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エホバの証人

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2015 エホバの証人の年鑑

 ドミニカ 共和 

カトリック教会とトルヒーヨ

カトリック教会とトルヒーヨ

トルヒーヨ  カトリック 教会  どんな 関係  あっ   でしょ  か。ある 政治 アナリスト    よう  述べ   ます。「1930‐1961  まで 長く 続い  トルヒーヨ  時代,教会  ドミニカ 共和   持ちつ持たれつ  関係  あっ た。独裁   教会  優遇 し,教会  トルヒーヨ 政権  支持  た」。

1954 年,トルヒーヨ  ローマ  行き,法王   協定  署名  ます。トルヒーヨ  側近 だっ  ヘルマン  オルネス  こう 書い   ます。「ドミニカ 教会  圧倒   トルヒーヨ 寄り だっ た。[この こと は]“総統”[トルヒーヨ]に とっ  大きな 後ろ盾  なっ た。大 司教 リカルド  ピティニ  オクタビオ  ベラス  率い られ  聖職  たち は,その 政権  主要  宣伝  だっ た」。

オルネス  こう 続け ます。「法王  こと ある ごと  トルヒーヨ   から  挨拶  送っ  いる。……1956 年,シウダード  トルヒーヨ  で[トルヒーヨ]後援  よる カトリック 文化 会議  開か   が,フランシス  スペルマン 枢機卿  法王  特使   て,心 温まる メッセージ  読み上げ た。ニューヨーク から   スペルマン 枢機卿 は,大 元帥[トルヒーヨ]から  歓迎   た。温かく 抱擁 する    姿 は,翌日  ドミニカ 各紙      飾っ た」。

1960 年,タイム 誌(英語)は こう 述べ   ます。「これ まで トルヒーヨ  教会  良い 関係  ある。南北 アメリカ   司教 リカルド  ピティニ  現在 83     見え ない が,4  前,トルヒーヨ  褒め称え,『この“独裁 者”は  から 愛さ  敬わ   いる』と いう 内容  手記  ニューヨーク  タイムズ   寄せ  いる」。

カトリック 教会 は,トルヒーヨ  残忍  独裁 政治  30   わたり 忠実  支持    まし た。しかし,政治 情勢  変化 する  その 立場  変え 始め まし た。前述  政治 アナリスト  こう 説明    ます。「独裁 支配  対する 反対  増し,その 後,国内  民主 政治  確立  よう  する 企て  なさ れる と,長年 トルヒーヨ  非常  親しい 関係  あっ  教会 は,立場  変化  せる こと  余儀なく され た」。

結局,2011   カトリック 教会  ドミニカ 国民  謝罪  まし た。ドミニカン  トゥデイ(英語)に は,次  よう  司教 教書  引用  掲載   まし た。「私たち    犯し,信仰  聖職,責任  必ずしも 忠実  なかっ  こと  告白 いたし ます。それゆえ,赦し  願い求め,ドミニカ 国民  皆様 から  理解  寛容  懇願 いたし ます」。