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エホバの証人

日本語

神の王国は支配している!

 6​章

宣べ伝える人々 ― 奉仕者たちは進んで自らをささげる

宣べ伝える人々 ― 奉仕者たちは進んで自らをささげる

この​章​で​考える​こと

王​は​宣べ伝える​人々​の​一団​を​起こす

1,2. イエス​は​どんな​大きな​活動​が​行なわ​れる​こと​を​予告​し​まし​た​か。どんな​重要​な​質問​が​生じ​ます​か。

政治​支配​者​たち​の​約束​は,果たさ​れ​ず​に​終わる​こと​が​少なく​あり​ませ​ん。たとえ​誠実​な​気持ち​で​約束​し​た​と​し​て​も,実現​でき​ない​場合​が​あり​ます。それ​と​は​全く​対照​的​に,メシア​なる​王​イエス​・​キリスト​は,語っ​た​こと​を​必ず​実行​する​方​です。

2 イエス​は​1914​年​に​王​に​なっ​た​後,それ​より​1,900​年​ほど​前​に​語っ​た​預言​の​成就​に​向け​て​行動​し​始め​ます。イエス​は​亡くなる​少し​前​に,「王国​の​この​良い​たより​は,……人​の​住む​全地​で​宣べ伝え​られる​でしょ​う」と​予告​し​まし​た。(マタ 24:14)この​言葉​の​成就​は,イエス​が​王権​を​帯び​て​臨在​し​て​いる​こと​を​示す​しるし​の​一部​です。と​は​いえ,重要​な​質問​が​生じ​ます。王​は​終わり​の​日​に,すなわち​利己​的​で,愛​に​欠け,宗教​心​の​薄い​時代​に,進ん​で​宣べ伝える​人々​の​一団​を​どの​よう​に​し​て​起こす​の​でしょ​う​か。(マタ 24:12。テモ​二 3:1‐5)わたしたち​は​この​質問​の​答え​を​知る​必要​が​あり​ます。その​答え​は,真​の​クリスチャン​全員​と​関係​が​ある​から​です。

3. イエス​は​どんな​確信​を​言い表わし​まし​た​か。なぜ​そう​確信​し​て​い​まし​た​か。

3 もう​一度,イエス​の​預言​を​ご覧​ください。「宣べ伝え​られる​でしょ​う」と​いう​言葉​に​は,確信​が​表われ​て​いる​の​で​は​あり​ませ​ん​か。イエス​は,終わり​の​日​に​進ん​で​イエス​を​支持​する​人々​が​いる​こと​を​確信​し​て​い​た​の​です。その​よう​な​確信​を​持て​た​の​は​なぜ​です​か。み父​の​見方​や​考え方​から​学ん​で​い​た​から​です。(ヨハ 12:45; 14:9)イエス​は​人間​に​なる​以前,エホバ​が​ご自分​の​崇拝​者​たち​の​進ん​で​行なう​精神​に​信頼​を​置く​様子​を​じかに​見​て​い​まし​た。エホバ​は,その​信頼​を​どの​よう​に​言い表わし​まし​た​か。

「あなた​の​民​は​進ん​で​自ら​を​ささげ​ます」

4. エホバ​は,どんな​業​を​支援​する​よう​イスラエル​人​に​呼びかけ​まし​た​か。彼ら​は​どの​よう​に​応じ​まし​た​か。

4 エホバ​が​モーセ​に​幕屋​の​建造​を​指示​な​さっ​た​時​の​こと​を​考え​ましょ​う。幕屋​は​イスラエル​国民​に​とっ​て​崇拝​の​中心​と​なり​ます。エホバ​は​モーセ​を​通し​て,その​建造​の​業​を​支援​する​よう​国民​全体​に​呼びかけ​まし​た。「心​から​進ん​で​行なう​者​は​皆,……エホバ​へ​の​寄進​物」を​携え​て​来る​よう​に​と,モーセ​は​言い​まし​た。その​結果,民​は「自発​的​な​捧げ物​を​なおも​ 朝​ごと​に……携え​て​来」まし​た。あまり​に​多く​の​もの​を​携え​て​来​た​の​で,それ​を​とどめ​なけれ​ば​なら​ない​ほど​でし​た。(出 35:5; 36:3,6)イスラエル​人​は​エホバ​の​信頼​に​こたえ​た​の​です。

5,6. 詩編 110​編​1‐3​節​に​よれ​ば,エホバ​と​イエス​は​終わり​の​時​に​真​の​崇拝​者​たち​が​どんな​精神​を​示す​と​考え​て​おら​れ​まし​た​か。

5 エホバ​は,終わり​の​日​に​も​ご自分​の​崇拝​者​たち​が​進ん​で​行なう​精神​を​示す,と​考え​て​おら​れ​まし​た​か。もちろん​です。イエス​が​地上​に​生ま​れる​時​より​も​1,000​年​以上​前,エホバ​は​ダビデ​に​霊感​を​与え,メシア​が​支配​を​始める​時​の​こと​を​記さ​せ​まし​た。詩編 110:1‐3を​読む。)王​と​し​て​新た​に​即位​する​イエス​に​は,反対​する​敵​たち​が​い​ます。しかし​同時​に,イエス​は​支持​者​の​一団​を​持つ​こと​に​も​なり​ます。彼ら​は,王​に​仕える​よう​強い​られる​必要​は​あり​ませ​ん。若い​人​たち​で​さえ​進ん​で​自分​を​ささげ​ます。その​数​は​非常​に​多く,地面​を​覆う​無数​の​露玉​が​朝日​に​輝く​様子​に​例え​られ​ます。 *

王国​を​進ん​で​支持​する​人々​は​露玉​の​よう​に​おびただしい​数​に​なる(5​節​を​参照)

6 イエス​は,詩編 110​編​の​預言​が​自分​に​当てはまる​こと​を​知っ​て​い​まし​た。(マタ 22:42‐45)ですから​イエス​は,自分​が​忠節​な​支持​者​たち​を​持つ​こと​に​なり,彼ら​が​良い​たより​を​全地​で​宣べ伝える​ため​に​進ん​で​自ら​を​ささげる,と​いう​こと​を​全く​確信​でき​まし​た。では,歴史​の​事実​は​何​を​示し​て​い​ます​か。王​は​この​終わり​の​日​に,進ん​で​宣べ伝える​人々​の​一団​を​実際​に​起こし​まし​た​か。

「その​音信​を​広める​の​は​私​の​特権​で​あり,義務​で​ある」

7. イエス​は​王​と​し​て​即位​し​た​後,追随​者​たち​を​前途​の​仕事​に​備え​させる​ため​に​何​を​し​まし​た​か。

7 イエス​は​王​と​し​て​即位​し​て​間​も​なく,追随​者​たち​を,なす​べき​膨大​な​仕事​に​備え​させ​まし​た。この​本​の2​章で​考え​た​よう​に,イエス​は​1914​年​から​1919​年​初め​に​かけ​て,検分​と​清め​の​業​を​行ない​まし​た。(マラ 3:1‐4)そして,1919​年​に​忠実​な​奴隷​を​任命​し,追随​者​たち​の​間​で​指導​の​任​に​当たら​せ​ます。(マタ 24:45)その​時​以降,忠実​な​奴隷​は​霊的​食物​を​ 分配​し​て​き​まし​た。大会​で​の​話​や​出版​物​を​通し​て,クリスチャン​一人一人​に​は​宣べ伝える​責任​が​ある​こと​を​繰り返し​強調​し​て​き​まし​た。

8‐10. 大会​は​宣べ伝える​業​に​どの​よう​に​弾み​を​つけ​まし​た​か。例​を​挙げ​て​ください。(「 宣べ伝える​業​に​弾み​を​つけ​た​初期​の​大会」と​いう​囲み​を​参照。)

8 大会​の​話。聖書​研究​者​たち​は​ぜひ​導き​を​得​たい​と​思い,1919​年​9​月​1​日​から​8​日​に​かけ​て​米国​オハイオ​州​シーダーポイント​で​開か​れ​た​大会​に​集まり​まし​た。第​一​次​世界​大戦​後​の​最初​の​大​規模​な​大会​です。大会​2​日​目​に,ラザフォード​兄弟​は​話​の​中​で​はっきり​こう​指摘​し​まし​た。「地上​に​おける​クリスチャン​の​使命​は……主​の……王国​に​関する​音信​を​ふれ告げる​こと​です」。

9 大会​の​最高潮​と​なっ​た​の​は,その​3​日​後​に​ラザフォード​兄弟​が​行なっ​た「同労​者​へ​の​話」です。その​話​は​後​に,「王国​を​告げ知らせる」と​いう​題​で「ものみの塔」誌​に​掲載​さ​れ​まし​た。兄弟​は​こう​話​し​まし​た。「クリスチャン​は​まじめ​に​もの​を​考える​時,おのずと,なぜ​自分​は​地上​に​いる​の​か​と​自ら​に​問いかける​もの​です。その​答え​は​こう​で​なけれ​ば​なり​ませ​ん。すなわち,主​は​恵み​深く​も,和解​の​聖​なる​音信​を​世​に​携え​て​ゆく​大使​と​し​て​私​を​任じ​て​くださっ​た。その​音信​を​広める​の​は​私​の​特権​で​あり,義務​で​ある」。

10 その​歴史​的​な​話​の​中​で​ラザフォード​兄弟​は,「黄金​時代」([英語],現在​の「目ざめよ!」)と​いう​新しい​雑誌​が​発行​さ​れ,人類​の​唯一​の​希望​と​し​て​王国​に​注意​を​向ける​ため​に​用い​られる,と​いう​こと​を​発表​し​まし​た。次い​で​兄弟​は,その​雑誌​を​配布​する​活動​に​参加​し​たい​と​思う​方​は​どれ​ほど​おら​れ​ます​か,と​尋ね​まし​た。大会​に​関する​報告​に​は​こう​あり​ます。「その​反応​は​非常​に​心強い​もの​だっ​た。6,000​人​が​一斉​に​起立​し​た」。 * 確か​に​王​は,王国​を​ふれ告げる​意欲​に​あふれ​た​支持​者​たち​を​持っ​て​い​た​の​です。

11,12. 1920​年​の「ものみの塔」誌​は,イエス​の​予告​し​た​業​が​いつ​行なわ​れる​か​に​つい​て,何​と​述べ​まし​た​か。

11 出版​物。「ものみの塔」誌​を​通し​て,イエス​の​予告​し​た​業,すなわち​王国​の​良い​たより​を​宣べ伝える​業​の​重要​性​が​いっそう​明確​に​され​まし​た。1920​年代​初め​の​例​を​幾つ​か​取り上げ​ましょ​う。

12 マタイ 24​章​14​節​の​成就​と​し​て,どんな​音信​が​ふれ告げ​られる​の​でしょ​う​か。その​業​は​いつ​行なわ​れ​ます​か。「ものみの塔」(英語)1920​年​7​月​1​日​号​の「王国​の​福音」と​いう​記事​は,その​音信​に​つい​て,「ここ​で​言う​良い​たより​は,古い​事物​の​秩序​の​終わり​と​メシア​の​王国​の​設立​に​関する​もの​で​ある」と​説明​し​まし​た。その​記事​は,この​音信​が​いつ​宣べ伝え​られる​か​に​つい​て,こう​明言​し​まし​た。「この​音信​は​世界​大戦[第​一​次​世界​大戦]の​時​と……『大​患難』の​時​の​間​に​伝え​られ​なけれ​ば​なら​ない」。それゆえ,「今​こそ……この​良い​たより​を​キリスト​教​世界​で​遠く​広く​ふれ告げる​べき​時​で​ある」と​も​述べ​て​い​ます。

13. 1921​年​の「ものみの塔」誌​は,油そそが​れ​た​クリスチャン​の​進ん​で​行なう​精神​に​どの​よう​に​訴え​まし​た​か。

 13 神​の​民​は,イエス​の​予告​し​た​業​を​強制​さ​れ​て​行なう​の​でしょ​う​か。そう​で​は​あり​ませ​ん。「ものみの塔」(英語)1921​年​3​月​15​日​号​の「勇気​を​出し​なさい」と​いう​記事​は,油そそが​れ​た​クリスチャン​の​進ん​で​行なう​精神​に​訴え​て​い​ます。各人​は,こう​自問​する​よう​勧め​られ​まし​た。「この​業​に​参加​する​の​は,義務​で​ある​と​とも​に,最大​の​特権​で​は​ない​だろ​う​か」。この​記事​は​さらに​こう​述べ​て​い​ます。「それ​を[特権​と]見る​時,皆さん​は​エレミヤ​の​よう​に​なる​に​違いない。エレミヤ​の​場合,主​の​言葉​が​心​の​中​で,『骨​の​中​に​閉じ込め​られ​た​燃える​火』の​よう​に​なっ​て​彼​を​駆り立て​た​の​で,話す​の​を​やめる​こと​が​でき​なかっ​た」。(エレ 20:9)こう​し​た​温かい​励まし​は,エホバ​と​イエス​が​王国​の​忠節​な​支持​者​たち​に​対し​て​抱く​信頼​を​反映​する​もの​でし​た。

14,15. 1922​年​の「ものみの塔」誌​は,どの​よう​な​方法​で​音信​を​伝える​よう,油そそが​れ​た​クリスチャン​に​勧め​まし​た​か。

14 真​の​クリスチャン​は​どの​よう​な​方法​で​人々​に​王国​の​音信​を​伝える​の​でしょ​う​か。「ものみの塔」(英語)1922​年​8​月​15​日​号​に​は,「奉仕​は​不可欠」と​いう​短い​ながら​も​力強い​記事​が​掲載​さ​れ​まし​た。その​記事​は​油そそが​れ​た​クリスチャン​に,「印刷​さ​れ​た​音信​を​積極​的​に​携え​て​行っ​て​戸口​で​人々​に​話しかけ,天​の​王国​が​近づい​た​と​いう​証し​を​行なう」よう​強く​勧め​まし​た。

15 確か​に,キリスト​は​1919​年​以降,忠実​で​思慮深い​奴隷​を​用い​て,王国​の​音信​を​ふれ告げる​こと​が​地上​に​いる​クリスチャン​の​特権​で​あり​義務​で​ある,と​いう​点​を​繰り返し​強調​し​て​き​まし​た。では,初期​の​聖書​研究​者​たち​は,王国​を​ふれ告げる​業​に​加わる​よう​に​と​いう​励まし​に,どの​よう​に​応じ​まし​た​か。

「忠実​な​人々​は……自ら​を​差し​出」す

16. 選出​さ​れ​た​長老​の​中​に​は,全員​が​宣教​に​携わる​べき​で​ある​と​いう​考え​に,どの​よう​に​反応​し​た​人​たち​が​い​まし​た​か。

16 1920​年代​と​30​年代​に​は,油そそが​れ​た​クリスチャン​全員​が​宣教​に​携わる​べき​で​ある​と​いう​考え​に​反発​し​た​人​たち​が​い​まし​た。「ものみの塔」(英語)1927​年​11​月​1​日​号​は,当時​の​状況​を​こう​説明​し​て​い​ます。「現在,教会[会衆]で​長老​と​いう​責任​ある​立場​に​就い​て​いる​人々​の​中​に​は,……奉仕​に​加わる​よう​兄弟​たち​を​励まそ​う​と​せ​ず,自ら​も​参加​し​よう​と​し​ない​人​が​いる。……家々​を​訪ね​て​神​と​その​王​と​王国​に​関する​音信​を​人々​に​伝える​よう​に,と​いう​提案​を​一笑​に​付す​の​で​ある」。この​記事​は,はっきり​こう​述べ​まし​た。「忠実​な​者​たち​は​今後,その​よう​な​人​たち​に​特に​注意​し,彼ら​を​避け​なけれ​ば​なら​ない。長老​の​職​を​委ねる​こと​は​もはや​でき​ない,と​いう​こと​を​彼ら​に​伝え​なけれ​ば​なら​ない」。 *

17,18. 会衆​の​ほとんど​の​人​は,本部​から​の​指示​に​どの​よう​に​応じ​まし​た​か。過去​100​年​に​わたり,幾百万​も​の​人​は​宣べ伝える​業​に​どの​よう​に​取り組ん​で​き​まし​た​か。

17 幸い,会衆​の​ほとんど​の​人​は,本部​から​の​指示​に​意欲​的​に​こたえ応じ​まし​た。王国​の​音信​を​伝える​こと​を​特権​と​見​た​の​です。「ものみの塔」(英語)1926​年​3​月​15​日​号​は,「忠実​な​人々​は……自ら​を​差し出し,この​音信​を​人々​に​伝える​だろ​う」と​述べ​て​い​ます。それら​忠実​な​人​たち​は,詩編  110​編​3​節​の​預言​的​な​言葉​の​とおり​に​行動​し,メシア​なる​王​を​進ん​で​支持​し​て​き​まし​た。

18 過去​100​年​に​わたり,王国​を​ふれ告げる​業​の​ため​に​幾百万​も​の​人々​が​進ん​で​自ら​を​ささげ​て​き​まし​た。続く​幾つ​か​の​章​で​は,彼ら​が​どの​よう​に​宣べ伝え​て​き​た​か,つまり​用い​た​方法​と​道具​に​つい​て​取り上げ​ます。また,どんな​結果​が​得​られ​た​か​も​考え​ます。しかし​その​前​に,自分​中心​の​風潮​が​強い​世界​で,幾百万​も​の​人々​が​王国​伝道​の​業​を​自発​的​に​行なっ​て​いる​理由​を​取り上げ​ます。その​点​を​考える​際,『わたし​は​なぜ​人々​に​良い​たより​を​伝える​の​だろ​う』と​自問​し​て​ください。

「王国……を​いつも​第​一​に​求め​なさい」

19. わたしたち​が,「王国……を​いつも​第​一​に​求め​なさい」と​いう​イエス​の​助言​に​従う​の​は​なぜ​です​か。

19 イエス​は​追随​者​たち​に,「王国……を​いつも​第​一​に​求め​なさい」と​助言​し​まし​た。(マタ 6:33)わたしたち​が​この​助言​に​従う​の​は​なぜ​です​か。基本​的​に​言っ​て,王国​の​重要​性​を​認識​し​て​いる​から​です。つまり,王国​が​神​の​目的​の​中心​を​成す​こと​を​知っ​て​いる​から​です。前​の​章​で​考え​た​よう​に,聖霊​は​王国​に​関する​素晴らしい​真理​を​徐々​に​明らか​に​し​て​き​まし​た。王国​の​貴重​な​真理​が​心​に​響く​と,ぜひ​王国​を​第​一​に​求め​たい​と​思う​の​です。

隠さ​れ​て​い​た​宝​を​見つけ​て​大喜び​する​人​の​よう​に,クリスチャン​は​王国​の​真理​を​見つけ​た​こと​を​喜ん​で​いる(20​節​を​参照)

20. 隠さ​れ​た​宝​に​関する​イエス​の​例え​は,王国​を​いつも​第​一​に​求める​よう​に​と​の​助言​に,追随​者​たち​が​どの​よう​な​態度​で​こたえ応じる​こと​を​示し​て​い​ます​か。

20 イエス​は,王国​を​いつも​第​一​に​求める​よう​に​と​の​助言​に,追随​者​たち​が​どの​よう​に​こたえ応じる​か​を​知っ​て​い​まし​た。隠さ​れ​た​宝​に​関する​イエス​の​例え​を​考え​ましょ​う。マタイ 13:44を​読む。)この​例え​に​出​て​くる​人​は,いつも​の​よう​に​畑​で​働い​て​いる​時​に,隠さ​れ​て​い​た​宝​を​たまたま​見つけ,すぐ​に​その​価値​を​認め​ます。それで,「喜び​の​あまり,出かけ​て​行っ​て​自分​の​持つ​もの​すべて​を​売り,それ​から​その​畑​を​買」い​ます。ここ​から​何​を​学べ​ます​か。わたしたち​は​王国​の​真理​を​見つけ​て​その​価値​を​認める​と,王国​の​関心事​を​ある​べき​位置​に​置く,つまり​生活​の​中​で​いつも​第​一​に​する​ため​に,必要​な​犠牲​を​喜ん​で​払い​ます。 *

21,22. 王国​の​忠節​な​支持​者​たち​は,王国​を​第​一​に​求め​て​いる​こと​を​どの​よう​に​示し​ます​か。例​を​挙げ​て​ください。

21 王国​の​忠節​な​支持​者​たち​は,王国​を​第​一​に​求め​て​いる​こと​を,単に​言葉​だけ​で​なく​行動​に​よっ​て​示し​ます。自分​の​能力​や​資産​を​用い​て,王国​伝道​に​打ち込み​ます。大きな​犠牲​を​払っ​て​全​時間​奉仕​を​行なっ​て​き​た​人​は​少なく​あり​ませ​ん。それら​進ん​で​宣べ伝える​人々​は​皆,王国​を​第​一​に​する​時​に​エホバ​が​祝福​し​て​くださる​こと​を​実際​に​経験​し​て​き​まし​た。初期​の​例​を​挙げ​ましょ​う。

22 アベリー​・​ブリストー​と​妻​の​ロビニア​は,1920​年代​後半​に​米国​南部​で​聖書​文書​頒布​者<コルポーター>(開拓​者)と​し​て​の​奉仕​を​始め​まし​た。後​に​ロビニア​は​こう​回想​し​て​い​ます。「以来,主人​と​私​は​長年​共​に​開拓​奉仕​を​楽しん​で​き​まし​た。ガソリン​代​や​食費​を​どの​よう​に​賄える​の​か,全く​分から​ない​こと​が​何​度​も​あり​まし​た。それでも​エホバ​は,何らか​の​方法​で​必ず​備え​て​ ください​まし​た。私たち​は,とにかく​奉仕​を​続け​まし​た。本当​に​必要​な​もの​は​必ず​手​に​入り​まし​た」。例えば,フロリダ​州​ペンサコラ​で​奉仕​し​て​い​た​時,お金​も​食べ物​も​底​を​突き​そう​に​なっ​た​こと​が​あり​ます。ある​日,トレーラーハウス​に​戻る​と,食料​品​の​入っ​た​2​つ​の​大きな​袋​が​置か​れ​て​い​て,「ペンサコラ​会​から​の​愛​と​共​に」と​いう​メモ​が​添え​られ​て​い​まし​た。 * ロビニア​は​何十​年​に​も​及ぶ​全​時間​奉仕​を​振り返り,こう​語っ​て​い​ます。「エホバ​は​私たち​を​お見捨て​に​なり​ませ​ん。信頼​を​裏切る​よう​な​こと​は​決して​され​ませ​ん」。

23. あなた​は,自分​が​見つけ​た​王国​の​真理​に​つい​て​どの​よう​に​感じ​て​い​ます​か。どんな​決意​を​抱い​て​い​ます​か。

23 もちろん,すべて​の​人​が​同じ​だけ​宣べ伝える​業​を​行なえる​わけ​で​は​あり​ませ​ん。人​に​よっ​て​状況​は​異なる​から​です。と​は​いえ,良い​たより​を​宣明​する​こと​を​特権​と​考え,魂​を​こめ​て​奉仕​する​こと​は,だれ​に​で​も​でき​ます。(コロ 3:23)わたしたち​は,見つけ​た​貴重​な​王国​の​真理​を​非常​に​大切​な​もの​と​見​て​いる​の​で,自分​に​できる​限り​の​奉仕​を​する​ため,進ん​で,喜ん​で​犠牲​を​払い​ます。あなた​も​きっと​そう​決意​し​て​おら​れる​でしょ​う。

24. 王国​は​終わり​の​日​に​何​を​成し遂げ​て​き​まし​た​か。

24 過去​100​年​に​わたり,王​が​マタイ 24​章​14​節​の​預言​を​成就​し​て​き​た​こと​は​明らか​です。だれ​を​も​無理強い​する​こと​なく,そう​し​て​き​まし​た。王​の​追随​者​たち​は,自己​中心​的​な​今​の​世界​から​出​て,宣べ伝える​業​の​ため​に​進ん​で​自分​を​ささげ​て​き​まし​た。良い​たより​が​全地​で​宣べ伝え​られ​て​いる​こと​は,イエス​が​王権​を​帯び​て​臨在​し​て​いる​こと​を​示す​しるし​の​一部​です。それ​は,王国​が​この​終わり​の​日​に​成し遂げ​て​き​た​素晴らしい​事柄​で​も​ある​の​です。

^ 5節 聖書​の​中​で,露​は​豊富​さ​と​結びつけ​られ​て​い​ます。―創 27:28。ミカ 5:7

^ 10節 「業​を​委ね​られ​て​いる​人​たち​へ」(英語)と​いう​小冊子​は​こう​説明​し​て​い​ます。「『黄金​時代』誌​の​活動​は,家​から​家​に​王国​の​音信​を​伝える​活動​で​ある。……家​の​人​が​予約​し​た​か​どう​か​に​かかわら​ず,『黄金​時代』誌​を​1​冊​配布​する」。それ​から​何​年​も​の​間,兄弟​たち​は「ものみの塔」誌​の​予約​だけ​で​なく「黄金​時代」誌​の​予約​も​勧める​よう​励まさ​れ​て​き​まし​た。1940​年​2​月​1​日​から,エホバ​の​民​は​それら​の​雑誌​を​配布​し​て​その​冊数​を​報告​する​よう​勧め​られ​まし​た。

^ 16節 当時,長老​たち​は​会衆​に​よっ​て​民主​的​な​方法​で​選出​さ​れ​て​い​まし​た。その​ため​会衆​の​人々​は,宣教​奉仕​に​反対​する​人​に​投票​し​ない​と​いう​選択​が​でき​まし​た。手順​が​変更​さ​れ,長老​が​神権​的​に​任命​さ​れる​よう​に​なっ​た​経緯​は,この​本​の12​章で​説明​さ​れ​ます。

^ 20節 イエス​は​同様​の​点​を,価​の​高い​真珠​を​探し​に​出かける​旅​商人​の​例え​の​中​で​教え​て​い​ます。旅​商人​は​価​の​高い​真珠​を​見つける​と,自分​の​持つ​すべて​の​もの​を​売っ​て,それ​を​買い​ます。(マタ 13:45,46)この​2​つ​の​たとえ​話​は,王国​の​真理​を​知る​方法​は​人​に​よっ​て​異なる,と​いう​こと​も​教え​て​い​ます。真理​を​たまたま​見つける​人​も​いれ​ば,探し求め​て​い​て​見つける​人​も​い​ます。わたしたち​は​どんな​方法​で​真理​を​見つけ​た​に​せよ,王国​を​生活​の​中​で​第​一​に​する​ため​に​進ん​で​犠牲​を​払い​ます。

^ 22節 当時,会衆​は​会​と​呼ば​れ​て​い​まし​た。

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