アクセスの設定

Search

言語を選ぶ

サブ・メニューへ

目次へ

内容へ

エホバの証人

日本語

「目ざめよ!」 2014年11月

まさに必要としていた時に希望を見いだしました

まさに必要としていた時に希望を見いだしました

突然,気  つく と,わたし  水面  うつぶせ  状態  なっ   まし た。息  する ため   上げ よう   まし  が,首  筋肉  反応  ませ ん。恐怖  襲わ れ,体  回転    仰向け  なろ      です が,腕    動き ませ ん。肺    入っ   まし た。1991 年,暑い   その  に,わたし  人生  一変  まし た。

わたし は,ハンガリー 北東   ある,セレンチュ   生まれ,ティサラダニュ  いう   育ち まし た。1991  6 月,幾    友人  一緒 に,ティサ   それ まで 行っ  こと  ない   行き まし た。わたし は,深さ  ある  思っ て,川  飛び込み まし  が,それ  大きな 間違い でし た。頸椎    3 か所  つぶれ,脊髄    われ  しまっ   です。友人 は,わたし  動け なく なっ  いる    て,わたし    注意深く 持ち上げ,おぼれる     引き上げ  くれ まし た。

わたし  意識  あり,自分  深刻  事態  陥っ  いる こと   気づい   まし た。だれ   救急   電話   くれ   で,ヘリコプター  病院  搬送  れ,脊椎  固定 する 処置  施さ  まし た。後  わたし は,リハビリ  受ける ため  首都 ブダペスト  移り,そこ  病院   3  月間 ずっ  仰向け  状態 でし た。頭  動か  まし  が,肩 から   どの 筋肉  動か  ませ ん。20   いう 若さ で,何      頼ら ざる   なく なっ   です。すっかり 失意 落胆 し,死に たい  思い まし た。

それでも,ようやく   帰る こと  でき,両親  必要  訓練  受け  わたし  介護   くれ まし  が,父    とっ  それ  身体    感情    大変  こと でし た。1  たっ  ころ,世話  受け    わたし  うつ 状態  陥り まし た。それで,専門   カウンセリング  受け,自分  抱え  いる 障害  対する 見方  変える こと  でき まし た。

わたし  人生  つい  一層 深く 考える よう   なり まし た。人生   目的  ある  か,わたし    こんな 悲劇  起き    なぜか,と いっ  疑問  答え  探し て,いろいろ    雑誌  読み まし た。聖書  読ん   まし  が,理解 でき なかっ   で,読む   やめ まし た。司祭  尋ね    まし  が,返っ    答え  納得  ゆく もの   あり ませ  でし た。

その 後,1994   春,二   エホバ  証人  うち   まし た。応対      その   に,わたし  話し  くれる よう 頼ん   で,わたし    から,神  地球  楽園    病気  苦しみ  なくし  くださる,と いう こと  聞き まし た。素晴らしい こと    思い まし  が,懐疑  でし た。それでも,聖書 研究   手引き   2  受け取り まし た。そして,それら    読ん  後,証人 たち から 聖書  勉強  勧め られ   で,応じ まし た。また,祈る こと  勧め られ まし た。

  わたし  こと  本当  気遣っ  くださっ  いる,と いう 確信  持てる よう  なり まし 

聖書  基づく 討議  進む  つれ,それ まで 抱い    多く  疑問  解け  ゆき まし た。答え  聖書 から  直接    です。また,神  わたし  こと  本当  気遣っ  くださっ  いる,と いう 確信  持てる よう  なり まし た。そう   ついに,聖書  勉強  始め  2  後,1997  9  13  に,自宅  浴槽  バプテスマ  受け まし た。その  は,人生    とりわけ 幸福   でし た。

わたし  2007  に,身体 障害    施設  入居 する ため ブダペスト  移転 し,以来 ずっ  そこで 生活    ます。その 結果,それ まで  聖書 から 学ん  素晴らしい 事柄  つい     たち  話す 機会  多く なり まし た。天気  良い   は,外    人々  話しかける こと さえ でき ます。それ は,あご  操縦 できる 特別 仕様  電動  椅子  おかげ です。

また,会衆   ある ご家族  寛大  金銭  支援    くださり,ノートパソコン  入手 する こと  でき まし た。その パソコン は,わたし    動かす こと  よっ  操作 できる 仕組み  なっ   ます。それ  ある  で,わたし  インターネット  介し  いろ いろ    電話  かけ たり,会衆  だれ   訪問     留守 だっ      手紙  書い たり する こと  でき ます。その よう        助け  いる  で,コミュニケーション  能力  かなり 向上  まし  し,自分  こと ばかり   かけ   済ん   ます。

  動かす こと  よっ  操作 できる パソコン  使い,インターネット  介し て,聖書  メッセージ  伝え  いる

わたし  クリスチャン  集会  出席 する こと  でき ます。王国 会館 到着 する と,仲間 たち が,わたし  車椅子 ごと 慎重  抱え上げ て,上    ホール まで 運ん  くれ ます。集会 中,聴衆  注解  述べる よう 勧め られる   は,隣  座っ  いる   わたし  代わっ    挙げ,わたし  注解 する 間,聖書  手引き   見える よう  持っ    くれ ます。

わたし は,絶え  痛み  あり,ほとんど すべて  こと        もらわ なけれ  なり ませ ん。ですから,今   感情   落ち込む こと  あり ます。しかし,わたし    みなし  くださる エホバ   心配事  すべて 打ち明けれ ば,エホバ    傾け  くださる,と 分かっ  いる  で,慰め られ ます。また,聖書  毎日 読む こと  信仰  仲間   交友 から       ます。それら 仲間  友情,感情    支え,ささげ  くれる 祈り など が,精神  感情  バランス  保つ 助け  なっ  いる  です。

エホバ は,わたし  まさに 必要       に,慰め  与え  くださり,新しい   完全  健康   なれる  いう 希望  与え  ください まし た。ですから わたし は,「歩い たり,躍っ たり」,エホバ  偉大    親切 を「賛美  たり」できる     待ち望ん   ます。―使徒 3:6‐9

もっと調べる

それでも生きてゆける ― 希望があるから

希望は,遠くに見える光のように,前途に目を留める助けとなります。

それでも生きてゆける ― 助けがあるから

助けとなるものが3つあるので,生きてゆくことができます。

苦難に遭ったなら

苦難を乗り越えるのに聖書が助けになります。