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エホバの証人

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「ものみの塔」 2016年 NO.6

 ライフ  ストーリー

両腕はなくても聖書の真理を抱きしめています

両腕はなくても聖書の真理を抱きしめています

  不安  感じる と,何   しがみつき たい  思う もの です。でも,わたし   そう する こと  でき ませ ん。手    ない から です。7   時,命  取り留める ため  両腕  切断 する こと  なっ   です。

わたし  1960   生ま   時,母  17  でし た。父  わたし  生ま れる       行っ   で,母  わたし  祖父母  もと    寄せ,かつて  ドイツ 民主 共和  つまり  ドイツ  小さな  ブルク  暮らす こと  なり まし た。多く    無神   でし  し,うち  家族  そう でし た。神 など どう   よかっ   です。

子ども 時代 は,祖父  かわいがら れ,木  登っ  のこぎり    払う など,いろんな こと  させ  もらい まし た。そう   冒険  大好き でし た。のびのび    楽しい 毎日 でし た。

事故  人生  変わる

ある 日,恐ろしい こと  起き まし た。7     こと です。小学  2    なっ  ばかり  わたし は,帰宅 途中  電信   上り まし た。8  ほど 上っ  ところ で,アークフラッシュ  起き て,意識  失い まし た。病院  目覚め  時,両腕  ない こと  気づき まし た。両腕  ひどく 焼け焦げ,ぞっ  する よう    負っ     で,敗血   なら ない よう 切断  なけれ  なら なかっ   です。ご想像 どおり,母  祖父母  途方  暮れ まし た。しかし,まだ 子ども だっ  わたし は,両腕  失う  その   生活  どんな 影響  及ぶ   あまり よく 理解    ませ  でし た。

退院  て,学校  戻る と,子ども たち  わたし  からかい,小突き回し,物  投げつけ まし た。わたし    守れ なかっ  から です。わたし は,その  たち  残酷  見下し  よう  言葉  深く 傷つき まし た。そして 最終   は,ビルケンヴェルダー 養護 学校  送ら れる こと  なり まし た。そこ は,いわば    自由  子ども たち  ため  寄宿 学校 です。家 から とても 遠かっ   で,母  祖父母  会い  来る だけ  経済   余裕  あり ませ  でし た。会える   休暇  帰っ   だけ で,その   10   は,母  祖父母   ない 環境  育ち まし た。

両腕  頼ら  成長 する

わたし は,足  使っ  いろ いろ  こと  できる よう  なり まし た。例えば,足    フォーク  スプーン  持っ  食べる こと など 想像 でき ない   しれ ませ  が,わたし  何とか その テクニック    着け まし た。また   使っ    磨い たり   とかし たり,人  話し  いる     ジェスチャー  たり  できる よう  なり まし た。そう です,わたし      なっ   です。

    なる と,SF 小説  夢中  なり まし た。ハイテク  義手  着け     できる よう  なる ところ  想像   もの です。14    に,たばこ  吸い 始め まし た。そう する こと で,自信  持て て,自分      同じ   いう 気持ち  なれ まし た。こう 言っ  いる よう  もの でし た。「ぼく  だっ  できる。たばこ  吸う  は,大人  証拠 だ。腕  あろ   なかろ   関係 ない」。

わたし  様々  活動  参加 し,いつも 忙しく    まし た。自由 ドイツ 青年   いう,国  主催 する 社会 主義 青年 組織  加入 し,書記  務め まし た。地元 メンバー     責任 ある 立場 です。また 合唱 クラブ  入っ たり,詩  朗読   開い たり,身体 障害   ため  スポーツ  参加  たり   まし た。やがて 職業 訓練  終え て,町  会社  働き 始め まし た。この ころ  は,ますます 頻繁  義手  使う よう  なり まし た。五体 満足  人間   たかっ  から です。

聖書  真理  抱きしめる

ある 日,出勤   電車  待っ  いる と,1   男性  近づい   て,「神様  あなた  もう 一度 両腕  くださっ たら 素晴らしい  思い ませ  か」と 言い まし た。わたし  戸惑い まし た。もちろん,両腕  取り戻し たい   思っ   まし  が,あまりに  現実 離れ    て,あり得 ない   聞こえ   です。わたし  無神   だっ   で,神   ない  固く 信じ   まし た。それ 以来,その 男性  避ける よう  なり まし た。

少し たっ て,同僚  女性    招か  まし た。コーヒー  飲ん    時,彼女  両親  エホバ  いう     つい  話し 始め まし た。神  名前  ある  聞い   は,その   初めて でし た。(詩編 83:18)でも,心     こう 考え   まし た。「どんな 名前  あろ  と,神 なんて いる わけ  ない。この  たち  間違い  証明    ろう」。自分  正しい  確信     わたし は,聖書  話し合い  応じ まし た。ところが,驚い  こと に,わたし    存在  ない こと  証明 でき ませ  でし た。

聖書  預言  調べる うち に,わたし  無神    考え  徐々  崩れ  いき まし た。聖書 預言  多く は,何百  あるいは 何千     書か     かかわら ず,実現    まし た。ある   聖書 研究   に,現在  世界 情勢  マタイ 24 章,ルカ 21 章,テモテ  二 3   預言  比較  まし た。医師 は,患者  幾つ   症状   時期  現われ  いる なら,病名  正しく 特定 できる もの です。同様 に,預言    いる 様々  出来事   時期  起き  いる  で,今  聖書  言う「終わり  日」だ  分かり まし た。 * わたし  畏敬    打た  まし た。それら  預言 が,わたし      成就     から です。

わたし は,学ん  いる こと  真理  ある  確信  まし た。エホバ   祈る よう  なり,10  あまり ヘビースモーカー だっ    かかわら ず,たばこ  やめ まし た。聖書  研究  1  ほど 続け,1986  4  27   バスタブ    秘密   バプテスマ  受け まし た。当時   ドイツ  は,エホバ  証人  活動  禁令   あっ  から です。

     与える

禁令   あり,個人     人数  集まっ    ため,知っ  いる 仲間  信者  わずか でし た。その 後,思いがけず,政府 当局 から 西 ドイツ  旅行 する 許可  下り まし た。西 ドイツ   エホバ  証人  活動  禁令   なかっ   で,生ま   初めて 聖書  大会  出席 し,何千    仲間  兄弟 姉妹  会う こと  でき まし た。それ  極めて 貴重  経験 でし た。

ベルリン    崩壊 後,エホバ  証人  対する 禁令  解除  れ,ついに エホバ   自由  崇拝 できる よう  なり まし た。わたし  もっと 多く  時間  伝道 活動  費やし たい  思い まし た。しかし,知ら ない   接する こと  恐怖   あり まし た。体   自由 で,子ども 時代  大半  養護 施設  過ごし  ため に,劣等   感じ     です。しかし,1992  に,1 か月   60 時間 伝道  行なう  いう 目標  挑戦 し,それ  達成   多く  喜び  味わい まし た。それで,毎月 行なう こと  し,3  ほど 続ける こと  でき まし た。

わたし は,「だれ   弱く て,わたし  弱く ない こと  ある でしょ  か」と いう 聖書  言葉  いつも   留め   ます。(コリント  二 11:29)体   自由 です が,わたし   まだ 頭脳    あり ます。ですから,他   たち  助ける ため  ベスト  尽くし   ます。両腕  ない  で,ハンディキャップ  ある  たち  気持ち  よく 分かり ます。し たい こと  ある  に,どうして  でき ない もどかしさ  知っ   ます。それで,そんな 気持ち  苦しむ 人々  励まそ   努力 し,他    与える 喜び  味わっ   ます。

    良い 知らせ  伝え  幸せ  味わっ  いる

エホバ   ごと  助け  くださる

  いえ,時   がっかり する こと  あり ます。五体 満足   ない から です。生活  必要  こと  多く  自分  行なえ ます が,普通 以上  時間,努力,エネルギー  必要 です。それで,「自分    与え  くださる   おかげ で,わたし  一切    対し  強く なっ  いる」と いう 言葉  座右       ます。(フィリピ 4:13)エホバ は,“普通”の 事柄  行なう   必要     ごと  与え  ください ます。エホバ  わたし  決して 見捨て られ ない,と いう こと  分かっ   で,わたし  決して エホバ から 離れる まい  思っ   ます。

エホバ は,わたし  成長   持て なかっ  もの,つまり 家族  与え  ください まし た。わたし  は,愛情 深く 同情   富ん  素晴らしい  エルケ   ます。さらに,今   幾百万    エホバ  証人  わたし  霊的  兄弟 姉妹  あり,世界   家族   です。

愛する  エルケ 

わたし は,パラダイス  関する   約束   慰め られ   ます。神 は「すべて  もの  新しく」し  ください ます。わたし  両腕  です。(啓示 21:5)わたし は,イエス  地上  行なっ  こと  熟考  て,この 約束  もっと よく 理解 できる よう  なり まし た。イエス  瞬時 に,手足   自由    癒やし,切り取ら       戻す こと さえ  まし た。(マタイ 12:13。ルカ 22:50,51)エホバ  約束  イエス  奇跡  よっ て,わたし    なく 再び 五体 満足  なれる こと  確信  まし た。

  いえ,最も 素晴らしい 祝福 は,エホバ   知る よう  なっ  こと です。エホバ  わたし  父,わたし  友,わたし  慰め手,わたし    なっ  ください まし た。わたし  ダビデ   同じ よう  感じ   ます。ダビデ  こう 書き まし た。「エホバ  わたし  力,……わたし  助け られ まし た。ですから,わたし    歓喜 し[ます]」。(詩編 28:7)この 素晴らしい 真理  一生 手放さ ない よう   たい  思い ます。両腕  なく   聖書  真理  抱きしめ  いる  です。

^ 17節 終わり    しるし  つい  詳しく は,エホバ  証人  発行  た「聖書  実際    教え   ます か」と いう    9 章「 は『終わり  日』です 」を ご覧 ください。www.jw.org   読む こと  でき ます。

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