら対し親切べきこと述べあと,「それよっある人々は,自分それ知らないで,み使いたち接待た」と言っます。もしあなた天使たち接待する機会与えられたら,どんな気持ちなるでしょか。もっともパウロは,その人々が「自分それ知らないで」接待た,と述べます。要するに,もしわたしたちが,よそからや,よく知らないなど,だれ親切すること習慣いるなら,思い寄らない報い受けるしれない,ということです。

相互参照付き聖書翻訳大抵,パウロその言葉を,創世記 1819アブラハムロト関する記述関連づけます。どちら場合天使たちは,重要知らせ携え,よそから 彼ら現われた,と記さます。アブラハム場合は,息子関する約束成就つい知らせでしし,ロト場合は,ソドムゴモラいう都市差し迫っ滅びから救出つい知らせでした。―創世記 18:1‐10; 19:1‐3,15‐17

上記聖句お読みなれば,アブラハムロト見知ら通りがかり親切差し伸べた,ということ気づかれるでしょう。もちろん,聖書時代は,旅人通りがかりを,友人親族見知らかかわらず,もてなすこと習慣あり義務でした。事実,モーセ律法は,イスラエルそのイスラエル必要いる見過ごしなりませでした。(申命記 10:17‐19)といえ,アブラハムロトは,後律法求められるようなっ事柄以上こともの思わます。よそからたち親切する普通以上努力払っです。そのようこと祝福ました。

アブラハムは,その親切行ないよって,自分自身息子得るいう祝福受けだけなく,わたしたち祝福もたらしました。例えば,アブラハムその息子イサクは,神目的進展おい極めて重要役割果たし,メシアあるイエス至る家系主要人物なりました。また,その忠実歩みは,神過分ご親切よっ人間救いため基盤どのよう据える予表するものなっです。―創世記 22:1‐18。マタイ 1:1,2。ヨハネ 3:16

それら記述は,神ご自分愛するたち期待おられるか,また親切いう特質いかに高く評価おられる印象示します。その特質は,神からて,あれよいいうものなく,なくならないものです。

親切実践すれば,神よく知ることできる

聖書よれば,今時代は,多くが「感謝ない者,忠節ない者,自然情愛持たない者」となります。(テモテ二 3:1‐3)毎日そのよう出くわすも,人親切よういう気持ちなくしなりません。クリスチャンは,「だれ対しも,悪返しなりません。すべて良いもの備えなさい」と諭さます。―ローマ 12:17

わたしたちは,親切する惜しまないようすることできます。聖書に,「すべて愛するは……神つい知る」とあり,その示す方法一つが,人親切することからです。(ヨハネ一 4:7。コリント一 13:4)そうです,わたしたちは,人親切することより,神よく知るようなり,それよっ一層幸福なるです。イエス山上垂訓で,「幸いなるかな,親切者。その 親切される。幸いなるかな,心清い者。その見る」と述べました。―マタイ 5:7,8,「ヤング字義訳」(英語)。

言い行なったらよい分からないも,親切言葉行ない心がけましょ

日本若い主婦ある亜紀さんに,考えましょう。亜紀さんは,実母親突然亡くし重いうつ病なっしまい,気分非常悪く医師もらわなけれならないありました。その後,ある家族近所引っ越しました。その家族少し父親事故亡くし,母親5子ども残さた,とことでした。亜紀さんは,とても思い,その親子なろ懸命努力ました。食べ物差し入れたり,着なくなっ衣類あげたり,できることいるうちに,自分自身感情安定取り戻しました。それで,「受けるより与えるほう幸福ある」という聖書言葉真実実感ました。(使徒 20:35)そうです,落ち込んいる時,人親切するは,自分ためできる最善ことです。

「エホバ貸しいる」

親切するなら,「エホバ貸しいる」ことなる

親切するに,必ずしも多く費用かかりません。また,能力体力いるわけありません。ほほえみかけたり,同情言葉述べたり,手助けたり,ささやかながらこもっ贈り物たり,列並んいる順番譲ったりするだけで,多くこと成し遂げられる場合少なくないです。ある状況言い行なったらよい分からないも,親切言葉行ない心がけましょう。この記事冒頭紹介若者は,年配宣教親切態度深く動かさました。その親切言葉より雄弁でした。神ご自分崇拝するたちに『親切愛する』こと求めおられる当然です。―ミカ 6:8

「親切言葉一つじゅうかい」。この東洋ことわざよく表現いるように,ちょっと親切も,大きな助けなる場合あります。正しい動機で,とりわけ対する基づい示す親切は,関係するすべて暖めるものなります。たとえ感謝なくも,無駄なるわけありません。神価値あるものくださるからです。聖書よると,正しい動機親切するなら,実際は「エホバ貸しいる」ことなるです。(箴言 19:17)ですから,機会あるごと周囲たち親切示すようゆきましょう。