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エホバの証人

日本語

「ものみの塔」(研究用)  |  2017年8月

愛 とても大切な特質

愛 とても大切な特質

使徒​パウロ​は,聖霊​の​働き​に​よっ​て​生み出さ​れる​9​つ​の​特質​に​つい​て​記し​まし​た。(ガラ 5:22,23)パウロ​に​よれ​ば,それら​の​美しい​特質​は​全体​で「霊​の​実」を​構成​し​ます。 * 霊​の​実​に​含ま​れる​特質​は,クリスチャン​が​身​に​着ける​べき「新しい​人格」の​一部​です。(コロ 3:10)木​は​十分​な​水​の​ある​場所​に​植え​られる​と,たくさん​の​実​を​結び​ます。わたしたち​も​自分​の​生活​に​聖霊​が​自由​に​流れる​よう​に​すれ​ば,霊​の​実​を​豊か​に​表わす​こと​が​でき​ます。(詩 1:1‐3

パウロ​が​最初​に​挙げ​て​いる​特質​は​愛​です。愛​は​どれ​ほど​大切​でしょ​う​か。パウロ​に​よる​と,愛​が​なけれ​ば​その​人​に​は「何​の​価値​も​あり​ませ​ん」。(コリ​一 13:2)愛​と​は​何​です​か。どう​すれ​ば​この​特質​を​培い,毎日​表わす​こと​が​でき​ます​か。

愛​と​は​何​か

愛​と​は​何​か​を​一言​で​言う​の​は​簡単​で​は​あり​ませ​ん。しかし,聖書​は​愛​が​どんな​考え方​や​行動​に​表われる​か​を​述べ​て​い​ます。例えば,愛​は「辛抱強く,また​親切​です」。愛​は「真実​な​こと​と​共​に​歓び」,「すべて​の​事​に​耐え,すべて​の​事​を​信じ,すべて​の​事​を​希望​し,すべて​の​事​を​忍耐​し​ます」。愛​が​あれ​ば,他​の​人​に​深い​愛情​を​抱き,誠実​な​関心​を​払い,忠節​を​示し​ます。逆​に​愛​が​ない​と,誇り​を​抱き,ねたみ,みだり​な​振る舞い​を​し,自己​中心​的​な​考え方​を​し,すぐ​に​腹​を​立て,人​を​許そ​う​と​し​ませ​ん。わたしたち​は​その​よう​な​冷たい​態度​を​避け,他​の​人​へ​の​真​の​愛,「自分​の​利​を​求め[ない]」愛​を​培い​たい​と​思い​ます。(コリ​一 13:4‐8

エホバ​と​イエス​は​愛​の​最高​の​手本

「神​は​愛」です。エホバ​は​愛​そのもの​です。(ヨハ​一 4:8)神​の​行なわ​れる​こと​すべて​に​愛​が​表われ​て​い​ます。エホバ​が​人類​に​示さ​れ​た​最大​の​愛​と​は​何​でしょ​う​か。イエス​を​遣わし,わたしたち​の​ため​に​苦しみ​に​遭っ​て​命​を​なげうつ​よう​に​され​た​こと​です。使徒​ヨハネ​は​こう​述べ​て​い​ます。「わたしたち​の​場合,これ​に​よっ​て​神​の​愛​が​明らか​に​され​まし​た。すなわち,神​は​ご自分​の​独り子​を​世​に​遣わし,彼​に​よっ​て​わたしたち​が​命​を​得​られる​よう​に​し​て​くださっ​た​から​です。愛​は​この​点,わたしたち​が​神​を​愛し​て​き​た​と​いう​より​は,神​が​わたしたち​を​愛し,ご自分​の​み子​を​わたしたち​の​罪​の​ため​の​なだめ​の​犠牲​と​し​て​遣わし​て​くださっ​た,と​いう​こと​です」。(ヨハ​一 4:9,10)神​の​愛​の​おかげ​で,わたしたち​は​罪​を​許さ​れ,永遠​の​命​の​希望​を​持つ​こと​が​でき​ます。

イエス​は​進ん​で​神​の​ご意志​を​行なう​こと​に​より,人類​に​対する​愛​を​表わし​まし​た。パウロ​は​こう​記し​て​い​ます。「『ご覧​ください,わたし​は​あなた​の​ご意志​を​行なう​ため​に​参り​まし​た』と[イエス​は]言わ​れる​の​です。……ここ​に​述べ​た『ご意志』の​もと​に,わたしたち​は,イエス​・​キリスト​の​体​が​ただ​一度​かぎり​ささげ​られ​た​こと​に​よっ​て,神聖​な​もの​と​ され​て​いる​の​です」。(ヘブ 10:9,10)イエス​ほど​の​愛​を​示せる​人​は​い​ない​でしょ​う。イエス​は​こう​述べ​まし​た。「友​の​ため​に​自分​の​魂​を​なげうつ​こと,これ​より​大きな​愛​を​持つ​者​は​い​ませ​ん」。(ヨハ 15:13)と​は​いえ,不​完全​な​わたしたち​も​エホバ​と​イエス​の​愛​に​倣う​こと​が​でき​ます。どの​よう​に​でしょ​う​か。

「愛​の​うち​に​歩ん​で​ゆき​なさい」

パウロ​は​こう​勧め​て​い​ます。「愛さ​れる​子供​と​し​て,神​を​見倣う​者​と​なり​なさい。そして,キリスト​が​あなた方​を​愛し,……ご自身​を​あなた方​の​ため​に​引き渡さ​れ​た​よう​に,あなた方​も​愛​の​うち​に​歩ん​で​ゆき​なさい」。(エフェ 5:1,2)「愛​の​うち​に​歩ん​で​ゆ[く]」と​は,生活​の​あらゆる​面​で​愛​を​表わす​と​いう​こと​です。その​ため​に​は,言葉​だけ​で​なく​行動​で​愛​を​表わす​必要​が​あり​ます。ヨハネ​も​こう​述べ​て​い​ます。「子供​ら​よ,言葉​や​舌​に​よら​ず,行ない​と​真実​と​を​もっ​て​愛そ​う​で​は​あり​ませ​ん​か」。(ヨハ​一 3:18)例えば,わたしたち​は​神​と​隣人​へ​の​愛​に​動かさ​れ​て,「王国​の……良い​たより」を​伝え​ます。(マタ 24:14。ルカ 10:27)また,辛抱強さ​や​親切​を​示し,人​を​快く​許す​なら,愛​の​うち​に​歩ん​で​いる​こと​に​なり​ます。聖書​も​こう​勧め​て​い​ます。「エホバ​が​惜しみなく​許し​て​くださっ​た​よう​に,あなた方​も​その​よう​に​し​なさい」。(コロ 3:13

と​は​いえ,愛​を​示す​と​は​感情​に​流さ​れ​て​しまう​こと​で​は​あり​ませ​ん。例えば,親​は​泣い​て​いる​子ども​を​なだめ​よう​と​し​て,子ども​の​言いなり​に​なっ​て​しまう​か​も​しれ​ませ​ん。しかし,子ども​を​本当​に​愛し​て​いる​なら,毅然​と​し​た​態度​を​取る​必要​が​あり​ます。エホバ​は​愛​の​神​な​の​で,「自分​の​愛する​者​を​懲らしめ​られ」ます。(ヘブ 12:6)親​も​必要​な​時​に​子ども​に​ふさわしい​懲らしめ​を​与える​なら,神​の​愛​に​倣え​ます。(箴 3:11,12)もちろん,親​も​間違い​を​犯し,愛​の​欠け​た​行ない​を​する​こと​が​あり​ます。わたしたち​すべて​は,愛​を​示す​点​で​進歩​する​必要​が​あり​ます。その​ため​に​行なえる​3​つ​の​こと​を​考え​ましょ​う。

どう​すれ​ば​愛​を​培える​か

第​一​に,神​に​聖霊​を​祈り​求め​ます。愛​は​聖霊​に​よっ​て​生み出さ​れる​特質​だ​から​です。イエス​が​述べ​た​よう​に,エホバ​は「ご自分​に​求め​て​いる​者​に​聖霊​を​与え​て​くださ」い​ます。(ルカ 11:13)聖霊​を​祈り​求め,「霊​に​よっ​て​歩ん​で​ゆ[く]」よう​努力​する​なら,愛​と​思いやり​を​もっ​て​行動​でき​ます。(ガラ 5:16)例えば,会衆​の​長老​は​聖霊​を​祈り​求める​なら,愛​の​ある​仕方​で​聖書​から​助言​を​与える​こと​が​でき​ます。親​も​神​の​霊​の​助け​を​求める​なら,怒り​に​任せ​て​子ども​を​しかる​の​で​は​なく,愛情​深く​懲らしめ​を​与える​こと​が​でき​ます。

第​二​に,イエス​が​侮辱​さ​れ​た​時​に​も​どの​よう​に​愛​を​示し​た​か​を​熟考​し​ます。(ペテ​一 2:21,23)他​の​人​から​傷つけ​られ​た​時​や​不​公正​な​扱い​を​受け​た​時,「イエス​だっ​たら​どう​する​だろ​う」と​考える​の​は​良い​こと​です。リー​と​いう​姉妹​は,行動​を​起こす​前​に​その​点​を​考え​まし​た。こう​語っ​て​い​ます。「同僚​の​女性​が​職場​の​みんな​に​送っ​た​メール​に,わたし​や​わたし​の​仕事​を​けなす​内容​が​含ま​れ​て​い​まし​た。とても​傷つき​まし​た。でも,『こういう​時,イエス​に​どの​よう​に​倣える​だろ​う』と​考え,事​を​荒立て​ない​こと​に​し​まし​た。後​で​分かっ​た​こと​です​が,その​同僚​は​深刻​な​健康​上​の​問題​を​抱え,かなり​の​ストレス​を​感じ​て​い​まし​た。本気​で​あんな​こと​を​書​いたん​じゃ​ない​と​思い​ます。イエス​の​手本​に​つい​て​考える​こと​は,同僚​に​愛​を​示す​助け​に​なり​まし​た」。イエス​に​倣う​よう​努める​なら,難しい​時​に​も​愛​を​示す​こと​が​できる​でしょ​う。

第​三​に,自己​犠牲​的​な​態度​を​培う​よう​努力​し​ます。自己​犠牲​的​な​愛​は​真​の​クリスチャン​の​特徴​です。(ヨハ 13:34,35)聖書​は,イエス​と​同じ「精神​態度」を​持つ​よう​勧め​て​い​ます。イエス​は​天​を​ 後​に​し,わたしたち​の​ため「死​に​至る​まで」「自分​を​無​に」され​まし​た。(フィリ 2:5‐8)わたしたち​も​自己​犠牲​的​な​愛​を​培う​なら,イエス​の​よう​な​見方​や​感情​を​持てる​でしょ​う。他​の​人​の​益​を​優先​さ​せる​こと​も​でき​ます。では,愛​を​培う​なら​どんな​祝福​が​ある​でしょ​う​か。

どんな​祝福​が​ある​か

愛​を​示す​なら​たくさん​の​祝福​が​あり​ます。2​つ​の​点​を​考え​ましょ​う。

愛​を​示す​なら,どんな​祝福​が​あり​ます​か。

  • 国際​的​な​兄弟​関係 クリスチャン​は​互い​に​愛し合っ​て​いる​の​で,世界​の​どこ​の​会衆​へ​行っ​て​も​温かく​迎え​られ​ます。世界​中​の「仲間​の​兄弟​全体」から​愛さ​れ​て​いる​こと​は​本当​に​素晴らしい​祝福​です。(ペテ​一 5:9)この​よう​な​愛​は​神​の​民​の​間​に​しか​見​られ​ませ​ん。

  • 平和 「愛​の​うち​に​互い​に​忍[ぶ]」なら,「結合​の​きずな​で​ある​平和」を​楽しめ​ます。(エフェ 4:2,3)集会​や​大会​へ​出席​する​と,クリスチャン​の​平和​を​実感​でき​ます。今日​の​分裂​し​た​世界​で​その​よう​な​平和​や​安らぎ​を​得​られる​の​は,本当​に​素晴らしい​こと​です。(詩 119:165。イザ 54:13)会衆​内​で​平和​な​関係​を​築く​よう​努力​する​なら,仲間​に​対する​心​から​の​愛​を​実証​し,天​の​父​に​喜ん​で​いただく​こと​が​でき​ます。(詩 133:1‐3。マタ 5:9

「愛​は​人​を​築き上げ​ます」

パウロ​は,「愛​は​人​を​築き上げ​ます」と​書き​まし​た。(コリ​一 8:1)どの​よう​に​築き上げる​の​でしょ​う​か。パウロ​は​その​点​を,「愛​の​賛歌」と​も​呼ば​れる​コリント​第​一 13​章​の​中​で​説明​し​て​い​ます。まず,愛​は​他​の​人​の​益​を​求め​ます。(コリ​一 10:24; 13:5)さらに,愛​は​辛抱強く,親切​で,思いやり​が​ある​の​で,温かい​家庭​や​一致​し​た​会衆​を​築く​助け​に​なり​ます。(コロ 3:14

神​へ​の​愛​は​最も​大切​な​愛​で​あり,他​の​どんな​愛​より​も​人​を​築き上げ​ます。この​愛​は​互い​を​結び合わせ​ます。神​へ​の​愛​が​あれ​ば,あらゆる​背景​や​人種​や​言語​の​人​たち​が「肩​を​並べ​て」幸福​に​エホバ​に​仕える​こと​が​でき​ます。(ゼパ 3:9)では,神​の​聖霊​の​実​の​一面​で​ある​この​とても​大切​な​特質​を​毎日​表わす​よう​に​し​ましょ​う。

^ 2節 この​記事​は,霊​の​実​の​それぞれ​の​面​を​説明​する​9​回​シリーズ​の​第​1​回​です。