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エホバの証人

日本語

神の王国は支配している!

 2​章

王国は天で誕生する

王国は天で誕生する

この​章​で​考える​こと

神​は​ご自分​の​民​を​王国​の​誕生​に​どの​よう​に​備え​させ​た​か

1,2. (イ)世界​の​歴史​に​おける​最大​の​出来事​と​は​何​です​か。(ロ)それ​が​人間​の​目​に​は​見え​ない​ところ​で​起き​た​の​は,意外​な​こと​で​は​あり​ませ​ん。なぜ​そう​言え​ます​か。

歴史​が​大きく​変わっ​た​時代​に​生き​て​い​たら​どんな​感じ​だっ​た​の​だろ​う,と​考え​た​こと​が​あり​ます​か。仮に​その​よう​な​時代​に​生き​て​い​た​と​し​て​も,変化​を​もたらす​重大​な​出来事​を​直接​見る​こと​は​なかっ​た​でしょ​う。政変​の​よう​な​歴史​に​残る​出来事​は,しばしば​一般​の​人々​に​は​見え​ない​ところ​で​起きる​もの​です。重要​な​決定​は​たいてい​密室​で,例えば​王宮​や​政府​庁舎​の​中​で,あるいは​秘密​会議​の​席​など​で​下さ​れ​ます。それでも,そう​し​た​変化​は​非常​に​多く​の​人​に​影響​を​与え​ます。

2 では,世界​の​歴史​に​おける​最大​の​出来事​に​つい​て​は​どう​です​か。その​出来事​は,多く​の​人​に​影響​を​与え​て​き​まし​た。と​は​いえ,それ​は​人間​の​目​に​は​見え​ない​ところ​で​起き​まし​た。その​出来事​と​は,神​の​王国​が​天​で​誕生​し​た​こと​です。待望​の​メシア​王国​は​間​も​なく,現在​の​世界​の​体制​全体​を​終わらせ​ます。ダニエル 2:34,35,44,45を​読む。)重大​な​意味​を​持つ​その​誕生​を​目撃​し​た​人​は​い​ませ​ん。では,エホバ​は​その​出来事​を​人類​から​隠さ​れ​た​の​でしょ​う​か。それとも,ご自分​の​忠節​な​民​を​王国​の​誕生​に​備え​させ​まし​た​か。調べ​て​み​ましょ​う。

わたし​の「使者……は​わたし​の​前​に​道​を​整え」る

3‐5. (イ)マラキ 3​章​1​節​に​出​て​くる「契約​の​使者」と​は​だれ​でし​た​か。(ロ)「契約​の​使者」が​神殿​に​来る​前​に,どんな​こと​が​起き​ます​か。

3 エホバ​は​昔​から,ご自分​の​民​を​メシア​王国​の​誕生​に​備え​させ​よう​と​考え​て​おら​れ​まし​た。例えば,マラキ 3​章​1​節​に​は​次​の​預言​が​あり​ます。「見よ,わたし​は​自分​の​使者​を​遣わす。彼​は​わたし​の​前​に​道​を​整え​なけれ​ば​なら​ない。また,あなた方​の​求める,まこと​の​主​が​その​神殿​に​突然​に​来る。そして,あなた方​の​喜ぶ​契約​の​使者​が。見よ,その​者​は​必ず​来る」。

4 現代​の​成就​に​おい​て,「まこと​の​主」エホバ​が,ご自分​の​霊的​神殿​の​地上​の​中庭​で​奉仕​する​人​たち​を​検分​する​ため​に​来​た​の​は​いつ​でし​た​か。この​預言​に​よれ​ば,エホバ​は「契約​の​使者」と​共​に​来​ます。「契約​の​使者」と​は,メシア​なる​王,イエス​・​キリスト​です。(ルカ 1:68‐73)新た​に​即位​ し​た​支配​者​イエス​は,神​の​地上​の​民​を​検分​し,精錬​する​の​です。―ペテ​一 4:17

5 では,マラキ 3​章​1​節​の​冒頭​に​出​て​くる,もう​一​人​の「使者」は​だれ​でし​た​か。この​預言​的​な「使者」は,メシア​なる​王​の​臨在​の​かなり​前​に​現われ​ます。1914​年​より​前​の​数十​年​間​に,メシア​なる​王​の​前​に「道​を​整え」る​者​が​い​まし​た​か。

6. 予告​さ​れ​て​い​た「使者」と​し​て​行動​し,神​の​民​を​前途​の​出来事​に​備え​させ​た​の​は​だれ​です​か。

6 本書​で​は,現代​の​エホバ​の​民​の​躍動​的​な​歴史​を​調べ,これら​の​質問​の​答え​を​考え​ます。その​歴史​が​示す​とおり,19​世紀​後半​に,神​に​忠実​な​人々​の​小さな​グループ​が​現われ​ます。偽​クリスチャン​の​はびこる​広大​な​畑​の​中​に,真​の​クリスチャン​の​唯一​の​グループ​が​登場​し​た​の​です。その​グループ​は​聖書​研究​者​と​し​て​知ら​れる​よう​に​なり​ます。その​中​で​指導​の​任​に​当たる​人​たち,つまり​チャールズ​・​T​・​ラッセル​と​その​親しい​仲間​たち​は,予告​さ​れ​て​い​た「使者」と​し​て​まさに​行動​し​まし​た。神​の​民​に​霊的​な​導き​を​与え,前途​の​出来事​に​備え​させ​た​の​です。では,この「使者」が​4​つ​の​分野​で​どの​よう​に​その​役割​を​果たし​た​か​を​見​て​み​ましょ​う。

真理​を​もっ​て​崇拝​する

7,8. (イ)1800​年代​に,どんな​人​たち​が,魂​は​不滅​で​ある​と​いう​教理​の​偽り​を​暴き​まし​た​か。(ロ)C​・​T​・​ラッセル​と​その​親しい​仲間​たち​は,他​の​どんな​教え​が​偽り​で​ある​こと​を​暴き​まし​た​か。

7 それら​聖書​研究​者​は​祈り​の​うち​に​研究​し,合意​に​至っ​た​結論​を​まとめ,教理​上​の​明確​な​真理​を​公表​し​た。幾​世紀​に​も​わたり,キリスト​教​世界​は​霊的​な​闇​に​包ま​れ​て​い​まし​た。その​教え​の​多く​は​異教​に​根ざす​もの​でし​た。最​たる​例​は,魂​は​不滅​で​ある​と​いう​教理​です。しかし​1800​年代​に,聖書​を​誠実​に​研究​する​少数​の​人​たち​は​その​教え​を​精査​し,神​の​言葉​の​裏づけ​が​ない​こと​を​知り​まし​た。ヘンリー​・​グルー,ジョージ​・​ステットソン,ジョージ​・​ストーズ​は,執筆​活動​や​大胆​な​講演​に​よっ​て,その​サタン​的​な​教理​の​偽り​を​暴き​まし​た。 * 彼ら​の​著作​は,C​・​T​・​ラッセル​と​その​親しい​仲間​たち​に​多大​の​影響​を​与え​ます。

8 聖書​研究​者​の​その​小さな​グループ​は,魂​の​不滅​と​関係​の​ある​他​の​教理​も,人々​の​考え​を​混乱​さ​せる​偽り​で​ある​こと​を​知り​まし​た。例えば,善人​は​すべて​天​に​行く​と​いう​教え​や,神​は​悪人​の​不滅​の​魂​を​火​の​燃える​地獄​で​永遠​に​苦しめる,と​いう​教え​が​あり​ます。ラッセル​と​その​親しい​仲間​たち​は,たくさん​の​記事,書籍,パンフレット,小冊子,さらに​は​寄稿​し​た​訓話​の​中​で,それら​の​教え​の​偽り​を​暴き​まし​た。

9. 「シオン​の​ものみの塔」誌​は,三位一体​の​教理​の​偽り​を​どの​よう​に​暴き​まし​た​か。

9 聖書​研究​者​たち​は,広く​奉じ​られ​て​い​た​三位一体​の​教理​の​偽り​も​暴き​まし​た。1887​年​の「シオン​の​ものみの塔」誌(英語)に​は,こう​記さ​れ​て​い​ます。「エホバ​と​我ら​の​主​イエス​が​別個​の​存在​で​ある​こと​や,その​両者​の​関係​に​つい​て,聖書​は​非常​に​明快​に​述べ​て​いる」。さらに​その​記事​は,「三位一体​の​神​と​いう​概念,すなわち​3​つ​の​神​が​1​つ​で​ある​と​同時​に​1​つ​の​神​が​3​つ​の​うち​に​ある​と​いう​概念​が,重要​な​教え​と​なり,広く​受け入れ​ られる​よう​に​なっ​た」の​は​驚き​で​ある​と​述べ,こう​続け​て​い​ます。「この​事実​から​し​て,敵​が​誤り​と​いう​鎖​で​教会​を​縛りつけ​て​い​た​間​に​教会​が​深く​眠り込ん​で​い​た​こと​は​明らか​で​ある」。

10. 「ものみの塔」誌​は,1914​年​が​注目​す​べき​年​で​ある​こと​を​どの​よう​に​示し​て​い​まし​た​か。

10 その​雑誌​は,「シオン​の​ものみの塔​および​キリスト​の​臨在​の​告知​者」(英語)と​いう​正式​名称​が​示す​とおり,キリスト​の​臨在​に​関係​し​た​預言​に​深い​関心​を​示し​て​い​まし​た。同誌​に​寄稿​し​て​い​た​忠実​な​油そそが​れ​た​人​たち​は,次​の​点​を​理解​し​まし​た。すなわち,「七つ​の​時」に​関する​ダニエル​の​預言​は,メシア​王国​に​つい​て​の​神​の​目的​が​果たさ​れる​時​と​関連​が​ある,と​いう​点​です。彼ら​は,早く​も​1870​年代​に,七つ​の​時​が​1914​年​に​終わる​こと​を​指摘​し​て​い​まし​た。(ダニ 4:25。ルカ 21:24)当時​の​兄弟​たち​は,その​注目​す​べき​年​に​どんな​意味​が​ある​か​を​十分​に​理解​し​て​い​た​わけ​で​は​あり​ませ​ん。それでも,知っ​て​い​た​事柄​を​遠く​広く​ふれ告げ​まし​た。今​の​わたしたち​も​その​益​を​受け​て​い​ます。

11,12. (イ)ラッセル​兄弟​は,自分​が​教え​た​事柄​に​関し​て,だれ​に​負う​ところ​が​大きい​こと​を​認め​まし​た​か。また,だれ​に​誉れ​を​帰し​まし​た​か。(ロ)1914​年​より​前​の​数十​年​間​に,ラッセル​と​その​仲間​たち​は​重要​な​業​を​行ない​まし​た。なぜ​そう​言え​ます​か。

11 ラッセル​も​忠実​な​その​仲間​たち​も,それら​肝要​な​霊的​真理​を​見いだし​理解​し​た​こと​を​自分​たち​の​手柄​と​は​し​ませ​ん​でし​た。ラッセル​は,自分​ より​も​前​に​活動​し​て​い​た​人​たち​に​負う​ところ​が​大きい​こと​を​認め​て​い​ます。とりわけ​エホバ​神​に​誉れ​を​帰し,エホバ​が​ご自分​の​民​に​必要​な​事柄​を​必要​な​時​に​教え​て​くださっ​た,と​考え​まし​た。明らか​に​エホバ​は,真理​を​偽り​から​より分け​よう​と​する,ラッセル​と​その​仲間​たち​の​努力​を​祝福​なさい​まし​た。その​後​の​年月​に,彼ら​は​キリスト​教​世界​から​さらに​離れ,両者​の​違い​が​いっそう​際立つ​よう​に​なり​まし​た。

ラッセル​兄弟​と​その​親しい​仲間​たち​は​聖書​の​真理​を​擁護​し​た

12 1914​年​より​前​の​数十​年​間​に,それら​忠実​な​人々​が​教理​上​の​真理​を​擁護​する​ため​に​行なっ​た​事柄​は,本当​に​素晴らしい​もの​です。「ものみの塔​および​キリスト​の​臨在​の​告知​者」(英語)1917​年​11​月​1​日​号​は,当時​の​こと​を​こう​記し​て​い​ます。「今日,無数​の​人々​は,地獄​の​火​の​教え​や​他​の​偽り​の​教理​に​よっ​て​課さ​れ​た​恐れ​から​自由​に​され​て​いる。……40​年​以上​前​に​生じ​始め​た​真理​の​潮流​は,今​なお​着実​に​水かさ​を​増し​て​おり,今後​も​増し加わっ​て​ついに​は​全地​に​満ちる​だろ​う。反対​者​たち​は,あたかも​デッキブラシ​で​大海​の​波​を​押しとどめる​か​の​よう​に​し​て,真理​が​全地​に​広まる​の​を​阻も​う​と​し​て​いる」。

13,14. (イ)「使者」は​どの​よう​に​し​て,メシア​なる​王​の​ため​に​道​を​整え​まし​た​か。(ロ)100​年​以上​前​の​兄弟​たち​から​何​を​学べ​ます​か。

13 考え​て​み​て​ください。もし​イエス​と​み父​エホバ​と​を​区別​でき​なかっ​た​と​し​たら,神​の​民​は​キリスト​の​臨在​の​始まり​に​備える​こと​が​でき​た​でしょ​う​か。でき​なかっ​た​はず​です。さらに,『人​は​みな​不滅​性​を​自動​的​に​得る。それ​は​キリスト​の​少数​の​弟子​だけ​に​与え​られる​もの​で​は​ない』と​考え​て​い​たら​どう​でし​た​か。また,『神​は​人々​を​地獄​の​火​で​永遠​に​苦しめる』と​考え​て​い​たら​どう​でし​た​か。キリスト​の​臨在​の​始まり​に​備える​こと​は​でき​なかっ​た​でしょ​う。「使者」が​メシア​なる​王​の​ため​に​道​を​整え​た​こと​は​明白​です。

14 現在​の​わたしたち​は,100​年​以上​前​の​兄弟​たち​から​何​を​学べる​でしょ​う​か。わたしたち​も,神​の​言葉​を​意欲​的​に​読み,研究​する​必要​が​あり​ます。(ヨハ 17:3)今​の​物質​主義​的​な​世​は​霊的​に​衰弱​し​て​ゆく​一方​です。しかし,わたしたち​は​霊的​食物​に​対する​食欲​を​増進​さ​せ​て​ゆき​ましょ​う。―テモテ​第​一 4:15を​読む。

「わたし​の​民​よ,……彼女​から​出​なさい」

15. 聖書​研究​者​は,どんな​こと​を​徐々​に​理解​する​よう​に​なり​まし​た​か。(脚注​を​参照。)

15 聖書​研究​者​は,世​の​教会​と​の​関係​を​断つ​必要​が​ある​こと​を​教え​た。1879​年​の「ものみの塔」誌​は,「バビロン​の​教会」に​つい​て​述べ​まし​た。それ​は​教皇​制​の​こと​です​か。ローマ​・​カトリック​教会​の​こと​でしょ​う​か。プロテスタント​の​諸​教派​は​何​世紀​に​も​わたり,聖書​の​預言​に​出​て​くる「バビロン」は​そう​し​た​もの​を​指す​と​考え​て​い​まし​た。しかし​聖書​研究​者​たち​は,キリスト​教​世界​の​すべて​の​教会​が​現代​の「バビロン」に​含ま​れる​こと​を​徐々​に​理解​する​よう​に​なり​まし​た。というのは,どの​教会​も,先​に​挙げ​た​よう​な​教理​上​の​偽り​を​教え​て​き​た​から​です。 * わたしたち​の​出版​ 物​は​やがて,バビロン​の​教会​に​属する​心​の​正直​な​人々​が​取る​べき​行動​に​つい​て,もっと​はっきり​と​し​た​言い方​を​する​よう​に​なり​まし​た。

16,17. (イ)「千年期​黎明」第​3​巻​と「ものみの塔」誌​は,偽り​の​宗教​から​離れる​よう​どの​よう​に​呼びかけ​まし​た​か。(ロ)当時​の​警告​の​効果​を​弱め​た​要因​と​し​て,どんな​点​を​挙げる​こと​が​でき​ます​か。(脚注​を​参照。)

16 例えば​1891​年​に,「千年期​黎明」(英語)第​3​巻​は,現代​の​バビロン​が​神​に​退け​られ​た​こと​を​論じ,「その​制度​全体 ― 諸​制度​から​成る​制度 ― は​退け​られ​た」と​述べ​まし​た。さらに,「彼女​の​偽り​の​教理​や​慣行​に​賛同​し​て​い​ない​人​は,すぐ​に​彼女​から​離れる​よう​求め​られ​て​いる」と​も​述べ​て​い​ます。

17 1900​年​1​月​に「ものみの塔」誌​は,キリスト​教​世界​の​教会​の​会員​名簿​に​今​も​名​を​連ね​ながら,その​こと​を​正当​化​する​人​たち​に​助言​を​与え​まし​た。「わたし​は​真理​に​全く​賛同​し​て​い​ます。ほか​の​集まり​に​は​めった​に​出席​し​ませ​ん」と​言う​人​たち​です。その​記事​は​こう​問いかけ​て​い​ます。「しかし,バビロン​に​まだ​半分​入っ​た​まま​で​いる​の​は​正しい​こと​だろ​う​か。それ​が……求め​られ​て​いる​従順​だろ​う​か。神​に​喜ば​れ,受け入れ​られる​こと​だろ​う​か。そんな​はず​は​ない。当人[教会​員]は,ある​教派​に​加入​し​た​時,その​教派​と​の​正式​な​契約​関係​に​入っ​た​の​で​あり,正式​に​脱退​する​まで​は​契約​の​すべて​の​条項​を​履行​する​義務​を​負う​の​で​ある」。以後,この​メッセージ​は​ますます​強く​なっ​て​ゆき​まし​た。 * エホバ​の​僕​は,偽り​の​宗教​と​の​つながり​を​いっさい​断た​なけれ​ば​なら​ない​の​です。

18. 当時​の​人々​が​大いなる​バビロン​から​出る​必要​が​あっ​た​の​は​なぜ​です​か。

18 もし​当時,大いなる​バビロン​から​出る​よう​に​と​いう​警告​が​折​に​触れ​て​発せ​られ​なかっ​た​なら,キリスト​が​王​と​し​て​即位​し​た​時,準備​の​でき​た​油そそが​れ​た​僕​たち​の​一団​が​地上​に​存在​し​た​でしょ​う​か。し​なかっ​た​はず​です。「霊​と​真理​を​もっ​て」エホバ​を​崇拝​できる​の​は,バビロン​の​束縛​から​自由​に​され​た​クリスチャン​だけ​だから​です。(ヨハ 4:24)わたしたち​も,偽り​の​宗教​から​離れ​て​い​よう​と​決意​し​て​いる​でしょ​う​か。「わたし​の​民​よ,……彼女​から​出​なさい」と​いう​命令​に​ぜひ​従っ​て​ゆき​ましょ​う。―啓示 18:4を​読む。

崇拝​の​ため​に​集まる

19,20. 「ものみの塔」誌​は,崇拝​の​ため​に​集まり合う​よう,神​の​民​に​どの​よう​に​勧め​まし​た​か。

19 聖書​研究​者​は,可能​なら​仲間​の​信者​と​共​に​崇拝​の​ため​に​集まる​必要​が​ある,と​教え​た。真​の​クリスチャン​に​とっ​て,偽り​の​宗教​から​出る​だけ​で​は​不​十分​です。清い​崇拝​に​加わる​こと​も​肝要​です。「ものみの塔」誌​は​早く​から,崇拝​の​ため​に​集まり合う​よう​読者​に​勧め​て​い​まし​た。例えば,1880​年​7​月,ラッセル​兄弟​は​講演​旅行​の​報告​の​中​で,各地​に​おける​集会​が​励み​の​多い​もの​で​あっ​た​こと​を​記し​て​い​ます。そして​読者​に,自分​の​土地​で​の​進展​に​つい​て​葉書​で​知らせる​よう​勧め​まし​た。その​幾つ​か​を「ものみの塔」誌​に​掲載​する​つもり​でし​た。どんな​目的​が​あり​まし​た​か。「主​が​あなたたち​を​いかに​栄え​させ​て​くださっ​て​いる​か​を……皆​に​知らせ​ て​ほしい。あなたたち​が​同じ​貴重​な​信仰​を​持つ​人​たち​と​集まり​続け​て​いる​か​どう​か​を​教え​て​ほしい」。

チャールズ​・​ラッセル​と​デンマーク,コペンハーゲン​の​初期​の​聖書​研究​者​たち,1909​年

20 1882​年​に​は,「集まり合う」と​いう​記事​が「ものみの塔」誌​に​掲載​さ​れ​まし​た。その​記事​は,「互い​を​啓発​し,励まし,強める​ため​に」集会​を​ぜひ​開く​よう​勧め​まし​た。こう​も​述べ​て​い​ます。「学識​や​才能​の​ある​人​が​いる​か​どう​か​は​問題​で​は​ない。各自​が​聖書​と​紙​と​鉛筆​を​持参​し,用語​索引……など​を​できる​限り​活用​し​よう。論題​を​選び,その​点​を​理解​できる​よう​霊​の​導き​を​求め​て​から,読み,考え,聖句​と​聖句​を​比べ​よう。そう​すれ​ば​必ずや​真理​に​導か​れる​だろ​う」。

21. ペンシルバニア​州​アレゲーニー​の​会衆​は,集まり合う​こと​や​牧する​点​で,どんな​手本​を​示し​まし​た​か。

21 聖書​研究​者​の​本部​は,米国​ペンシルバニア​州​アレゲーニー​に​あり​まし​た。彼ら​は​その​場所​で,霊感​に​よる​ヘブライ 10​章​24,25​節​の​助言​に​従っ​て​集まり​合い,良い​手本​を​示し​まし​た。(読む。)それ​から​か​なり​後​に,チャールズ​・​ケイペン​と​いう​高齢​の​兄弟​は,子ども​の​ころ​に​集会​に​出席​し​た​時​の​こと​を​回想​し,こう​書き​まし​た。「協会​の​集会​場​の​壁​に​記さ​れ​ て​い​た​聖句​を​今​で​も​覚え​て​い​ます。『汝ら​の​主​は​一​人,キリスト​に​し​て,汝ら​はみ​な​兄弟​なり』と​いう​言葉​です。その​言葉​は​私​の​心​に​ずっ​と​残っ​て​い​ます。エホバ​の​民​の​間​に​は,僧職​者​と​平​信徒​の​区別​など​存在​し​ませ​ん」。(マタ 23:8)ケイペン​兄弟​は,集会​が​充実​し​て​い​た​こと​や​温かい​励まし​を​受け​た​こと,さらに​は​ラッセル​兄弟​が​会衆​の​成員​一人一人​を​牧する​ため​に​心​を​砕い​て​い​た​こと​も​覚え​て​い​ます。

22. 忠実​な​人々​は,集会​に​出席​する​よう​に​と​いう​励まし​に​どの​よう​に​応じ​まし​た​か。わたしたち​は,その​人々​から​どんな​こと​を​学べ​ます​か。

22 忠実​な​人々​は,この​手本​や,与え​られ​た​指示​に​こたえ応じ​まし​た。会衆​は​オハイオ​州​や​ミシガン​州​など​他​の​場所​で​も​設立​さ​れ​まし​た。後​に​は​北米​全域​で,さらに​は​他​の​国​で​も​設立​さ​れ​て​ゆき​ます。考え​て​み​て​ください。もし​忠実​な​人々​が,崇拝​の​ため​に​集まり合う​よう​に​と​の​霊感​に​よる​助言​に​従っ​て​い​なかっ​た​なら,キリスト​の​臨在​に​本当​に​備える​こと​が​でき​た​でしょ​う​か。でき​なかっ​た​はず​です。今​の​わたしたち​は​どう​でしょ​う​か。わたしたち​も,集会​に​忠実​に​出席​する​よう​決意​する​必要​が​あり​ます。共​に​崇拝​し​霊的​に​強め合う​ため​の​機会​を​逃さ​ない​よう​に​し​ましょ​う。

熱心​に​宣べ伝える

23. 油そそが​れ​た​人​は​全員,真理​を​宣べ伝え​なけれ​ば​なり​ませ​ん。「ものみの塔」誌​は​その​こと​を​どの​よう​に​指摘​し​まし​た​か。

23 聖書​研究​者​は,油そそが​れ​た​人​は​全員​が​真理​を​宣べ伝え​なけれ​ば​なら​ない,と​教え​た。1885​年​に,「ものみの塔」誌​は​こう​述べ​まし​た。「忘れ​て​は​なら​ない​点​と​し​て,油そそが​れ​た​体​の​成員​は​皆,宣べ伝える​ため​に​油そそが​れ(イザ 61:1),宣教​の​ため​に​召さ​れ​た​の​で​ある」。1888​年​に​は​次​の​よう​な​訓戒​が​載り​まし​た。「わたしたち​の​任務​が​何​か​は​明らか​ で​ある。……もし​その​任務​を​気​に​留め​ず,果たそ​う​と​し​ない​なら,それ​こそ​無精​な​僕​と​なり,召さ​れ​た​高い​地位​に​値し​ない​者​と​なる」。

24,25. (イ)ラッセル​兄弟​と​その​仲間​たち​は,宣べ伝える​よう​人々​を​励まし​た​だけ​で​なく,どんな​こと​も​し​まし​た​か。(ロ)ある​コルポーター​は,自動​車​が​普及​し​て​い​なかっ​た​時代​の​伝道​の​様子​を​どの​よう​に​説明​し​て​い​ます​か。

24 ラッセル​兄弟​と​その​親しい​仲間​たち​は,宣べ伝える​よう​人々​を​励まし​た​だけ​で​は​あり​ませ​ん。「聖書​研究​者​の​パンフレット」(英語)も​発行​し​まし​た。それ​は​後​に「古​神学​季刊」(英語)と​も​呼ば​れ​まし​た。「ものみの塔」誌​の​読者​は​その​パンフレット​を​受け取り,一般​の​人々​に​無料​で​配り​まし​た。

『宣べ伝える​業​は​わたし​の​生活​の​中心​と​なっ​て​いる​だろ​う​か』と​自問​できる

25 全​時間​の​宣教​を​行なう​人​たち​は,聖書​文書​頒布​者<コルポーター>と​呼ば​れ​まし​た。前述​の​チャールズ​・​ケイペン​も​その​一​人​でし​た。兄弟​は​こう​回想​し​て​い​ます。「米国​の​地質​調査​所​が​作っ​た​地図​を​見​ながら,ペンシルバニア​州​の​区域​を​回り​まし​た。その​地図​に​は​すべて​の​道​が​記さ​れ​て​い​た​の​で,それぞれ​の​郡​の​すべて​の​地区​に​歩い​て​行け​まし​た。田舎​道​を​3​日​間​旅​し​て『聖書​研究』シリーズ​の​書籍​の​注文​を​取り,馬車​を​借り​て​あと​で​届ける,と​いう​こと​も​あり​まし​た。農家​の​家​に​よく​泊め​て​もらい​まし​た。まだ​自動​車​の​時代​で​は​あり​ませ​ん​でし​た」。

コルポーター。馬車​に「世々​の​図表」が​描か​れ​て​いる

26. (イ)神​の​民​が​宣べ伝える​業​を​行なう​必要​が​あっ​た​の​は​なぜ​です​か。(ロ)わたしたち​は​どの​よう​に​自問​でき​ます​か。

26 初期​の​時代​に​その​よう​に​宣べ伝える​に​は,勇気​と​熱心​さ​が​必要​だっ​た​に​違いあり​ませ​ん。当時​の​真​の​クリスチャン​は,宣べ伝える​業​の​重要​性​を​教え​られ​て​い​なかっ​た​なら,キリスト​の​統治​に​備える​こと​が​でき​た​でしょ​う​か。でき​なかっ​た​はず​です。実際​この​業​は,キリスト​の​臨在​の​際立っ​た​特色​に​なる​と​述べ​られ​て​い​まし​た。(マタ 24:14)神​の​民​は,命​を​救う​その​業​を​生活​の​中心​に​する​用意​が​でき​て​い​なけれ​ば​なり​ませ​ん​でし​た。わたしたち​も​こう​自問​でき​ます。『宣べ伝える​業​は​わたし​の​生活​の​中心​と​なっ​て​いる​だろ​う​か。その​活動​に​十分​に​携わる​ため​に​犠牲​を​払っ​て​いる​だろ​う​か』。

神​の​王国​が​誕生​する!

27,28. 使徒​ヨハネ​は​幻​の​中​で​何​を​見​まし​た​か。サタン​と​悪霊​たち​は,王国​の​誕生​に​対し​て​どの​よう​に​反応​し​まし​た​か。

27 ついに,非常​に​重要​な​年​で​ある​1914​年​に​なり​ます。この​章​の​初め​で​考え​た​よう​に,天​に​おける​その​輝かしい​出来事​を​目撃​し​た​人​は​い​ませ​ん​でし​た。と​は​いえ,使徒​ヨハネ​は,その​出来事​を​象徴​的​に​描い​た​幻​を​与え​られ​て​い​まし​た。その​幻​を​想像​し​て​み​て​ください。「大きな​しるし」が​天​に​見え​ます。神​の「女」― 天​の​霊​の​被​造物​から​成る​神​の​組織 ― は​妊娠​し,男​の​子​を​産み​ます。この​象徴​的​な​子供​は,間​も​なく「あらゆる​国民​を​鉄​の​杖​で​牧する」こと​に​なり​ます。その​子供​は​誕生​する​と,「神​の​もと​に,その​み座​の​もと​に​連れ去ら​れ」ます。そして,大きな​声​が​天​で​こう​言い​ます。「今や,救い​と​力​と​わたしたち​の​神​の​王国​と​その​キリスト​の​権威​と​が​実現​し​た」。―啓 12:1,5,10

28 ヨハネ​が​幻​の​中​で​見​た​の​は,メシア​王国​の​誕生​でし​た。しかし,その​輝かしい​出来事​を​だれ​も​が​喜ん​だ​わけ​で​は​あり​ませ​ん。サタン​と​悪霊​ たち​は,ミカエル​つまり​キリスト​の​率いる​忠実​な​み使い​たち​と​戦い​ます。どんな​結果​に​なり​まし​た​か。こう​あり​ます。「大いなる​龍,すなわち,初め​から​の​蛇​で,悪魔​また​サタン​と​呼ば​れ,人​の​住む​全地​を​惑わし​て​いる​者​は​投げ落とさ​れ​た。彼​は​地​に​投げ落とさ​れ,その​使い​たち​も​共​に​投げ落とさ​れ​た」。―啓 12:7,9

1914​年​に​聖書​研究​者​は​目​に​見え​ない​キリスト​の​臨在​の​しるし​を​識別​し​始め​た

29,30. メシア​王国​の​誕生​の​あと,(イ)地上​で​の​状況​は​どの​よう​に​変化​し​まし​た​か。(ロ)天​で​の​状況​は​どの​よう​に​変化​し​まし​た​か。

29 1914​年​の​ずっ​と​前​から,聖書​研究​者​たち​は,その​年​に​苦難​の​時​が​始まる​と​述べ​て​い​まし​た。そして,事態​は​まさに​彼ら​の​予告​どおり​に​なり​まし​た。ヨハネ​の​幻​で​明らか​に​され​て​い​た​よう​に,サタン​は​人間​社会​に​ますます​大きな​影響​を​与える​こと​に​なり​ます。「地​と​海​に​とっ​て​は​災い​で​ある。悪魔​が,自分​の​時​の​短い​こと​を​知り,大きな​怒り​を​抱い​て​あなた方​の​ところ​に​下っ​た​から​で​ある」と​記さ​れ​て​い​まし​た。(啓 12:12)1914​年,第​一​次​世界​大戦​が​勃発​し,キリスト​が​王権​を​帯び​て​臨在​し​て​いる​こと​を​示す​しるし​が​世界​規模​で​成就​し​始め​まし​た。この​事物​の​体制​の「終わり​の​日」は​始まっ​て​い​た​の​です。―テモ​二 3:1

30 しかし,天​に​は​喜び​が​あり​まし​た。サタン​と​悪霊​たち​は​永久​に​追放​さ​れ​まし​た。ヨハネ​の​記述​に​は​こう​あり​ます。「このゆえに,天​と​天​に​住む​者​よ,喜べ!」(啓 12:12)天​が​清め​られ,イエス​は​王​と​し​て​即位​し​まし​た。メシア​王国​は​今や,地上​に​いる​神​の​民​の​ため​に​行動​する​態勢​を​整え​ます。どんな​行動​を​取る​の​でしょ​う​か。この​章​の​初め​で​見​た​とおり,「契約​の​使者」で​ある​キリスト​は​まず,地上​の​神​の​僕​たち​を​精錬​する​者​と​し​て​行動​し​ます。彼ら​は​どんな​経験​を​する​の​でしょ​う​か。

試み​の​時

31. マラキ​は,精錬​の​時期​に​つい​て​どんな​こと​を​予告​し​まし​た​か。その​預言​は​どの​よう​に​成就​し​始め​まし​た​か。(脚注​を​参照。)

31 マラキ​は,精錬​の​過程​に​困難​が​伴う​こと​を​こう​予告​し​まし​た。「彼​の​来る​日​に​だれ​が​忍べる​で​あろ​う​か。その​現われる​時​に​立っ​て​い​られる​の​は​だれ​で​あろ​う​か。彼​は​精錬​する​者​の​火​の​よう​に,洗濯​人​の​灰汁​の​よう​に​なる​から​で​ある」。(マラ 3:2)この​言葉​は​まさに​真実​でし​た。1914​年​以降,地上​に​いる​神​の​民​は,大きな​試み​や​苦難​に​次々​と​遭い​まし​た。第​一​次​世界​大戦​が​激化​する​と,多く​の​聖書​研究​者​は​厳しい​迫害​や​投獄​を​経験​し​まし​た。 *

32. 神​の​民​は​1916​年​以降,内部​から​生じ​た​どんな​混乱​の​影響​を​受け​まし​た​か。

32 組織​の​内部​から​も​混乱​が​生じ​まし​た。1916​年,ラッセル​兄弟​は​わずか​64​歳​で​亡くなり,神​の​民​の​多く​は​衝撃​を​受け​まし​た。兄弟​の​死​に​よっ​て,ある​人​たち​が​一​人​の​模範​的​な​人物​を​過度​に​重んじ​て​い​た​こと​が​明らか​に​なり​まし​た。ラッセル​兄弟​自身​は​自分​が​あがめ​られる​こと​を​望ん​で​い​ませ​ん​でし​た​が,ラッセル​個人​を​崇拝​する​傾向​が​周囲​に​見​られ​た​の​も​事実​です。ラッセル​兄弟​の​死​と​共​に​真理​の​漸進​的​な​啓示​は​終わっ​た,と​考える​人​は​少なく​あり​ませ​ん​でし​た。業​を​推し進める​努力​に​あからさま​ に​反対​する​人​たち​も​い​まし​た。この​よう​な​態度​が​一因​と​なり,組織​を​分裂​さ​せる​背教​が​生じ​まし​た。

33. 神​の​民​に​とっ​て,期待​し​て​い​た​事柄​が​起き​なかっ​た​こと​は,どの​よう​に​試み​と​なり​まし​た​か。

33 期待​し​て​い​た​事柄​が​起き​なかっ​た​こと​も,試み​と​なり​まし​た。1914​年​に​異邦​人​の​時​は​終わる,と「ものみの塔」誌​は​正しく​指摘​し​て​い​まし​た。と​は​いえ,その​年​に​何​が​起きる​か​を​当時​の​兄弟​たち​は​まだ​理解​し​て​い​ませ​ん​でし​た。(ルカ 21:24)彼ら​は,キリスト​は​油そそが​れ​た​花嫁​級​を​1914​年​に​天​に​上げ,自分​と​共​に​治め​させる,と​考え​て​い​まし​た。その​よう​な​希望​は​実現​し​ませ​ん​でし​た。また,「ものみの塔」誌​は​1917​年​の​終わり​に,40​年​に​及ぶ​収穫​の​期間​は​1918​年​の​春​に​終わる​だろ​う,と​述べ​まし​た。しかし,宣べ伝える​業​は​終わる​こと​なく,その​時​が​過ぎ​て​から​も​前進​し​て​ゆき​まし​た。「ものみの塔」誌​は,収穫​は​確か​に​終わっ​た​もの​の“落ち穂​拾い”の​期間​は​まだ​残っ​て​いる,と​いう​こと​を​示唆​し​まし​た。と​は​いえ,落胆​し​て​エホバ​に​仕える​の​を​やめ​た​人​は​少なく​あり​ませ​ん​でし​た。

34. 1918​年​に​どんな​厳しい​試み​が​起き​まし​た​か。キリスト​教​世界​が,神​の​民​は​死ん​だ​も​同然​で​ある​と​考え​た​の​は​なぜ​です​か。

34 1918​年​に​厳しい​試み​が​起き​まし​た。C​・​T​・​ラッセル​の​後任​と​し​て​神​の​民​の​間​で​指導​の​任​に​当たっ​て​い​た​J​・​F​・​ラザフォード​が,7​人​の​責任​ある​兄弟​たち​と​共​に​逮捕​さ​れ​た​の​です。彼ら​は​不当​に​も​長期​刑​を​言い渡さ​れ,米国​ジョージア​州​アトランタ​の​連邦​刑務​所​に​入れ​られ​まし​た。一​時期,神​の​民​の​業​は​停止​し​た​か​に​見え​まし​た。キリスト​教​世界​の​僧職​者​の​多く​は,その​こと​を​喜び​まし​た。僧職​者​たち​は,それら“指導​者​たち”が​投獄​さ​れ,ブルックリン​の​本部​が​閉鎖​さ​れ,宣べ伝える​業​が​アメリカ​と​ヨーロッパ​で​反対​さ​れ​て​いる​今,厄介​な​聖書​研究​者​は​死ん​だ​も​同然​で​あり,もはや​脅威​で​は​ない,と​考え​まし​た。(啓 11:3,7‐10)しかし,その​考え​は​間違っ​て​い​まし​た。

回復​の​時

35. 追随​者​たち​が​苦難​に​遭う​こと​を​イエス​が​許し​た​の​は​なぜ​です​か。イエス​は​彼ら​の​ため​に​何​を​し​まし​た​か。

35 真理​の​敵​たち​は​知り​ませ​ん​でし​た​が,追随​者​たち​が​それら​の​苦難​に​遭う​の​を​イエス​が​許し​た​こと​に​は​理由​が​あり​まし​た。エホバ​は​当時,「銀​を​精錬​する​者​また​清める​者​と​し​て」座し​て​おら​れ​た​の​です。(マラ 3:3)エホバ​も​イエス​も,忠実​な​者​たち​が​火​の​よう​な​試み​から​精錬​され​浄め​られ​た​状態​で​出​て​き​て,王​に​いっそう​ふさわしく​仕え​られる​よう​に​なる,と​いう​こと​を​確信​し​て​い​まし​た。1919​年​の​初め​ごろ​に​は,神​の​民​の​敵​が​不可能​と​思っ​て​い​た​事柄​を​神​の​霊​が​すでに​行なっ​た​こと​が​明らか​に​なり​まし​た。忠実​な​者​たち​は​生き返っ​た​の​です。(啓 11:11)その​ころ,キリスト​は​終わり​の​日​の​しるし​の​1​つ​の​主要​な​特色​を​成就​し,「忠実​で​思慮深い​奴隷」を​任命​し​まし​た。それ​は,油そそが​れ​た​男子​の​少​人数​の​一団​で​あり,時​に​応じ​て​霊的​食物​を​分配​する​こと​に​よっ​て​追随​者​たち​の​間​で​指導​の​任​に​当たる​人​たち​です。―マタ 24:45‐47

36. 神​の​民​が​霊的​に​回復​し​つつ​あっ​た​こと​は,どんな​こと​から​分かり​ます​か。

 36 ラザフォード​兄弟​と​その​仲間​たち​は,1919​年​3​月​26​日​に​釈放​さ​れ​まし​た。その​年​の​9​月​に​大会​を​開く​計画​が​すぐ​に​立て​られ​まし​た。さらに,「黄金​時代」(英語)と​呼ば​れる​2​番​目​の​雑誌​を​発行​する​準備​も​進め​られ​まし​た。「ものみの塔」の​姉妹​誌​と​し​て​野外​宣教​で​活用​する​ため​の​雑誌​です。 * 1919​年​に​は,「会報」(英語)の​最初​の​号​も​発行​さ​れ​まし​た。現在​の,クリスチャン​と​し​て​の​生活​と​奉仕​の​集会​の​ワークブック​に​相当​し​ます。「会報」に​は​最初​の​号​から,野外​宣教​に​弾み​を​つける​情報​が​収め​られ​て​き​まし​た。1919​年​以降,個人​と​し​て​家​から​家​の​宣教​に​携わる​こと​が​いっそう​強調​さ​れる​よう​に​なり​まし​た。

37. 1919​年​以降,ある​人々​は​どの​よう​に​不​忠節​に​なり​まし​た​か。

37 キリスト​の​僕​たち​は,宣べ伝える​業​に​よっ​て​引き続き​精錬​さ​れ​まし​た。傲慢​で​誇り高い​人​たち​は,そう​し​た​地味​な​仕事​を​行なう​気​に​は​なら​なかっ​た​から​です。この​業​を​行なお​う​と​し​なかっ​た​人​たち​は,忠実​な​人々​と​の​関係​を​断ち​まし​た。1919​年​以降,ある​不​忠節​な​人々​は,いきり立っ​て​忠実​な​人々​を​口頭​や​文書​で​中傷​する​よう​に​なり​まし​た。迫害​する​者​たち​の​側​に​付い​た​人​さえ​い​ます。

38. 地上​の​キリスト​の​追随​者​たち​が​収め​た​成功​や​勝利​は,どんな​こと​を​示し​て​い​ます​か。

 38 そう​し​た​攻撃​を​受け​て​も,地上​の​キリスト​の​追随​者​たち​は​霊的​に​繁栄​し​続け​まし​た。その​年​以降​に​彼ら​が​収め​た​成功​や​勝利​の​一つ​一つ​は,神​の​王国​が​支配​し​て​いる​こと​を​示す​紛れ​も​ない​証拠​です。神​は​み子​と​メシア​王国​を​通し​て,彼ら​を​積極​的​に​支え,祝福​し​て​おら​れ​ます。その​よう​な​支え​が​なけれ​ば,単なる​不​完全​な​人間​から​成る​グループ​が,サタン​と​この​邪悪​な​事物​の​体制​に​対し​て​勝利​を​重ねる​こと​は​あり得​ない​でしょ​う。―イザヤ 54:17を​読む。

ラザフォード​兄弟​は​釈放​さ​れ​て​から​わずか​数​か月​後,大会​で​力強い​話​を​し​た

39,40. (イ)この​本​に​は​どんな​特色​が​あり​ます​か。(ロ)この​本​を​学ぶ​と,どんな​益​が​得​られ​ます​か。

39 これ​から​の​章​で​は,神​の​王国​が​100​年​前​に​天​で​誕生​し​て​以来,地上​で​何​を​成し遂げ​て​き​た​か​を​調べ​ます。本書​の​各​セクション​で​は,この​地上​に​おける​王国​の​業​の​特定​の​面​が​扱わ​れ​ます。各章​の​最後​に​ある​復習​の​質問​は,王国​が​自分​に​とっ​て​どれ​ほど​現実​的​な​もの​で​ある​か,と​いう​こと​を​考える​の​に​役立ち​ます。最後​の​2​つ​の​章​で​は,近い​将来​に​王国​が​来​て​邪悪​な​人々​を​滅ぼし,地上​を​楽園​に​する​時​の​こと​を​取り上げ​ます。この​本​を​学ぶ​と,どんな​益​が​得​られ​ます​か。

40 サタン​は,神​の​王国​に​対する​あなた​の​信仰​を​損なお​う​と​し​て​い​ます。一方​エホバ​は,あなた​の​信仰​を​強め​たい​と​思っ​て​おら​れ​ます。あなた​が​信仰​に​よっ​て​保護​さ​れ,強さ​を​保てる​よう​に​する​ため​です。(エフェ 6:16)ですから,この​本​を​祈り​の​うち​に​学ぶ​よう​お勧め​し​ます。その​際,『神​の​王国​は​わたし​に​とっ​て​現実​的​な​もの​だろ​う​か』と​考え​ましょ​う。今,あなた​に​とっ​て​王国​が​現実​的​な​もの​で​あれ​ば,王国​が​地上​を​支配​する​時​に​あなた​も​その​場​に​い​て,王国​を​忠実​かつ​積極​的​に​支持​し​て​いる​こと​でしょ​う。その​時,生き​て​いる​すべて​の​人​に​とっ​て​神​の​王国​は​現実​の​政府​と​なる​の​です。

^ 7節 グルー,ステットソン,ストーズ​に​つい​て​詳しく​は,「エホバ​の​証人 ― 神​の​王国​を​ふれ告げる​人々」と​いう​本​の​45‐46​ページ​を​参照。

^ 15節 聖書​研究​者​は,世​の​友​で​ある​宗教​組織​から​離れる​必要​が​ある​こと​を​理解​し​て​い​まし​た。しかし,彼ら​は​長年,『贖い​に​対する​信仰​を​告白​し,神​に​献身​し​て​いる​と​となえる​個々​の​人​は,聖書​研究​者​で​は​なく​て​も​クリスチャン​の​兄弟​で​ある』と​考え​て​い​まし​た。

^ 17節 当時​の​警告​の​効果​を​弱め​た​1​つ​の​要因​と​し​て,その​警告​が​おもに​14万4,000​人​から​成る​キリスト​の​小さな​群れ​に​適用​さ​れ​た,と​いう​点​が​あり​ます。5​章で​取り上げ​ます​が,1935​年​以前​は,啓示 7​章​9,10​節​の「大いなる​群衆」(「ジェームズ​王​欽定​訳」[英語])に​は​キリスト​教​世界​の​無数​の​教会​員​が​含ま​れる,と​考え​られ​て​い​まし​た。彼ら​は​最後​の​最後​に​なっ​て​キリスト​の​側​に​立ち,その​報い​と​し​て​二次​的​な​天的​クラス​に​なる,と​思わ​れ​て​い​た​の​です。

^ 31節 1920​年​9​月​に,「黄金​時代」誌(現在​の「目ざめよ!」誌)の​特別​号​が​出さ​れ,戦時​中​の​英国,カナダ,ドイツ,米国​に​おける​多く​の​迫害​の​事例​が​詳しく​取り上げ​られ​まし​た。極めて​残忍​な​事例​も​あり​まし​た。しかし,第​一​次​世界​大戦​より​も​前​の​数十​年​間​に​は,その​よう​な​迫害​は​ほとんど​見​られ​ませ​ん​でし​た。

^ 36節 「ものみの塔」誌​は​長年,おもに​小さな​群れ​の​成員​を​啓発​する​目的​で​発行​さ​れ​まし​た。

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「忠実で思慮深い奴隷はいったいだれでしょうか」

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ドキュメンタリー

エホバの証人 ― 信仰を実践する人々,第1部: 闇から光へ

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