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エホバの証人

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「ものみの塔」  |  2011年8月

聖書は人の生き方を変える

聖書は人の生き方を変える

エホバ​の​証人​に​反対​し​て​い​た​一夫多妻​者​が,エホバ​の​証人​に​なる​こと​を​決意​し​まし​た。なぜ​でしょ​う​か。ペンテコステ​派​教会​の​牧師​が​改宗​し​まし​た。どうして​でしょ​う​か。不幸​な​子ども​時代​を​過ごし​た​女性​が​自己​嫌悪​する​傾向​を​克服​し​て​神​に​近づく​こと​が​でき​まし​た。何​が​助け​に​なっ​た​の​でしょ​う​か。ヘビーメタル​に​熱中​し​て​い​た​男性​が​神​の​奉仕​者​に​なり​まし​た。なぜ​でしょ​う​か。答え​を​知る​ため​に,以下​の​記述​を​お読み​ください。

『わたし​は​より​良い​夫​に​なり​まし​た』。―リゴベール​・​ウーエト

  • 生ま​れ​た​年: 1941​年

  • 生ま​れ​た​国: ベナン

  • かつて​は: 一夫多妻​者​で,エホバ​の​証人​に​反対​し​て​い​た

過去​の​歩み:

わたし​は,ベナン​の​大​都市​コトヌー​の​出身​です。カトリック​教徒​と​し​て​育て​られ​まし​た​が,教会​に​きちんと​通っ​て​は​い​ませ​ん​でし​た。わたし​の​住ん​で​い​た​地域​に​は,カトリック​教徒​で​も​複数​の​妻​を​持っ​て​いる​人​が​かなり​い​まし​た。その​当時,一夫多妻​は​法律​上​認め​られ​て​い​た​から​です。わたし​も,妻​を​4​人​持つ​よう​に​なり​まし​た。

1970​年代​に​革命​が​起き​た​時,わたし​は,それ​が​国​の​益​に​なる​と​考え,革命​を​全面​的​に​支持​し,政治​に​かかわる​よう​に​なり​まし​た。革命​派​は,政治​的​に​中立​の​立場​を​保つ​エホバ​の​証人​を​嫌っ​て​い​まし​た。それで,わたし​も​証人​たち​を​迫害​する​よう​に​なり​まし​た。1976​年​に​エホバ​の​証人​の​宣教​者​たち​が​国外​に​追放​さ​れ​た​時​に​は,『もう​二​度​と​戻っ​て​来​ない​だろ​う』と​思い​まし​た。

聖書​に​よっ​て​どの​よう​に​生き方​が​変わっ​た​か:

革命​は​1990​年​に​終わり​まし​た。わたし​は,エホバ​の​証人​の​宣教​者​たち​が​すぐ​やっ​て​来​た​こと​に​驚き,『神​は​この​人々​と​共​に​おら​れる​の​か​も​しれ​ない』と​思う​よう​に​なり​まし​た。その​ころ,転職​し​た​の​です​が,新しい​同僚​の​一​人​が​エホバ​の​証人​で,自分​の​信じ​て​いる​事柄​を​早速​わたし​に​話し,エホバ​が​愛​と​公正​の​神​で​ある​こと​を​示す​聖句​を​見せ​て​くれ​まし​た。(申命記 32:4。ヨハネ​第​一 4:8)わたし​は​それら​の​特質​に​心​を​引か​れ,エホバ​に​つい​て​もっと​知り​たい​と​思っ​た​の​で,勧め​に​応じ​て​聖書​研究​を​する​こと​に​し​まし​た。

そして​すぐ​に,エホバ​の​証人​の​集会​に​出席​する​よう​に​なり,目​に​し​た​純粋​な​愛​に​感銘​を​受け​まし​た。人種​差別​も​階級​差別​も​全く​なかっ​た​の​です。証人​たち​と​交われ​ば​交わる​ほど,彼ら​こそ​イエス​の​真​の​追随​者​で​ある​こと​が​はっきり​分かり​まし​た。―ヨハネ 13:35

わたし​は,エホバ​に​仕え​たい​なら,カトリック​教会​を​去る​必要​が​ある,と​悟り​まし​た。しかし,そう​する​の​は​容易​な​こと​で​は​あり​ませ​ん​でし​た。他​の​人々​から​どう​思わ​れる​か,心配​だっ​た​から​です。かなり​時間​が​かかり​まし​た​が,エホバ​に​助け​て​いただき,勇気​を​奮い起こし​て​教会​から​脱退​し​まし​た。

 わたし​は​もう​一つ​大きな​変化​を​遂げ​なけれ​ば​なり​ませ​ん​でし​た。聖書​を​研究​する​うち​に,神​は​一夫多妻​を​是認​さ​れ​ない,と​いう​こと​を​知っ​た​の​です。(創世記 2:18‐24。マタイ 19:4‐6)神​の​目​に​は,わたし​の​最初​の​結婚​だけ​が​有効​でし​た。それで,その​結婚​届け​を​出し,他​の​妻​たち​を​去ら​せ​て,それぞれ​の​生活​上​の​必要​が​満たさ​れる​よう​見届け​まし​た。やがて,以前​の​妻​たち​の​うち​二​人​が​エホバ​の​証人​に​なり​まし​た。

どんな​益​を​受け​た​か:

妻​は,依然​と​し​て​カトリック​教徒​です​が,エホバ​に​仕える​と​いう​わたし​の​決定​を​尊重​し​て​くれ​て​い​ます。妻​は​わたし​が​より​良い​夫​に​なっ​た​と​思っ​て​い​ます​し,わたし​も​そう​思っ​て​い​ます。

わたし​は,かつて​は​政治​に​よっ​て​社会​を​改革​できる​と​考え​て​い​まし​た​が,その​よう​な​運動​は​無駄​だ​と​いう​こと​が​分かり​まし​た。今​で​は,神​の​王国​こそ​人類​の​諸​問題​の​唯一​の​解決​策​で​ある​こと​を​理解​し​て​い​ます。(マタイ 6:9,10)本当​の​幸福​な​生き方​を​教え​くださっ​た​エホバ​に​感謝​し​て​い​ます。

「必要​な​変化​を​遂げる​の​は​容易​な​こと​で​は​あり​ませ​ん​でし​た」。―アレックス​・​レモス​・​シルバ

  • 生ま​れ​た​年: 1977​年

  • 生ま​れ​た​国: ブラジル

  • かつて​は: ペンテコステ​派​教会​の​牧師​だっ​た

過去​の​歩み:

わたし​は,サンパウロ​州​の​イトゥ​と​いう​都市​の​郊外​で​育ち​まし​た。その​辺り​は,犯罪​発生​率​の​高い​こと​で​知ら​れ​て​い​まし​た。

わたし​は,非常​に​暴力​的​で​不​道徳​だっ​た​だけ​で​なく,麻薬​の​密売​に​も​関係​し​て​い​まし​た。しかし,時​たつ​うち​に,『こんな​こと​を​し​て​い​たら​刑務​所​か​墓場​行き​に​なる』と​思い,そういう​生き方​を​やめ​まし​た。その​後,ペンテコステ​派​教会​の​信者​に​なり,やがて​牧師​に​なり​まし​た。

わたし​は,教会​で​の​奉仕​を​通し​て​本当​に​人々​の​力​に​なれる​だろ​う,と​思い​まし​た。地元​の​ラジオ​局​から​宗教​番組​を​放送​する​こと​さえ​し​て,その​地域​で​は​有名​に​なり​まし​た。それでも​次第​に,教会​は​全体​と​し​て​教会​員​の​福祉​に​関心​を​払っ​て​おら​ず,神​を​敬う​こと​に​は​もっと​関心​が​薄い,と​考える​よう​に​なり​まし​た。教会​は​ただ​お金​を​得る​こと​しか​考え​て​い​ない,と​思え​た​の​です。それで,教会​を​脱退​する​こと​に​し​まし​た。

聖書​に​よっ​て​どの​よう​に​生き方​が​変わっ​た​か:

エホバ​の​証人​と​聖書​研究​を​始め​た​時,証人​たち​は​他​の​宗教​の​人​たち​と​は​異なる,と​いう​こと​が​すぐ​に​分かり​まし​た。二つ​の​こと​が​特に​印象​的​でし​た。一つ​は,神​と​隣人​に​対する​愛​を​語る​だけ​で​なく​示し​て​いる​こと​で,もう​一つ​は,政治​や​戦争​に​かかわら​ない​こと​です。(イザヤ 2:4)その​二つ​の​事実​から,『これ​こそ​真​の​宗教。永遠​の​命​に​至る​狭め​られ​た​道​だ』と​確信​し​まし​た。―マタイ 7:13,14

また,神​を​喜ばせ​たい​なら,幾つ​か​の​大きな​変化​を​遂げ​なけれ​ば​なら​ない,と​いう​こと​に​気づき​まし​た。自分​の​家族​を​もっと​大事​に​する​必要​が​あり​まし​た。また,もっと​謙遜​に​なる​必要​も​あり​まし​た。そう​し​た​必要​な​変化​を​遂げる​の​は​容易​な​こと​で​は​あり​ませ​ん​でし​た​が,エホバ​に​助け​て​いただい​て​なんとか​変化​する​こと​が​でき​ まし​た。わたし​より​も​先​に​聖書​研究​を​始め​て​い​た​妻​は,わたし​の​変化​に​感銘​を​受け,いっそう​急速​な​進歩​を​遂げ​まし​た。間​も​なく,わたしたち​は​どちら​も​エホバ​の​証人​に​なり​たい​と​思う​よう​に​なり,同じ​日​に​バプテスマ​を​受け​まし​た。

どんな​益​を​受け​た​か:

妻​と​わたし​は,エホバ​と​の​親しい​関係​を​築く​よう​子ども​たち​3​人​を​助ける​こと​に​喜び​を​感じ​て​い​ます。わたしたち​家族​は​本当​に​幸福​です。わたし​は,み言葉 聖書​に​収め​られ​て​いる​真理​に​引き寄せ​て​くださっ​た​エホバ​に​感謝​し​て​い​ます。その​真理​は​人々​の​生き方​を​確か​に​変える​こと​が​でき​ます。わたし​は​まさに​その​生き​た​証​な​の​です。

「今​の​わたし​は​清く,生き生き​と​し​て​おり,健やか​です」。―ビクトリア​・​トン

  • 生ま​れ​た​年: 1957​年

  • 生ま​れ​た​国: オーストラリア

  • かつて​は: 不幸​な​子ども​時代​を​過ごし​た

過去​の​歩み:

わたし​は,7​人​兄弟​の​一番​年上​で,ニュー​・​サウス​・​ウェールズ​州​の​ニューカッスル​で​育ち​まし​た。アルコール​依存​症​の​父​は​暴力​を​振るい,母​も​粗暴​な​人​でし​た。母​から​は​文字どおり​の​暴力​だけ​で​なく​言葉​に​よる​暴力​も​加え​られ,『お前​は​悪い​子​だ​から,地獄​で​責め苦​に​遭う』と​よく​言わ​れ​まし​た。その​よう​な​脅し​に,わたし​は​怯え​まし​た。

母​から​暴行​を​受け​て​怪我​を​し​た​ため​学校​に​行け​ない,と​いう​こと​も​少なく​あり​ませ​ん​でし​た。11​歳​の​時,両親​の​もと​から​保護​さ​れ​て,最初​は​施設​に​移さ​れ,後​に​修道院​に​入れ​られ​まし​た。そして,14​歳​に​なっ​た​時​に,修道院​から​逃げ出し​まし​た。家​に​も​帰り​たく​なかっ​た​の​で,シドニー​郊外​の​キングズクロス​の​路上​で​生活​し​まし​た。

路上​生活​を​し​て​いる​うち​に,薬物​や​酒,ポルノ,売春​に​手​を​染める​よう​に​なり​まし​た。そして,本当​に​怖い​思い​を​し​まし​た。ナイトクラブ​の​オーナー​の​アパート​に​泊め​て​もらっ​て​い​た​ところ,ある​晩,二​人​の​男性​が​その​オーナー​に​会い​に​来​まし​た。わたし​は​寝室​に​行かさ​れ​まし​た​が,彼ら​の​会話​が​聞こえ​て​き​まし​た。オーナー​は​わたし​を​その​男​たち​に​売り飛ばそ​う​と​し​て​い​た​の​です。男​たち​は,わたし​を​貨物​船​に​潜ま​せ​て​日本​に​連れ​て​行き,バー​で​働か​せる​つもり​でし​た。わたし​は​恐怖​に​駆ら​れ​て​ベランダ​から​飛び降り,助け​を​求め​て​逃げ​まし​た。

そして,シドニー​に​来​て​い​た,通りすがり​の​男性​に​声​を​かけ,自分​の​事情​を​説明​し​まし​た。お金​を​幾らか​で​も​もらえれ​ば,と​思っ​た​の​です。ところ​が​その​人​は,自分​の​滞在​先​に​わたし​を​招き,わたし​が​シャワー​を​浴び​て​食事​を​取れる​よう​に​し​て​くれ​まし​た。結局,わたし​は​そこ​に​居着い​て​しまい,1​年​後​に​その​人​と​結婚​し​まし​た。

聖書​に​よっ​て​どの​よう​に​生き方​が​変わっ​た​か:

わたし​は,エホバ​の​証人​と​聖書​を​研究​し​始め​た​時,様々​な​感情​を​味わい​まし​た。サタン​が​諸悪​の​根源​で​ある​こと​を​知っ​た​時​に​は,腹​が​立ち​まし​た。それ​まで​ずっ​と,人​を​苦しま​せ​て​いる​の​は​神​だ​と​教え​られ​て​い​た​から​です。また,神​が​人​を​地獄​で​罰し​たり​は​し​ない​こと​を​知っ​た​時​に​は,とても​安心​し​まし​た。物心​つい​て​から​ずっ​と​その​教え​に​怯え​て​い​た​から​です。

また,証人​たち​が​何​で​も​聖書​の​教え​に​基づい​て​決定​する​こと​に​感銘​を​受け​まし​た。彼ら​は​信仰​を​実践​し​て​ いる​の​です。わたし​は​気難しい​人間​でし​た​が,わたし​が​何​を​言お​う​と​何​を​し​よう​と,証人​たち​は​愛​と​敬意​を​もっ​て​接し​て​くれ​まし​た。

一番​大変​だっ​た​の​は,自分​に​は​何​の​価値​も​ない​と​いう​感情​と​の​闘い​でし​た。強い​自己​嫌悪​を​抱い​て​い​て,その​感情​は,バプテスマ​を​受け​て​エホバ​の​証人​と​なっ​た​あと​も​長い​あいだ​消え​ませ​ん​でし​た。自分​が​エホバ​を​愛し​て​いる​こと​は​分かっ​て​い​まし​た​が,エホバ​が​わたし​の​よう​な​者​を​愛し​て​くださる​など​と​は​思え​なかっ​た​の​です。

転機​が​訪れ​た​の​は,バプテスマ​を​受け​て​から​15​年​後​の​こと​です。エホバ​の​証人​の​王国​会館​で​話​を​聞い​て​い​た​時,話し手​が​ヤコブ 1​章​23,24​節​に​言及​し​まし​た。その​聖句​は​神​の​言葉​を​鏡​に​なぞらえ​て​おり,その​鏡​を​使う​なら​自分​自身​に​関し​て​エホバ​と​同じ​見方​が​できる,と​いう​こと​でし​た。わたし​は,自分​が​エホバ​と​は​異なる​見方​を​し​て​いる​の​で​は​ない​か,と​思い​始め​まし​た。最初​の​うち​は,この​新しい​考え​に​抵抗​感​が​あり​まし​た。依然​と​し​て,エホバ​に​愛し​て​いただく​なんて​大それた​こと​だ​と​思っ​て​い​た​から​です。

数​日​後,ある​聖句​を​読ん​で​人生​が​一変​し​まし​た。それ​は​イザヤ 1​章​18​節​です。その​節​で​エホバ​は​こう​述べ​て​おら​れ​ます。「さあ,来る​が​よい。わたしたち​の​間​で​事​を​正そ​う……。たとえ​あなた方​の​罪​が​緋​の​よう​で​あっ​て​も,それ​は​まさに​雪​の​よう​に​白く​され,たとえ​紅​の​布​の​よう​に​赤く​て​も,まさに​羊毛​の​よう​に​なる」。わたし​は​エホバ​が​わたし​に,「さあ,ビッキー,わたしたち​の​間​で​事​を​正そ​う。わたし​は​あなた​を,あなた​の​罪​を,あなた​の​心​を​知っ​て​いる。そして,あなた​を​愛し​て​いる​の​だ」と​語りかけ​て​くださっ​て​いる​か​の​よう​に​感じ​た​の​です。

その​夜​は​眠れ​ませ​ん​でし​た。エホバ​が​わたし​を​愛し​て​くださる​と​は​まだ​思え​なかっ​た​の​です​が,イエス​の​贖い​の​犠牲​に​つい​て​考え​始め​た​と​き,はっ​と​気づき​まし​た。エホバ​が​それ​まで​ずっ​と​わたし​の​こと​を​辛抱​し,いろいろ​な​形​で​愛​を​示し​て​くださっ​て​い​た​の​に,わたし​は​エホバ​に,「あなた​の​愛​は​わたし​に​及ぶ​ほど​大きく​は​あり​ませ​ん。み子​の​犠牲​は​わたし​を​覆える​ほど​の​もの​で​は​あり​ませ​ん」と​言っ​て​い​た​の​です。贖い​を​エホバ​に​投げ返し​て​い​た​も​同然​でし​た。しかし,この​贖い​と​いう​贈り物​に​つい​て​黙想​する​こと​に​より,今や​ついに,エホバ​に​愛さ​れ​て​いる​と​感じ​られる​よう​に​なり​まし​た。

どんな​益​を​受け​た​か:

今​の​わたし​は​清く,生き生き​と​し​て​おり,健やか​です。結婚​生活​も​より​良い​もの​に​なり​まし​た。わたし​は,自分​の​経験​を​生かし​て​他​の​人​たち​を​助ける​こと​が​でき,幸せ​です。エホバ​を​ますます​身近​に​感じ​て​い​ます。

「『祈り​に​対する​答え​だ』と​思い​まし​た」。―セルゲイ​・​ボタンキン

  • 生ま​れ​た​年: 1974​年

  • 生ま​れ​た​国: ロシア

  • かつて​は: ヘビーメタル​に​熱中​し​て​い​た

過去​の​歩み:

わたし​は​ボトキンスク​で​生ま​れ​まし​た。そこ​は,有名​な​作曲​家​ピョートル​・​イリッチ​・​チャイコフスキー​の​出生​地​です。わたし​の​家族​は,貧しい​暮らし​を​し​て​い​まし​た。父​は​多く​の​良い​特質​を​持っ​て​い​まし​た​が,アルコール​依存​症​でし​た。その​ため,家庭​内​に​いつも​緊張​し​た​雰囲気​が​あり​まし​た。

学生​時代​の​わたし​は,あまり​優秀​で​は​なく,月日​が​たつ​うち​に​劣等​感​を​持つ​よう​に​なり​まし​た。自分​の​殻​に​閉じこもっ​て,他​の​人々​に​不信​感​ を​抱く​よう​に​も​なり​まし​た。学校​に​通う​の​が​とても​苦痛​でし​た。例えば,調べ​た​こと​を​発表​し​なけれ​ば​なら​ない​時​など​は,ほか​の​時​なら​言える​よう​な​基本​的​な​概念​さえ​も​うまく​説明​でき​ない​場合​が​少なく​あり​ませ​ん​でし​た。それで,第​8​学年​を​終え​た​時​の​通知​表​に​は,「語彙​が​限ら​れ​て​おり,自分​の​考え​を​表現​する​こと​が​でき​ない」と​記さ​れ​て​い​まし​た。わたし​は,その​言葉​に​がっかり​し,ますます『自分​は​だめ​な​人間​な​の​だ』と​思い,『自分​は​何​の​ため​に​生き​て​いる​ん​だろ​う』と​考える​よう​に​なり​まし​た。

わたし​は,十​代​で​酒​を​飲み​始め​まし​た。初め​の​うち​は​飲む​と​気分​が​良く​なり​まし​た​が,飲み過ぎる​と​良心​の​呵責​を​感じ,生き​て​いる​の​が​無​意味​に​思え​まし​た。やがて,ふさぎ込む​よう​に​なり,幾​日​も​家​に​引きこもる​こと​も​あり​まし​た。そして,自殺​を​考え​始め​まし​た。

20​歳​に​なっ​て,一時​的​に​慰め​を​与え​て​くれる​もの​を​見つけ​まし​た。ヘビーメタル​音楽​に​出会っ​た​の​です。わたし​は​その​音楽​を​聞い​て​気分​が​高揚​し,ヘビーメタル​好き​の​人​たち​を​探し​まし​た。髪​を​長く​伸ばし,耳​に​ピアス​を​し,好き​な​ミュージシャン​たち​と​同じ​よう​な​格好​を​し​まし​た。そう​し​て​いる​うち​に,わたし​は​向こう見ず​で​攻撃​的​な​人間​に​なっ​て​ゆき,家族​と​も​しばしば​口論​する​よう​に​なり​まし​た。

ヘビーメタル​音楽​を​聞け​ば​幸福​に​なれる​と​思っ​て​い​まし​た​が,実際​に​は​逆​の​こと​が​生じ​て​い​まし​た。人格​が​変わり​つつ​あっ​た​の​です。そして,尊敬​し​て​い​た​スター​たち​の​不祥​事​を​知っ​た​時​に​は,裏切ら​れ​た​よう​に​感じ​まし​た。

わたし​は,また​自殺​を​考える​よう​に​なり​まし​た。この​時​は,真剣​でし​た。しかし,ただ​母​を​悲しま​せ​たく​ない​と​いう​だけ​の​理由​で​思いとどまり​まし​た。母​は​わたし​を​とても​愛し,わたし​の​ため​に​多く​の​こと​を​し​て​くれ​た​から​です。わたし​は​苦悩​し​まし​た。生き​て​い​たく​ない​の​に,自分​の​命​を​絶つ​こと​も​でき​ませ​ん​でし​た。

気​を​紛らす​ため,ロシア​の​古典​文学​を​読み​始め​まし​た。教会​の​ため​に​尽力​し​た​英雄​の​物語​を​読ん​で​い​た​時,突然,神​の​ため,人​の​ため​に​何​か​を​し​たい​と​いう​燃える​よう​な​思い​に​駆ら​れ​まし​た。それで,生ま​れ​て​初めて​心​の​底​から​神​に​祈り,『どう​すれ​ば​目的​の​ある​人生​を​送れる​の​か​教え​て​ください』と​願い​まし​た。そう​祈っ​て​い​た​時,自分​で​も​驚く​ほど​の​安らぎ​を​感じ​まし​た。しかし​その​あと,さらに​驚く​べき​こと​が​起き​まし​た。ほんの​2​時間​後,一​人​の​エホバ​の​証人​が​戸口​に​訪れ​て,わたし​に​聖書​研究​を​勧め​た​の​です。『祈り​に​対する​答え​だ』と​思い​まし​た。わたし​に​とっ​て​その​日​は,幸福​な​人生​の​門出​と​なり​まし​た。

聖書​に​よっ​て​どの​よう​に​生き方​が​変わっ​た​か:

非常​に​困難​な​こと​でし​た​が,ヘビーメタル​関連​の​物品​は​すべて​処分​し​まし​た。それでも,その​音楽​は,長い​間,頭​から​消え​ませ​ん​でし​た。歩い​て​い​て​その​音楽​が​聞こえ​て​き​たり​する​と,すぐ​に​自分​の​過去​が​よみがえり​まし​た。わたし​は,そう​し​た​嫌​な​思い出​を,今や​自分​の​思い​と​心​に​根づき​始め​て​い​た​良い​もの​と​混ぜ合わせ​たく​ない,と​思い​まし​た。それで,意識​的​に​その​よう​な​場所​を​避け​まし​た。また,過去​の​こと​を​くよくよ​考え​そう​に​なっ​た​時​に​は,熱烈​に​祈り​まし​た。そう​する​こと​は,「一切​の​考え​に​勝る​神​の​平和」を​享受​する​助け​に​なり​まし​た。―フィリピ 4:7

また,聖書​研究​を​通し​て,クリスチャン​に​は​自分​の​信仰​を​他​の​人々​に​伝える​義務​が​ある,と​いう​こと​を​学び​まし​た。(マタイ 28:19,20)しかし​正直​な​ところ,『そんな​こと,自分​に​は​絶対​でき​ない』と​思い​まし​た。同時​に,学ん​で​いる​新しい​事柄​から,深い​幸福​感​と​心​の​平安​を​味わっ​て​い​た​の​で,こう​し​た​真理​を​他​の​人々​も​学ぶ​必要​が​ある,と​いう​こと​も​分かっ​て​い​まし​た。それで,不安​を​抱き​ながら​も,自分​の​学ん​だ​事柄​を​他​の​人​に​話し​始め​まし​た。すると,自分​で​も​驚い​た​こと​に,聖書​に​つい​て​他​の​人​に​話す​こと​で​自信​を​持てる​よう​に​なり,新た​に​信じ​た​事柄​が​自分​の​心​の​中​に​しっかり​とどまる​よう​に​も​なり​まし​た。

どんな​益​を​受け​た​か:

わたし​も​今​で​は​幸福​な​結婚​生活​を​送り,妹​や​母​も​含め​て​他​の​人​たち​に​聖書​を​教える​喜び​に​あずかっ​て​い​ます。神​に​仕え,他​の​人​が​神​に​つい​て​学ぶ​の​を​助ける​こと​に​より,わたし​の​人生​は​本当​に​意味​の​ある​もの​と​なっ​て​い​ます。