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エホバの証人

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「ものみの塔」(研究用) 1996-04-01

復活祭と記念式―どちらを祝うべきですか

復活祭と記念式―どちらを祝うべきですか

地平線上空白ん47訪れると,十数億人々最もなる日,復活祭<イースター>を喜びうち迎えることでしょう。復活かつて,七旬節主日もしくは大斎主日呼ばれる祝日から始まり,三位一体主日呼ばれる祝日終了する,祭礼断食伴う120期間指す名称でした。今日は,イエス復活記念する一日だけ,すなわち復活指し用いられます。

しかし,その同じの,それよりあるに,別幾百万たちキリスト記念祝うため集まることでしょう。それ晩さん知られる式典で,イエスご自身が,地上おける最後制定ものです。イエスそれ制定から弟子たちに,「わたし記念これ行ないつづけなさい」と言わました。―ルカ 22:19

あなたどちら祝うべきでしょか。

復活起源

復活祭<イースター>という名称多く土地 用いられますが,聖書ません。「中世祝祭日」というよれば,「この祝日名称は,異教あがめる夜明け女神あり女神あるエオストル由来する」ということです。ところで,それどんな女神だっでしょか。「アメリカ祝日本」にその答えよう記さます。「伝説よれば,バルハラ入口あけバルドルを,すなわち清廉あるゆえに白い呼ばれ,額人類与えるゆえに太陽呼ば迎えエオストルほかならない」。そのさらにこう述べます。「教会その初期に,古くから異教風習採用し,それキリスト意味付しこと疑いはさむ余地ない。エオストル祭りられる生物再生祝うものだっで,その祭りを,イエス死人うちから復活こと祝う儀式すること難しくなかった。教会イエス福音伝道からある」。

このよう異教風習採用こと考えれば,復活うさぎ十字架つい菓子パンなど,ある国々られる復活風習起源どこある明らかです。「こんがり焼けた,つやつや表面に……十字しるしある」菓子パン作る風習ついて,「復活その風習」と題するは,「十字は,最初金曜出来事から永久不変意義持つようなっが,そのはるか以前から異教象徴だった。そして,パンケーキそのしるし付けることキリスト以前時代時折行なわた」と述べます。

聖書は,これら風習つい述べいる箇所どこ見当たりませし,イエス初期弟子たちそれら信じこと示す証拠全くありません。事実,使徒ペテロわたしたちに,「み言葉属する,混ぜ物ない慕う気持ち培い,それよっ成長救い至るようなさい」と言っます。(ペテロ一 2:2)では,キリスト世界教会が,まぎれなく異教そう象徴自分たち信条慣行取り入れなぜでしょか。

「民間風習珍しい特徴」というよう答えます。「根絶ない既存異教儀式キリスト意味付すは,初期教会不変方針あった。復活場合は,転換ことほか容易あった。自然太陽昇り,自然死ん状態から目覚めること対する喜びは,義太陽昇ること,つまりキリストから復活こと対する喜びなった。51日ごろ行なわ異教儀式は,復活祝い対応するよう繰り上げられものあった」。宗教指導たちは,民間普及異教風習避けるどころか,それら容認し,それらに「キリスト意味」を付しです。

『しかし,そんなことないだろか』と思ういることでしょう。害ない考えるたちます。監督教会礼拝付き牧師あるアランWワッツ自著「イースター―その由来意義」ので,「キリストよう宗教は,ある民族もと外部から到来する場合,古くから宗教起源持つ民間風習一部取り入れ,それらに『洗礼施す』」と述べ,「キリスト世界は,教会教える同様不変原理表わしいるよう思える民間行事典礼織り込む」と述べます。自分たち教会是認し,神聖あるいる行事から,受け入れよい考える少なくありません。しかし,大切問題見過ごさます。これら風習どのようお感じなるでしょか。この問題関し従うべき指針与えくださっいるでしょか。

見解知る

「復活日,主復活祭日は,キリスト教会祝祭最大ものある」と,クリスティナホウル自著「復活その風習」という書います。ほか著述たち同じ意見です。ロバートJマイヤーズは「祝典」というで,「キリスト教暦聖日祝日で,重要おい復活並ぶない」と述べます。しかし,そのことから疑問幾つ生じます。復活祭<イースター>を祝うことそれほど重要あるなら,聖書 そのことはっきり命じいる箇所ないなぜでしょか。イエス初期弟子たち復活祝っいう記録あるでしょか。

祝い,何祝うべきないつい聖書指針与えないいうことありません。神古代イスラエル国民対し,その非常明確おらます。またクリスチャンは,先述べとおり,キリスト記念祝い続けるよう明瞭指示与えられました。(コリント一 11:23‐26。コロサイ 2:16,17)ブリタニカ百科事典初期こう書かます。「新約聖書も,あるいは使徒教父著作も,復活行なっこと暗示する箇所一つない。特定神聖すること初期クリスチャン念頭ない考えあった。……主使徒たちも,この祭り含むいかなる祭りあれ守るよう命じなかった」。

そう祝祭楽しく愉快気分なれるだから,執り行なう十分理由ある感じる人々ます。しかしわたしたちは,イスラエルエジプト宗教習わし採用て,それ新たに「エホバ祭り」と呼ん出来事から学べます。そのイスラエルたちも「腰下ろし食べたり飲んだりし」,「立ち上がっ打ち興じた」のです。ところが,その行為エホバ激しい怒り買い,エホバ彼ら厳しく罰せられました。―出エジプト記 32:1‐10,25‐28,35

言葉非常明快です。真教えの「光」とサタンの「闇」が分け合うものなどあり得ません。キリスト異教崇拝に「調和」はあり得ないです。わたしたちよう命じられます。「『それゆえ,彼らからて,離れよ』と,エホバ言われる。『そして汚れ触れるやめよ』。『そうすれわたしあなた方迎えよう』」。―コリント二 6:14‐18

聖書クリスチャン祝うよう命令いる復活祭<イースター>でなく,記念だけです。したがってこのは,是非行なう必要あります。