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エホバの証人

日本語

「ものみの塔」(研究用)  |  2017年8月

新しい人格を身に着ける努力を続ける

新しい人格を身に着ける努力を続ける

「新しい​人格​を​身​に​着け​なさい」。コロ 3:10

歌: 43,106

1,2. (イ)新しい​人格​を​身​に​着ける​こと​が​可能​な​の​は​なぜ​です​か。(ロ)コロサイ 3​章​10‐14​節​に​よる​と,新しい​人格​に​は​どんな​特質​が​含ま​れ​ます​か。

「新しい​人格」。この​言葉​は「新​世界​訳​聖書」に​2​回​出​て​き​ます。(エフェ 4:24。コロ 3:10)これ​は「神​の​ご意志​に​そ[っ​て]創造​さ​れ​た」人格​です。新しい​人格​を​身​に​着ける​こと​は​可能​です。人間​は​エホバ​神​の​像​に​創造​さ​れ​た​の​で,神​の​素晴らしい​特質​に​倣う​こと​が​でき​ます。(創 1:26,27。エフェ 5:1

2 アダム​と​エバ​から​受け継い​だ​不​完全​さ​の​ため,わたしたち​は​悪い​欲望​を​持つ​こと​が​あり​ます。環境​の​影響​も​受け​ます。でも,エホバ​の​憐れみ深い​助け​に​よっ​て,神​に​喜ば​れる​特質​を​身​に​着ける​こと​が​でき​ます。では,新しい​人格​に​含ま​れる​幾つ​か​の​特質​に​つい​て​考え​ましょ​う。それら​の​特質​に​つい​て​学ぶ​なら,エホバ​に​いっそう​喜ば​れる​者​に​なり​たい​と​いう​願い​が​強まる​でしょ​う。コロサイ 3:10‐14を​読む。)そう​し​た​特質​を​宣教​で​どの​よう​に​示せる​か​も​考え​ます。

 「一​人​の​人​と​なっ​て​いる」

3. 新しい​人格​の​特徴​の​一つ​は​何​です​か。

3 パウロ​は,新しい​人格​を​身​に​着ける​よう​勧め​た​後,新しい​人格​の​際立っ​た​特徴​で​ある​公平​さ​に​つい​て​次​の​よう​に​述べ​まし​た。「ギリシャ​人​も​ユダヤ​人​も​なく,割礼​も​無​割礼​も​なく,異国​人​も,スキタイ​人​も,奴隷​も,自由​人​も​あり​ませ​ん」。 * 会衆​内​に​は​人種​や​国籍​や​社会​的​立場​に​よる​差別​が​ある​べき​で​は​あり​ませ​ん。なぜ​でしょ​う​か。キリスト​の​真​の​追随​者​は「皆……一​人​の​人​と​なっ​て​いる」から​です。(コロ 3:11。ガラ 3:28

4. (イ)クリスチャン​は​他​の​人​に​どの​よう​に​接し​ます​か。(ロ)クリスチャン​の​一致​を​保つ​の​を​難しく​する​どんな​状況​が​あり​ます​か。

4 新しい​人格​を​身​に​着け​た​人​は​兄弟​姉妹​や​他​の​人​たち​に​どの​よう​に​接し​ます​か。相手​の​社会​的​立場​や​人種​に​関係​なく,敬意​を​こめ​て​接し​ます。(ロマ 2:11)国​に​よっ​て​は,そう​する​の​が​簡単​で​は​ない​か​も​しれ​ませ​ん。例えば,南​アフリカ​で​は​かつて​黒人​や​白人​など​人種​ごと​に​居住​区​が​指定​さ​れ​て​い​まし​た。多く​の​兄弟​姉妹​は​今​も​そこ​に​住ん​で​い​ます。それ​で​統治​体​は​2013​年​10​月,「自分​を​広く」する​よう​兄弟​たち​を​励ます​ため​に,互い​を​もっと​よく​知る​うえ​で​役立つ​特別​な​取り決め​を​承認​し​まし​た。(コリ​二 6:13)どんな​取り決め​でしょ​う​か。

5,6. (イ)神​の​民​の​一致​を​強める​ため,南​アフリカ​で​は​どんな​取り決め​が​設け​られ​まし​た​か。(冒頭​の​写真​を​参照。)(ロ)どんな​結果​に​なり​まし​た​か。

5 言語​や​人種​の​異なる​2​つ​の​会衆​が​週末​に​何​度​か​一緒​に​活動​する,と​いう​取り決め​です。兄弟​姉妹​が​一緒​に​伝道​し,集会​を​開き,互い​の​家​で​交友​を​楽しみ​ます。この​取り決め​に​何百​も​の​会衆​が​参加​し,支部​事務​所​は​良い​報告​を​たくさん​受け取り​まし​た。一般​の​人​たち​から​も​好意​的​な​コメント​が​寄せ​られ​まし​た。例えば,ある​聖職​者​は​こう​言い​まし​た。「わたし​は​エホバ​の​証人​で​は​あり​ませ​ん​が,皆さん​は​本当​に​秩序​正しく​伝道​し​て​おら​れる​と​思い​ます。人種​が​違っ​て​も​和気あいあい​と​し​て​おら​れ​ます」。この​取り決め​は​兄弟​姉妹​に​どんな​影響​を​与え​た​でしょ​う​か。

6 コーサ​語​を​話す​ノマ​と​いう​姉妹​は​最初,英語​会衆​の​白人​の​兄弟​たち​を​自分​の​質素​な​家​に​招く​こと​に​気後れ​し​まし​た。でも,白人​の​兄弟​姉妹​と​一緒​に​伝道​し,兄弟​姉妹​の​家​で​お茶​や​食事​を​楽しん​だ​後,「白人​の​兄弟​姉妹​も​わたしたち​と​同じ​普通​の​人​たち​な​の​ね!」と​言い​まし​た。コーサ​語​会衆​の​兄弟​姉妹​が​英語​会衆​の​兄弟​姉妹​を​招待​する​番​に​なっ​た​時,ノマ​は​食事​を​準備​し​て​何​人​か​の​兄弟​姉妹​を​招き​まし​た。その​中​に​は​白人​の​長老​も​含ま​れ​て​い​まし​た。ノマ​は​こう​言い​ます。「兄弟​が​プラスチック​の​粗末​な​箱​の​上​に​嫌​な​顔​一つ​せ​ず​座っ​て​くださる​の​を​見​て,何​だ​か​うれしく​なり​まし​た」。この​取り決め​が​継続​的​に​行なわ​れ​た​結果,新しい​友情​が​たくさん​生ま​れ​まし​た。兄弟​姉妹​は​これ​から​も​自分​を​広く​する​つもり​です。

「優しい​同情​心,親切……を​身​に​着け​なさい」

7. 同情​心​が​必要​な​の​は​なぜ​です​か。

7 サタン​の​世​が​続く​限り,わたしたち​は​難しい​問題​に​直面​し​ます。失業,重い​病気,迫害,自然​災害,犯罪​など​です。大変​な​時​に​支え合う​に​は,本当​の​同情​心​が​必要​です。優しい​同情​心​が​あれ​ば,親切​に​行動​する​はず​です。(エフェ 4:32)新しい​人格​の​一部​で​ある​ こう​し​た​特質​を​示す​なら,神​に​見倣い,他​の​人​を​慰める​こと​が​できる​でしょ​う。(コリ​二 1:3,4

8. 会衆​の​すべて​の​人​に​同情​心​や​親切​を​示す​なら,どんな​良い​結果​が​得​られ​ます​か。例​を​挙げ​て​ください。

8 会衆​に​外国​の​人​や​不利​な​境遇​の​人​が​いる​場合,どの​よう​に​思いやり​を​示せる​でしょ​う​か。進ん​で​友​に​なり,会衆​の​大切​な​一員​で​ある​と​感じ​られる​よう​助ける​こと​が​でき​ます。(コリ​一 12:22,25)フィリピン​から​日本​に​引っ越し​て​き​た​ダニーカール​に​つい​て​考え​て​み​ましょ​う。この​男性​は​職場​で,外国​人​と​いう​理由​で​差別​的​な​扱い​を​受け​まし​た。そんな​時,エホバ​の​証人​の​集会​に​出席​し​まし​た。こう​述べ​て​い​ます。「集会​に​来​て​い​た​人​の​ほとんど​は​日本​人​でし​た​が,昔​から​の​知り合い​の​よう​に​温かく​歓迎​し​て​くれ​まし​た」。その​後​も​兄弟​姉妹​から​親切​を​示さ​れ,エホバ​へ​の​信仰​が​強まり,バプテスマ​を​受け​まし​た。今​で​は​長老​と​し​て​奉仕​し​て​い​ます。他​の​長老​たち​は,ダニーカール​と​妻​の​ジェニファー​が​会衆​に​いる​こと​を​本当​に​うれしく​思っ​て​い​ます。こう​述べ​て​い​ます。「2​人​は​開拓​者​と​し​て​とても​簡素​な​生活​を​送り,王国​を​第​一​に​する​点​で​りっぱ​な​手本​に​なっ​て​い​ます」。(ルカ 12:31

9,10. 宣教​で​同情​心​を​示す​なら,どんな​報い​が​得​られ​ます​か。例​を​挙げ​て​ください。

9 王国​の​良い​たより​を​伝える​なら,「すべて​の​人……に​対し​て,良い​こと​を​行な」っ​て​いる​こと​に​なり​ます。(ガラ 6:10)移民​へ​の​同情​心​に​動かさ​れ​て,新しい​言語​を​学ん​で​いる​兄弟​姉妹​も​大勢​い​ます。(コリ​一 9:23)その​結果,素晴らしい​祝福​を​経験​し​て​い​ます。例えば,オーストラリア​の​ティファニー​と​いう​開拓​者​の​姉妹​は,ブリズベーン​の​スワヒリ​語​会衆​で​奉仕​する​ため​に​スワヒリ​語​を​学び​まし​た。言語​の​勉強​は​大変​でし​た​が,充実​し​た​奉仕​を​楽しむ​こと​が​でき​て​い​ます。こう​言い​ます。「宣教​で​わくわく​する​よう​な​経験​を​し​たい​なら,ぜひ​外国​語​会衆​で​奉仕​し​て​ください。国内​に​い​ながら​外国​旅行​を​し​て​いる​みたい​です。国際​的​な​兄弟​関係​や​素晴らしい​一致​を​じかに​体験​でき​ます」。

クリスチャン​が​外国​人​を​助け​たい​と​思う​の​は​なぜか。(10​節​を​参照。)

10 日本​の​家族​の​例​も​考え​ましょ​う。娘​の​佐規子​は​こう​語っ​て​い​ます。「1990​年代,家​から​家​の​奉仕​で​ブラジル​から​移住​し​て​き​た​人​に​よく​お会い​し​まし​た。家​の​人​の​ポルトガル​語​の​聖書​から​啓示 21​章​3,4​節​や​詩編 37​編​10,11,29​節​など​の​聖句​を​見​て​いただく​と,うなずき​ながら,時​に​は​涙​を​流し​ながら​読ん​で​ください​まし​た」。この​家族​は​同情​心​に​動かさ​ れ​て,ブラジル​人​を​助ける​努力​を​続け​まし​た。佐規子​は​こう​言い​ます。「ブラジル​の​人​たち​が​霊的​に​飢え​て​いる​様子​を​目​の​当たり​に​し​て,家族​で​ポルトガル​語​を​学び​始め​まし​た」。この​家族​は​ポルトガル​語​会衆​の​設立​に​貢献​し,何​人​も​の​ブラジル​人​が​エホバ​の​僕​に​なる​の​を​助け​まし​た。佐規子​は​こう​述べ​て​い​ます。「ポルトガル​語​を​学ぶ​の​は​簡単​で​は​あり​ませ​ん​でし​た​が,それ​を​補っ​て​余り​ある​祝福​を​経験​でき,エホバ​神​に​心​から​感謝​し​て​い​ます」。使徒 10:34,35を​読む。)

「へりくだっ​た​思い……を​身​に​着け​なさい」

11,12. (イ)正しい​動機​で​新しい​人格​を​身​に​着ける​こと​は​大切​です。なぜ​です​か。(ロ)どう​すれ​ば​謙遜​さ​を​保て​ます​か。

11 わたしたち​が​新しい​人格​を​身​に​着ける​の​は,人​から​の​称賛​を​得る​ため​で​は​なく,エホバ​に​誉れ​を​もたらす​ため​です。完全​な​み使い​で​さえ,誇り​に​負け​て​罪​を​犯し​まし​た。(エゼキエル 28:17​と​比較。)不​完全​な​人間​で​あれ​ば​なお​の​こと,不​適切​な​誇り​を​抱き​がち​です。と​は​いえ,謙遜​さ​を​身​に​着ける​こと​は​可能​です。何​が​助け​に​なる​でしょ​う​か。

12 謙遜​さ​を​身​に​着け,それ​を​保つ​に​は,毎日​時間​を​取っ​て​聖書​を​読み,黙想​する​必要​が​あり​ます。(申 17:18‐20)特に,イエス​の​教え​や​謙遜​さ​の​素晴らしい​手本​を​熟考​する​と​よい​でしょ​う。(マタ 20:28)イエス​は​使徒​たち​の​足​を​洗う​こと​さえ​し​まし​た。(ヨハ 13:12‐17)自分​が​他​の​人​より​優れ​て​いる​など​と​決して​考える​こと​の​ない​よう,聖霊​を​頻繁​に​祈り​求める​こと​も​必要​です。(ガラ 6:3,4。フィリ 2:3

13. 謙遜​で​ある​こと​に​は​どんな​報い​が​あり​ます​か。

13 箴言 22:4を​読む。エホバ​の​崇拝​者​は​皆,謙遜​さ​を​身​に​着ける​必要​が​あり​ます。そう​する​こと​に​は​大きな​報い​が​あり​ます。謙遜​で​あれ​ば,会衆​の​平和​と​一致​が​促進​さ​れ​ます。謙遜​さ​を​培う​なら,神​の​過分​の​ご親切​を​受ける​こと​も​でき​ます。使徒​ペテロ​は​こう​述べ​まし​た。「あなた方​は​みな,互い​に​対し​て​へりくだっ​た​思い[または,謙遜​さ]を​身​に​着け​なさい。神​は​ごう慢​な​者​に​敵対​し,謙遜​な​者​に​過分​の​ご親切​を​施さ​れる​から​です」。(ペテ​一 5:5

「温和,そして​辛抱強さ​を​身​に​着け​なさい」

14. 温和​と​辛抱強さ​の​点​で​最高​の​手本​は​だれ​です​か。

14 この​世​で​は,温和​で​辛抱強い​人​は​弱い​人​と​見​られ​がち​です。しかし,実際​に​は​そう​で​は​あり​ませ​ん。それら​の​素晴らしい​特質​は,宇宙​で​最も​強力​な​方​で​ある​エホバ​が​示し​て​おら​れる​特質​です。エホバ​神​は​温和​と​辛抱強さ​の​最高​の​手本​です。(ペテ​二 3:9)アブラハム​や​ロト​から​質問​さ​れ​た​時,エホバ​が​み使い​を​通し​て​どの​よう​に​対応​さ​れ​た​か​を​考え​て​み​て​ください。(創 18:22‐33; 19:18‐21)また,エホバ​は​不​従順​な​イスラエル​国民​に​1500​年​以上​辛抱強く​接し​まし​た。(エゼ 33:11

15. イエス​は​温和​と​辛抱強さ​の​点​で​どんな​手本​を​示し​まし​た​か。

15 イエス​は「気質​が​温和」でし​た。(マタ 11:29)追随​者​たち​の​弱さ​を​辛抱​し​まし​た。地上​で​の​宣教​の​間,宗教​上​の​反対​者​たち​から​不当​な​批判​を​受け​まし​た​が,死​に​至る​まで​温和​と​辛抱強さ​を​示し​まし​た。苦しみ​の​杭​に​掛け​られ,激痛​に​耐え​て​いる​時​も,ご自分​を​処刑​し​よう​と​し​て​いる​者​たち​を​許し​て​ほしい​と​エホバ​に​祈り​まし​た。「自分​たち​が​何​を​し​て​いる​の​か​知ら​ない​の​です」と​述べ​まし​た。 ルカ 23:34)苦痛​と​ストレス​の​もと​で,これ​ほど​の​温和​と​辛抱強さ​を​示し​た​の​です。ペテロ​第​一 2:21‐23を​読む。)

16. どの​よう​に​温和​と​辛抱強さ​を​示せ​ます​か。

16 わたしたち​は​どの​よう​に​温和​と​辛抱強さ​を​示せる​でしょ​う​か。パウロ​は​その​一つ​の​方法​を​次​の​よう​に​述べ​て​い​ます。「だれ​か​に​対し​て​不満​の​理由​が​ある​場合​で​も,引き続き​互い​に​忍び,互い​に​惜しみなく​許し合い​なさい。エホバ​が​惜しみなく​許し​て​くださっ​た​よう​に,あなた方​も​その​よう​に​し​なさい」。(コロ 3:13)この​命令​に​従う​に​は​温和​と​辛抱強さ​が​必要​です。人​を​許す​なら,会衆​の​一致​を​促進​し,それ​を​保つ​こと​が​でき​ます。

17. 温和​と​辛抱強さ​が​大切​な​の​は​なぜ​です​か。

17 クリスチャン​に​とっ​て,温和​と​辛抱強さ​を​身​に​着ける​こと​は​非常​に​重要​です。そう​する​こと​は,わたしたち​の​救い​に​不可欠​です。(マタ 5:5。ヤコ 1:21)さらに​重要​な​点​と​し​て,温和​と​辛抱強さ​を​示す​なら,エホバ​に​誉れ​を​もたらし,聖書​の​アドバイス​に​従う​よう​他​の​人​を​助ける​こと​が​でき​ます。(ガラ 6:1。テモ​二 2:24,25

「愛​を​身​に​着け​なさい」

18. 愛​と​公平​さ​は​どの​よう​に​関係​し​て​い​ます​か。

18 ここ​まで​考え​て​き​た​特質​は​すべて,愛​と​密接​に​関係​し​て​い​ます。例えば​弟子​ヤコブ​は,裕福​な​人​を​優遇​し​た​兄弟​たち​に​助言​を​与え,その​よう​な​行ない​は「隣人​を​自分​自身​の​よう​に​愛さ​ね​ば​なら​ない」と​いう​王​たる​律法​に​反する,と​述べ​まし​た。「相変わらず​人​を​偏り見る​の​で​あれ​ば,あなた方​は​罪​を​おかし​て​いる​の​です」と​も​言い​まし​た。(ヤコ 2:8,9)愛​が​あれ​ば,教育​や​人種​や​社会​的​立場​に​よっ​て​人​を​差別​する​こと​は​あり​ませ​ん。わたしたち​の​公平​さ​は​うわべ​だけ​の​もの​で​あっ​て​は​なり​ませ​ん。人格​の​一部​で​なけれ​ば​なら​ない​の​です。

19. 愛​を​身​に​着ける​こと​が​大切​な​の​は​なぜ​です​か。

19 愛​は「辛抱強く,また​親切​です」。「思い​上​が」る​こと​も​あり​ませ​ん。(コリ​一 13:4)良い​たより​を​人々​に​伝え​続ける​に​は,辛抱強さ,親切,謙遜​さ​が​必要​です。(マタ 28:19)こう​し​た​特質​が​あれ​ば,会衆​の​すべて​の​兄弟​姉妹​と​仲良く​やっ​て​いく​こと​が​でき​ます。皆​が​その​よう​な​愛​を​示す​なら,会衆​は​一致​し,エホバ​に​誉れ​を​もたらし,人々​を​真理​に​引き寄せる​こと​が​でき​ます。聖書​は,新しい​人格​に​関する​記述​の​結論​と​し​て​こう​述べ​て​い​ます。「これら​すべて​に​加え​て,愛​を​身​に​着け​なさい。それ​は​結合​の​完全​な​きずな​な​の​です」。(コロ 3:14

引き続き「新た​に​され」る

20. (イ)どんな​こと​を​自問​す​べき​です​か。なぜ​です​か。(ロ)わたしたち​は​どんな​時​を​心待ち​に​し​て​い​ます​か。

20 わたしたち​は​各自​こう​自問​す​べき​です。「古い​人格​を​脱ぎ捨て,再び​身​に​着け​ない​よう​に​する​ため,さらに​どんな​努力​が​できる​だろ​う​か」。神​の​助け​を​熱烈​に​祈り​求める​必要​が​あり​ます。間違っ​た​考え方​や​行ない​を​やめ,神​の​王国​を​受け継げる​よう​努力​する​必要​も​あり​ます。(ガラ 5:19‐21)こう​自問​でき​ます。「神​に​喜ん​で​いただける​よう​に,考え方​の​点​で​引き続き​新た​に​され​て​いる​だろ​う​か」。(エフェ 4:23,24)新しい​人格​を​身​に​着ける​こと​は​継続​的​な​過程​です。しっかり​身​に​着く​まで​努力​を​続け​なけれ​ば​なり​ませ​ん。将来,すべて​の​人​が​新しい​人格​を​完全​に​身​に​着け​た​時,毎日​の​生活​は​どんな​に​素晴らしい​もの​に​なる​でしょ​う。

^ 3節 聖書​時代,スキタイ​人​は​野蛮​な​人々​と​し​て​見下さ​れ​て​い​まし​た。