内容へ

サブ・メニューへ

目次へ

エホバの証人

日本語

神の王国は支配している!

 12​章

「平和の神」に仕えるために組織される

「平和の神」に仕えるために組織される

この​章​で​考える​こと

エホバ​は​ご自分​の​民​を​漸進​的​に​組織​さ​れる

1,2. 1895​年​1​月,「シオン​の​ものみの塔」に​は​どんな​変更​が​加え​られ​まし​た​か。兄弟​たち​は​どの​よう​に​反応​し​まし​た​か。

熱心​な​聖書​研究​者​ジョン​・​A​・​ボーネット​は,「シオン​の​ものみの塔」(英語)1895​年​1​月​号​を​受け取り,胸​を​躍らせ​まし​た。表紙​の​デザイン​が​一新​さ​れ​た​の​です。そこ​に​は,嵐​の​海​の​岸壁​に​立つ​灯台​が​暗い​空​に​光​を​照らす​様子​が​描か​れ​て​い​まし​た。この​号​に​は,新しい​デザイン​に​つい​て​知らせる,「新た​な​装い」と​いう​記事​が​掲載​さ​れ​まし​た。

2 ボーネット​兄弟​は​感動​し​て​ラッセル​兄弟​に​手紙​を​送り,「美しい​装い​の“塔”,見事​です」と​書き​まし​た。別​の​忠実​な​聖書​研究​者​ジョン​・​H​・​ブラウン​は,表紙​に​つい​て​こう​書い​て​い​ます。「とても​迫力​が​あり​ます。塔​を​支える​堅固​な​土台​は,荒波​に​も​嵐​に​も​びくとも​し​ませ​ん」。この​新しい​表紙​は,兄弟​たち​が​その​年​に​目​に​し​た​最初​の​変化​です。同じ​年​の​11​月,兄弟​たち​は​別​の​大きな​変化​に​つい​て​知らさ​れ​ます。実​は,その​変化​に​も​嵐​が​関係​し​て​い​まし​た。

3,4. 「ものみの塔」1895​年​11​月​15​日​号​で​は,どんな​問題​が​明らか​に​され​まし​た​か。どんな​大きな​変更​に​つい​て​発表​さ​れ​まし​た​か。

3 「ものみの塔」(英語)1895​年​11​月​15​日​号​に​掲載​さ​れ​た​詳細​な​記事​の​中​で,1​つ​の​問題​が​明らか​に​され​まし​た。嵐​に​も​似​た​いざこざ​が,聖書​研究​者​の​組織​に​おける​平和​を​乱し​て​い​た​の​です。兄弟​たち​は,地元​の​会衆​の​中​で​だれ​が​指導​を​行なう​べき​か​に​関し​て​意見​が​割れる​よう​に​なっ​て​い​まし​た。分裂​を​もたらす​対抗​心​と​いう​問題​を​正さ​なけれ​ば​なり​ませ​ん​でし​た。この​記事​は​組織​を​船​に​なぞ​ら​え,指導​の​任​に​当たる​人​たち​が​組織​と​いう​船​を​嵐​の​よう​な​事態​に​備え​させ​て​い​なかっ​た,と​いう​点​を​率直​に​認め​まし​た。

4 この​記事​に​よれ​ば,有能​な​船長​は,船​に​救命​具​が​確実​に​積ま​れ​て​いる​よう​見届け,嵐​が​近づい​て​き​たら​すぐ​に​ハッチ​を​閉じ​られる​よう​船員​に​指示​し​て​おき​ます。同様​に,組織​の​指導​的​立場​に​ある​人​たち​は,すべて​の​会衆​を​嵐​の​よう​な​状況​に​備え​させる​必要​が​あり​まし​た。その​目的​で​1​つ​の​大きな​変更​の​加え​られる​こと​が,この​記事​の​中​で​発表​さ​れ​まし​た。それ​は,「すべて​の​会​に​おい​て……群れ​を……『監督​する』長老​ たち​が​選ば​れる​べき​で​ある」と​いう,直ちに​有効​な​指示​でし​た。―使徒 20:28

5. (イ)長老​の​取り決め​の​導入​が​時宜​に​かなっ​た​措置​だっ​た​の​は​なぜ​です​か。(ロ)これ​から​どんな​質問​に​つい​て​考え​ます​か。

5 こう​し​て​長老​の​取り決め​が​導入​さ​れ,会衆​を​安定​さ​せる​ため​の​時宜​に​かなっ​た​措置​が​取ら​れ​まし​た。その​おかげ​で​兄弟​たち​は,第​一​次​世界​大戦​に​よる​荒波​を​切り抜ける​こと​が​でき​まし​た。その​後​も​組織​面​で​さらに​改善​が​なされ,神​の​民​は​エホバ​に​仕える​うえ​で​一層​の​備え​が​でき​まし​た。この​進展​は​どんな​聖書​預言​の​中​で​示さ​れ​て​い​まし​た​か。あなた​は​組織​上​の​どんな​変化​を​見​て​き​まし​た​か。その​よう​な​変化​から​どんな​益​を​受け​て​き​まし​た​か。

「わたし​は​平和​を​あなた​の​監督​たち​と​し​て​任命」する

6,7. (イ)イザヤ 60​章​17​節​に​は​どんな​意味​が​あり​ます​か。(ロ)エホバ​は,「監督​たち」や「労働​を​割り当てる​者​たち」と​いう​表現​を​用いる​こと​に​より,どんな​こと​を​お示し​に​なり​まし​た​か。

6 この​本​の9​章で​考え​た​よう​に,イザヤ​は​エホバ​が​ご自分​の​民​を​祝福​し,その​数​が​増える​こと​を​予告​し​まし​た。(イザ 60:22)しかし,エホバ​は​それ​以上​の​こと​を​行なう​と​約束​なさい​まし​た。同じ​預言​の​中​で​こう​述べ​て​おら​れ​ます。「わたし​は​銅​の​代わり​に​金​を​携え入れ,鉄​の​代わり​に​銀​を,木​の​代わり​に​銅​を,石​の​代わり​に​鉄​を​携え入れる。わたし​は​平和​を​あなた​の​監督​たち​と​し​て​任命​し,義​を​あなた​に​労働​を​割り当てる​者​たち​と​し​て​任命​する」。(イザ 60:17)この​預言​に​は​どんな​意味​が​あり​ます​か。今日​の​わたしたち​に​どの​よう​に​当てはまり​ます​か。

悪い​もの​から​良い​もの​へ​の​変更​で​は​なく,良い​もの​から​もっと​良い​もの​へ​の​変更

7 イザヤ​の​預言​に​よれ​ば,ある​資材​の​代わり​に​別​の​資材​が​用い​られる​こと​に​なり​ます。それ​は,悪い​もの​から​良い​もの​へ​の​変更​で​は​なく,良い​もの​から​もっと​良い​もの​へ​の​変更​です。銅​の​代わり​に​金​が​用い​られる​こと​は​改善​を​意味​し​ます。他​の​資材​へ​の​変更​に​つい​て​も​同じ​こと​が​言え​ます。エホバ​は​こう​し​た​描写​に​より,ご自分​の​民​の​状態​が​段階​的​に​改善​さ​れる​こと​を​予告​し​て​おら​れ​た​の​です。どんな​面​で​改善​さ​れる​の​でしょ​う​か。エホバ​は,「監督​たち」や「労働​を​割り当てる​者​たち」と​いう​表現​を​用いる​こと​に​より,ご自分​の​民​が​世話​され​組織​さ​れる​方法​が​漸進​的​に​改善​さ​れる​こと​を​お示し​に​なり​まし​た。

8. (イ)イザヤ​の​預言​に​述べ​られ​て​いる​改善​を​もたらす​の​は​だれ​です​か。(ロ)わたしたち​は,その​改善​から​どんな​益​を​受け​ます​か。(「 謙遜​に​矯正​を​受け入れ​た​人」と​いう​囲み​を​参照。)

8 この​組織​上​の​進展​を​生じ​させる​の​は​だれ​です​か。エホバ​は,「わたし​は……金​を​携え入れ」,「わたし​は​平和​を……任命」する,と​述べ​て​おら​れ​ます。そう​です,エホバ​ご自身​が​会衆​の​組織​に​おける​改善​を​もたらし​て​こら​れ​まし​た。その​改善​は​人間​の​努力​の​結果​で​は​あり​ませ​ん。エホバ​は​イエス​を​王​と​し​て​即位​さ​せ​て​以来,み子​を​通し​て​この​よう​な​改善​を​もたらし​て​こら​れ​まし​た。わたしたち​は​この​変化​から​どんな​益​を​受け​ます​か。同じ​聖句​は,こう​し​た​改善​が「平和」と「義」を​生む,と​述べ​て​い​ます。神​の​導き​を​受け入れ​て​調整​を​行なう​時,わたしたち​の​間​に​は​平和​が​行き渡り​ます。わたしたち​は​また,義​に​対する​愛​に​動かさ​れ​て​エホバ​ 神​に​仕え​ます。使徒​パウロ​が「平和​の​神」と​呼ん​だ​方​です。―フィリ 4:9

9. 会衆​の​秩序​と​一致​の​基盤​と​なる​べき​もの​は​何​です​か。なぜ​そう​言え​ます​か。

9 パウロ​は​エホバ​に​つい​て,「神​は​無​秩序​の​神​で​は​なく,平和​の​神……です」と​も​書い​て​い​ます。(コリ​一 14:33)注目​し​たい​点​と​し​て,パウロ​は​無​秩序​と​秩序​を​対比​し​た​の​で​は​なく,無​秩序​と​平和​を​対比​し​まし​た。なぜ​でしょ​う​か。秩序​は​必ずしも​平和​に​つながる​わけ​で​は​ない​から​です。例えば,一群​の​兵士​が​前線​に​向かっ​て​整然​と​行進​し​て​いる​と​し​ましょ​う。その​秩序​正しい​行進​は,平和​で​は​なく​戦争​に​つながり​ます。それ​で​クリスチャン​は,平和​を​基盤​と​し​ない​秩序​的​な​枠組み​は​遅かれ​早かれ​崩壊​する,と​いう​大切​な​点​を​覚え​て​おく​必要​が​あり​ます。他方,神​から​の​平和​が​促進​する​秩序​は​いつ​まで​も​続く​もの​です。わたしたち​の​組織​が「平和​を​与え​て​くださる​神」に​導か​れ​精錬​さ​れ​て​いる​こと​に,本当​に​感謝​でき​ます。(ロマ 15:33)神​から​与え​られる​平和​は,有益​な​秩序​と​純粋​な​一致​の​基盤​と​なり​ます。わたしたち​が​世界​各地​の​会衆​に​おい​て​経験​し,大切​に​思っ​て​いる​一致​です。―詩 29:11

10. (イ)わたしたち​の​組織​の​中​で,早い​時期​に​どんな​改善​が​なさ​れ​まし​た​か。(「 会衆​を​監督​する​方法​の​改善」と​いう​囲み​を​参照。)(ロ)これ​から​どんな​質問​に​つい​て​考え​ます​か。

10  会衆​を​監督​する​方法​の​改善」と​いう​囲み​に​は,わたしたち​の​組織​の​中​で​早い​時期​に​実施​さ​れ​た​有益​な​変更​の​概要​が​記さ​れ​て​い​ます。近年​に​おい​て,エホバ​は​王​イエス​を​通し​て,“銅​から​金​へ”の​どんな​変化​を​生じ​させ​て​き​まし​た​か。監督​の​方法​に​関する​これら​の​調整​に​より,世界​中​の​会衆​の​平和​と​一致​は​どの​よう​に​強まり​まし​た​か。その​調整​は,「平和​の​神」に​仕える​うえ​で,わたしたち​一人一人​に​どの​よう​に​役立っ​て​い​ます​か。

キリスト​は​どの​よう​に​会衆​を​指導​する​か

11. (イ)聖書​の​研究​の​結果,どんな​点​が​明らか​に​なり​まし​た​か。(ロ)統治​体​の​兄弟​たち​は,どう​する​こと​を​決意​し​て​い​まし​た​か。

11 統治​体​の​監督​の​もと,1964​年​から​1971​年​に​かけ​て,広範​に​及ぶ​聖書​研究​プロジェクト​が​行なわ​れ​まし​た。様々​な​論題​が​調査​さ​れ​まし​た​が,その​中​に​は,1​世紀​の​クリスチャン​会衆​が​どの​よう​に​機能​し​て​い​た​か​と​いう​点​も​含ま​れ​て​い​まし​た。 * 組織​の​構造​に​つい​て​言え​ば,1​世紀​に​会衆​を​監督​し​て​い​た​の​は,ただ​一​人​の​長老​もしくは​監督​で​は​なく,長老​たち​の​一団​で​ある,と​いう​こと​が​明らか​に​なり​まし​た。フィリピ 1:1; テモテ​第​一 4:14を​読む。)その​こと​を​理解​し​た​統治​体​は,王​イエス​が​神​の​民​の​組織​上​の​構造​を​改善​する​点​で​自分​たち​を​導い​て​いる,と​いう​こと​を​認識​し​まし​た。統治​体​の​兄弟​たち​は,王​の​その​導き​に​服する​こと​を​決意​し​て​い​まし​た。それ​で​速やか​に​調整​を​行ない,組織​を,聖書​に​示さ​れ​て​いる​長老​の​取り決め​に​いっそう​調和​さ​せ​まし​た。1970​年代​初め​に​は​どんな​調整​が​行なわ​れ​まし​た​か。

12. (イ)統治​体​そのもの​に​どんな​調整​が​加え​られ​まし​た​か。(ロ)統治​体​は​現在,どの​よう​に​組織​さ​れ​て​い​ます​か。(「 統治​体​は​王国​の​業​を​どの​よう​に​顧み​て​いる​か」と​いう​囲み​を​参照。)

12 最初​の​調整​は,統治​体​そのもの​に​加え​られ​まし​た。油そそが​れ​た​ 兄弟​たち​から​成る​統治​体​は​それ​まで,ペンシルバニア​州​の​ものみの塔​聖書​冊子​協会​の​理事​会​の​成員​7​人​で​構成​さ​れ​て​い​まし​た。しかし,1971​年​に​統治​体​は​7​人​から​11​人​に​増員​さ​れ,協会​の​理事​会​と​は​別個​の​もの​と​され​まし​た。統治​体​の​成員​は​同等​の​立場​に​あり,司会​者​は​アルファベット​順​に​毎年​交替​する​こと​に​なり​まし​た。

13. (イ)1972​年​まで​の​40​年​間,どんな​取り決め​が​続い​て​い​まし​た​か。(ロ)統治​体​は​1972​年​に​何​を​行ない​まし​た​か。

13 次​に​加え​られ​た​調整​は,各​会衆​に​影響​する​もの​でし​た。どの​よう​に​でしょ​う​か。1932​年​から​1972​年​まで,会衆​を​監督​し​て​い​た​の​は​おもに​一​人​の​兄弟​でし​た。任命​さ​れ​た​その​兄弟​は,1936​年​まで​は​奉仕​の​主事​と​呼ば​れ​まし​た。以後,その​名称​は​会​の​僕,次い​で​会衆​の​僕,さらに​会衆​の​監督​へ​と​変更​さ​れ​まし​た。それら​任命​さ​れ​た​兄弟​たち​は,羊​の​群れ​の​霊的​福祉​を​熱心​な​態度​で​顧み​まし​た。会衆​の​監督​は​たいてい,会衆​の​他​の​僕​たち​に​相談​する​こと​なく,会衆​に​関する​事柄​を​決定​し​まし​た。しかし​統治​体​は​1972​年​に,歴史​的​な​変更​の​ため​の​準備​を​進め​て​い​まし​た。どんな​変更​でし​た​か。

14. (イ)1972​年​10​月​1​日​から​どんな​新しい​取り決め​が​実施​さ​れ​まし​た​か。(ロ)長老​団​の​調整​者​は​フィリピ 2​章​3​節​の​助言​を​どの​よう​に​自分​に​当てはめ​ます​か。

14 各​会衆​で​一​人​の​兄弟​が​会衆​の​監督​と​し​て​奉仕​する​代わり​に,聖書​的​な​資格​に​かなう​他​の​兄弟​たち​も​神権​的​に​任命​さ​れ,クリスチャン​の​長老​と​し​て​奉仕​する​こと​に​なり​まし​た。その​兄弟​たち​は​長老​団​と​し​て​地元​ の​会衆​を​監督​する​の​です。新しい​長老​団​の​取り決め​は​1972​年​10​月​1​日​から​実施​さ​れ​まし​た。現在,長老​団​の​調整​者​は​自分​を,他​の​兄弟​たち​より​上​で​は​なく「より​小さい​者」と​見​ます。(ルカ 9:48)それら​謙遜​な​兄弟​たち​は,わたしたち​の​世界​的​な​組織​に​とっ​て​祝福​と​なっ​て​い​ます。―フィリ 2:3

王​イエス​が​先​を​見越し​て,追随​者​たち​の​必要​と​する​牧者​たち​を​ふさわしい​時​に​備え​て​こら​れ​た​こと​は​明らか

15. (イ)会衆​の​長老​団​と​いう​取り決め​は,どんな​益​を​もたらし​て​き​まし​た​か。(ロ)王​イエス​が​先​を​見越し​て​行動​し​た​こと​は,どんな​こと​から​分かり​ます​か。

15 長老​団​の​成員​が​皆​で​会衆​の​責任​を​担う​と​いう​取り決め​は,大きな​改善​と​なり​まし​た。3​つ​の​益​を​考え​ましょ​う。第​一​に,この​取り決め​に​よっ​て​すべて​の​長老​は,自分​が​会衆​内​で​どれ​ほど​大きな​責任​を​担う​と​し​て​も,イエス​が​会衆​の​頭​で​ある​こと​を​はっきり​意識​でき​ます。(エフェ 5:23)第​二​に,箴言 15​章​22​節​に​記さ​れ​て​いる​とおり,「助言​者​の​多い​ところ​に​は​達成​が​あ」り​ます。長老​たち​は,会衆​の​霊的​福祉​に​影響​する​事柄​に​つい​て​一緒​に​協議​し,互い​の​提案​を​考慮​する​こと​に​より,聖書​の​原則​に​調和​し​た​決定​を​下せ​ます。(箴 27:17)エホバ​は​その​よう​な​決定​を​祝福​し​て​くださり,それ​は​良い​結果​に​つながり​ます。第​三​に,資格​を​備え​た​より​多く​の​兄弟​が​長老​と​し​て​奉仕​でき​ます。組織​の​中​で​は,会衆​を​監督​し​牧する​兄弟​たち​が​いっそう​必要​と​され​て​おり,その​必要​を​満たす​こと​が​できる​の​です。(イザ 60:3‐5)世界​中​の​会衆​の​数​は,1971​年​に​は​ 2万7,000​余り​でし​た​が,2013​年​に​は​11万3,000​以上​に​なり​まし​た。王​イエス​が​先​を​見越し​て,追随​者​たち​の​必要​と​する​牧者​たち​を​ふさわしい​時​に​備え​て​こら​れ​た​こと​は​明らか​です。―ミカ 5:5

「群れ​の​模範」と​なる

16. (イ)長老​たち​に​は​どんな​責任​が​あり​ます​か。(ロ)聖書​研究​者​は,「羊​たち​を​牧し​なさい」と​いう​イエス​の​訓戒​に​つい​て​どんな​見方​を​し​て​い​まし​た​か。

16 初期​の​聖書​研究​者​の​時代​から,長老​たち​は,神​に​仕え​続ける​よう​仲間​の​信者​を​助ける​責任​が​ある​こと​を​理解​し​て​い​まし​た。ガラテア 6:10を​読む。)1908​年​の「ものみの塔」誌​に​は,「わたし​の​小さな​羊​たち​を​牧し​なさい」と​いう​イエス​の​訓戒​を​扱っ​た​記事​が​掲載​さ​れ​まし​た。(ヨハ 21:15‐17)その​記事​は,長老​たち​に​こう​語りかけ​て​い​まし​た。「羊​の​群れ​に​関し​て​主​から​与え​られ​た​任務​を​深く​心​に​刻み,主​の​追随​者​たち​を​養い​世話​する​の​は​大きな​特権​で​ある​と​いう​正しい​認識​を​持つ​こと​は,極めて​重要​で​ある」。1925​年​に「ものみの塔」誌​は,牧者​と​し​て​奉仕​する​こと​の​重要​性​を​再び​強調​し,長老​たち​に​こう​諭し​まし​た。「神​の​教会​は​神​ご自身​の​もの​で……あり,神​は​仲間​の​兄弟​に​仕える​特権​を​持つ​すべて​の​人​に,その​特権​に​関し​て​責任​を​問わ​れる」。

17. 監督​たち​は,牧者​と​し​て​奉仕​する​ため​の​どんな​助け​を​与え​られ​て​き​まし​た​か。

17 エホバ​の​組織​は,長老​たち​が​牧羊​の​技術​を“鉄​から​銀​へ”高める​こと​が​できる​よう,どの​よう​に​助け​て​き​まし​た​か。訓練​を​施す​こと​に​よっ​て​です。1959​年​に,監督​たち​の​ため​の​最初​の​王国​宣教​学校​が​開か​れ​まし​た。「個人​的​な​関心​を​向ける」と​いう​テーマ​の​授業​で​は,「奉仕​者​たち​の​家​を​訪問​する​予定​を​組む」よう​に​と​の​勧め​が​与え​られ,訪問​を​築き上げる​もの​に​する​ため​の​様々​な​方法​も​取り上げ​られ​まし​た。1966​年​に​は,新しい​課程​の​王国​宣教​学校​が​始まり​まし​た。そこ​で​は「牧羊​の​業​の​重要​性」と​いう​授業​も​行なわ​れ​まし​た。その​授業​の​要点​は​何​でし​た​か。 指導​の​任​に​当たる​人​たち​は「神​の​羊​の​群れ​を​愛​ある​仕方​で​世話​する​と​とも​に,自分​の​家​の​者​と​野外​宣教​に​しかる​べき​注意​を​向ける​こと​を​怠っ​て​は​なら​ない」と​いう​点​です。その​後​も,長老​たち​の​ため​の​学校​が​さらに​開か​れ​て​き​まし​た。エホバ​の​組織​が​施す​継続​的​な​訓練​は​どんな​結果​を​もたらし​て​き​まし​た​か。現在,クリスチャン​会衆​に​は,霊的​牧者​と​し​て​仕える​資格​を​備え​た​非常​に​多く​の​兄弟​たち​が​い​ます。

フィリピン​で​の​王国​宣教​学校,1966​年

18. (イ)長老​たち​に​は​どんな​重い​責任​が​ゆだね​られ​て​い​ます​か。(ロ)エホバ​と​イエス​が​骨折っ​て​働く​長老​たち​に​愛情​を​抱い​て​おら​れる​の​は​なぜ​です​か。

18 クリスチャン​の​長老​たち​は,エホバ​が​王​イエス​を​通し​て​備え​られ​た​人々​で​あり,重い​責任​を​果たし​て​い​ます。どんな​責任​です​か。人類​史​上​最も​危機​的​な​この​時代​に​神​の​羊​を​導く,と​いう​責任​です。(エフェ 4:11,12。テモ​二 3:1)エホバ​と​イエス​は,骨折っ​て​働く​長老​たち​に​深い​愛情​を​抱い​て​おら​れ​ます。長老​たち​が​聖書​の​次​の​訓戒​に​従っ​て​いる​から​です。「あなた方​に​ゆだね​られ​た​神​の​羊​の​群れ​を​牧し​なさい。……自ら​進ん​で​行ない,……真剣​な​態度​で​牧し​なさい。……群れ​の​模範​と​なり​なさい」。(ペテ​一 5:2,3)クリスチャン​の​牧者​は,様々​な​仕方​で​群れ​の​模範​と​なり,会衆​の​平和​と​喜び​に​大きく​貢献​し​て​い​ます。2​つ​の​点​を​取り上げ​ましょ​う。

今日,長老​たち​は​どの​よう​に​神​の​羊​の​群れ​を​牧する​か

19. あなた​は,長老​たち​が​宣教​で​共​に​働い​て​くれる​こと​に​つい​て,どう​感じ​て​い​ます​か。

19 第​一​に,長老​たち​は​会衆​の​成員​と​共​に​奉仕​し​ます。福音​書​筆者​ルカ​は,こう​記し​て​い​ます。「イエス​は,都市​から​都市,村​から​村​へ​と​旅​を​され,神​の​王国​の​良い​たより​を​宣べ伝え​また​宣明​さ​れ​た。そして​十二​人​は​彼​と​一緒​に(い​た)」。(ルカ 8:1)イエス​が​使徒​たち​と​共​に​宣べ伝え​た​よう​に,模範​と​なる​今日​の​長老​たち​も,信仰​の​仲間​と​肩​を​並べ​て​伝道​し​ます。そう​する​なら,会衆​の​健全​な​霊​を​大いに​強める​こと​が​できる​から​ です。会衆​の​成員​は,その​よう​な​長老​たち​に​つい​て​どう​感じ​て​い​ます​か。80​代​後半​の​ジャニーヌ​と​いう​姉妹​は,こう​述べ​て​い​ます。「長老​の​兄弟​と​一緒​に​野外​奉仕​を​する​と,いろいろ​と​お話し​でき​て​兄弟​の​こと​を​よく​知る​こと​が​でき​ます」。30​代​半ば​の​ステーベン​と​いう​兄弟​は​こう​言い​ます。「長老​が​家​から​家​の​宣教​で​共​に​働い​て​くださる​と,わたし​を​助け​たい​と​思っ​て​おら​れる​こと​が​分かり​ます。その​よう​な​助け​から​大きな​喜び​を​得​て​い​ます」。

い​なく​なっ​た​羊​を​捜し​に​行く​羊飼い​の​よう​に,長老​は​会衆​に​交わら​なく​なっ​た​人​を​懸命​に​捜す

20,21. 長老​たち​は,イエス​の​たとえ​話​の​羊飼い​に​どの​よう​に​見倣え​ます​か。例​を​挙げ​て​ください。(「 毎週​の​訪問​が​実​を​結ぶ」と​いう​囲み​を​参照。)

20 第​二​に,エホバ​の​組織​は,会衆​と​交わら​なく​なっ​た​人​たち​の​こと​を​気遣う​よう​長老​たち​を​訓練​し​て​き​まし​た。(ヘブ 12:12)長老​たち​が​それら​霊的​に​弱い​人​を​助ける​べき​な​の​は​なぜ​です​か。どの​よう​に​助け​たら​よい​でしょ​う​か。その​答え​は,羊飼い​と​失わ​れ​た​羊​に​関する​イエス​の​たとえ​話​から​得​られ​ます。ルカ 15:4‐7を​読む。)たとえ​話​の​中​の​羊飼い​は,1​匹​の​羊​が​い​なく​なっ​た​こと​に​気づく​と,その​失わ​れ​た​羊​を​捜し​に​行き​ます。自分​が​所有​する​唯一​の​羊​で​ある​か​の​よう​な​思い​で​捜す​の​です。今日,クリスチャン​の​長老​たち​は,その​羊飼い​に​どの​よう​に​見倣える​でしょ​う​か。失わ​れ​た​羊​は,羊飼い​に​とっ​て​依然​と​し​て​貴重​な​もの​です。同じ​よう​に,神​の​民​と​交わら​なく​なっ​た​人​も,長老​たち​に​とっ​て​依然​と​し​て​貴重​な​もの​です。長老​は​霊的​に​弱く​なっ​た​人​を,戻る​見込み​の​ない​羊​と​見る​の​で​は​なく,い​なく​なっ​て​しまっ​た​大切​な​羊​と​見​ます。羊飼い​が「失わ​れ​た​もの​を​見つける​まで​それ​を​捜し​に​行」く​よう​に,長老​も​自分​から​率先​し​て​弱い​人​を​捜し​に​行き,援助​し​ます。

21 たとえ​話​の​羊飼い​は,羊​を​見つける​と​どう​し​ます​か。優しく​抱え上げ​て「自分​の​肩​に​載せ」,群れ​の​ところ​に​連れ​て​帰り​ます。霊的​に​弱く​なっ​た​人​も,長老​の​心​の​こもっ​た​優しい​気遣い​の​言葉​に​元気づけ​られ,会衆​に​戻る​か​も​しれ​ませ​ん。会衆​と​交わら​なく​なっ​た​アフリカ​の​ビクター​と​いう​兄弟​も,その​よう​な​経験​を​し​まし​た。こう​述べ​て​い​ます。「わたし​が​不​活発​だっ​た​8​年​間,長老​たち​は​いつも​力​に​なろ​う​と​し​て​ください​まし​た」。ビクター​の​心​を​大きく​動かし​た​もの​は​何​でし​た​か。本人​は​こう​語っ​て​い​ます。「ある​日,長老​の​ジョン​が​わたし​を​訪問​し​て​くれ​まし​た。一緒​に​開拓​奉仕​学校​に​出席​し​た​こと​の​ある​兄弟​で,その​時​に​撮っ​た​わたしたち​の​写真​を​見せ​て​くれ​まし​た。その​写真​を​見​て,たくさん​の​楽しい​思い出​が​よみがえり,エホバ​に​仕える​喜び​を​もう​一度​味わい​たい​と​思う​よう​に​なり​まし​た」。その​後​ま​も​なく,ビクター​は​会衆​に​戻り​まし​た。現在​で​は​再び​開拓​者​と​し​て​奉仕​し​て​い​ます。この​よう​に,羊​を​気遣う​クリスチャン​の​長老​は,わたしたち​の​喜び​に​大きく​貢献​し​て​いる​の​です。―コリ​二 1:24 *

 監督​面​で​の​改善​は,神​の​民​の​一致​を​強める

22. 義​と​平和​は​どの​よう​に​クリスチャン​会衆​の​一致​を​強め​ます​か。(「 驚き​まし​た」と​いう​囲み​を​参照。)

22 すでに​述べ​た​とおり,エホバ​は​神​の​民​の​間​で​義​と​平和​が​増し加わっ​て​ゆく​こと​を​予告​なさい​まし​た。(イザ 60:17)義​と​平和​は​どちら​も​会衆​の​一致​を​強め​ます。どの​よう​に​です​か。義​に​つい​て​言え​ば,「神……は​ただ​ひとり​の​エホバ」です。(申 6:4)エホバ​の​義​の​規準​は,会衆​が​どの​国​に​ある​か​に​よっ​て​変わる​わけ​で​は​あり​ませ​ん。善悪​に​関する​神​の​規準​は​1​つ​で​あり,「聖​なる​者​たち​の​すべて​の​会衆」で​同じ​規準​が​適用​さ​れ​ます。(コリ​一 14:33)会衆​は,神​の​規準​が​適用​さ​れ​て​初めて​霊的​に​活発​な​状態​に​なり​ます。平和​に​つい​て​言え​ば,王​イエス​は,わたしたち​が​会衆​内​で​ただ​平和​を​楽しむ​だけ​で​なく,「平和​を​求める」つまり​平和​を​作る​こと​を​望ん​で​おら​れ​ます。(マタ 5:9)それで,わたしたち​は「平和​に​役だつ​事柄……を​追い求め」ます。時​に​不和​が​生じる​と​し​て​も,良い​関係​を​取り戻せる​よう​進ん​で​行動​し​ます。(ロマ 14:19)その​よう​に​し​て,会衆​の​平和​と​一致​に​貢献​でき​ます。―イザ 60:18

23. エホバ​の​僕​たち​は​現在,どんな​喜び​を​経験​し​て​い​ます​か。

23 1895​年​11​月,責任​ある​兄弟​たち​は「ものみの塔」誌​で​長老​の​取り決め​の​導入​に​つい​て​発表​し​た​際,心​から​の​願い​を​言い表わし​まし​た。この​新た​な​組織​上​の​取り決め​に​よっ​て​神​の​民​が「速やか​に​信仰​の​一致​に​達する」よう​に,と​の​真剣​な​願い​です。これ​まで​の​年月​を​振り返る​と,わたしたち​は​感謝​の​念​に​満たさ​れ​ます。エホバ​が​王​イエス​を​通し​て​行なわ​れ​た​監督​面​で​の​漸進​的​な​精錬​に​よっ​て,崇拝​に​おける​一致​は​確実​に​強化​さ​れ​て​き​た​から​です。(詩 99:4)結果​と​し​て​今,世界​中​の​エホバ​の​民​すべて​は​喜び​つつ,「同じ​霊​を​もっ​て」歩み,「同じ​足跡」に​従い,「肩​を​並べ​て」「平和​の​神」に​仕える​こと​が​できる​の​です。―コリ​二 12:18。ゼパニヤ 3:9を​読む。

^ 11節 この​広範​な​調査​に​基づい​て​発行​さ​れ​た​の​が,「聖書​理解​の​助け」(英語)と​いう​事典​です。

^ 21節 「ものみの塔」2013​年​1​月​15​日​号​の「クリスチャン​の​長老​たち ― わたしたち​の『喜び​の​ため​の​同労​者』」と​いう​記事​を​参照。

もっと調べる

「ものみの塔」(研究用)

エホバは物事を組織する神

古代イスラエルと1世紀のキリスト教についての記述から,今日のエホバの地上の僕たちも組織されるということが分かります。

「ものみの塔」(研究用)

エホバの牧者たちに従いなさい

監督たちは,神の会衆を牧するため聖霊によって任命されています。羊たちが監督たちに聞き従うべきなのはなぜですか。

「ものみの塔」(研究用)

この古い世の終わりを一緒に乗り越える

聖書中の4つの手本から,一致の価値と将来それがますます重要になる理由とが分かります。