アクセスの設定

Search

言語を選ぶ

サブ・メニューへ

目次へ

内容へ

エホバの証人

日本語

2015 エホバの証人の年鑑

2014年におけるエホバの証人の活動とドミニカ共和国のエホバの証人の歴史についてお読みください。

2015年の年句

2015年の年句は,詩編 106編1節の「エホバに感謝せよ。神は善良な方だからである」です。

統治体からの手紙

統治体は,忠実な働きと,愛の労苦と,忍耐を示している世界中のエホバの証人の兄弟姉妹たちに感謝を述べています。

ウォーウィックにおける急速な進展

エホバの証人の新しい世界本部の建設現場は大きな興奮に包まれました。その様子をお読みください。

国際設計建設部門

この新しい部門には,1万3000を超える建設プロジェクトの促進という膨大な仕事があります。

耐久性に優れた聖書

「新世界訳聖書」2013年改訂版は,見栄えが良いだけでなく耐久性にも優れています。

これまでに開かれたエホバの証人の集まりの中で最大のもの

ペンシルバニア州のものみの塔聖書冊子協会の第129回年次総会の出席者数は,過去最高となりました。

スリランカ支部の献堂式

プログラムの特色は,双方向のインターネット配信を利用して各会場が結ばれたことです。

法律上の動き

エホバの証人は,信教の自由に対する権利を得るために努力しています。

世界各地からの報告

グルジアの二人の少女は,携帯電話を買うつもりだったお金を寄付しました。なぜそうしたのでしょうか。

「驚くべきことを見た」

現代のどんな事柄は,イエスの時代の奇跡と類似していますか。

アフリカ

2014年にエホバの証人が以下の国々で行なった聖書教育活動のハイライトをお読みください。アンゴラ,ガーナ,コンゴ(キンシャサ),ナイジェリア,南アフリカ。

南北アメリカ

2014年にエホバの証人が以下の国々で行なった聖書教育活動のハイライトをお読みください。アルゼンチン,スリナム,ハイチ,パラグアイ,ブラジル。

アジアと中東

2014年にエホバの証人が以下の国々で行なった聖書教育活動のハイライトをお読みください。インドネシア,フィリピン,モンゴル,アジアのある国。

ヨーロッパ

2014年にエホバの証人が以下の国々で行なった聖書教育活動のハイライトをお読みください。スウェーデン,スペイン,ドイツ,フィンランド,ブルガリア,ルーマニア,ロシア。

オセアニア

2014年にエホバの証人が以下の国々で行なった聖書教育活動のハイライトをお読みください。キリバス,バヌアツ,パプアニューギニア,マーシャル諸島。

ドミニカ共和国の概要

この国と人々についての概要をご覧ください。

発見

ドミニカ共和国に最初に来た宣教者たちが聖書研究を始めるまで,どのぐらいかかったでしょうか。

「その人たちを見つける日は必ず来ます」

パブロ・ゴンサレスはある人たちを13年探した末に,ようやく探し当てました。

投獄と禁令

投獄されたエホバの証人は,幾年にも及ぶ刑務所でのむごい仕打ちに耐えることができました。それはなぜでしょうか。

伝道は続けられる

奉仕者は,再訪問や時間を報告するのに,キャベツやほうれん草などの買い物リストを使った。

自由,そして再び禁令

ドミニカ共和国で6年間続いたエホバの証人に対する禁令は,1956年に解かれました。しかし,わずか11か月後に再び活動が禁止されます。

カトリック教会とトルヒーヨ

長年ドミニカの独裁者を支持したカトリック教会は,その立場を変えただけでなく,ドミニカ国民にも謝罪しました。

猛攻撃

証人たちに対する脅迫は実行に移されましたが,効果はあったのでしょうか。

頭はだれか

禁令中に霊的な食物を生産し配布するのに,謄写版や,油の空き缶,麻袋,キャッサバなどが使われました。

逮捕の危険

集会を開くことは禁止されていましたが,ドミニカのエホバの証人たちは創意工夫を凝らし,気づかれずに続けることができました。

忍耐してついに解放される

ドミニカ共和国のエホバの証人は幾年も政府からの反対を受けましたが,解放は意外なところからもたらされました。

「ライオンのように戦いました」

ルイス・エドアルド・モンタスは,自国の独裁者を2度殺そうとしました。ルイスはさらなる暗殺を企てようとしていた時に聖書の真理を知りました。

「王国の希望は夢ではありません」

エフライン・デ・ラ・クルスは良いたよりを宣べ伝えたため,7つの刑務所に投獄され,激しく殴打されました。それでも60年以上,彼の熱意は失われませんでした。

「エホバの証人をやめません」

マリー・グラスはカトリックの司祭から,聖書を読むなら気が狂ってしまうと警告されましたが,それでも聖書を読みました。そして司祭が読まないようにと言った理由が分かりました。

宣べ伝える自由を得る

トルヒーヨが暗殺された後,さらに多くの宣教者が到着し,宣べ伝え始めました。そして,エホバの証人に対する偏見を徐々に打ち砕くことができました。

留まって活動を続ける

政治的に不安定な状態が続いたにもかかわらず,宣べ伝える業は前進しました。エホバの証人がドミニカ共和国で活動を続けるつもりでいることは,何によって明らかになりましたか。

さらに多くの奉仕者が必要

ドミニカ共和国のエホバの証人の歴史は,呼びかけにこたえ応じ,伝道するためにこの国に移動してきた人たちなしには語れません。

互いに愛し合う兄弟たち

1998年にハリケーン・ジョージがドミニカ共和国を襲いました。エホバの証人の救援活動は多くの人を慰め,エホバ神に賛美をもたらしました。

増加に取り組む

人数の増加に伴って問題も生じました。エホバの証人は,崇拝のための施設をどのように確保したでしょうか。また,どのように円熟した兄弟たちが指導の任に当たれるようにしたでしょうか。

ハイチ・クレオール語の畑

エホバの証人はハイチ・クレオール語を話す人たちにも王国の音信を伝えました。その後,会衆が設立され,言語クラスも開かれました。

ハイチで発生した地震

エホバの証人のドミニカ共和国の支部事務所は2010年にハイチで起きた地震の後,大規模な救援活動を行ないました。たくさんのボランティアが救援に当たりました。

素晴らしい見込み

1945年以来,ドミニカ共和国における宣べ伝えて弟子を作る業は大きな発展を遂げてきました。将来の増加も大いに見込まれています。

エホバは大勢の人の心を開いてくださった

レオナルド・アモールがラ・ベガで奉仕していた間,聖書の真理に関心を示す人はだれもいませんでした。人々の心が変化することはあるのでしょうか。

22人もの人が教会を脱退する

『エホバの証人は“悪魔の教え”で町民たちを堕落させている』とうわさされていましたが,実際には,聖書を用いて疑問に対する満足のゆく答えを与えました。

反政府主義的な無神論者から神の僕へ

フアン・クリスピンは無神論者だった時,世の中を良くするには革命しかないと思っていました。フアンを無神論者から神の僕へと変えたものは何でしたか。

真理を最初に受け入れたろう者

ホセ・ペレスはドミニカ共和国で真理を受け入れた最初のろう者です。ホセはどのようにして聖書の音信を“聞く”ことができ,その教えをいっそう深く理解することができたでしょうか。

人生の目的を見いだす

ホセ・エステベスとその家族は人生の真の目的を見いだしました。この家族はどのように,エホバがご自分の約束を果たす方であることを実際に経験しているでしょうか。

神に仕えるのをやめたいと思いました

マルティン・パレデスは司祭になるための勉強をしていましたが,神に仕えるのをやめたいと思いました。神学校の経理の男性から借りた本によって,彼の人生はどう変化したでしょうか。

百年前の年 ― 1915

エホバの証人は1914年から続いていた試みの時にどう立ち向かいましたか。