「もし​子​が​あなた方​を​自由​に​する​なら​ば,あなた方​は​本当​に​自由​に​なる​の​です」。ヨハネ 8:36

歌: 65,52

1,2. (イ)今日,人々​は​どんな​自由​を​得​たい​と​思っ​て​い​ます​か。その​ため​に​どんな​行動​を​し​て​い​ます​か。(ロ)どんな​結果​が​生じ​て​い​ます​か。

今日,多く​の​人​は​自由​や​平等​や​権利​に​つい​て​語り​ます。圧制,差別,貧困​から​の​自由​を​望む​人​たち​も​いれ​ば,言論​の​自由,選択​の​自由,自己​決定​の​自由​を​求める​人​たち​も​い​ます。人々​は​自分​の​し​たい​こと​を​し​たい,自分​の​望む​とおり​に​生き​たい​と​願っ​て​い​ます。

2 そう​し​た​願い​を​満たす​ため,どんな​行動​を​し​て​いる​でしょ​う​か。多く​の​人​は​社会​的,政治​的​な​変化​を​求め​て,反対​運動​や​デモ​や​暴動​や​革命​と​いっ​た​手段​に​訴え​て​い​ます。望む​よう​な​自由​を​手​に​し​て​いる​でしょ​う​か。いいえ。悲惨​な​結果​を​被っ​たり,命​を​失っ​たり​し​て​い​ます。ソロモン​王​の​次​の​言葉​の​とおり​です。「人​が​人​を​支配​し​て​これ​に​害​を​及ぼし​た」。(伝 8:9

3. どう​すれ​ば​本当​の​幸福​と​満足​感​を​得る​こと​が​でき​ます​か。

3 どう​すれ​ば​本当​の​幸福​と​満足​感​を​得​られる​でしょ​う​か。弟子​ヤコブ​は​こう​述べ​て​い​ます。「自由​に​属する​完全​な​律法​の​中​を​熟視​し,それ​を​守り通す​人[は],それ​を​行なう​こと​に​よっ​て​幸福​に​なり​ ます」。(ヤコ 1:25)その​完全​な​律法​を​お与え​に​なっ​た​エホバ​は,人間​が​本当​の​幸福​と​満足​感​を​得る​ため​に​必要​な​もの​を​最も​よく​ご存じ​です。神​は​最初​の​人間​夫婦​に,幸福​に​なる​ため​に​必要​な​もの​すべて​を​お与え​に​なり​まし​た。その​中​に​は​本当​の​自由​も​含ま​れ​て​い​まし​た。

人間​が​本当​の​自由​を​楽しん​で​い​た​時

4. アダム​と​エバ​は​どんな​自由​を​楽しん​で​い​まし​た​か。(冒頭​の​挿絵​を​参照。)

4 創世記 1​章​と​2​章​を​読む​と,アダム​と​エバ​は,今日​の​人々​が​なかなか​得​られ​ない​自由​を​楽しん​で​い​た​こと​が​分かり​ます。貧困,恐れ,圧制​から​の​自由​です。食べ物​や​仕事​や​病気​や​死​に​つい​て​心配​する​必要​は​あり​ませ​ん​でし​た。(創 1:27‐29; 2:8,9,15)では,2​人​に​は​絶対​的​な​自由​が​あっ​た​の​でしょ​う​か。

5. 人々​が​自由​を​楽しむ​ため​に​は​何​が​必要​です​か。

5 今日​多く​の​人​に​とっ​て​本当​の​自由​と​は,結果​を​気​に​せ​ず​自分​の​し​たい​こと​を​何​で​も​する​こと​です。「ワールドブック​百科​事典」(英語)に​よる​と,自由​と​は「選択​する​能力​と,選択​し​た​こと​を​実行​する​能力」の​こと​です。では​制限​は​全く​必要​な​い​の​でしょ​う​か。こう​も​述べ​られ​て​い​ます。「法的​に​言う​と,自由​と​は,社会​から​不当,不​必要,不​合理​な​制限​を​課さ​れ​て​い​ない​こと​で​ある」。制限​が​全く​必要​な​い​と​は​述べ​られ​て​い​ませ​ん。実際,すべて​の​人​が​社会​の​中​で​自由​を​楽しむ​に​は,正当​で​必要​で​道理​に​かなっ​た​制限​が​なけれ​ば​なり​ませ​ん。では,ある​制限​が​正当​で​必要​で​道理​に​かなっ​て​いる​か​どう​か​を​決める​権利​は​だれ​に​ある​の​でしょ​う​か。

6. (イ)エホバ​だけ​が​絶対​的​な​自由​を​持っ​て​おら​れる,と​言える​の​は​なぜ​です​か。(ロ)人間​に​与え​られ​て​いる​の​は​どんな​自由​です​か。

6 絶対​的​で​無​制限​の​自由​を​持っ​て​いる​の​は​エホバ​神​だけ​です。エホバ​は​すべて​の​もの​の​創造​者​で​あり,全能​の​宇宙​主権​者​だ​から​です。(テモ​一 1:17。啓 4:11)ダビデ​王​は,エホバ​の​比類​の​ない​立場​を​美しく​描写​し​まし​た。 29:11,12を​読む。)天使​や​人間​が​持つ​自由​は​相対​的​な​もの​に​すぎ​ませ​ん。エホバ​神​だけ​が,正当​で​必要​で​道理​に​かなっ​た​制限​を​課す​権威​を​お持ち​です。天使​や​人間​は​その​点​を​認め​なけれ​ば​なり​ませ​ん。エホバ​神​は,最初​の​人間​夫婦​に​その​よう​な​制限​を​課さ​れ​まし​た。

7. 人​は​どんな​本能​的​な​活動​から​喜び​を​味わい​ます​か。

7 アダム​と​エバ​は​様々​な​自由​を​楽しん​で​い​まし​た​が,制限​も​課さ​れ​て​い​まし​た。本能​に​よる​制限​も​あり​まし​た。生き​て​いく​に​は,呼吸​し​たり,食べ​たり,眠っ​たり​し​なけれ​ば​なり​ませ​ん​でし​た。だから​と​いっ​て,自由​が​奪わ​れ​て​いる​と​は​感じ​なかっ​た​はず​です。エホバ​は,人間​が​その​よう​な​活動​から​喜び​や​満足​を​味わえる​よう​に​され​た​から​です。(詩 104:14,15。伝 3:12,13)新鮮​な​空気​を​吸っ​たり,大好き​な​物​を​食べ​たり,さわやか​に​目覚め​たり​する​と,幸せ​な​気持ち​に​なり​ます。束縛​さ​れ​て​いる​と​か​重荷​で​ある​と​感じ​たり​は​し​ませ​ん。アダム​と​エバ​も​そう​だっ​た​でしょ​う。

8. 神​は​アダム​と​エバ​に​どんな​命令​を​お与え​に​なり​まし​た​か。どんな​目的​を​達成​する​ため​です​か。

8 エホバ​は​アダム​と​エバ​に,子孫​を​増やし​て​地球​を​管理​する​よう​命じ​まし​た。(創 1: 28)この​命令​に​よっ​て,自由​が​奪わ​れ​た​でしょ​う​か。その​よう​な​こと​は​あり​ませ​ん。この​命令​に​従う​なら,創造​者​の​目的​の​達成​に​貢献​でき​まし​た。地球​全体​を​パラダイス​に​し,完全​な​人間​が​そこで​永遠​に​生きる​よう​に​する​と​いう​目的​です。(イザ 45:18)今日,独身​で​いる​こと​や,結婚​し​て​も​子ども​を​持た​ない​こと​は,神​の​目的​に​反し​て​は​い​ませ​ん。それでも,多く​の​人​は​結婚​し,子ども​を​育て​ます。いろいろ​な​苦労​が​伴う​と​し​て​も​そう​し​ます。(コリ​一 7:36‐38)なぜ​でしょ​う​か。人​は​普通,結婚​し​子ども​を​育てる​こと​に​喜び​や​満足​を​感じる​から​です。(詩 127:3)アダム​と​エバ​に​は,幸福​な​家族​生活​を​送り,永遠​に​生きる​見込み​が​あり​まし​た。

本当​の​自由​が​失わ​れる

9. 創世記 2​章​17​節​に​ある​神​の​命令​は,不当​で​不​必要​で​不​合理​な​もの​で​は​あり​ませ​ん。なぜ​そう​言え​ます​か。

9 エホバ​は​アダム​と​エバ​に​もう​一つ​の​命令​を​与え,従わ​ない​なら​どう​なる​か​を​はっきり​述べ​られ​まし​た。「善悪​の​知識​の​木​に​つい​て​は,あなた​は​それ​から​食べ​て​は​なら​ない。それ​から​食べる​日​に​あなた​は​必ず​死ぬ​から​で​ある」。(創 2:17)この​命令​は,不当​で​不​必要​で​不​合理​な​もの​だっ​た​でしょ​う​か。アダム​と​エバ​は​自由​を​奪わ​れ​まし​た​か。その​よう​な​こと​は​あり​ませ​ん。多く​の​聖書​学​者​は,この​命令​が​正当​で​道理​に​かなっ​た​もの​で​ある​と​述べ​て​い​ます。例えば,ある​学​者​は​こう​書い​て​い​ます。「[創世記 2​章​16,17​節]の​神​の​命令​から​分かる​の​は,人間​に​とっ​て​何​が​良い​こと……で​何​が​良く​ない​こと……か​を​知っ​て​いる​の​は​神​だけ​で​ある,と​いう​こと​で​ある。『良い』もの​を​楽しむ​ため​に​は,神​を​信頼​し,神​に​従わ​なけれ​ば​なら​ない。もし​従わ​ない​なら,何​が​良い​こと……で​何​が​良く​ない​こと……か​を​自分​で​決め​なけれ​ば​なら​なく​なる」。それ​は​人間​に​は​重すぎる​荷​です。

アダム​と​エバ​の​選択​は​悲惨​な​結果​を​招い​た。(9‐12​節​を​参照。)

10. 自由​意志​と,何​が​良い​こと​か​悪い​こと​か​を​決める​権利​を​混同​す​べき​で​ない​の​は​なぜ​です​か。

10 アダム​は​エホバ​から​この​命令​を​与え​られ​た​こと​で,自分​の​し​たい​こと​を​する​自由​を​奪わ​れ​た,と​言う​人​が​い​ます。その​よう​に​言う​人​は,自由​意志​と,何​が​良い​こと​か​悪い​こと​か​を​める​権利​を​混同​し​て​い​ます。確か​に,アダム​と​エバ​に​は​神​に​従う​か​どう​か​を​選ぶ​自由​が​あり​まし​た。しかし,何​が​良い​こと​か​悪い​こと​か​を​決める​絶対​的​な​権利​を​お持ち​な​の​は​エホバ​だけ​です。エデン​の​園​の「善悪​の​知識​の​木」は​その​権利​を​表わし​て​い​まし​た。(創 2:9)わたしたち​は,自分​の​選択​の​結果​が​どう​なる​か,いつも​分かる​わけ​で​は​あり​ませ​ん。必ず​良い​結果​に​なる​よう​物事​を​操作​する​こと​も​でき​ませ​ん。うまく​いく​と​思っ​て​選択​や​決定​を​し​て​も,苦しん​だり​悲惨​な​結果​に​なっ​たり​する​こと​が​あり​ます。(箴 14:12)人間​に​は​限界​が​ある​から​です。エホバ​は​アダム​と​エバ​に​命令​を​与える​こと​に​より,本当​の​自由​を​楽しむ​に​は​神​に​従う​必要​が​ある​こと​を​教え​て​おら​れ​まし​た。アダム​と​エバ​は​どう​し​まし​た​か。

11,12. アダム​と​エバ​の​選択​が​悲惨​な​結果​に​なっ​た​の​は​なぜ​です​か。例え​で​説明​し​て​ください。

11 アダム​と​エバ​は​神​に​背く​こと​を​選び​まし​た。サタン​は​エバ​に,「あなた方​の​目[は]必ず​開け,あなた方[は]必ず​神​の​よう​に​なっ​て​ 善悪​を​知る​よう​に​なる」と​述べ​まし​た。エバ​は​その​誘惑​に​屈し​て​しまい​まし​た。(創 3:5)アダム​と​エバ​は,より​大きな​自由​を​得​られ​た​でしょ​う​か。いいえ。サタン​が​述べ​た​とおり​に​は​なり​ませ​ん​でし​た。2​人​は,エホバ​の​指示​に​背い​て​自分​の​思いどおり​に​行動​する​なら​悲惨​な​結果​に​なる,と​いう​こと​を​思い知り​まし​た。(創 3:16‐19)エホバ​は​人間​に,何​が​良い​こと​か​悪い​こと​か​を​自分​で​決める​自由​を​与え​て​おら​れ​なかっ​た​の​です。 20:24; エレミヤ 10:23を​読む。)

12 パイロット​の​例​で​考え​ましょ​う。目的​地​に​安全​に​着く​ため​に​は,通常,定め​られ​た​ルート​を​通ら​なけれ​ば​なり​ませ​ん。パイロット​は​ナビゲーション​・​システム​を​使い,管制​官​と​連絡​を​取り​ながら​目的​地​まで​飛行​し​ます。でも,ナビゲーション​・​システム​の​ガイダンス​や​管制​官​の​指示​を​無視​し,自分​の​望む​ルート​を​飛行​する​なら,悲惨​な​結果​に​なり​ます。アダム​と​エバ​は​神​の​指示​を​無視​し,自分​の​望む​とおり​に​行動​し​まし​た。その​結果,いわば​墜落​し​て,自分​たち​と​子孫​に​罪​と​死​を​もたらし​まし​た。(ロマ 5:12)神​から​独立​し​よう​と​し​た​結果,本当​の​自由​を​失っ​た​の​です。

本当​の​自由​を​得る​に​は

13,14. どう​すれ​ば​本当​の​自由​を​得​られ​ます​か。

13 自由​で​あれ​ば​ある​ほど​幸せ​に​なれる,と​考える​人​も​い​ます。確か​に,自由​に​は​良い​面​が​たくさん​あり​ます。しかし,何​の​制限​も​なかっ​たら,世​の​中​は​混乱​状態​に​陥る​でしょ​う。「ワールドブック​百科​事典」に​は,「組織​化​さ​れ​た​社会​の​法律​は,自由​と​制限​の​バランス​を​保つ​ため​の​複雑​な​規範​で​ある」と​記さ​れ​て​い​ます。「複雑​な」と​いう​言葉​の​とおり,人間​は​膨大​な​量​の​法律​を​作り​まし​た。また,法律​を​解釈​し​適用​する​ため​に​大勢​の​弁護​士​と​裁判​官​が​必要​です。

14 他方,イエス​・​キリスト​は​本当​の​自由​を​楽しむ​ため​の​シンプル​な​方法​を​教え,こう​述べ​ まし​た。「わたし​の​言葉​の​うち​に​とどまっ​て​いる​なら,あなた方​は​ほんとう​に​わたし​の​弟子​で​あり,また,真理​を​知り,真理​は​あなた方​を​自由​に​する​でしょ​う」。(ヨハ 8:31,32)本当​の​自由​を​得る​に​は,2​つ​の​こと​を​行なう​必要​が​あり​ます。イエス​が​教え​た​真理​を​受け入れる​こと​と,イエス​の​弟子​に​なる​こと​です。何​から​自由​に​される​の​でしょ​う​か。イエス​は​こう​述べ​まし​た。「すべて​罪​を​行なう​者​は​罪​の​奴隷​です。……もし​子​が​あなた方​を​自由​に​する​なら​ば,あなた方​は​本当​に​自由​に​なる​の​です」。(ヨハ 8:34,36

15. イエス​の​約束​し​た​自由​が「本当[の]自由」と​言える​の​は​なぜ​です​か。

15 イエス​が​弟子​たち​に​約束​し​た​自由​は,多く​の​人​が​望ん​で​いる​社会​的,政治​的​自由​より​はるか​に​優れ​た​もの​です。イエス​は「もし​子​が​あなた方​を​自由​に​する​なら​ば,あなた方​は​本当​に​自由​に​なる​の​です」と​言っ​た​時,「罪​の​奴隷」状態​から​自由​に​される​こと​に​つい​て​述べ​て​い​まし​た。それ​は,人類​が​経験​し​て​き​た​最大​の​束縛​と​抑圧​から​の​自由​です。人類​が​罪​の​奴隷​と​言える​の​は​なぜ​でしょ​う​か。わたしたち​は​受け継い​だ​罪​の​せい​で​悪い​こと​を​行なっ​て​しまい​ます。正しい​と​分かっ​て​いる​こと​や,し​たい​と​思っ​て​いる​こと​を​十分​に​行なえ​ませ​ん。その​結果,挫折​感​や​苦しみ​を​味わい,やがて​死ん​で​しまい​ます。(ロマ 6:23)使徒​パウロ​も​その​よう​な​苦悩​や​心痛​を​経験​し​まし​た。ローマ 7:21‐25を​読む。)わたしたち​は​罪​の​束縛​から​解放​さ​れ​て​初めて,アダム​と​エバ​が​かつて​楽しん​で​い​た​本当​の​自由​を​得る​こと​が​でき​ます。

16. どう​すれ​ば​本当​に​自由​に​なれ​ます​か。

16 「わたし​の​言葉​の​うち​に​とどまっ​て​いる​なら」と​いう​イエス​の​言葉​から​分かる​よう​に,自由​を​得る​ため​に​は​行なう​べき​こと​や​避ける​べき​こと​が​あり​ます。献身​し​た​クリスチャン​は,自分​を​捨て,キリスト​の​教え​と​いう​制限​の​中​で​生きる​こと​を​選び​まし​た。(マタ 16:24)将来,イエス​の​贖い​の​犠牲​が​十分​に​適用​さ​れる​時,わたしたち​は​本当​に​自由​に​なる​こと​が​でき​ます。

17. (イ)どう​すれ​ば​満足​の​いく​充実​し​た​生き方​が​でき​ます​か。(ロ)次​の​記事​で​は​どんな​こと​を​学び​ます​か。

17 イエス​の​弟子​と​し​て​イエス​の​教え​に​従う​なら,満足​の​いく​充実​し​た​生き方​が​でき​ます。そして​将来,罪​と​死​の​奴隷​状態​から​完全​に​自由​に​され​ます。ローマ 8:1,2,20,21を​読む。)次​の​記事​で​は,自由​の​神​エホバ​を​永遠​に​賛美​する​ため,得​て​いる​自由​を​どの​よう​に​賢く​用いる​こと​が​できる​か​を​学び​ます。