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エホバの証人

日本語

「ものみの塔」(研究用)  |  2017年11月

エホバの公正と憐れみに倣いましょう

エホバの公正と憐れみに倣いましょう

「真​の​公正​を​もっ​て​あなた方​の​裁き​を​行なえ。互い​に​対し​て​愛​ある​親切​と​憐れみ​と​を​実行​せよ」。ゼカ 7:9

歌: 21,69

1,2. (イ)イエス​は​神​の​律法​に​つい​て​どう​感じ​て​い​まし​た​か。(ロ)書士​や​パリサイ​人​は​どんな​点​で​間違っ​て​い​まし​た​か。

イエス​は​モーセ​の​律法​を​愛し​て​い​まし​た。ご自分​に​とっ​て​最も​大切​な​父​エホバ​から​の​もの​だ​から​です。詩編 40​編​8​節​は​イエス​に​つい​て​こう​預言​し​て​い​まし​た。「わたし​の​神​よ,あなた​の​ご意志​を​行なう​こと​を​わたし​は​喜び​と​し​まし​た。あなた​の​律法​は​わたし​の​内​なる​所​に​あり​ます」。イエス​は​言葉​と​行ない​に​よっ​て,神​の​律法​が​完全​で​有益​で​必ず​成就​する​こと​を​示し​まし​た。(マタ 5:17‐19

2 イエス​は,書士​や​パリサイ​人​が​律法​を​間違っ​た​仕方​で​適用​し​て​いる​の​を​見​て,深く​悲しん​だ​に​違いあり​ませ​ん。彼ら​は​律法​の​詳細​な​点​に​注意深く​従い​まし​た。「あなた方​は,はっか​・​いのんど​・​クミン​の​十分​の​一​を​納め[て​い​ます]」と​イエス​も​述べ​て​い​ます。では​何​が​問題​だっ​た​の​でしょ​う​か。彼ら​は「律法​の​より​重大​な​事柄,すなわち​公正​と​憐れみ​と​忠実​を​無視​し​て」い​まし​た。(マタ 23:23)イエス​は​そう​し​た​独善​的​な​パリサイ​人​と​は​異​なり,律法​の​背後​に​ある​精神,つまり​それぞれ​の​おきて​に​表われ​て​いる​神​の​特質​を​理解​し​て​い​まし​た。

3. この​記事​で​は​どんな​こと​を​考え​ます​か。

3 クリスチャン​は​律法​契約​の​もと​に​い​ませ​ん。(ロマ 7:6)と​は​いえ, エホバ​は​律法​を​聖書​に​記録​さ​せ​まし​た。神​は,わたしたち​が​律法​の​細か​な​点​に​固執​する​こと​で​は​なく,「律法​の​より​重大​な​事柄」つまり​律法​の​基盤​と​なっ​て​いる​原則​を​理解​し,適用​する​こと​を​願っ​て​おら​れ​ます。避難​都市​から​も​大切​な​原則​を​学べ​ます。前​の​記事​で​は,意図​せ​ず​に​人​を​殺し​た​人​の​取っ​た​行動​から​学べる​教訓​を​考え​まし​た。この​記事​で​は,エホバ​の​見方​や​特質​に​注目​し​ます。避難​都市​から,神​の​憐れみ,命​に​対する​見方,完全​な​公正​に​つい​て​どんな​こと​を​学べる​でしょ​う​か。それぞれ​の​点​で​父​エホバ​に​どの​よう​に​倣え​ます​か。エフェソス 5:1を​読む。)

「都合​の​良い​都市」 神​の​憐れみ​の​表われ

4,5. (イ)避難​都市​に​行く​の​が​難しく​なかっ​た​の​は​なぜ​です​か。(ロ)避難​都市​の​取り決め​から,エホバ​に​つい​て​どんな​こと​が​分かり​ます​か。

4 6​つ​の​避難​都市​は​アクセス​の​良い​場所​に​あり​まし​た。エホバ​は​ヨルダン​川​の​両側​に​避難​都市​を​3​つ​ずつ​配置​する​よう​命じ​られ​まし​た。避難​し​やすく​する​ため​です。(民 35:11‐14)避難​都市​に​通じる​道​は​よく​整備​さ​れ​て​い​まし​た。(申 19:3)ユダヤ​人​の​伝承​に​よる​と,避難​都市​の​方向​を​示す​標識​も​立て​られ​て​い​まし​た。イスラエル​に​避難​都市​が​あっ​た​の​で,わざわざ​外国​に​逃げる​必要​は​あり​ませ​ん​でし​た。外国​に​行け​ば,偽り​の​崇拝​を​行なう​よう​に​なっ​た​か​も​しれ​ませ​ん。

5 考え​て​み​て​ください。エホバ​は​故意​に​人​を​殺し​た​人​を​死刑​に​する​よう​命じ​られ​まし​た。しかし,意図​せ​ず​に​人​を​殺し​た​人​に​は​憐れみ​と​保護​を​受ける​十分​な​機会​を​与え​られ​た​の​です。ある​聖書​学​者​は​避難​都市​の​取り決め​に​つい​て​こう​述べ​て​い​ます。「非常​に​分かり​やすく​シンプル​だっ​た。神​の​慈しみ​が​表われ​て​い​た」。エホバ​は​民​を​厳しく​罰し​よう​と​する​無情​な​裁判​官​で​は​あり​ませ​ん。「憐れみ​に​富ん[だ]」方​な​の​です。(エフェ 2:4

6. 神​の​憐れみ​と​は​対照​的​に,パリサイ​人​は​どんな​態度​を​示し​まし​た​か。

6 他方,パリサイ​人​は​憐れみ​に​欠け​て​い​まし​た。伝承​に​よる​と,同じ​罪​を​3​回​まで​しか​許し​ませ​ん​でし​た。イエス​は​例え​の​中​で,パリサイ​人​の​態度​に​注意​を​向け​まし​た。収税​人​は​謙遜​に​神​の​憐れみ​を​祈り​求め​まし​た​が,パリサイ​人​は​こう​祈り​まし​た。「神​よ,わたし​は,自分​が​ほか​の​人々,ゆすり取る​者,不義​な​者,姦淫​を​する​者​など​の​よう​で​なく,また​この​収税​人​の​よう​で​すら​ない​こと​を​感謝​し​ます」。パリサイ​人​が​人々​を​許そ​う​と​し​なかっ​た​の​は​なぜ​でしょ​う​か。「ほか​の​人​たち​を​取る​に​足り​ない​者​と​考え」て​い​た​から​です。(ルカ 18:9‐14

いつも「道」を​開き,整備​し​て​おき​ましょ​う。(4‐8​節​を​参照。)

7,8. (イ)だれ​か​に​傷つけ​られ​た​時,どの​よう​に​エホバ​に​倣え​ます​か。(ロ)人​を​許す​に​は​謙遜​さ​が​求め​られる​の​は​なぜ​です​か。

 7 パリサイ​人​で​は​なく​エホバ​に​倣い​ましょ​う。他​の​人​に​同情​心​を​示し​て​ください。コロサイ 3:13を​読む。)許し​を​求め​やすい​人​に​なり​ましょ​う。(ルカ 17:3,4)こう​自問​でき​ます。「自分​を​傷つけ​た​人​を​許す​だろ​う​か。繰り返し​傷つけ​られ​て​も​許す​だろ​う​か。その​人​と​の​平和​な​関係​を​進ん​で​取り戻そ​う​と​する​だろ​う​か」。

8 許す​に​は​謙遜​さ​が​求め​られ​ます。パリサイ​人​は​他​の​人​が​自分​より​劣っ​て​いる​と​考え​て​い​た​ため,人​を​許そ​う​と​し​ませ​ん​でし​た。しかし,クリスチャン​は「他​の​人​が​自分​より​上​で​ある​と​考え」ます。その​よう​な​見方​を​し​て​いれ​ば,進ん​で​許す​はず​です。(フィリ 2:3)あなた​は​神​に​倣い,進ん​で​許し​ます​か。許し​を​求め​たい​と​思っ​て​いる​人​に​とっ​て​近づき​やすい​存在​でしょ​う​か。いつも「道」を​開き,整備​し​て​おき​ましょ​う。進ん​で​憐れみ​を​示し​て​ください。すぐ​に​腹​を​立て​ない​よう​に​し​ましょ​う。(伝 7:8,9

命​を​大切​に​し,「血​の​罪」を​避ける

9. イスラエル​人​は,避難​都市​の​取り決め​に​よっ​て​どんな​こと​を​銘記​さ​せ​られ​まし​た​か。

9 避難​都市​の​主​な​目的​は,血​の​罪​を​負わ​ない​よう​民​を​保護​する​こと​でし​た。(申 19:10)神​は​命​を​大切​な​もの​と​見​て​おら​れ,「罪​の​ない​血​を​流し​て​いる​手」を​憎ま​れ​ます。(箴 6:16,17)公正​で​聖​なる​神​エホバ​は,偶発​的​な​流血​行為​も​見過ごさ​れ​ませ​ん​でし​た。意図​せ​ず​に​人​を​殺し​た​人​は​憐れみ​を​示さ​れ​た​と​は​いえ,年長​者​たち​の​前​で​事情​を​説明​し​なけれ​ば​なり​ませ​ん​でし​た。偶発​的​な​事故​だっ​た​と​いう​判断​が​下さ​れ​た​後​は,大​祭司​が​死ぬ​時​まで​避難​都市​に​とどまり​まし​た。残り​の​人生​を​ずっ​と​そこで​過ごさ​なけれ​ば​なら​なかっ​た​か​も​しれ​ませ​ん。イスラエル​人​は​皆,命​の​神聖​さ​を​銘記​さ​せ​られ​た​こと​でしょ​う。命​の​与え主​を​敬う​ため​に​は,他​の​人​の​命​を​危険​に​さらさ​ない​よう,注意深く​行動​する​必要​が​あり​まし​た。

10. イエス​に​よれ​ば,書士​や​パリサイ​人​は​どの​よう​に​人々​の​命​を​軽視​し​て​い​まし​た​か。

10 エホバ​と​は​異​なり,書士​や​パリサイ​人​は​人々​の​命​を​軽視​し​まし​た。イエス​は​彼ら​に​こう​述べ​まし​た。「あなた方​は​知識​の​かぎ​を​取り去っ​た​から​です。あなた方​自身​が​入ら​ず,また,入ろ​う​と​する​者​たち​を​も​妨げ​た​の​です」。(ルカ 11:52)書士​や​パリサイ​人​は,人々​に​神​の​言葉​の​意味​を​説明​し​て,永遠​の​命​の​道​を​歩む​よう​助ける​立場​に​い​まし​た。しかし​実際​に​は,「命​の​主要​な​代理​者」イエス​から​人々​を​遠ざけ,永遠​の​滅び​に​至る​道​に​導い​て​い​まし​た。(使徒 3:15)誇り高く​利己​的​で,人々​の​命​や​幸福​を​気​に​かけ​なかっ​た​の​です。何​と​無​慈悲​で​冷酷​だっ​た​の​でしょ​う。

11. (イ)パウロ​は​命​に​対し​て​神​と​同じ​見方​を​し​て​い​まし​た。なぜ​そう​言え​ます​か。(ロ)どう​すれ​ば,パウロ​の​よう​に​宣教​を​熱心​に​行なえ​ます​か。

11 どう​すれ​ば​書士​や​パリサイ​人​の​よう​な​態度​を​避け,エホバ​に​倣える​でしょ​う​か。命​と​いう​ 贈り物​を​大切​に​する​こと​に​よっ​て​です。パウロ​は​人々​の​命​を​大切​な​もの​と​見​て​い​た​の​で,徹底​的​に​良い​たより​を​伝え​まし​た。その​結果,「わたし[は]すべて​の​人​の​血​に​つい​て​潔白​で​ある」と​言う​こと​が​でき​まし​た。使徒 20:26,27を​読む。)と​は​いえ,パウロ​を​動かし​た​の​は​罪悪​感​で​も​義務​感​で​も​あり​ませ​ん。人々​へ​の​愛​です。人々​の​命​を​貴重​な​もの​と​見​て​い​た​の​です。(コリ​一 9:19‐23)わたしたち​も​命​に​対し​て​神​と​同じ​見方​を​す​べき​です。エホバ​は「すべて​の​者​が​悔い改め​に​至る​こと​を​望[ん​で]」おら​れ​ます。(ペテ​二 3:9)人々​へ​の​同情​心​を​培う​なら,宣教​を​熱心​に​行なう​よう​動かさ​れ,喜び​も​増し加わる​でしょ​う。

12. 神​の​民​に​とっ​て​安全​が​大切​な​の​は​なぜ​です​か。

12 命​に​対し​て​エホバ​と​同じ​見方​を​する​に​は,安全​に​対し​て​正しい​見方​を​培う​必要​が​あり​ます。車​の​運転​や​仕事​の​際,安全​を​心がけ​ます。崇拝​の​場所​の​建設​や​メンテナンス​の​時,集会​や​大会​の​行き帰り​の​時​も​そう​です。効率​や​費用​や​スケジュール​より​も,安全​や​健康​を​優先​し​て​ください。神​は​いつも​正しく​適切​な​こと​を​行なわ​れ​ます。その​手本​に​倣い​ましょ​う。特に​長老​たち​は,自分​と​他​の​奉仕​者​たち​の​安全​を​意識​す​べき​です。(箴 22:3)長老​から​安全​規則​や​安全​基準​に​つい​て​アドバイス​を​受ける​なら,進ん​で​従っ​て​ください。(ガラ 6:1)命​に​対し​て​エホバ​と​同じ​見方​を​持ち,「血​の​罪」を​負わ​ない​よう​に​し​ましょ​う。

「これら​の​裁き​に​したがって……裁か​ね​ば​なら​ない」

13,14. イスラエル​の​年長​者​たち​は,どう​すれ​ば​エホバ​の​よう​な​公正​さ​を​示せ​まし​た​か。

13 イスラエル​の​年長​者​たち​は​裁き​を​行なう​際,エホバ​の​公正​の​規準​に​従う​こと​が​求め​られ​まし​た。まず,事実​を​確認​し​まし​た。次い​で,憐れみ​を​示す​か​どう​か​決める​ため​に,その​人​の​動機,見方,それ​まで​の​行動​に​つい​て​注意深く​考慮​し​まし​た。その​人​が「憎しみ​を​抱い​て」,あるいは「待ち伏せ​し​て​い​て[または,悪意​を​もっ​て]」行動​し​た​か​どう​か​を​見極め​なけれ​ば​なり​ませ​ん​でし​た。民数記 35:20‐24を​読む。)証言​が​検討​さ​れる​場合,少なく​と​も​2​人​の​証人​が​い​なけれ​ば,意図​的​に​殺し​た​証拠​に​は​なり​ませ​ん​でし​た。(民 35:30

14 年長​者​たち​は,その​人​の​行なっ​た​こと​だけ​で​は​なく,その​人​の​全体​を​見​なけれ​ば​なり​ませ​ん​でし​た。洞察​力,つまり​表面​に​現われ​て​い​ない​事柄​を​見る​能力,物事​の​深い​部分​を​見る​能力​が​必要​でし​た。何​より​も​神​の​聖霊​が​必要​でし​た。聖霊​の​助け​に​よっ​て,神​の​特質​で​ある​洞察​力,憐れみ,公正​さ​を​示せる​から​です。(出 34:6,7

15. 罪人​に​対する​イエス​の​見方​は,パリサイ​人​の​見方​と​どの​よう​に​異なっ​て​い​まし​た​か。

15 パリサイ​人​は​罪人​の​行なっ​た​こと​だけ​に​注目​し,心​に​目​を​向け​ませ​ん​でし​た。マタイ​の​家​で​開か​れ​た​宴会​に​イエス​が​出席​し​た​の​を​見​て,イエス​の​弟子​たち​に​こう​尋ね​まし​た。「あなた方​の​教師​が​収税​人​や​罪人​と​一緒​に​食事​を​する​の​は​どう​いう​わけ​か」。イエス​は​こう​述べ​まし​た。「健康​な​人​に​医者​は​必要​で​なく,病ん​で​いる​人​に​必要​な​の​です。それで,『わたし​は​憐れみ​を​望み,犠牲​を​望ま​ない』と​は​どういう​こと​な​の​か,行っ​て​学ん​で​き​なさい。わたし​は,義人​たち​で​は​なく,罪人​たち​を​招く​ため​に​来​た​の​です」。(マタ 9:9‐13)イエス​は​重大​な​悪行​を​大目​に​見​て​い​た​の​でしょ​う​か。そう​で​は​あり​ませ​ん。罪​を​悔い改める​よう​に​と​宣べ伝え​て​い​た​から​です。(マタ 4:17)深い​洞察​力​を​持つ​イエス​は,生き方​を​変え​たい​と​思っ​て​いる「収税​人​や​罪人」が​いる​こと​に​気づい​ て​い​まし​た。彼ら​は​ただ​食事​が​し​たく​て​マタイ​の​家​に​来​て​い​た​の​で​は​あり​ませ​ん。「その​よう​な​者​が​大勢​い​て,イエス​の​あと​に​従う​よう​に​なっ​て​い​た」と​記さ​れ​て​い​ます。(マル 2:15)ほとんど​の​パリサイ​人​は​イエス​の​よう​な​見方​が​でき​ませ​ん​でし​た。神​を​崇拝​し​て​いる​と​公言​し​て​い​ながら,神​に​倣っ​た​公正​や​憐れみ​を​示し​て​い​ませ​ん​でし​た。人々​に​罪人​の​レッテル​を​張り,救い​よう​の​ない​者​と​決めつけ​て​い​た​の​です。

16. 審理​委員​会​は​どんな​こと​を​見極める​よう​努め​ます​か。

16 今日,長老​たち​は,「公正​を​愛さ​れる」エホバ​に​倣う​必要​が​あり​ます。(詩 37:28)まず,悪行​が​犯さ​れ​た​か​どう​か​を​確認​する​ため,「徹底​的​に……調べ,問いたださ​なけれ​ば」なり​ませ​ん。悪行​が​犯さ​れ​た​こと​が​確認​さ​れ​た​なら,聖書​の​指針​に​沿っ​て​扱い​ます。(申 13:12‐14)審理​委員​会​で​奉仕​する​長老​たち​は,重大​な​罪​を​犯し​た​人​が​悔い改め​て​いる​か​どう​か​を​注意深く​見極める​必要​が​あり​ます。それ​は​必ずしも​簡単​な​こと​で​は​あり​ませ​ん。悔い改め​に​は,その​人​の​見方​や​傾向​や​心​の​状態​が​関係​し​て​い​ます。(啓 3:3)悔い改め​て​い​なけれ​ば,憐れみ​が​示さ​れる​こと​は​あり​ませ​ん。 *

17,18. 長老​たち​は,悪行​を​犯し​た​人​が​心​から​悔い改め​て​いる​か​どう​か​を,どう​すれ​ば​見分け​られ​ます​か。(冒頭​の​写真​を​参照。)

17 エホバ​や​イエス​と​違い,長老​たち​は​人​の​心​を​読む​こと​が​でき​ませ​ん。では,心​から​悔い改め​て​いる​か​どう​か​を​どう​すれ​ば​見分け​られ​ます​か。まず,知恵​と​識別​力​を​神​に​祈り​求め​ます。(王​一 3:9)次​に,聖書​と​忠実​な​奴隷​の​出版​物​を​調べ,その​人​が「世​の​悲しみ」を​抱い​て​いる​だけ​な​の​か,「敬虔​な​悲しみ」を​抱き​本当​に​悔い改め​て​いる​の​か​を​見極め​ます。(コリ​二 7:10,11)悔い改め​た​人​と​悔い改め​なかっ​た​人​に​関する​聖書​中​の​記述​を​調べ​て​ください。そう​し​た​人​たち​の​感情,見方,行動​に​つい​て​どんな​こと​が​記さ​れ​て​いる​でしょ​う​か。

18 最後​に,悪行​を​犯し​た​人​の​全体​を​見る​よう​努め​ます。その​人​の​背景,動機,限界​など​を​考慮​に​入れ​ます。会衆​の​頭​で​ある​イエス​に​つい​て,聖書​は​こう​預言​し​まし​た。「彼​は​目​で​見る​単なる​外見​に​よっ​て​裁く​の​で​も,ただ​耳​で​聞く​こと​に​したがって​戒める​の​で​も​ない。そして​立場​の​低い​者​たち​を​必ず​義​を​もっ​て​裁き,地​の​柔和​な​者​たち​の​ため​に​必ず​廉直​さ​を​もっ​て​戒め​を​与える」。(イザ 11:3,4)イエス​は,従属​の​牧者​で​ある​長老​たち​が​ご自分​と​同じ​よう​な​裁き​を​行なえる​よう​助け​ます。(マタ 18:18‐20)わたしたち​は,イエス​に​倣っ​て​裁き​を​行なう​愛情​深い​長老​たち​に​深く​感謝​し​て​い​ます。長老​たち​は​会衆​に​憐れみ​と​公正​が​行き渡る​よう​懸命​に​努力​し​て​い​ます。

19. あなた​は​避難​都市​から​学ん​だ​教訓​を​どの​よう​に​適用​し​たい​と​思い​ます​か。

19 モーセ​の​律法​に​は,エホバ​と​エホバ​の​義​の​原則​に​関する「知識​と​真理​の​骨組」が​収め​られ​て​い​ます。(ロマ 2:20)避難​都市​の​取り決め​は,長老​たち​が「真​の​公正​を​もっ​て……裁き​を​行な[い]」,わたしたち​が「互い​に​対し​て​愛​ある​親切​と​憐れみ​と​を​実行」する​こと​の​大切​さ​を​教え​て​い​ます。(ゼカ 7:9)今日,律法​に​従う​こと​は​求め​られ​て​い​ませ​ん​が,エホバ​は​変わら​ない​方​で​あり,今​も​公正​や​憐れみ​と​いう​特質​を​重視​し​て​おら​れ​ます。その​よう​な​神​を​崇拝​できる​の​は​素晴らしい​こと​です。では,神​の​像​に​造ら​れ​た​者​と​し​て,神​の​特質​に​倣い​ましょ​う。エホバ​の​もと​に​避難​し​ましょ​う。

^ 16節 「ものみの塔」2006​年​9​月​15​日​号​30​ページ​の「読者​から​の​質問」を​参照。