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エホバの証人

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「目ざめよ!」 2008年9月

死―すべての終わりですか

死―すべての終わりですか

それ19872ことでした。85男性が,生き続けるため必要だっ定期腎臓透析やめることました。そしてその2後,一息子看取らながら,自宅安らか引き取りました。

亡くなるひととき,二は,以前話し合っ事柄もう一度考えることできました。それは,死ぬすべて終わるか,という問題でした。大学教育受け父親懐疑で,進化影響受け,宗教偽善嫌悪抱いました。不可知もっ自任おり,神存在するどう人間知りない,と考えです。

息子慰め希望与えたい思い,死すべて終わること決してない,と言える理由父親示しました。父親引き取るに,復活もう一度元気よく健康生活できたらうれしいね,と言いました。

向き合っ慰め

ほとんどは,生き返って,平和行き渡るもう一度元気よく健康生活できるなら,そうたい,と思うことでしょう。人間動物異なります。動物は,聖書で「理性ない」,「本能まま生き物」と呼ばます。(ペテロ二 2:12,新国際訳[英語])それ対し人間は,死者葬ります。また将来こと考えます。年老いることも,病気なることも,死ぬこと望みません。しかし現実は,それら避けることできません。

自分家族死期迫っくると,厳粛気持ちさせられます。しかし,聖書真剣向き合うよう勧め,「嘆き行くことは,宴会行くこと勝る」と述べから,「生きいるそれ留めるべきある」と諭します。(伝道書 7:2)ではなぜ,死いう問題留める,つまり熟考べきでしょか。

一つは,人間そもそも,生きること,そして心配なく平和生活すること願うものからです。人つまり存在対して,生理嫌悪覚えます。死受け入れることは,不可能ないも,容易ありません。聖書その理由説明し,「神人間思いに[彼らに]永遠置かた」と述べます。(伝道書 3:11,改訂標準訳[英語])わたしたち望むは,生きることあって,死ぬことありません。考えください。人間永遠生きることは,創造本来目的です。そうないなら,人生きることそれほど強く望むでしょか。では,生き返って,健康幸福生活永遠享受すること可能でしょか。

信じる根拠

昨年,アメリカ退職協会発行AARP誌(英語)は,「死後命」という特集組みました。50以上対象規模インタビューから,「43近く(73%)が『死後ある思う』と回答た」こと明らかなりました。一方,41近くは,『死ぬすべて終わる思う』と回答ました。しかし,人々本当そう信じたい思っいるでしょか。

その記事は,ニューヨークカトリック教徒あるトムよう言葉引用ます。「みんな死後つい説教するね。まあ,いろんな説明あるけど,どれ信じる自分問題。ぼくミサ行っし,死後信じいるよう見えるしれないけど,本当信じなんかない。死後本当あるたら,儲けのっところかな」。

 トムように,死後対し懐疑少なくありません。この記事冒頭父親そうでした。その息子に,「死いう現実立ち向かえない宗教信じれいいだ」と,口癖よう言っました。といえ,こう懐疑たちも,認めざるないことありました。それは,全能創造いること信じるなら,普通理解できない奇跡説明つく,ということです。

例えば人間場合,受胎わずか3に,胎芽細胞形成され始めます。これら細胞急速増加ます。125万増えることさえあります。9か月生まくる赤ちゃんは,奇跡学習能力備わっます。分子生物ジェームズワトソン人間を,「宇宙まで発見ものうち,最も複雑もの」と呼びました。

こうことつい考えると,あなた多く同じように,畏敬満たされるありませか。そして,「もし,強健死ねば,また生きられるでしょか」という,昔問いかけ答えられるないでしょか。その自分出し答えを,確信もっこう述べました。「あなた呼んくださり,私あなた答えます。ご自分み手あなた慕わます」。―ヨブ 14:14,15

では,再び生きること信じられる,どんな根拠あるでしょか。そうつい考えるふさわしいことです。