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エホバの証人

日本語

「ものみの塔」(研究用)  |  2017年5月

愛が冷えないようにしましょう

愛が冷えないようにしましょう

「不法​が​増す​ため​に,大半​の​者​の​愛​が​冷える​でしょ​う」。―マタ 24:12

歌: 60,135

1,2. (イ)マタイ 24​章​12​節​の​イエス​の​言葉​は,1​世紀​に​だれ​に​成就​し​まし​た​か。(ロ)「使徒​たち​の​活動」の​書​に​よる​と,多く​の​クリスチャン​は​どの​よう​に​愛​を​示し​続け​て​い​まし​た​か。(冒頭​の​挿絵​を​参照。)

イエス​は「事物​の​体制​の​終結」の​しるし​と​し​て,「大半​の​者​の​愛​が​冷える」こと​を​挙げ​まし​た。(マタ 24:3,12)1​世紀​の​ユダヤ​人​は​自分​たち​が​神​の​民​で​ある​と​主張​し​て​い​まし​た​が,神​へ​の​愛​が​冷え​て​い​まし​た。

2 他方,当時​の​クリスチャン​は​熱心​に「イエス​に​つい​て​の​良い​たより​を​宣明​し」,神​と​仲間​の​クリスチャン​へ​の​愛,また​クリスチャン​で​は​ない​人​たち​へ​の​愛​を​示し​て​い​まし​た。(使徒 2:44‐47; 5:42)と​は​いえ,愛​が​冷え​て​しまっ​て​いる​クリスチャン​も​い​まし​た。

3. 愛​が​冷え​て​しまっ​た​クリスチャン​が​い​た​の​は​なぜ​だ​と​考え​られ​ます​か。

3 復活​し​た​イエス​・​キリスト​は,エフェソス​の​クリスチャン​に​こう​述べ​まし​た。「わたし​に​は​あなた​を​責める​べき​こと​が​ある。それ​は,あなた​が,最初​に​抱い​て​い​た​愛​を​離れ​た​こと​で​ある」。(啓 2:4)なぜ​愛​を​失っ​て​しまっ​た​の​でしょ​う​か。肉​の​思い​を​持つ​世​の​人々​の​影響​を​受け​た​から​か​も​しれ​ませ​ん。(エフェ 2:2,3)今日​の​多く​の​都市​と​同様,1​世紀​の​エフェソス​で​は​様々​な​悪事​が​行なわ​れ​て​い​まし​ た。エフェソス​は​非常​に​富ん​だ​都市​で,人々​は​ぜいたく​で​安楽​な​生活​を​送り,娯楽​に​ふけっ​て​い​まし​た。自分​の​喜び​を​追い求める​あまり,神​や​他​の​人​へ​の​利他​的​な​愛​が​失わ​れ​て​い​た​よう​です。また,厚顔​無恥​の​行ない​や​甚だしい​不​道徳​が​広く​見​られ​て​い​まし​た。

4. (イ)今日,どの​よう​に​愛​が​冷え​て​い​ます​か。(ロ)これ​から​どんな​点​を​考え​ます​か。

4 愛​が​冷える​と​いう​イエス​の​預言​は​今​も​成就​し​て​い​ます。神​に​対する​人々​の​愛​は​ますます​弱まっ​て​い​ます。多く​の​人​は​神​へ​の​信仰​を​失い,人類​の​様々​な​問題​を​解決​する​の​は​人間​の​組織​で​ある​と​考え​て​い​ます。エホバ​神​を​崇拝​し​ない​人々​の​愛​は​冷え​て​いく​ばかり​です。しかし,1​世紀​の​エフェソス​会衆​の​クリスチャン​と​同様,わたしたち​の​愛​も​弱まっ​て​しまう​可能​性​が​あり​ます。では,(1)エホバ​へ​の​愛,(2)聖書​の​真理​へ​の​愛,(3)兄弟​たち​へ​の​愛​が​冷え​ない​よう​に​する​ため,何​が​できる​か​を​考え​ましょ​う。

エホバ​へ​の​愛

5. 神​を​愛さ​なけれ​ば​なら​ない​の​は​なぜ​です​か。

5 イエス​は​愛​が​冷える​こと​を​予告​する​少し​前​に,最も​重要​な​愛​に​つい​て​も​述べ​まし​た。こう​記さ​れ​て​い​ます。「『あなた​は,心​を​こめ,魂​を​こめ,思い​を​こめ​て​あなた​の​神​エホバ​を​愛さ​ね​ば​なら​ない』。これ​が​最大​で​第​一​の​おきて​です」。(マタ 22:37,38)神​へ​の​深い​愛​が​あれ​ば,エホバ​の​おきて​に​従い,忍耐​し,悪​を​憎む​こと​が​でき​ます。詩編 97:10を​読む。)しかし,サタン​と​世​は,神​に​対する​わたしたち​の​愛​を​弱め​よう​と​し​て​い​ます。

6. 人々​は​神​へ​の​愛​を​失っ​た​ため,どんな​結果​に​なっ​て​い​ます​か。

6 世​の​多く​の​人​は,愛​に​対し​て​ゆがん​だ​見方​を​持っ​て​い​ます。創造​者​で​は​なく「自分​を​愛する​者」と​なっ​て​い​ます。(テモ​二 3:2)サタン​の​支配​する​世​は「肉​の​欲望​と​目​の​欲望」を​助長​し,「自分​の​資力​を​見せびらかす」よう​勧め​て​い​ます。(ヨハ​一 2:16)使徒​パウロ​は​肉​の​欲望​の​まま​に​生き​ない​よう,次​の​よう​に​警告​し​まし​た。「肉​の​思う​こと​は​死​を​意味​する……の​です。肉​の​思う​こと​は​神​と​の​敵対​を​意味​する​から​です」。(ロマ 8:6,7)お金​を​稼い​だり​性的​欲望​を​満たし​たり​する​ため​に​生き​て​いる​人​たち​は,結局,失望​し,深く​傷つい​て​い​ます。―コリ​一 6:18。テモ​一 6:9,10

7. 今日,クリスチャン​は​どんな​危険​に​直面​し​て​い​ます​か。

7 無神​論​者​や​不可知​論​者​や​進化​論​者​は,神​へ​の​愛​を​弱め​させる​だけ​で​なく,神​の​存在​そのもの​を​否定​する​考え​を​主張​し​て​い​ます。創造​者​を​信じる​の​は​無知​な​人々​だけ​だ,と​思い込ま​せ​て​い​ます。科学​者​が​敬わ​れ,創造​者​が​ないがしろ​に​され​て​い​ます。(ロマ 1:25)わたしたち​も​その​よう​な​考え​に​影響​さ​れる​なら,エホバ​から​離れ,神​へ​の​愛​が​冷え​て​しまう​でしょ​う。―ヘブ 3:12

8. (イ)わたしたち​は​どんな​問題​に​よっ​て​落胆​する​こと​が​あり​ます​か。(ロ)詩編 136​編​に​は​どんな​保証​の​言葉​が​あり​ます​か。

8 落胆​が​原因​で​信仰​が​弱まり,神​へ​の​愛​が​冷え​て​しまう​こと​も​あり​ます。サタン​が​支配​する​この​邪悪​な​体制​で​は,だれ​で​も​時折,がっかり​する​よう​な​問題​に​直面​する​こと​が​ある​でしょ​う。(ヨハ​一 5:19)老齢​や​病気​に​伴う​問題​や,経済​的​な​問題​に​直面​する​か​も​しれ​ませ​ん。自分​は​だめ​だ​と​感じ​たり,自分​の​欠点​や​失敗​に​がっかり​し​たり,物事​が​思う​よう​に​なら​なく​て​落胆​し​たり​する​こと​も​ある​でしょ​う。だから​と​いっ​て,エホバ​に​見捨て​ られ​た​など​と​思い込ん​で​は​なり​ませ​ん。わたしたち​に​対する​エホバ​の​愛​は​決して​変わる​こと​が​ない​の​です。その​こと​を​確信​さ​せる​言葉​を​熟考​し​ましょ​う。例えば,詩編 136​編​23​節​に​は​こう​あり​ます。「わたしたち​が​卑しい​状態​に​あっ​た​とき​に,わたしたち​を​思い出し​て​くださっ​た​方。その​愛​ある​親切​は​定め​の​ない​時​に​まで​及ぶ​から​で​ある」。エホバ​は​いつも​忠節​な​愛​を​示し​て​ください​ます。わたしたち​の「嘆願」を​聞き,それ​に​答え​て​くださる​の​です。―詩 116:1; 136:24‐26

9. パウロ​は​神​へ​の​愛​を​保つ​力​を​どの​よう​に​得​まし​た​か。

9 パウロ​も,エホバ​の​変わら​ぬ​支え​に​つい​て​深く​考える​こと​で​力​を​得​まし​た。こう​書い​て​い​ます。「エホバ​は​わたし​の​助け主,わたし​は​恐れ​ない。人​が​わたし​に​何​を​なし​え​よう」。(ヘブ 13:6)パウロ​は​エホバ​の​愛​と​助け​を​心​から​確信​し​て​い​た​の​で,様々​な​問題​に​取り組む​こと​が​でき​まし​た。難しい​状況​に​置か​れ​て​も,意気​消沈​し​て​しまう​こと​は​なかっ​た​の​です。囚人​と​なっ​て​い​た​時​で​さえ,仲間​を​励ます​手紙​を​何​通​も​書き​まし​た。(エフェ 4:1。フィリ 1:7。フィレ 1)厳しい​試練​に​遭っ​て​も,神​へ​の​強い​愛​を​保っ​た​の​です。そう​する​力​を​どの​よう​に​得​た​の​でしょ​う​か。パウロ​は「すべて​の​慰め​の​神」,「すべて​の​患難​に​おい​て……慰め​て​くださ」る​神​に​頼り​まし​た。(コリ​二 1:3,4)どう​すれ​ば,わたしたち​も​パウロ​の​よう​に​エホバ​へ​の​強い​愛​を​保てる​でしょ​う​か。

エホバ​へ​の​愛​を​示す(10​節​を​参照)

10. どう​すれ​ば​エホバ​へ​の​強い​愛​を​保て​ます​か。

10 パウロ​自身​の​言葉​から​その​方法​を​学べ​ます。パウロ​は「絶え​ず​祈り​なさい」と​述べ​まし​た。また​後​に​は「たゆま​ず​祈り​なさい」と​も​述べ​て​い​ます。(テサ​一 5:17。ロマ 12:12)神​と​の​親密​な​関係​を​保つ​に​は,祈り​に​よる​コミュニケーション​が​欠か​せ​ませ​ん。(詩 86:3)十分​に​時間​を​取っ​て,内奥​の​考え​や​感情​を​エホバ​に​伝える​なら,天​の​父​で​あり「祈り​を​聞か​れる​方」でも​ある​エホバ​に​いっそう​近づく​こと​が​でき​ます。(詩 65:2)エホバ​が​祈り​に​答え​て​くださっ​た​と​感じる​と,神​へ​の​愛​は​深まり​ます。「エホバ[が]ご自分​を​呼び求める​すべて​の​者……の​近く​に​おら​れ」る,と​いう​こと​を​実感​できる​でしょ​う。(詩 145:18)エホバ​の​愛​と​支え​を​確信​し​て​いれ​ば,信仰​の​試み​に​立ち向かう​こと​が​でき​ます。

聖書​の​真理​へ​の​愛

11,12. どう​すれ​ば​聖書​の​真理​に​対する​愛​を​深める​こと​が​でき​ます​か。

11 クリスチャン​で​ある​わたしたち​は​真理​を​心​から​受け入れ,深く​愛し​て​い​ます。聖書​に​は​真理​が​収め​られ​て​い​ます。イエス​は​天​の​父​へ​の​祈り​の​中​で,「あなた​の​み言葉​は​真理​です」と​述べ​まし​た。(ヨハ 17:17)ですから,真理​へ​の​愛​は​聖書​の​正確​な​知識​を​得る​こと​から​始まり​ます。(コロ 1:10)しかし,頭​に​知識​を​取り入れる​だけ​で​は​不​十分​です。詩編 119​編​を​読む​と,聖書​の​真理​を​愛する​と​は​どういう​こと​か​が​分かり​ます。詩編 119:97‐100を​読む。)あなた​は​1​日​の​いろいろ​な​時​に,聖書​の​言葉​を​思い巡らし​て​い​ます​か。聖書​の​真理​を​生活​に​当てはめる​こと​に​よっ​て​どんな​益​が​得​られる​か​を​熟考​する​と,聖書​の​真理​に​対する​愛​が​深まり​ます。

12 詩編 119​編​の​作者​は​さらに​こう​述べ​て​い​ます。「あなた​の​みことば​は​わたし​の​上あご​に​何​と​滑らか​だっ​た​の​でしょ​う。わたし​の​口​に​蜜​に​も​勝っ​て」。(詩 119:103)わたしたち​ も​神​の​組織​から​受け取る,聖書​に​基づく​出版​物​を​味わう​こと​が​でき​ます。舌​で​ゆっくり​味わう​か​の​よう​に​し​て​読む​の​です。そうすれば,必要​な​時​に​真理​の「喜ばしい​言葉」を​思い起こし,他​の​人​を​助ける​ため​に​用いる​こと​が​できる​でしょ​う。―伝 12:10

13. エレミヤ​は​どの​よう​に​し​て​聖書​の​真理​を​愛する​よう​に​なり​まし​た​か。聖書​の​真理​から​どんな​影響​を​受け​まし​た​か。

13 預言​者​エレミヤ​も​聖書​の​真理​を​愛し​て​い​まし​た。神​の​言葉​は​エレミヤ​の​心​に​どんな​影響​を​与え​た​でしょ​う​か。こう​あり​ます。「あなた​の​言葉​が​見いださ​れ​た​の​で,わたし​は​それ​を​食べ​はじめ​まし​た。わたし​に​とっ​て​あなた​の​言葉​は​わたし​の​心​の​歓喜​と​なり,歓び​と​なり​ます。万軍​の​神​エホバ​よ,わたし​は​あなた​の​み名​を​もっ​て​となえ​られ​た​から​です」。(エレ 15:16)エレミヤ​は​神​の​貴重​な​言葉​を​黙想​し​まし​た。いわば​食べ​て​消化​し​た​の​です。そう​する​こと​に​より,神​の​名​を​担う​こと​が​どれ​ほど​素晴らしい​務め​で​ある​か​を​実感​し​まし​た。わたしたち​も​聖書​の​真理​を​深く​黙想​する​なら,真理​を​心​から​愛する​よう​に​なる​でしょ​う。そうすれば,終わり​の​時​に​神​の​名​を​担い,王国​に​つい​て​伝える​こと​が,どれ​ほど​素晴らしい​務め​で​ある​か​を​実感​できる​はず​です。

聖書​の​真理​へ​の​愛​を​示す(14​節​を​参照)

14. どう​すれ​ば​聖書​の​真理​に​対する​愛​を​深める​こと​が​でき​ます​か。

14 聖書​の​真理​に​対する​愛​を​深める​ため,ほか​に​も​何​が​できる​でしょ​う​か。会衆​の​集会​に​定期​的​に​出席​する​こと​です。毎週​の「ものみの塔」研究​は,聖書​を​学ぶ​重要​な​機会​です。集会​で​討議​さ​れる​事柄​を​よく​理解​する​に​は,予習​が​必要​です。予習​の​際,引照​聖句​を​調べる​と​よい​でしょ​う。最近​は「ものみの塔」を​多く​の​言語​で​jw.org​の​ウェブサイト​から​ダウンロード​し​たり,JW Library<ライブラリー>で​読ん​だり​する​こと​が​でき​ます。研究​記事​の​引照​聖句​も​簡単​に​見る​こと​が​でき​ます。どんな​方法​で​学ぶ​に​し​て​も,聖句​を​よく​読ん​で​黙想​する​ なら,聖書​の​真理​に​対する​愛​を​深める​こと​が​できる​でしょ​う。―詩編 1:2を​読む。

兄弟​たち​へ​の​愛

15,16. (イ)ヨハネ 13​章​34,35​節​に​よる​と,わたしたち​に​は​どんな​務め​が​あり​ます​か。(ロ)兄弟​たち​へ​の​愛​は,神​へ​の​愛​や​聖書​へ​の​愛​と​密接​に​関係​し​て​い​ます。なぜ​そう​言え​ます​か。

15 イエス​は​地上​で​の​生涯​の​最後​の​晩,弟子​たち​に​こう​言い​まし​た。「わたし​は​あなた方​に​新しい​おきて​を​与え​ます。それ​は,あなた方​が​互い​に​愛し合う​こと​です。つまり,わたし​が​あなた方​を​愛し​た​とおり​に,あなた方​も​互い​を​愛する​こと​です。あなた方​の​間​に​愛​が​あれ​ば,それ​に​よっ​て​すべて​の​人​は,あなた方​が​わたし​の​弟子​で​ある​こと​を​知る​の​です」。―ヨハ 13:34,35

16 兄弟​姉妹​へ​の​愛​は,エホバ​へ​の​愛​と​密接​に​関係​し​て​い​ます。どちら​か​一方​だけ​を​愛する​こと​は​でき​ませ​ん。使徒​ヨハネ​が​述べ​て​いる​よう​に,「自分​が​すでに​見​て​いる​兄弟​を​愛さ​ない​者​は,見​た​こと​の​ない​神​を​愛する​こと​は​でき​ない」の​です。(ヨハ​一 4:20)エホバ​と​兄弟​たち​へ​の​愛​は,聖書​へ​の​愛​と​も​密接​に​関係​し​て​い​ます。聖書​の​真理​へ​の​愛​が​あれ​ば,神​と​兄弟​たち​を​愛する​よう​に​と​いう​聖書​の​おきて​に​心​から​従い​たい​と​思う​はず​です。―ペテ​一 1:22。ヨハ​一 4:21

兄弟​姉妹​へ​の​愛​を​示す(17​節​を​参照)

17. 会衆​内​で​どの​よう​に​愛​を​示せ​ます​か。

17 テサロニケ​第​一 4:9,10を​読む。会衆​内​で​どの​よう​に​愛​を​示せる​でしょ​う​か。集会​の​送迎​を​必要​と​し​て​いる​年配​の​兄弟​姉妹​が​いる​か​も​しれ​ませ​ん。家​の​修理​を​必要​と​し​て​いる​やもめ​の​姉妹​が​いる​か​も​しれ​ませ​ん。(ヤコ 1:27)年齢​に​かかわら​ず,落胆​し​て​いたり,気持ち​が​ふさい​で​い​たり,試練​に​遭っ​たり​し​て​いる​兄弟​姉妹​も​いる​でしょ​う。その​よう​な​兄弟​姉妹​は,気遣い​や​励まし​や​慰め​を​必要​と​し​て​い​ます。(箴 12:25。コロ 4:11)兄弟​たち​を​本当​に​愛し​て​いる​人​は,「信仰​に​おい​て​結ば​れ​て​いる​人​たち」に​言葉​と​行ない​で​深い​気遣い​を​示し​ます。―ガラ 6:10

18. 兄弟​姉妹​と​の​不和​を​解決​する​に​は​何​が​必要​です​か。

18 聖書​は,邪悪​な​体制​の「終わり​の​日」に,多く​の​人​が​利己​的​で​貪欲​に​なる​こと​を​予告​し​て​い​まし​た。(テモ​二 3:1,2)ですから,わたしたち​クリスチャン​は,神,聖書​の​真理,兄弟​たち​へ​の​愛​を​強める​ため​懸命​に​努力​し​なけれ​ば​なり​ませ​ん。時​に​は​兄弟​姉妹​と​の​間​で​ちょっと​し​た​不和​が​生じる​こと​も​ある​でしょ​う。しかし,互い​へ​の​愛​が​あれ​ば,親切​な​仕方​で​不和​を​解決​できる​はず​です。(エフェ 4:32。コロ 3:14)わたしたち​の​愛​が​決して​冷え​て​しまわ​ない​よう​に​し​ましょ​う。むしろ,エホバ,聖書,兄弟​たち​へ​の​強い​愛​を​保ち​続け​ましょ​う。