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エホバの証人

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聖書は実際に何を教えていますか

 第​15​章

神に是認される崇拝

神に是認される崇拝
  • どんな​宗教​で​も​神​に​喜ば​れ​ます​か。

  • どの​よう​な​方法​で​真​の​宗教​を​見分ける​こと​が​でき​ます​か。

  • 今日,地上​で​神​の​真​の​崇拝​者​と​なっ​て​いる​の​は​だれ​です​か。

1 神​を​正しい​方法​で​崇拝​する​なら,どの​よう​な​益​が​得​られ​ます​か。

エホバ​神​は​わたしたち​を​心​から​気遣っ​て​くださり,愛​に​基づく​ご自分​の​導き​を​通し​て​人​が​益​を​得る​こと​を​望ん​で​おら​れ​ます。エホバ​を​正しい​方法​で​崇拝​する​なら,わたしたち​は​幸福​に​なり,生活​上​の​多く​の​問題​を​避ける​こと​が​でき​ます。神​の​祝福​と​助け​を​得る​こと​も​でき​ます。(イザヤ 48:17)ところが,神​に​関する​真理​を​教え​て​いる​と​唱える​宗教​は​幾百​も​あり​ます。しかも,神​は​どんな​方​か,わたしたち​に​何​を​求め​て​おら​れる​か​と​いう​点​に​関し​て​は,教える​内容​が​ずいぶん​異なっ​て​い​ます。

2 どう​すれ​ば,エホバ​を​崇拝​する​正しい​方法​が​分かる​でしょ​う​か。その​点​を​理解​する​の​に,どんな​例え​が​役立ち​ます​か。

2 では,どう​すれ​ば​エホバ​を​崇拝​する​正しい​方法​が​分かる​でしょ​う​か。数多い​宗教​の​教え​すべて​を​研究​し,比較​する​必要​は​あり​ませ​ん。真​の​崇拝​に​つい​て​聖書​が​実際​に​教え​て​いる​事柄​を​学ぶ​だけ​で​よい​の​です。例え​で​考え​て​み​ましょ​う。多く​の​国​に​は​偽札​の​問題​が​あり​ます。もし,そう​し​た​偽札​を​見分ける​仕事​が​与え​られ​た​と​し​たら,どんな​方法​を​取り​ます​か。偽札​すべて​を​記憶​し​ます​か。そう​は​し​ない​はず​です。本物​の​紙幣​を​研究​する​ほう​が​早道​でしょ​う。本物​の​紙幣​の​特徴​を​よく​知れ​ば,偽札​は​区別​できる​でしょ​う。同様​に,真​の​宗教​を​見分ける​方法​を​学べ​ば,偽り​の​宗教​を​識別​でき​ます。

3 イエス​の​言葉​に​よる​と,神​の​是認​を​得る​ため​に​は,何​を​し​なけれ​ば​なり​ませ​ん​か。

3 エホバ​に​是認​さ​れる​方法​で​エホバ​を​崇拝​する​の​は​大切​な​こと​ です。どんな​宗教​で​も​神​に​喜ば​れる​と​考える​人​は​少なく​あり​ませ​ん​が,聖書​は​その​よう​に​は​教え​て​い​ませ​ん。クリスチャン​で​ある​と​となえる​と​し​て​も,それ​だけ​で​は​十分​で​は​あり​ませ​ん。イエス​は​こう​言わ​れ​まし​た。「わたし​に​向かっ​て,『主​よ,主​よ』と​言う​者​が​みな​天​の​王国​に​入る​の​で​は​なく,天​に​おら​れる​わたし​の​父​の​ご意志​を​行なう​者​が​入る​の​です」。ですから,神​の​是認​を​得る​に​は,神​が​求め​て​おら​れる​こと​を​学び,それ​を​行なわ​なけれ​ば​なり​ませ​ん。イエス​は​神​の​ご意志​を​行なわ​ない​人​たち​を「不法​を​働く​者​たち」と​呼ん​で​おら​れ​ます。(マタイ 7:21‐23)偽札​と​同じく,偽り​の​宗教​に​は​何​の​価値​も​あり​ませ​ん。それどころか,実際​に​は​非常​に​有害​です。

4 二つ​の​道​に​関する​イエス​の​言葉​に​は​どんな​意味​が​あり​ます​か。二つ​の​道​は​それぞれ​何​に​至り​ます​か。

4 エホバ​は​地上​の​すべて​の​人​に,永遠​の​命​を​得る​機会​を​差し伸べ​て​おら​れ​ます。しかし,楽園​で​とこしえ​の​命​を​得る​に​は,正しい​方法​で​神​を​崇拝​し,今,神​に​受け入れ​られる​仕方​で​生活​し​なけれ​ば​なり​ませ​ん。残念​ながら,多く​の​人​は​そう​し​よう​と​し​ませ​ん。ですから​イエス​は​こう​述べ​まし​た。「狭い​門​を​通っ​て​入り​なさい。滅び​に​至る​道​は​広く​て​大きく,それ​を​通っ​て​入っ​て​行く​人​は​多い​から​です。一方,命​に​至る​門​は​狭く,その​道​は​狭め​られ​て​おり,それ​を​見いだす​人​は​少ない​の​です」。(マタイ 7:13,14)真​の​宗教​は​永遠​の​命​に​至る​道​です。偽り​の​宗教​は​滅び​に​至る​道​です。エホバ​は​人間​が​だれ​も​滅ぼさ​れる​こと​を​望ん​で​おら​れ​ませ​ん。その​ため,どこ​に​いる​人々​に​も,ご自分​に​つい​て​学ぶ​機会​を​差し伸べ​て​おら​れ​ます。(ペテロ​第​二 3:9)ですから,神​を​どの​よう​に​崇拝​する​か​と​いう​こと​は,生死​を​分ける​問題​な​の​です。

真​の​宗教​を​見分ける​方法

5 どう​し​たら,真​の​宗教​を​実践​し​て​いる​人々​を​識別​でき​ます​か。

5 『命​へ​の​道』は​どう​すれ​ば​見つかる​でしょ​う​か。真​の​宗教​は​それ​を​実践​する​人々​の​生活​に​はっきり​し​た​形​で​表われる,と​イエス​は​述べ​まし​た。そして,『あなた方​は,その​実​に​よっ​て​彼ら​を​見分ける​でしょ​ う。良い​木​は​みな​りっぱ​な​実​を​生み出し​ます』と​言わ​れ​まし​た。(マタイ 7:16,17)言い換えれ​ば,真​の​宗教​を​実践​する​人​たち​は,信条​と​行ない​に​よっ​て​はっきり​識別​できる​の​です。人間​は​完全​で​は​なく​間違い​を​し​ます​が,真​の​崇拝​者​たち​は​グループ​と​し​て​神​の​ご意志​を​行なお​う​と​努力​し​ます。では,真​の​宗教​を​実践​する​人々​を​見分ける​の​に​役立つ​六つ​の​特徴​を​調べ​て​み​ましょ​う。

6,7 神​の​僕​たち​は,聖書​を​どの​よう​な​もの​と​見​ます​か。この​点​に​つい​て,イエス​は​どんな​手本​を​残し​まし​た​か。

6 神​の​僕​たち​は​教える​際,聖書​を​土台​と​する。聖書​そのもの​が​こう​述べ​て​い​ます。「聖書​全体​は​神​の​霊感​を​受け​た​もの​で,教え,戒め,物事​を​正し,義​に​そっ​て​訓育​する​の​に​有益​です。それ​は,神​の​人​が​十分​な​能力​を​備え,あらゆる​良い​業​に​対し​て​全く​整え​られ​た​者​と​なる​ため​です」。(テモテ​第​二 3:16,17)使徒​パウロ​は​仲間​の​クリスチャン​に​こう​書き​まし​た。「わたしたち​から​聞い​て​神​の​言葉​を​受け​た​時,あなた方​は​それ​を,人間​の​言葉​と​し​て​で​は​なく,事実​どおり​神​の​言葉​と​し​て​受け入れ(まし​た)」。(テサロニケ​第​一 2:13)その​よう​な​わけ​で,真​の​宗教​の​信条​と​実践​する​事柄​は,人間​的​な​見方​や​伝統​を​土台​と​する​もの​で​は​あり​ませ​ん。霊感​の​もと​に​記さ​れ​た​神​の​言葉 聖書​から​出​て​いる​の​です。

7 イエス​・​キリスト​は,神​の​言葉​を​教え​の​土台​と​する​こと​に​より,正しい​手本​を​示し​まし​た。「あなた​の​み言葉​は​真理​です」と,天​の​父​へ​の​祈り​の​中​で​述べ​て​おら​れ​ます。(ヨハネ 17:17)イエス​は​神​の​言葉​を​信じ​て​い​まし​た。また,イエス​の​教え​た​こと​は​すべて​聖書​と​一致​し​て​い​まし​た。「と​書い​て​あり​ます」と​いう​言い方​を​何​度​も​し​て​い​ます。(マタイ 4:4,7,10)その​よう​に​し​て​聖句​を​引用​さ​れ​た​の​です。同様​に,今日​の​神​の​民​も,自分​独自​の​考え​を​教える​こと​は​あり​ませ​ん。聖書​が​神​の​言葉​で​ある​こと​を​信じ,しっかり​聖書​を​土台​と​し​て​教え​ます。

8 エホバ​を​崇拝​する​こと​に​は​何​が​含ま​れ​ます​か。

8 真​の​宗教​を​実践​する​人々​は,エホバ​だけ​を​崇拝​し,その​み名​を​知らせる。 イエス​は​きっぱり​と,こう​述べ​まし​た。「あなた​の​神​エホバ​を​あなた​は​崇拝​し​なけれ​ば​なら​ず,この​方​だけ​に​神聖​な​奉仕​を​ささげ​なけれ​ば​なら​ない」。(マタイ 4:10)ですから,神​の​僕​たち​は,ただ​エホバ​だけ​を​崇拝​し​ます。この​崇拝​に​は,まこと​の​神​は​何​と​いう​お名前​か,その​神​は​どんな​方​か​を​人々​に​知らせる​こと​が​含ま​れ​て​い​ます。詩編 83​編​18​節​は,「その​名​を​エホバ​と​いう​あなた​が,ただ​あなた​だけ​が​全地​を​治める​至高​者……です」と​述べ​て​い​ます。神​を​知る​よう​人々​を​助ける​点​で​イエス​は​模範​を​残さ​れ​まし​た。祈り​の​中​で,「わたし​は,あなた​が​世​から​与え​て​くださっ​た​人々​に​み名​を​明らか​に​し​まし​た」と​述べ​て​おら​れる​とおり​です。(ヨハネ 17:6)同様​に,今日​の​真​の​崇拝​者​たち​も,神​の​み名,目的,特質​に​つい​て​人々​に​教え​ます。

9,10 真​の​クリスチャン​は​どの​よう​に​し​て​互い​に​愛​を​示し合い​ます​か。

9 神​の​民​は​お互い​に,純粋​な​無私​の​愛​を​示す。イエス​は​こう​言わ​れ​まし​た。「あなた方​の​間​に​愛​が​あれ​ば,それ​に​よっ​て​すべて​の​人​は,あなた方​が​わたし​の​弟子​で​ある​こと​を​知る​の​です」。(ヨハネ 13:35)初期​クリスチャン​は​お互い​に​その​よう​な​愛​を​抱い​て​い​まし​た。神​が​教え​て​おら​れる​愛​は,人種​や​社会​や​国家​の​壁​を​克服​し,真​の​兄弟​関係​と​いう,決して​断ち切れ​ない​きずな​で​人々​を​結び付け​ます。(コロサイ 3:14)偽り​の​宗教​の​信者​は,その​よう​な​愛​に​あふれ​た​兄弟​関係​の​うち​に​あり​ませ​ん。どうして​そう​言える​の​でしょ​う​か。国籍​や​民族​の​違い​を​理由​に​殺し合う​から​です。真​の​クリスチャン​は,兄弟​関係​に​ある​クリスチャン​で​あれ,ほか​の​だれ​で​あれ,武器​を​取っ​て​殺す​こと​は​あり​ませ​ん。聖書​は​こう​述べ​て​い​ます。「神​の​子供​と​悪魔​の​子供​は​この​こと​から​明白​です。すなわち,すべて​義​を​行ない​つづけ​ない​者​は​神​から​出​て​い​ませ​ん。自分​の​兄弟​を​愛さ​ない​者​も​そう​です。互い​に​愛し合う(べき​です)。カイン​の​よう​で​あっ​て​は​なり​ませ​ん。彼​は​邪悪​な​者​から​出​て,自分​の​兄弟​を​打ち殺し​まし​た」。―ヨハネ​第​一 3:10‐12; 4:20,21

10 もちろん,純粋​な​愛​を​持つ​と​いう​こと​は,人​を​殺さ​ない​と​いう​だけ​ の​こと​で​は​あり​ませ​ん。真​の​クリスチャン​は​自分​の​時間​や​エネルギー,資力,能力​など​を​互い​に​助け合い​励まし合う​ため​に,私心​なく​用い​ます。(ヘブライ 10:24,25)苦しい​時​に​も​助け合い,誠実​な​態度​で​人​と​接し​ます。それ​だけ​で​なく,『すべて​の​人​に​対し​て​良い​こと​を​行なう​よう​に』と​いう​聖書​の​助言​を​生活​に​当てはめ​ます。―ガラテア 6:10

11 神​に​よる​救い​の​手だて​と​し​て​イエス​・​キリスト​を​受け入れる​の​は,なぜ​重要​な​こと​です​か。

11 真​の​クリスチャン​は​神​に​よる​救い​の​手だて​と​し​て​イエス​・​キリスト​を​受け入れる。聖書​は​こう​述べ​て​い​ます。「ほか​の​だれ​に​も​救い​は​あり​ませ​ん。人々​の​間​に​与え​られ,わたしたち​が​それ​に​よっ​て​救い​を​得る​べき​名​は,天​の​下​に​ほか​に​ない​から​です」。(使徒 4:12)この​本​の5​章で​学ん​だ​よう​に,イエス​は​ご自分​の​命​を​従順​な​人間​の​ため​の​贖い​と​し​て​与え​て​ください​まし​た。(マタイ 20:28)それ​だけ​で​なく​イエス​は,地球​全体​を​支配​する​天​の​王国​の​王​と​し​て,神​から​任命​さ​れ​た​方​です。さらに​神​は,永遠​の​命​を​望む​人​たち​に​対し​て,イエス​に​従い,その​教え​を​当てはめる​よう​に​求め​て​おら​れ​ます。ですから​聖書​は​こう​述べ​て​い​ます。「み子​に​信仰​を​働か​せる​者​は​永遠​の​命​を​持っ​て​いる。み子​に​従わ​ない​者​は​命​を​見(ない)」。―ヨハネ 3:36

12 世​の​もの​で​は​ない​こと​に​は,何​が​含ま​れ​ます​か。

12 真​の​崇拝​者​たち​は​世​の​もの​で​は​ない。イエス​は​ローマ​の​支配​者​ピラト​の​前​で​裁判​に​臨ん​だ​時,「わたし​の​王国​は​この​世​の​もの​で​は​あり​ませ​ん」と​語り​まし​た。(ヨハネ 18:36)イエス​の​真​の​弟子​たち​は,どの​国​に​住ん​で​いる​と​し​て​も,天​の​王国​に​属する​民​で​あり,この​世​の​政治​問題​に​つい​て​は​厳正​中立​の​立場​を​保ち​ます。この​世​の​争い​に​参加​する​こと​は​あり​ませ​ん。しかし​エホバ​の​崇拝​者​は,他​の​人​が​政党​に​加入​し​たり,政治​的​な​ポスト​に​立候補​し​たり,投票​し​たり​する​時,それ​に​干渉​する​こと​は​あり​ませ​ん。政治​に​つい​て​は​中立​です​が,法律​は​きちんと​守り​ます。なぜ​でしょ​う​か。神​の​言葉​が,「上位​の​権威」で​ある​政府​に『服する』こと​を​命じ​て​いる​から​です。(ローマ 13:1)神​ の​求め​て​おら​れる​こと​と,政治​組織​の​求め​て​いる​こと​が​矛盾​する​とき​は,「わたしたち​は,自分​たち​の​支配​者​と​し​て​人間​より​神​に​従わ​ね​ば​なり​ませ​ん」と​述べ​た​使徒​たち​の​手本​に​倣い​ます。―使徒 5:29。マルコ 12:17

13 イエス​の​真​の​弟子​たち​は​神​の​王国​を​どう​見​ます​か。その​ため,どんな​行動​を​取り​ます​か。

13 イエス​の​真​の​弟子​たち​は,神​の​王国​が​人類​の​唯一​の​希望​で​ある​こと​ を​宣べ伝える。イエス​は​こう​予告​さ​れ​まし​た。「王国​の​この​良い​たより​は,あらゆる​国民​に​対する​証し​の​ため​に,人​の​住む​全地​で​宣べ伝え​られる​でしょ​う。それ​から​終わり​が​来る​の​です」。(マタイ 24:14)イエス​・​キリスト​の​真​の​弟子​たち​は,人間​の​問題​を​解決​する​ため​に​人間​の​支配​者​に​頼る​こと​を​勧める​の​で​は​なく,天​の​神​の​王国​が​人類​の​唯一​の​希望​で​ある​こと​を​ふれ告げ​ます。(詩編 146:3)イエス​は,「あなた​の​王国​が​来​ます​よう​に。あなた​の​ご意志​が​天​に​おける​と​同じ​よう​に,地上​に​おい​て​も​なさ​れ​ます​よう​に」と​祈る​こと​を​教え​まし​た​が,これ​は​その​完全​な​政府​を​求める​祈り​な​の​です。(マタイ 6:10)神​の​言葉​は,この​天​の​王国​が「[いま​存在​する]これら​の​すべて​の​王国​を​打ち砕い​て​終わらせ,それ​自体​は​定め​の​ない​時​に​至る​まで​続(く)」と​いう​こと​を​予告​し​て​い​ます。―ダニエル 2:44

14 真​の​崇拝​の​条件​に​かなっ​て​いる​の​は,どの​宗教​グループ​だ​と​思い​ます​か。

14 これ​まで​考え​て​き​た​こと​に​基づい​て,こう​自問​し​て​み​ましょ​う。『聖書​を​すべて​の​教え​の​土台​と​し,エホバ​の​み名​を​知らせ​て​いる​の​は,どの​宗教​グループ​だろ​う​か。神​が​教え​て​おら​れる​愛​を​実践​し,イエス​に​対する​信仰​を​働かせ,世​の​もの​で​は​なく,神​の​王国​が​人類​に​とっ​て​唯一​の​真​の​希望​で​ある​こと​を​ふれ告げ​て​いる​の​は,どの​グループ​だろ​う​か。地上​の​宗教​グループ​の​中​で,これら​の​条件​すべて​に​かなっ​て​いる​の​は​どれ​だろ​う​か』。事実​から​すれ​ば,それ​が​エホバ​の​証人​で​ある​こと​は​明らか​です。―イザヤ 43:10‐12

あなた​は​どう​さ​れ​ます​か

15 神​は,ご自分​の​存在​を​信じる​こと​に​加え​て,どんな​こと​も​求め​て​おら​れ​ます​か。

15 神​を​信じる​だけ​で​は​神​に​喜ば​れ​ませ​ん。そもそも​聖書​に​は,悪霊​たち​で​さえ​神​の​存在​を​信じ​て​いる​と​書か​れ​て​い​ます。(ヤコブ 2:19)しかし​明らか​に,悪霊​たち​は​神​の​ご意志​を​行なっ​て​おら​ず,神​の​是認​を​得​て​い​ませ​ん。神​に​是認​さ​れる​ため​に​は,神​の​存在​を​信じる​だけ​で​は​なく,神​の​ご意志​を​行なわ​なけれ​ば​なり​ませ​ん。偽り​の​宗教​と​の​つながり​を​絶ち,真​の​崇拝​を​受け入れ​なけれ​ば​なり​ませ​ん。

16 偽り​の​宗教​に​加わる​こと​に​つい​て​は,どう​す​べき​です​か。

 16 使徒​パウロ​は,わたしたち​が​偽り​の​崇拝​に​加わっ​て​は​なら​ない​こと​を​示し​て,こう​書き​まし​た。「『彼ら​の​中​から​出​て,離れよ』と,エホバ​は​言わ​れる。『そして​汚れ​た​物​に​触れる​の​を​やめ​よ』。『そう​すれ​ば​わたし​は​あなた方​を​迎え​よう』」。(コリント​第​二 6:17。イザヤ 52:11)ですから​真​の​クリスチャン​は,偽り​の​崇拝​と​関連​の​ある​もの​すべて​を​避け​ます。

17,18 「大いなる​バビロン」と​は​何​です​か。『彼女​から​出る』こと​が​急​を​要する​の​は​なぜ​です​か。

17 聖書​は,様々​な​偽り​の​宗教​は​どれ​も「大いなる​バビロン」の​一部​で​ある​と​述べ​て​い​ます。 *啓示 17:5)この​名​は,ノア​の​時代​の​大​洪水​の​後​に​偽り​の​宗教​が​始まっ​た​場所,つまり​古代​都市​バビロン​を​思い起こさ​せ​ます。今​も​偽り​の​宗教​に​共通​し​て​見​られる​多く​の​教え​や​習慣​は,昔​の​バビロン​から​出​て​い​ます。例えば,バビロニア​人​は​三位一体,つまり​三つ組​の​神々​を​崇拝​し​て​い​まし​た。今日​で​も,多く​の​宗教​で​は​三位一体​が​教理​の​中心​を​なし​て​い​ます。しかし,聖書​は​はっきり​と,エホバ​こそ​唯一​まこと​の​神​で​あられ,イエス​・​キリスト​は​エホバ​の​み子​で​ある​と​教え​て​い​ます。(ヨハネ 17:3)バビロニア​人​は​人間​が​不滅​の​魂​を​持ち,体​が​死ん​だ​後​も​魂​が​生き残り,責め苦​を​受ける​場所​で​苦しむ,と​も​信じ​て​い​まし​た。今日​で​も​ほとんど​の​宗教​が,霊魂​は​不滅​で​あっ​て​地獄​の​火​で​苦しめ​られる​と​いう​信条​を​教え​て​い​ます。

18 古代​バビロニア​人​の​崇拝​は​全地​に​広まっ​て​いる​の​で,現代​の​大いなる​バビロン​を​偽り​の​宗教​の​世界​帝国​と​判断​する​の​は​適切​な​こと​です。神​は,偽り​の​宗教​の​この​帝国​が​突如​と​し​て​終わり​を​迎える​こと​も​予告​し​て​おら​れ​ます。(啓示 18:8)大いなる​バビロン​の​どんな​部分​から​も​離れる​こと​が​なぜ​肝要​な​の​か,お分かり​でしょ​う​か。エホバ​ 神​は​まだ​時間​が​ある​うち​に,あなた​が​速やか​に『彼女​から​出る』こと​を​望ん​で​おら​れ​ます。―啓示 18:4

あなた​が​エホバ​の​民​と​一緒​に​エホバ​に​仕える​なら,何​か​を​失う​と​し​て​も,それ​より​ずっ​と​多く​の​もの​を​得る​こと​に​なる

19 エホバ​に​仕える​こと​に​より,どんな​もの​が​得​られ​ます​か。

19 あなた​が​偽り​の​宗教​に​関係​し​た​活動​を​し​ない​こと​に​決める​と,ある​人​たち​は,あなた​と​付き合う​の​を​やめる​か​も​しれ​ませ​ん。しかし,エホバ​の​民​と​一緒​に​エホバ​に​仕える​なら,何​か​を​失う​と​し​て​も,それ​より​ずっ​と​多く​の​もの​を​得る​こと​に​なり​ます。イエス​に​従う​ため​ほか​の​もの​を​後​に​し​た​初期​の​弟子​たち​の​よう​に,あなた​も​大勢​の​霊的​な​兄弟​姉妹​を​持つ​よう​に​なり​ます。あなた​に​純粋​な​愛​を​示す​何百万​人​も​の​真​の​クリスチャン​から​成る​世界​的​な​大​家族​の​一員​と​なる​の​です。しかも,「来たら​ん​と​する​事物​の​体制​で」永遠​の​命​を​得る​と​いう​すばらしい​希望​も​抱け​ます。(マルコ 10:28‐30)時​が​たて​ば,あなた​の​信仰​の​ゆえに​あなた​から​離れ​た​人​たち​も​聖書​の​教え​を​調べ,エホバ​の​崇拝​者​に​なる​か​も​しれ​ませ​ん。

20 真​の​宗教​を​実践​する​人々​に​は,どんな​将来​が​あり​ます​か。

20 聖書​は,神​が​間​も​なく​この​邪悪​な​事物​の​体制​を​終わらせ,それ​に​換え​て​神​の​王国​の​支配​する​義​の​新しい​世​を​もたらさ​れる,と​教え​て​い​ます。(ペテロ​第​二 3:9,13)何​と​すばらしい​世界​に​なる​の​でしょ​う。しかも​その​義​の​新しい​体制​で​は,一つ​の​宗教,一つ​の​真​の​崇拝しか​あり​ませ​ん。今​すぐ,真​の​崇拝​者​と​の​交わり​に​入る​ため​必要​な​事柄​を​行なう​の​は,賢明​な​こと​で​は​ない​でしょ​う​か。

^ 17節 大いなる​バビロン​が​偽り​の​宗教​の​世界​帝国​を​表わす​と​言える​理由​に​つい​て​詳しく​は,付録​の「『大いなる​バビロン』と​は​何​か​を​明らか​に​する」を​ご覧​ください。