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エホバの証人

日本語

「ものみの塔」(研究用)  |  2012年11月

イエスは謙遜さの模範を示した

イエスは謙遜さの模範を示した

「わたし​は​あなた方​の​ため​に​模範​を​示し​まし​た。あなた方​も,わたし​が​あなた方​に​し​た​と​同じ​よう​に​する​ため​です」。―ヨハ 13:15

1,2. イエス​は,地上​に​おける​最後​の​晩,使徒​たち​に​どんな​実物​教育​を​施し​まし​た​か。

地上​に​おける​最後​の​晩,イエス​は​エルサレム​の​ある​家​の​階上​の​部屋​で​使徒​たち​と​時​を​過ごし​て​い​ます。晩さん​の​途中​で,立っ​て​外衣​を​わき​に​置き,ふき布​を​身​に​帯び​ます。たらい​に​水​を​入れ,弟子​たち​の​足​を​洗っ​て​ふい​て​ゆき​ます。それ​から​外衣​を​身​に​着け​まし​た。イエス​が​この​謙遜​な​行ない​を​し​た​の​は​なぜ​でしょ​う​か。―ヨハ 13:3‐5

2 イエス​自ら​こう​説明​し​て​い​ます。「わたし​が​あなた方​に​し​た​こと​が​分かり​ます​か。……わたし​が,主​また​師​で​あり​ながら​あなた方​の​足​を​洗っ​た​の​で​あれ​ば,あなた方​も​互い​に​足​を​洗い合う​べき​です。わたし​は​あなた方​の​ため​に​模範​を​示し​まし​た。あなた方​も,わたし​が​あなた方​に​し​た​と​同じ​よう​に​する​ため​です」。(ヨハ 13:12‐15)こう​し​た​体裁​の​悪い​仕事​を​進ん​で​行なう​態度​を​示す​こと​に​よっ​て,イエス​は​使徒​たち​に​実物​教育​を​施し​て​い​た​の​です。それ​は,使徒​たち​の​思い​に​深く​刻ま​れ,謙遜​に​なる​よう​促す​もの​でし​た。

3. (イ)イエス​は​二​度,どの​よう​に​謙遜​さ​の​重要​性​を​強調​し​まし​た​か。(ロ)この​記事​で​は,どんな​点​を​考え​ます​か。

3 イエス​が​謙遜​さ​の​価値​を​際立た​せ​た​の​は,使徒​たち​の​足​を​洗っ​た​時​が​最初​で​は​あり​ませ​ん。それ​以前​に,使徒​たち​の​幾​人​か​が​競争​心​を​示し​た​時,イエス​は​幼子​を​自分​の​わき​に​立た​せ,こう​言い​まし​た。「だれ​で​も​わたし​の​名​に​よっ​て​この​幼子​を​迎える​者​は​わたし​を​も​迎える​の​で​あり,だれ​で​も​わたし​を​迎える​者​は​わたし​を​遣わし​た​方​を​も​また​迎える​の​です。あなた方​すべて​の​間​で​より​小さい​者​と​し​て​行動​する​人​こそ​偉い​の​です」。(ルカ 9:46‐48)その​後,別​の​機会​に,パリサイ​人​が​目立つ​場所​を​求める​様子​に​気づい​た​イエス​は, 「だれ​で​も​自分​を​高める​者​は​低く​され,自分​を​低く​する​者​は​高め​られる」と​述べ​まし​た。(ルカ 14:11)明らか​に​イエス​は,追随​者​が​謙遜​で​ある​こと​を,すなわち,へりくだっ​た​思い​を​持ち,誇り高ぶら​ない​こと​を​願っ​て​い​まし​た。では,イエス​に​見倣う​ため​に,その​謙遜​さ​の​手本​を​詳しく​調べ​ましょ​う。さらに,謙遜​さ​が​それ​を​示す​人​だけ​で​は​なく​当人​以外​に​も​どの​よう​に​益​と​なる​か​も​考え​ます。

「わたし​は​反対​の​方​に​向か​なかっ​た」

4. 神​の​独り子​は,人間​と​なる​以前,どの​よう​に​謙遜​さ​を​示し​まし​た​か。

4 神​の​独り子​は,地上​に​来る​前​から​謙遜​さ​を​示し​て​い​まし​た。人間​と​なる​以前,天​の​父​と​共​に,計り知れない​ほど​長い​時​を​過ごし​まし​た。聖書​の​イザヤ​書​に​は,み子​と​み父​の​親しい​関係​が​次​の​よう​に​描か​れ​て​い​ます。「主権​者​なる​主​エホバ​ご自身​が​教え​られ​た​者​たち​の​舌​を​わたし​に​与え​て​くださっ​た。疲れ​た​者​に​どの​よう​に​言葉​を​用い​て​答える​か​を​わたし​が​知る​ため​で​ある。神​は​朝​ごと​に​目覚め​させ​て​くださる。教え​られ​た​者​たち​の​よう​に​聞く​ため​に​わたし​の​耳​を​目覚め​させ​て​くださる。主権​者​なる​主​エホバ​が​わたし​の​耳​を​開い​て​くださっ​た。そして,わたし​は​反抗​的​で​は​なかっ​た。わたし​は​反対​の​方​に​向か​なかっ​た」。(イザ 50:4,5)神​の​み子​は,謙遜​な​態度​を​表わし,エホバ​の​教え​られる​事柄​に​細心​の​注意​を​払い​まし​た。まこと​の​神​から​意欲​的​に​進ん​で​学び​まし​た。罪深い​人類​に​憐れみ​を​示す​と​いう​エホバ​の​謙遜​さ​の​手本​も​つぶさ​に​観察​し​た​に​違いあり​ませ​ん。

5. イエス​は,み使い​の​頭​ミカエル​と​し​て​悪魔​と​対立​し​た​際,どの​よう​に​謙遜​さ​と​慎み​の​手本​を​示し​まし​た​か。

5 天​の​すべて​の​創造​物​が​神​の​独り子​と​同じ​態度​を​示し​た​わけ​で​は​あり​ませ​ん。悪魔​サタン​と​なっ​た​み使い​は,エホバ​から​学ぼ​う​と​する​の​で​は​なく,謙遜​さ​と​は​正​反対​の​うぬぼれ​と​誇り​に​影響​さ​れる​まま​に​なり,現に​エホバ​に​反逆​し​まし​た。一方​イエス​は,天​で​の​自分​の​立場​に​不満​を​抱い​たり​権威​を​誤用​し​よう​と​し​たり​は​し​ませ​ん​でし​た。み使い​の​頭​ミカエル​と​し​て,「モーセ​の​体​に​つい​て」「悪魔​と​意見​を​異​に​し」た​際,自分​の​権威​を​越え​て​行動​する​こと​は​あり​ませ​ん​でし​た。むしろ,謙遜​さ​と​慎み​を​示し,宇宙​の​至高​の​裁き主​で​ある​エホバ​に​ご自分​の​方法​で​ご予定​の​時​に​物事​を​扱っ​て​いただく​よう​に​し​まし​た。―ユダ 9を​読む。

6. イエス​は,メシア​と​し​て​仕える​割り当て​を​受け入れる​面​で,どの​よう​に​謙遜​さ​を​表わし​まし​た​か。

6 イエス​は​人間​と​なる​以前​から,メシア​と​し​て​の​地上​で​の​生涯​に​関する​預言​も​知っ​て​い​た​に​違いあり​ませ​ん。ですから,不快​な​経験​が​待ち受け​て​いる​と​分かっ​て​い​た​こと​でしょ​う。それでも,地上​で​生活​し​て​約束​の​メシア​と​し​て​死ぬ​と​いう​割り当て​を​受け入れ​まし​た。なぜ​でしょ​う​か。使徒​パウロ​は,神​の​独り子​の​謙遜​さ​を​際立た​せ,こう​記し​て​い​ます。「彼​は​神​の​形​で​存在​し​て​い​まし​た​が,強いて​取る​こと,つまり,自分​が​神​と​同等​で​ある​よう​に​と​いう​こと​など​は​考え​ませ​ん​でし​た。いえ,むしろ,自分​を​無​に​し​て​奴隷​の​形​を​取り,人​の​よう​な​様​に​なり​まし​た」。―フィリ 2:6,7

人間​と​し​て「自分​を​低く」した

イエス​の​謙遜​さ​の​手本​は​どの​よう​に​わたしたち​の​益​と​なる​か

7,8. イエス​は,子ども​時代​や​地上​で​の​宣教​期間​中​に,どの​よう​に​謙遜​さ​を​示し​まし​た​か。

7 パウロ​が​述べ​て​いる​よう​に,「人​の​姿​で​い​た​時,[イエス]は​自分​を​低く​し​て,死,それ​も​苦しみ​の​杭​の​上​で​の​死​に​至る​まで​従順​に​なり​まし​た」。(フィリ 2:8)イエス​は,子ども​時代​から​謙遜​さ​の​模範​を​残し​て​い​ます。ヨセフ​と​マリア​と​いう​不​完全​な​両親​に​育て​られ​まし​た​が,謙遜​に「引き続き​彼ら​に​服し」まし​た。(ルカ 2: 51)若い​人​たち​に​とっ​て,本当​に​立派​な​手本​です。親​に​進ん​で​服する​なら,神​に​祝福​さ​れる​の​です。

8 大人​に​なっ​た​イエス​は,自分​の​意志​で​は​なく​エホバ​の​ご意志​を​行なう​こと​を​優先​する​こと​に​よっ​て,謙遜​さ​を​示し​まし​た。(ヨハ 4:34)イエス​・​キリスト​は​宣教​期間​中,神​の​固有​の​名​を​用い,誠実​な​人​が​エホバ​の​属性​と​人類​に​対する​エホバ​の​目的​に​つい​て​正確​な​知識​を​得る​の​を​助け​まし​た。また,エホバ​に​つい​て​教え​た​事柄​と​調和​し​た​生き方​を​し​まし​た。例えば,模範​的​な​祈り​の​中​で​イエス​が​述べ​た​最初​の​点​は,「天​に​おら​れる​わたしたち​の​父​よ,あなた​の​お名前​が​神聖​な​もの​と​され​ます​よう​に」と​いう​こと​でし​た。(マタ 6:9)その​よう​に​し​て,エホバ​の​名​を​神聖​に​する​こと​を​主要​な​関心事​と​する​よう​追随​者​たち​に​教え​た​の​です。イエス​自身​も​その​よう​に​生き​まし​た。それ​で​地上​で​の​宣教​の​終わり​頃,エホバ​に​こう​祈る​こと​が​でき​まし​た。「わたし​は​み名​を​彼ら[使徒​たち]に​知らせ​まし​た。また​これ​から​も​知らせ​ます」。(ヨハ 17:26)さらに,宣教​期間​を​通じ​て,自分​が​地上​で​成し遂げ​た​こと​の​誉れ​を​エホバ​に​帰し​まし​た。―ヨハ 5:19

9. ゼカリヤ​は,メシア​に​関し​て​どんな​こと​を​預言​し​まし​た​か。それ​は​イエス​に​よっ​て​どの​よう​に​成就​し​まし​た​か。

9 ゼカリヤ​は,メシア​に​関し​て​預言​的​に​次​の​よう​に​書き​まし​た。「シオン​の​娘​よ,大いに​喜べ。エルサレム​の​娘​よ,勝利​の​叫び​を​上げよ。見よ,あなた​の​王​が​あなた​の​もと​に​来る。義​に​かなっ​た​者,救わ​れ​た​者​で​ある。謙遜​で​あり,ろば​に,しかも​成熟​し​た,雌ろば​の​子​に​乗っ​て​いる」。(ゼカ 9:9)この​預言​は,西暦​33​年​の​過ぎ越し​の​前​に​イエス​が​エルサレム​に​入っ​た​時,成就​し​まし​た。群衆​は​外衣​や​木​の​枝​を​道路​に​敷き​ます。市​全体​が​イエス​の​入城​に​騒ぎ立っ​た​の​です。イエス​は,王​と​し​て​人々​から​称賛​を​浴び​た​時​も​謙遜​でし​た。―マタ 21:4‐11

10. イエス​が​死​に​至る​まで​進ん​で​従順​を​示し​た​こと​に​よっ​て,何​が​証明​さ​れ​まし​た​か。

10 地上​に​おける​イエス​・​キリスト​の​謙遜​と​従順​の​歩み​は,苦しみ​の​杭​に​おける​死​に​よっ​て​頂点​に​達し​まし​ た。こう​し​て​イエス​は,人間​が​極限​まで​試さ​れ​て​も​忠節​を​保てる​こと​を​疑問​の​余地​なく​証明​し​まし​た。また,人間​は​利己​的​な​理由​で​エホバ​に​仕え​て​いる,と​いう​サタン​の​主張​が​誤り​で​ある​こと​も​示し​まし​た。(ヨブ 1:9‐11; 2:4)そして,キリスト​の​完全​な​忠誠​の​記録​は,エホバ​の​宇宙​主権​が​正当​で​義​に​かなっ​て​いる​こと​を​支持​する​もの​でし​た。エホバ​は,謙遜​な​み子​の​揺るぎない​忠節​を​ご覧​に​なっ​て​歓ば​れ​た​に​違いあり​ませ​ん。―箴言 27:11を​読む。

11. イエス​・​キリスト​の​贖い​の​犠牲​に​よっ​て,信仰​を​持つ​人類​は​どんな​見込み​を​持てる​よう​に​なり​まし​た​か。

11 また,苦しみ​の​杭​に​おける​死​に​よっ​て,イエス​は​人類​の​ため​の​贖い​の​代価​を​支払い​まし​た。(マタ 20:28)こう​し​て,罪深い​人類​が​永遠​に​生きる​機会​が​開か​れ,義​の​要求​も​満たさ​れ​まし​た。「正しさ​を​立証​する​一つ​の​行為​を​通し​て​あらゆる​人​に​及ぶ​結果​も​また,命​の​ため​に​彼ら​を​義​と​宣する​こと​な​の​です」と,パウロ​は​記し​て​い​ます。(ロマ 5:18)イエス​の​死​に​より,霊​に​よっ​て​油そそが​れ​た​クリスチャン​は​天​で​の​不滅​の​命​の​見込み,「ほか​の​羊」は​地上​で​の​永遠​の​命​の​見込み​を​持てる​よう​に​なり​まし​た。―ヨハ 10:16。ロマ 8:16,17

「心​の​へりくだっ​た​者」

12. イエス​は,不​完全​な​人間​に​対し​て,どの​よう​に​温和​さ​と​謙遜​さ​を​示し​まし​た​か。

12 イエス​は,「労苦​し,荷​を​負っ​て​いる」人​すべて​を,ご自分​の​もと​に​来る​よう​招き​まし​た。こう​述べ​て​い​ます。「わたし​の​くびき​を​負っ​て,わたし​から​学び​なさい。わたし​は​気質​が​温和​で,心​の​へりくだっ​た​者​だ​から​です。あなた方​は​自分​の​魂​に​とっ​て​さわやか​な​もの​を​見いだす​でしょ​う」。(マタ 11:28,29)イエス​は​謙遜​さ​と​温和​さ​ゆえ​に,不​完全​な​人間​に​対し​て,親切​に​分け隔て​なく​接し​まし​た。弟子​たち​に​期待​する​事柄​の​点​で​道理​に​かなっ​て​い​まし​た。彼ら​を​褒め,励まし​まし​た。能力​が​ない​と​か​価値​が​ない​と​は​感じ​させ​ませ​ん​でし​た。決して​過酷​で​も​抑圧​的​で​も​なかっ​た​の​です。むしろ,自分​に​近づき​教え​を​実践​する​こと​に​よっ​て​さわやか​に​される,と​追随​者​に​保証​し​て​い​ます。イエス​の​くびき​は​心地よく,その​荷​は​軽い​の​です。老若​男女​を​問わ​ず,だれ​も​が,イエス​と​いる​と​くつろい​だ​気持ち​に​なり​まし​た。―マタ 11:30

イエス​は​同情​心​の​模範​を​示し​た

13. イエス​は,恵ま​れ​ない​人​に​どの​よう​に​同情​心​を​示し​まし​た​か。

13 イエス​は,イスラエル​の​一般​の​人々​と​交わる​中​で,恵ま​れ​ない​状況​に​ある​彼ら​に​同情​心​を​抱き,その​必要​に​愛​ある​関心​を​向け​まし​た。エリコ​の​近く​で​盲目​の​こじき​二​人​に​出会っ​た​時​の​こと​です。一​人​は​バルテマイ​と​いう​名​で,もう​一​人​の​名​は​挙げ​られ​て​い​ませ​ん。二​人​は​イエス​の​助け​を​執拗​に​求め​ます​が,群衆​は​静か​に​し​て​いる​よう​厳しく​命じ​ます。この​二​人​の​ 嘆願​を​無視​し​よう​と​思え​ば,容易​に​そう​でき​た​でしょ​う。しかし,イエス​は​二​人​を​連れ​て​来る​よう​に​求め​ます。哀れ​に​思い,視力​を​回復​さ​せ​まし​た。イエス​は,謙遜​さ​を​表わし,立場​の​低い​罪人​たち​に​憐れみ​を​示す​こと​に​よっ​て,み父​に​倣っ​て​い​た​の​です。―マタ 20:29‐34。マル 10:46‐52

「だれ​で​も​自分​を​低く​する​者​は​高め​られる」

14. イエス​の​謙遜​な​歩み​から,どんな​益​が​生じ​て​い​ます​か。

14 イエス​・​キリスト​の​謙遜​な​歩み​は,喜び​の​理由​で​あり,非常​に​有益​です。エホバ​は,愛する​み子​が​謙遜​に​ご意志​に​服す​の​を​見​て,歓ば​れ​まし​た。使徒​や​弟子​たち​は,イエス​の​温和​な​気質​や​へりくだっ​た​心​に​よっ​て​さわやか​に​され​まし​た。その​手本,教え,温か​な​褒め言葉​に​よっ​て,霊的​に​進歩​する​よう​励まさ​れ​まし​た。一般​の​人々​も,イエス​の​謙遜​さ​から​益​を​受け​まし​た。助け​や​教え​や​励まし​を​与え​られ​た​の​です。実​の​ところ,請け戻し​得る​人類​すべて​が,イエス​の​贖い​の​犠牲​から​長期​的​な​益​を​得​ます。

15. イエス​は,謙遜​で​ある​こと​から,どの​よう​に​益​を​得​まし​た​か。

15 イエス​自身​は​どう​でし​た​か。謙遜​さ​は​イエス​に​益​を​もたらし​た​でしょ​う​か。その​とおり​です。イエス​は​弟子​たち​に,「だれ​で​も​自分​を​低く​する​者​は​高め​られる」と​告げ​まし​た。(マタ 23:12)イエス​自身​の​場合​が​そう​でし​た。パウロ​は​こう​述べ​て​い​ます。「神​は[イエス]を​さらに​上​の​地位​に​高め,他​の​あらゆる​名​に​勝る​名​を​進ん​で​お与え​に​なっ​た​の​です。それ​は,天​に​ある​もの,地​に​ある​もの,地​の​下​に​ある​もの​の​すべて​の​ひざ​が​イエス​の​名​に​よっ​て​かがみ,すべて​の​舌​が,イエス​・​キリスト​は​主​で​ある​と​公​に​認め​て,父​なる​神​に​栄光​を​帰する​ため​でし​た」。地上​に​おける​謙遜​で​忠実​な​歩み​の​ゆえに,エホバ​神​は​み子​イエス​を​高め,天​と​地​の​すべて​の​創造​物​に​対する​権威​を​お与え​に​なり​まし​た。―フィリ 2:9‐11

イエス​は「真理​と​謙遜​と​義​の​ため​に」乗り進む

16. 謙遜​さ​が​今後​も​神​の​み子​の​活動​の​特徴​と​なる​こと​は,何​から​分かり​ます​か。

16 謙遜​さ​は,今後​も​神​の​み子​の​活動​の​特徴​と​なり​ます。イエス​が​天​の​高め​られ​た​地位​から​敵​たち​に​対し​て​どう​行動​する​か​を​予告​し​て,詩編​作者​は​こう​歌い​まし​た。「あなた​の​光輝​を​もっ​て​成功​を​収めよ。真理​と​謙遜​と​義​の​ため​に​乗り進め」。(詩 45:4)イエス​・​キリスト​は​ハルマゲドン​に​おい​て,真理​と​義,そして​謙遜​の​ため​に​乗り進み​ます。千​年​統治​の​終わり​に​は,どう​なる​でしょ​う​か。メシア​なる​王​と​し​て,「あらゆる​政府,また​あらゆる​権威​と​力​を​無​に​帰せ​しめ」た​時,イエス​は​謙遜​さ​を​示し​ます​か。その​とおり​です。「王国​を​自分​の​神​また​父​に​渡し​ます」。―コリント​第​一 15:24‐28を​読む。

17,18. (イ)エホバ​の​僕​たち​が​イエス​の​謙遜​さ​の​模範​に​倣う​こと​が​重要​な​の​は,なぜ​です​か。(ロ)次​の​記事​で​は,どんな​点​を​考え​ます​か。

17 わたしたち​は​どう​でしょ​う​か。手本​と​なる​方​の​示し​た​模範​に​倣い,謙遜​さ​を​表わし​ます​か。王​イエス​・​キリスト​が​ハルマゲドン​で​裁き​を​執行​する​ため​に​来る​時,わたしたち​は​どう​なる​でしょ​う​か。イエス​が​何​の​ため​に​乗り進む​か​を​考える​と,謙遜​で​義​なる​人​だけ​が​救わ​れる​こと​が​分かり​ます。ですから,謙遜​さ​を​培う​こと​は,生き残る​ため​に​不可欠​です。さらに,イエス​・​キリスト​の​謙遜​な​歩み​が​イエス​自身​と​他​の​人​たち​に​益​を​もたらし​た​よう​に,わたしたち​の​表わす​謙遜​さ​も​様々​な​面​で​益​と​なり​ます。

18 イエス​の​謙遜​さ​の​模範​に​倣う​の​に,何​が​助け​に​なる​でしょ​う​か。難しい​状況​に​直面​し​て​も​謙遜​で​ある​よう,どの​よう​に​努力​でき​ます​か。こう​し​た​点​を​次​の​記事​で​考え​ます。