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エホバの証人

日本語

「目ざめよ!」  |  2013年2月

 インタビュー | マッシモティスタレリ

ロボットの設計者が自分の信仰について語る

ロボットの設計者が自分の信仰について語る

マッシモティスタレリ教授は,イタリアサッサリ大学科学です。国際科学雑誌3共同編集あり,100余り科学論文共同執筆あります。人間様々どのよう識別するか,またボールキャッチするいっ簡単思えることどのよう行なう研究し,ロボット視覚システム―人間視覚模倣システム―を設計ます。「目ざめよ!」誌は,教授信仰科学仕事ついて,ご本人伺いました。

若い宗教かかわりありましか。

両親は,カトリック教徒でしが,教会行っませでした。若いわたしは,無神傾倒ました。『生命起源進化ある』と教えられ,それ事実受け入れからです。しかし,人間創造存在信じわけないいえ,人間より高い次元ある違いない,と思っました。それ突き止めようて,仏教,ヒンズー教,道教など調べましが,答えられませでした。

どうして科学関心抱くようなっですか。

わたし子どもから機械興味あり,よく電動おもちゃ分解組み立て直したりました。父電気通信技師だっで,ラジオ電話どういう仕組みなっいるか,質問攻めものです。

これまで科学どんな仕事こらましか。

ジェノバ大学電気工学研究後,ロボット設計研究博士取りました。専門は,人間視覚システム研究し,それ模倣ロボット設計役立てる方法考案することです。

人間視覚システム関心抱いなぜですか。

それが,途方なく精巧もので,目だけなく,はるか多くもの包含いるからです。自分もの解釈するメカニズムさえ含んいるです。例えば,飛ん来るボールキャッチするどういうこと起きいるか,考えください。キャッチするため走っ いる時,目網膜そのボール映るようレンズ焦点調節ます。ボール動き動き応じボール網膜移動ますが,言うまでなく,普通,目ずっボールだけます。それで,網膜ボールは,背景が“動いて”いも,静止見えるです。

それ同時に,視覚システムそのボール速度軌道計算ます。目ボール動きその背景関連予測する際,驚くべきことに,その計算まさに網膜始まります。次いで,網膜よっ形成信号神経通し伝わり,その情報さらに解析れることよって,ボールキャッチきるです。その過程は,息のむほど複雑です。

創造存在確信するようなっどうしてですか。

1990に,アイルランドダブリンか月過ごし,トリニティーカレッジ研究行ないました。妻バーバラ一緒帰国する途上,子どもたち将来こと考えました。わたしたち立ち寄ることました。姉エホバ証人で,証人たち発行た「生命―どのよう存在するようなっか 進化か,それとも創造か」というくれました。わたしは,その内容綿密調査基づい書かいること感銘受けました。と同時に,『自分進化を,実ところ,ろくに調べ受け入れた』ということ気づきました。例えば,進化化石記録よっ十分裏づけられいる,とばかり思っましが,そうなかっです。実際,進化つい調べれ調べるほど,『この理論は,事実いうより,単なる大言壮語すぎない』と確信するようなりました。

自分いるロボット設計つい考えました。わたしだれ設計模倣いるだろか,と考えです

その後,自分いるロボット設計つい考えました。わたしだれ設計模倣いるだろか,と考えです。人間同じようボールキャッチきるロボット設計することなどできません。ロボットボールキャッチさせるようプログラムすることできますが,キャッチきる厳密制御状態ボール投げ場合だけです。プログラムない状態は,キャッチません。人間学習能力は,機械それよりはるか優れます。そして,その単なる機械製作ます。このは,人間設計いるはずいう結論下す助けなっ数多く事柄一つすぎません。

エホバ証人なっなぜですか。

一つは,バーバラわたしも,証人たち徹底研究手法好きだっからです。わたし特に,証人たち出版なっいる調査感銘受けました。物事詳細まで知りたがるわたしようとって,しっかり調査基づく論議魅力です。例えば,わたし聖書数多く預言深い関心抱くようなり,それら研究て,『聖書まさしくからものある』と確信ました。こう1992年,バーバラわたしは,バプテスマ受けエホバ証人なりました。

科学勉強信仰弱まることありませでしか。

そのようことありません。逆に,科学よっ信仰強まりました。例えば,わたしたちどのよう見分けるか,考えください。生ま時間たたない赤ちゃんも,そうすることできます。あなたわたしも,自分知っいるすぐ見分けることできます。たとえその群衆も,そうできるです。どんな感情抱いいる分かる場合さえあります。それでも,そのよう認知する過程膨大情報瞬時処理いること全く気づかないでしょう。

わたしは,人間視覚システムエホバから貴重贈り物ある,と全く確信ます。聖書含めから贈り物つい考えると,感謝いらませし,他たち話さいらません。自分正義からも,神こそそのお造りなっこと栄誉受けるべきある,と言えます。