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エホバの証人

日本語

「ものみの塔」  |  2017年 No.3

この楔形文字粘土は,タッタンヌーいう名前記さいる。

もう一つの証拠

もう一つの証拠

聖書記録正しさ裏づける考古証拠あるでしょか。2014年,「聖書考古レビュー」誌(英語)の記事は,「ヘブライ聖書登場人物うち,何存在考古確証いるか」と質問に,「少なく50人!」と答えました。その50以外も,タテナイいうます。聖書記録少しだけくるこの人物つい調べましょう。

エルサレムかつて,広大ペルシャ帝国含まれ,ペルシャが“川向こう側”と呼ぶ地域つまりユーフラテス西側ありました。ペルシャは,バビロニア征服後,捕らわれユダヤ解放て,エルサレムエホバ神殿再建する許可与えました。(エズラ 1:1‐4)しかし,ユダヤ敵対するたちは,それ反対し,ユダヤペルシャ反逆企ている非難する口実使いました。(エズラ 4:4‐16)ダリウス1世(西暦522‐486年)の統治期間中,ペルシャ役人タテナイこの問題調査ました。聖書は,このを「川向こう総督」と呼んます。(エズラ 5:3‐7

ある家族もの思われる保管に,楔形文字タテナイいう名前刻ま多数粘土残さました。そのに,ダリウス120当たる西暦502作成約束手形あります。その手形は,取り引き証人を,「川向こう総督タッタンヌー」のます。このタッタンヌーが,聖書エズラくるタテナイです。

では,タテナイどんな仕事でしょか。西暦535年,キュロス大王領地編成ました。その1が,“バビロン向こう側”と呼ばました。このに,2分割ました。その一方は,“川向こう側”と呼ばれ,コイレシリア,フェニキア,サマリア,ユダ含んました。ダマスカスから支配行なわようです。タテナイは,この地域西暦520から502ごろまで治めました。

タテナイは,反逆調査するためエルサレム旅し,ユダヤたちエルサレム神殿再建する許可キュロスから主張いることダリウス報告ました。王記録調査行なわれ,その主張正しさ証明ました。(エズラ 5:6,7,11‐13; 6:1‐3)タテナイ工事妨げないよう命じられ,それ従いました。(エズラ 6:6,7,13

確かに,「川向こう総督タテナイ」は,歴史目立っありません。しかし,聖書この史実どおり役職呼んます。考古これまで,聖書歴史正確再三裏づけました。タテナイ関するこの事実は,そのもう一つ証拠です。

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