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エホバの証人

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神の王国は支配している!

 14​章

神の政府だけを忠節に支持する

神の政府だけを忠節に支持する

この​章​で​考える​こと

神​の​民​は,王国​に​対する​忠節​ゆえに​世​の​もの​と​は​なら​ない

1,2. (イ)今日​に​至る​まで​イエス​の​追随​者​たち​の​指針​と​なっ​て​き​た​の​は​どんな​原則​です​か。(ロ)敵対​者​たち​は​どの​よう​な​方法​で​わたしたち​を​征服​し​よう​と​し​て​き​まし​た​か。どんな​結果​に​なっ​て​い​ます​か。

イエス​は,ユダヤ​国民​を​裁く​世俗​の​最高​権威​者​ピラト​の​前​に​立ち​まし​た。その​際,今日​に​至る​まで​ご自分​の​真​の​追随​者​たち​の​指針​と​なる​原則​を​示し,こう​語り​まし​た。「わたし​の​王国​は​この​世​の​もの​で​は​あり​ませ​ん。わたし​の​王国​が​この​世​の​もの​で​あっ​た​なら,わたし​に​付き添う​者​たち​は,わたし​を​ユダヤ​人​たち​に​渡さ​ない​よう​に​と​戦っ​た​こと​でしょ​う。しかし​実際​の​ところ,わたし​の​王国​は​その​よう​な​ところ​から​の​もの​で​は​あり​ませ​ん」。(ヨハ 18:36)ピラト​は​イエス​を​処刑​し​まし​た​が,その​勝利​は​長く​は​続き​ませ​ん​でし​た。イエス​は​復活​し​た​から​です。強大​な​ローマ​帝国​の​皇帝​たち​は,キリスト​の​追随​者​たち​を​打ち砕こ​う​と​し​まし​た​が,成功​し​ませ​ん​でし​た。クリスチャン​は​当時​知ら​れ​て​い​た​世界​の​各地​に​王国​の​音信​を​広め​た​の​です。―コロ 1:23

2 王国​が​1914​年​に​設立​さ​れ​て​以来,史​上​有数​の​軍事​大国​の​幾つ​か​は​神​の​民​を​ぬぐい去ろ​う​と​し​て​き​まし​た。それでも,わたしたち​を​征服​し​た​国​は​一つ​も​あり​ませ​ん。多く​の​政府​や​党派​は,紛争​の​際​に,わたしたち​を​自分​たち​の​側​に​無理やり​付か​せ​よう​と​し​て​き​まし​た。しかし,わたしたち​を​分裂​さ​せ​よう​と​する​その​働きかけ​も​成功​し​て​い​ませ​ん。今日,王国​の​臣民​は​事実​上,世界​の​あらゆる​国​に​住ん​で​い​ます。と​は​いえ,わたしたち​は​真​の​世界​的​な​兄弟​関係​で​結ば​れ,世​の​政治​的​な​事柄​に​関し​て​厳正​中立​を​保っ​て​い​ます。わたしたち​の​一致​は,神​の​王国​が​支配​し​て​おり,王​イエス​・​キリスト​が​今​なお​臣民​を​指導​し,精錬​し,保護​し​て​いる​こと​を​示す​紛れ​も​ない​証拠​です。イエス​が​この​こと​を​どの​よう​に​行なっ​て​こら​れ​た​か​を​考え​ましょ​う。また,「世​の​もの​で​は​ない」と​いう​立場​を​貫く​わたしたち​に​対し,イエス​が​与え​て​くださっ​た,信仰​を​強める​法的​勝利​の​幾つ​か​を​取り上げ​ます。―ヨハ 17:14

前面​に​掲げ​られ​た​問題

3,4. (イ)神​の​王国​が​誕生​し​た​ころ,どんな​出来事​が​あり​まし​た​か。(ロ)神​の​民​は​最初​から,中立​の​問題​を​十分​に​理解​し​て​い​まし​た​か。説明​し​て​ください。

3 王国​が​誕生​し​た​後,天​で​戦争​が​起こり,サタン​は​地​に​投げ落とさ​れ​ まし​た。啓示 12:7‐10,12を​読む。)地上​で​も​戦争​が​起こり,その​戦争​に​よっ​て​神​の​民​の​決意​は​試み​られ​まし​た。神​の​民​は,イエス​の​手本​に​従っ​て​世​の​もの​で​は​ない​と​いう​立場​を​取る​こと​を​決意​し​て​い​まし​た。それでも​当初​は,政治​的​な​事柄​すべて​から​離れ​て​いる​ため​に​何​が​求め​られる​か​を​十分​に​は​理解​し​て​い​ませ​ん​でし​た。

4 一例​を​挙げ​ましょ​う。1904​年​に​発行​さ​れ​た「千年期​黎明」(英語)第​6​巻​は, * 戦争​に​加わら​ない​よう​クリスチャン​に​勧め​て​い​まし​た。しかしながら,その​本​は,クリスチャン​は​徴兵​さ​れ​た​なら,非​戦闘​員​の​何らか​の​任務​に​配属​さ​れる​よう​手​を​尽くす​べき​で​ある,と​論じ​て​い​まし​た。それ​が​かなわ​ず​戦場​に​送ら​れ​た​なら,殺人​を​決して​犯さ​ない​よう​に​する​べき​で​ある,と​も​あり​まし​た。当時​の​状況​に​つい​て,1905​年​に​バプテスマ​を​受け​た​英国​の​ハーバート​・​シーニアー​は​こう​語り​まし​た。「兄弟​たち​の​間​で​大きな​混乱​が​生じ​て​い​まし​た。軍​に​入隊​し​て​非​戦闘​員​の​作業​だけ​を​行なう​の​は​正しい​こと​な​の​か​どう​か,明確​な​指示​は​あり​ませ​ん​でし​た」。

5. 「ものみの塔」1915​年​9​月​1​日​号​の​中​で,わたしたち​の​理解​は​どの​よう​に​精錬​され​始め​まし​た​か。

5 しかし,「ものみの塔」(英語)1915​年​9​月​1​日​号​の​中​で,この​問題​に​関する​理解​が​精錬​され​始め​まし​た。この​記事​は,「聖書​研究」(英語)の​本​で​勧め​られ​て​い​た​事柄​に​つい​て,「その​よう​な​歩み​は​妥協​に​当たる​の​で​は​ない​だろ​う​か」と​問いかけ​まし​た。では​クリスチャン​が,軍服​の​着用​と​兵役​を​拒む​なら​銃殺​する,と​脅さ​れる​場合​は​どう​でしょ​う​か。その​記事​は​こう​論じ​まし​た。「平和​の​君​に​忠節​を​保つ​ゆえ​に,また​その​命令​に​背く​こと​を​拒む​ゆえに​命​を​落とす​ほう​が,地上​の​王​たち​を​支持​する​者,はた​から​見る​と​天​の​王​の​教え​に​従わ​ない​者​と​し​て​命​を​落とす​より​も​よい​の​で​は​ない​か。わたしたち​が​望む​の​は​前者​で​あろ​う。つまり,天​の​王​に​忠実​で​ある​が​ゆえに​死ぬ​こと​を​選ぶ​の​で​ある」。この​よう​な​力強い​論議​を​展開​し​ながら​も,その​記事​は,「こう​する​よう​強く​勧め​て​いる​わけ​で​は​ない。これ​は​単なる​提案​で​ある」と​結ん​で​い​ます。

6. ハーバート​・​シーニアー​兄弟​の​経験​から​どんな​こと​を​学べ​ます​か。

6 関係​する​問題​点​を​明確​に​理解​し,正面​から​それ​に​向き合っ​た​兄弟​たち​も​い​ます。前述​の​ハーバート​・​シーニアー​は​こう​述べ​まし​た。「わたし​に​とっ​て​は,弾丸​を​船​から​降ろす​こと[非​戦闘​員​の​任務]と,それら​の​弾丸​を​銃​に​装填​し​発射​できる​よう​に​する​こと​に​は,原則​的​に​何​の​違い​も​あり​ませ​ん​でし​た」。(ルカ 16:10)シーニアー​兄弟​は​良心​的​に​兵役​を​拒否​し​た​結果,刑務​所​に​入れ​られ​まし​た。シーニアー​兄弟​と​他​の​4​人​の​兄弟​は,16​人​の​良心​的​拒否​者​から​成る​グループ​に​区分​さ​れ​て​い​まし​た。16​人​の​中​に​は​他​の​宗派​の​人​も​含ま​れ​て​い​まし​た。彼ら​は​一​時期,英国​の​リッチモンド​刑務​所​で​服役​し,後​に“リッチモンド​の​16​人”と​し​て​知ら​れる​よう​に​なり​ます。ある​時,ハーバート​と​他​の​良心​的​拒否​者​たち​は,船​ で​ひそか​に​フランス​の​前線​へ​護送​さ​れ​ます。そして​現地​で​銃殺​刑​を​宣告​さ​れ,銃殺​隊​の​前​に​整列​さ​せ​られ​まし​た。しかし,実際​に​処刑​さ​れる​こと​は​なく,10​年​の​刑​に​減刑​さ​れ​まし​た。

「私​は,たとえ​戦争​の​脅威​に​さらさ​れ​て​い​て​も,神​の​民​は​すべて​の​人​に​対し​て​平和​な​態度​を​保つ​べき​だ​と​いう​こと​を​認識​する​よう​に​なり​まし​た」。―サイモン​・​クレーカー(7​節​を​参照)

7. 第​二​次​世界​大戦​が​始まっ​た​ころ,神​の​民​は​どんな​点​を​理解​し​て​い​まし​た​か。

7 第​二​次​世界​大戦​が​勃発​し​た​ころ​に​は,エホバ​の​民​は​全体​と​し​て,中立​の​意味​と​イエス​の​手本​に​従う​ため​に​求め​られる​事柄​と​を​いっそう​明快​に​理解​し​て​い​まし​た。(マタ 26:51‐53。ヨハ 17:14‐16。ペテ​一 2:21)例えば,「ものみの塔」(英語)1939​年​11​月​1​日​号​に​は,「中立」と​題する​重要​な​記事​が​掲載​さ​れ​まし​た。その​記事​は​こう​述べ​て​い​まし​た。「現在,エホバ​の​契約​の​民​を​律する​規範​と​は,交戦​当事​国​の​間​で​厳正​中立​を​保つ​こと​で​ある」。後​に​ニューヨーク​市​ブルックリン​の​本部​で​奉仕​し​た​サイモン​・​クレーカー​は,この​記事​から​学ん​だ​こと​に​つい​て​次​の​よう​に​述べ​まし​た。「私​は,たとえ​戦争​の​脅威​に​さらさ​れ​て​い​て​も,神​の​民​は​すべて​の​人​に​対し​て​平和​な​態度​を​保つ​べき​だ​と​いう​こと​を​認識​する​よう​に​なり​まし​た」。この​霊的​食物​は​時宜​に​かなっ​た​もの​でし​た。その​記事​に​よっ​て​神​の​民​は,王国​に​対する​忠節​が​前例​の​ない​攻撃​を​受ける​事態​に​備え,思い​を​引き締める​こと​が​でき​た​の​です。

 反対​と​いう「川」に​脅かさ​れる

8,9. 使徒​ヨハネ​の​預言​は​どの​よう​に​成就​し​まし​た​か。

8 王国​が​1914​年​に​誕生​し​た​後,龍​で​ある​悪魔​サタン​は​象徴​的​な​川​を​口​から​吐き出す​こと​に​より,神​の​王国​の​支持​者​たち​を​ぬぐい去ろ​う​と​し​ます。その​こと​が​使徒​ヨハネ​に​よっ​て​預言​さ​れ​て​い​まし​た。 *啓示 12:9,15を​読む。)この​預言​は​どの​よう​に​成就​し​まし​た​か。1920​年代​以降,神​の​民​に​対する​反対​は​急増​し​まし​た。第​二​次​世界​大戦​中​に​北米​に​住ん​で​い​た​多く​の​兄弟​たち​と​同様,クレーカー​兄弟​も​神​の​王国​に​忠節​で​あっ​た​ため​刑務​所​に​入れ​られ​まし​た。実際,当時​米国​で​は,宗教​上​の​理由​で​戦争​に​行く​こと​を​拒ん​で​連邦​刑務​所​に​収容​さ​れ​た​受刑​者​の​うち,3​分​の​2​以上​が​エホバ​の​証人​でし​た。

9 悪魔​と​その​手先​たち​は,王国​の​臣民​が​どこ​に​住ん​で​いる​か​に​かかわり​なく,その​忠誠​を​打ち砕こ​う​と​躍起​に​なり​まし​た。アフリカ,米国,ヨーロッパ​の​各地​で,王国​の​臣民​は​法廷​や​仮​釈放​審査​会​に​連れ出さ​れ​まし​た。彼ら​は,中立​の​立場​を​貫く​こと​を​固く​決意​し​て​い​た​ため,投獄​さ​れ,殴打​さ​れ,障害​を​負わさ​れ​まし​た。ドイツ​に​おい​て​神​の​民​は,「ハイル​・​ヒトラー」と​あいさつ​する​こと​や​戦争​に​加わる​こと​を​拒ん​だ​ため,極度​の​圧力​に​さらさ​れ​まし​た。ナチ​時代​に​は​推定​6,000​人​が​収容​所​に​入れ​られ,ドイツ​人​や​外国​人​の​エホバ​の​証人​1,600​人​以上​が​迫害​者​たち​の​手​に​かかっ​て​命​を​落とし​まし​た。それでも​悪魔​は,神​の​民​に​永続​的​な​害​を​及ぼす​こと​は​でき​ませ​ん​でし​た。―マル 8:34,35

「地」が「川」を​呑み込む

10. 「地」は​何​を​象徴​し​て​い​ます​か。「地」は​神​の​民​の​ため,どの​よう​に​事態​に​介入​し​て​き​まし​た​か。

10 使徒​ヨハネ​の​記し​た​預言​が​明らか​に​し​て​いる​ところ​に​よれ​ば,「地」すなわち​この​体制​の​諸​要素​の​うち​良識​ある​態度​を​取る​部分​が,迫害​と​いう「川」を​呑み込み,神​の​民​を​助ける​こと​に​なり​ます。預言​の​この​箇所​は​どの​よう​に​成就​し​て​き​まし​た​か。第​二​次​世界​大戦​に​続く​数十​年​間​に,「地」は​メシア​王国​の​忠実​な​支持​者​たち​の​ため,しばしば​事態​に​介入​し​て​き​まし​た。啓示 12:16を​読む。)例えば,大きな​影響​力​を​持つ​裁判​所​が,エホバ​の​証人​の​権利​を​保護​し​た​こと​が​あり​ます。それ​に​は,兵役​を​拒否​する​権利​や,国家​主義​的​な​儀式​へ​の​参加​を​拒む​権利​など​が​含ま​れ​ます。これ​から​まず,兵役​の​問題​に​関連​し​て​エホバ​が​ご自分​の​民​に​お与え​に​なっ​た​重要​な​勝利​に​つい​て​考え​ましょ​う。―詩 68:20

11,12. シクレラ​兄弟​と​トリメノス​兄弟​は​どんな​問題​に​直面​し​まし​た​か。それぞれ​どんな​結果​に​なり​まし​た​か。

11 米国。アンソニー​・​シクレラ​は,エホバ​の​証人​の​両親​に​育て​られ,15​歳​の​時​に​バプテスマ​を​受け​まし​た。シクレラ​兄弟​は​21​歳​の​時,宗教​の​奉仕​者​と​し​て​徴兵​委員​会​に​登録​し​まし​た。2​年​後​の​1950​年​に​は,良心​的​拒否​者​と​し​て​再​分類​さ​れる​こと​を​求める​申請​を​し​まし​た。連邦​捜査​局​の​報告​書​は​兄弟​に​関し​て​何​の​問題​も​指摘​し​て​い​ませ​ん​でし​た。それ​ に​も​かかわら​ず,司法​省​は​兄弟​の​申請​を​退け​まし​た。幾​度​か​の​裁判​を​経​た​後,米国​最高​裁判​所​が​シクレラ​兄弟​に​関する​件​を​審理​し​た​結果,下級​裁判​所​の​判決​は​取り消さ​れ,兄弟​に​有利​な​判決​が​下さ​れ​まし​た。この​判決​は,兵役​を​良心​的​に​拒否​する​他​の​米国​市民​の​ため​に​判例​を​確立​する​助け​と​なり​まし​た。

12 ギリシャ。1983​年,イアコボス​・​トリメノス​は​軍服​の​着用​を​拒ん​だ​ため​不​服従​の​罪​で​有罪​と​され,刑務​所​に​入れ​られ​まし​た。釈放​後,トリメノス​兄弟​は​会計​士​と​し​て​働く​ため​の​申請​を​行ない​まし​た​が,前科​の​記録​が​あっ​た​ため​申請​は​却下​さ​れ​まし​た。兄弟​は​裁判​を​起こし​まし​た​が,国内​の​すべて​の​裁判​で​敗訴​し,ヨーロッパ​人権​裁判​所​に​申し立て​を​行ない​ます。2000​年​に,17​人​の​裁判​官​から​成る​ヨーロッパ​人権​裁判​所​の​大​法廷​は,兄弟​に​有利​な​判決​を​下し​まし​た。これ​は,差別​的​な​扱い​を​非​と​する​判例​と​なり​まし​た。この​時​まで,ギリシャ​の​3,500​人​余り​の​兄弟​たち​に​は,中立​の​立場​を​守っ​て​投獄​さ​れ​た​こと​で​前科​が​あり​まし​た。ですが,この​有利​な​判決​が​下さ​れ​た​後,国​は​兄弟​たち​の​前科​を​取り消す​ため​の​法律​を​制定​し​まし​た。加え​て,国​は​数​年​前​に​別​の​法律​を​制定​し​て​おり,代替​の​市民​的​奉仕​活動​を​行なう​権利​を​すべて​の​市民​に​与え​て​い​まし​た。その​法律​が​有効​で​ある​こと​は,ギリシャ​の​憲法​が​改正​さ​れ​た​時​に​再​確認​さ​れ​まし​た。

「法廷​に​入る​前​に,エホバ​に​熱烈​に​祈り​まし​た。穏やか​な​気持ち​に​なれる​よう​エホバ​が​助け​て​くださる​の​を​実感​し​まし​た」。―イバイロ​・​ステファノフ(13​節​を​参照)

13,14. イバイロ​・​ステファノフ​と​バハン​・​バヤティアン​に​関する​裁判​から,どんな​こと​を​学べる​と​思い​ます​か。

13 ブルガリア。1994​年,19​歳​の​イバイロ​・​ステファノフ​は​軍隊​に​召集​さ​れ​まし​た。ステファノフ​兄弟​は,軍隊​に​入る​こと​を,また​軍​の​指揮​下​で​行なう​非​戦闘​員​の​任務​を​果たす​こと​を​拒み​まし​た。兄弟​は​1​年​半​の​刑​を​言い渡さ​れ​まし​た​が,良心​的​に​兵役​を​拒否​する​権利​を​主張​し,上訴​し​まし​た。この​件​は​最終​的​に​ヨーロッパ​人権​裁判​所​で​審理​さ​れる​こと​に​なり​まし​た。2001​年,まだ​審理​が​行なわ​れ​て​い​なかっ​た​時点​で​和解​が​成立​し​まし​た。ブルガリア​政府​は​ステファノフ​兄弟​に,さらに​は​代替​の​市民​的​奉仕​活動​を​行なう​意志​の​ある​国民​全員​に,恩赦​を​与え​た​の​です。 *

14 アルメニア。2001​年,バハン​・​バヤティアン​は​兵役​義務​の​対象​者​に​なり​まし​た。 * 軍隊​に​入る​こと​を​良心​的​に​拒否​し​た​バヤティアン​兄弟​は,国内​に​おける​すべて​の​裁判​で​敗訴​し​ます。2002​年​9​月,兄弟​は​2​年​半​の​刑​に​服役​し​始め​ます​が,10​か​月​半​で​釈放​さ​れ​まし​た。その​ころ​兄弟​は​ヨーロッパ​人権​裁判​所​に​申し立て​を​行ない​まし​た。同​裁判​所​は​兄弟​に​関する​件​を​審理​し​まし​た。2009​年​10​月​27​日,ヨーロッパ​人権​裁判​所​で​も​兄弟​は​敗訴​し​まし​た。この​判決​に​より,同じ​問題​に​直面​する​アルメニア​の​兄弟​たち​も​望み​を​絶た​れ​た​か​に​思え​まし​た。しかし,ヨーロッパ​人権​裁判​所​の​大​法廷​が​この​件​を​再び​審理​し​ます。2011​年​7​月​7​日,同​ 裁判​所​は​バハン​・​バヤティアン​側​勝訴​の​判決​を​下し​まし​た。ヨーロッパ​人権​裁判​所​に​おい​て,宗教​的​信条​に​よる​良心​的​兵役​拒否​が,思想,良心​および​宗教​の​自由​に​基づき​保護​さ​れる​べき​で​ある​と​認め​られ​た​の​は,これ​が​初めて​でし​た。この​判決​は,エホバ​の​証人​の​権利​だけ​で​なく,欧州​評議​会​の​加盟​国​に​住む​何億​も​の​人々​の​権利​を​保護​する​もの​で​も​あり​ます。 *

アルメニア​の​兄弟​たち​は,ヨーロッパ​人権​裁判​所​に​よる​勝訴​判決​の​後​に​刑務​所​から​釈放​さ​れ​た

国家​主義​的​な​儀式​に​関する​問題

15. エホバ​の​民​が​国家​主義​的​な​儀式​へ​の​参加​を​拒む​の​は​なぜ​です​か。

15 エホバ​の​民​は​メシア​王国​に​忠節​を​保つ​ゆえ​に,兵役​を​拒否​する​だけ​で​なく,国家​主義​的​な​儀式​へ​の​参加​を​敬意​ある​態度​で​拒み​ます。国家​主義​の​風潮​は,とりわけ​第​二​次​世界​大戦​の​開戦​後,世界​中​で​一気​に​強まり​まし​た。多く​の​国​で,市民​は​誓い​の​暗唱​や​国歌​斉唱​や​国旗​敬礼​に​より,自国​へ​の​忠誠​を​誓う​よう​求め​られ​て​き​まし​た。しかし,わたしたち​は​エホバ​だけ​に​全き​専心​を​ささげ​ます。(出 20:4,5)その​結果,洪水​ の​よう​な​迫害​が​わたしたち​に​押し寄せ​まし​た。それでも​エホバ​は,やはり「地」が​水​の​よう​な​反対​を​呑み込む​よう​動かし​て​こら​れ​まし​た。この​点​で,エホバ​が​キリスト​を​通し​て​与え​て​くださっ​た​注目​す​べき​勝利​の​幾つ​か​を​取り上げ​ましょ​う。―詩 3:8

16,17. リリアン​・​ゴバイタス​と​ウィリアム​・​ゴバイタス​は​どんな​問題​に​直面​し​まし​た​か。二​人​に​関する​事件​から,どんな​こと​を​学べ​ます​か。

16 米国。1940​年,米国​最高​裁判​所​は,「マイナーズビル​学区 対 ゴバイティス」事件​に​おい​て,8​対​1​で​エホバ​の​証人​側​敗訴​の​判決​を​下し​まし​た。12​歳​の​リリアン​・​ゴバイタス​ *と​10​歳​の​弟​ウィリアム​は,エホバ​に​忠節​を​保つ​こと​を​願い,国旗​敬礼​と​忠誠​の​誓い​を​する​こと​を​拒み​まし​た。その​ため,二​人​は​放校​さ​れ​まし​た。この​件​は​最高​裁判​所​で​審理​さ​れ,学校​側​の​措置​は「国家​の​一致」と​いう​利益​に​かな​い​合憲​で​ある,と​いう​判断​が​下さ​れ​まし​た。この​判決​を​機​に,エホバ​の​証人​に​対する​熾烈​な​迫害​が​生じ​ます。放校​さ​れる​子ども​が​増え,大人​は​仕事​を​失い​まし​た。かなり​の​数​の​人​が​暴徒​から​ひどい​攻撃​を​受け​まし​た。「我​が​国​の​名誉」(英語)と​いう​本​は,「1941​年​から​1943​年​に​かけ​て​エホバ​の​証人​に​対し​て​なさ​れ​た​迫害​は,20​世紀​の​アメリカ​に​おける​宗教​的​不​寛容​と​し​て​は​他​に​類​を​見​ない​もの​で​ある」と​述べ​て​い​ます。

17 神​に​敵対​する​人​たち​の​勝利​は,長く​は​続き​ませ​ん​でし​た。1943​年,最高​裁判​所​は​ゴバイティス​事件​に​似​た,もう​一つ​の​事件​を​審理​し​まし​た。「ウェスト​・​バージニア​州​教育​委員​会 対 バーネット」事件​です。今回,最高​裁判​所​は​エホバ​の​証人​側​勝訴​の​判決​を​下し​た​の​です。米国​の​歴史​上,最高​裁判​所​が​自ら​下し​た​判断​を​これ​ほど​短​期間​に​覆し​た​の​は,前例​の​ない​こと​でし​た。この​判決​の​後,米国​の​エホバ​の​民​が​あからさま​な​迫害​を​受ける​ケース​は​激減​し​まし​た。それ​と​とも​に,すべて​の​米国​市民​の​権利​が​強化​さ​れる​こと​に​も​なり​まし​た。

18,19. パブロ​・​バロス​は,自分​が​強さ​を​保つ​うえ​で​何​が​助け​に​なっ​た​と​述べ​て​い​ます​か。エホバ​の​僕​たち​は,この​手本​に​どの​よう​に​見倣え​ます​か。

18 アルゼンチン。1976​年,8​歳​の​パブロ​・​バロス​と​7​歳​の​弟​ウーゴ​は,国旗​掲揚​式​に​加わら​ない​ため​放校​さ​れ​まし​た。その​処分​が​下さ​れる​前​に,女性​の​校長​は​パブロ​を​突き飛ばし,頭​を​たたき​まし​た。さらに,二​人​を​放課後​1​時間​学校​に​残ら​せ,愛国​的​な​儀式​に​無理やり​加わら​せ​よう​と​し​まし​た。この​試練​に​つい​て​パブロ​は​次​の​よう​に​述べ​て​い​ます。「エホバ​の​助け​が​なかっ​たら,忠誠​を​曲げ​させ​よう​と​する​圧力​に​耐える​こと​が​でき​なかっ​た​と​思い​ます」。

19 この​件​で​裁判​が​起こさ​れ,裁判​官​は​二​人​を​放校​する​と​いう​学校​側​の​決定​を​支持​し​まし​た。しかし,アルゼンチン​の​最高​裁判​所​に​上訴​が​行なわ​れ​ます。1979​年,最高​裁判​所​は​下級​裁判​所​の​判決​を​覆し,こう​述べ​まし​た。「当該​処罰[放校​処分]は,憲法​で​保障​さ​れ​た​学習​の​権利(第​14​条)および​国​が​初等​教育​を​確実​に​施す​と​いう​義務(第​5​条)と​は​相いれ​ない​もの​で​ある」。エホバ​の​証人​の​子ども​約​1,000​人​が​この​勝利​の​恩恵​ を​受け​まし​た。放校​処分​が​差し止め​られ​た​子ども​たち​も​いれ​ば,パブロ​と​ウーゴ​の​よう​に,公立​学校​へ​再​入学​を​認め​られ​た​子ども​たち​も​い​まし​た。

多く​の​エホバ​の​証人​の​子ども​たち​は​試練​の​もと​で​忠実​を​保っ​て​いる

20,21. ロエル​・​エンブラリナグ​と​エミリー​・​エンブラリナグ​に​関する​裁判​の​例​から,あなた​の​信仰​は​どの​よう​に​強め​られ​ます​か。

20 フィリピン。1990​年,9​歳​の​少年​ロエル​・​エンブラリナグ​と​10​歳​の​姉​エミリー​は,国旗​に​敬礼​し​なかっ​た​ため​に​放校​さ​れ​まし​た。エホバ​の​証人​の​ほか​の​児童​66​人​も​同じ​理由​で​放校​さ​れ​まし​た。ロエル​と​エミリー​の​父親​レオナルド​は,学校​側​と​話し合う​努力​を​し​まし​た​が,成果​は​得​られ​ませ​ん​でし​た。状況​が​いっそう​深刻​に​なっ​た​ため,レオナルド​は​最高​裁判​所​に​申し立て​を​し​まし​た。しかし,経済​的​に​余裕​が​なく,弁護​士​を​つける​こと​が​でき​ませ​ん​でし​た。この​家族​は​エホバ​に​導き​を​求め​て​熱烈​に​祈り​まし​た。その​間​に​も,子ども​たち​は​周り​から​ひどい​こと​を​言わ​れ​まし​た。レオナルド​と​し​て​も,自分​は​法律​の​知識​が​ない​の​で​裁判​に​は​勝て​ない​だろ​う,と​感じ​て​い​まし​た。

 21 その​よう​な​中,弁護​士​の​フェリーノ​・​ガナル​が​この​家族​の​弁護​を​引き受け​て​くれ​まし​た。国内​で​も​有数​の​法律​事務​所​に​勤め​て​い​た​こと​の​ある​人​です。この​裁判​が​行なわ​れる​ころ​に​は,ガナル​氏​は​すでに​法律​事務​所​を​退職​し,エホバ​の​証人​に​なっ​て​い​まし​た。最高​裁判​所​は​この​件​に​関し,全員​一致​で​エホバ​の​証人​側​勝訴​の​判決​を​下し,放校​処分​を​無効​と​し​まし​た。神​の​民​の​忠誠​を​曲げ​させ​よう​と​する​人​たち​の​もくろみ​は,また​し​て​も​くじか​れ​た​の​です。

中立​が​一致​に​つながる

22,23. (イ)エホバ​の​民​が​これ​ほど​多く​の​画期​的​な​勝訴​判決​を​得​て​き​た​の​は​なぜ​です​か。(ロ)わたしたち​が​全​世界​に​及ぶ​平和​な​兄弟​関係​を​築い​て​いる​こと​から,何​が​分かり​ます​か。

22 エホバ​の​民​が​これ​ほど​多く​の​画期​的​な​勝訴​判決​を​得​て​き​た​の​は​なぜ​でしょ​う​か。わたしたち​は​政治​的​な​影響​力​を​持っ​て​い​ませ​ん。それでも,世界​各地​の​数々​の​裁判​で,公平​な​裁判​官​は​反対​者​たち​の​執拗​な​攻撃​から​わたしたち​を​保護​し​て​き​まし​た。また​その​過程​で,憲法​の​判例​を​築い​て​も​き​まし​た。勝利​を​得る​ため​の​わたしたち​の​努力​に,キリスト​の​後ろ盾​が​あっ​た​こと​は​明らか​です。啓示 6:2を​読む。)わたしたち​が​法的​な​闘い​を​行なう​の​は​なぜ​です​か。法​制度​の​改革​を​意図​し​て​いる​わけ​で​は​あり​ませ​ん。むしろ,今後​も​妨げ​られる​こと​なく​王​イエス​・​キリスト​に​仕え​られる​よう​に​する​こと​を​目指し​て​いる​の​です。―使徒 4:29

23 今​の​世​で​は,政治​的​な​争い​に​よる​分裂​や,根深い​憎しみ​に​よる​ひずみ​が​見​られ​ます。統治​する​王​イエス​・​キリスト​は,そう​し​た​状況​に​おい​て​も​中立​の​立場​を​保と​う​と​する​世界​中​の​追随​者​たち​の​努力​を​祝福​し​て​き​まし​た。サタン​は,わたしたち​を​分裂​さ​せ​て​征服​し​よう​と​躍起​に​なっ​て​い​ます​が,成功​し​て​い​ませ​ん。王国​は​現に,「戦い​を​学」ぶ​こと​を​拒む​幾百万​も​の​人々​を​集め​て​い​ます。全​世界​に​及ぶ​平和​な​兄弟​関係​を​築い​て​いる​わたしたち​の​存在​そのもの​が​一つ​の​奇跡​で​あり,神​の​王国​が​支配​し​て​いる​紛れ​も​ない​証拠​な​の​です。―イザ 2:4

^ 4節 この​第​6​巻​は,「新しい​創造​物」(英語)と​いう​題​で​も​知ら​れ​て​い​ます。「千年期​黎明」の​シリーズ​は​後​に,「聖書​研究」と​呼ば​れる​よう​に​なり​まし​た。

^ 8節 この​預言​に​つい​て​詳しく​は,「啓示​の​書 ― その​壮大​な​最高潮​は​近い!」と​いう​本​の​27​章,184‐186​ページを​参照。

^ 13節 この​和解​に​より,ブルガリア​政府​に​は,良心​的​拒否​者​全員​に​対し,軍​の​管理​下​に​は​ない​代替​の​市民​的​奉仕​活動​の​機会​を​提供​する​こと​も​求め​られ​まし​た。

^ 14節 詳しく​は,「ものみの塔」2012​年​11​月​1​日​号​の「ヨーロッパ​人権​裁判​所 ― 良心​的​兵役​拒否​の​権利​を​擁護」と​いう​記事​を​参照。

^ 14節 アルメニア​政府​は​過去​20​年​間​に,450​人​を​超える​エホバ​の​証人​の​若者​を​投獄​し​まし​た。2013​年​11​月,投獄​さ​れ​て​い​た​最後​の​エホバ​の​証人​たち​が​釈放​さ​れ​まし​た。

^ 16節 裁判​所​の​記録​は​つづり​の​間違い​に​より「ゴバイティス」と​なっ​て​い​ます。