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エホバの証人

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神の王国は支配している!

 15​章

崇拝の自由のために闘う

崇拝の自由のために闘う

この​章​で​考える​こと

法的​認可​を​得る​ため​の​闘い​と,神​の​律法​に​従う​権利​の​ため​の​闘い​に​おい​て,キリスト​は​追随​者​たち​を​どの​よう​に​助け​て​き​た​か

1,2. (イ)神​の​王国​の​市民​と​し​て​の​立場​を​証明​する​もの​は​何​です​か。(ロ)エホバ​の​証人​が​時​に,宗教​的​な​自由​の​ため​に​闘わ​なけれ​ば​なら​なかっ​た​の​は​なぜ​です​か。

あなた​は​神​の​王国​の​市民​です​か。エホバ​の​証人​で​ある​あなた​は,神​の​王国​の​れっきと​し​た​市民​です。では,その​市民​と​し​て​の​立場​を​証明​する​もの​は​何​でしょ​う​か。パスポート​など​の​公​文書​で​は​あり​ませ​ん。むしろ,エホバ​神​を​どの​よう​に​崇拝​し​て​いる​か​が​証明​と​なり​ます。真​の​崇拝​に​は,何​を​信じる​か​と​いう​こと​だけ​で​なく,何​を​行なう​か​と​いう​こと​も​関係​し​て​き​ます。神​の​王国​の​律法​に​従っ​て​いる​か​どう​か​が​問わ​れる​の​です。神​へ​の​崇拝​は,わたしたち​の​生活​の​あらゆる​面​を​包含​し​て​い​ます。それ​に​は,どの​よう​に​子ども​を​育てる​か,さらに​は​健康​上​の​問題​に​どの​よう​に​対処​する​か​と​いう​こと​も​関係​し​て​き​ます。

2 わたしたち​は​神​の​王国​の​市民​と​し​て​の​立場​を​最も​大切​に​し,王国​の​律法​に​従お​う​と​し​て​い​ます。しかし,その​よう​な​立場​は​今​の​世界​で​尊重​さ​れる​と​は​限り​ませ​ん。政府​が​わたしたち​の​崇拝​を​制限​し​よう​と​する​こと​や,場合​に​よっ​て​は​根絶​し​よう​と​する​こと​さえ​あり​ます。キリスト​の​臣民​は​時​に,メシア​なる​王​の​律法​に​従っ​て​生きる​自由​の​ため​に​闘わ​なけれ​ば​なり​ませ​ん​でし​た。それ​は​意外​な​こと​で​は​あり​ませ​ん。聖書​時代​の​エホバ​の​民​も,エホバ​を​崇拝​する​自由​の​ため​に​しばしば​闘う​必要​が​あり​まし​た。

3. 王妃​エステル​の​時代​に,神​の​民​は​どんな​闘い​を​し​なけれ​ば​なり​ませ​ん​でし​た​か。

3 例えば,王妃​エステル​の​時代​に​神​の​民​は,自ら​の​存続​の​ため​に​闘わ​なけれ​ば​なり​ませ​ん​でし​た。首相​で​ある​邪悪​な​ハマン​が​ペルシャ​の​王​アハシュエロス​に,王​の​領土​に​住む​ユダヤ​人​を​皆殺し​に​する​こと​を​持ちかけ​た​から​です。ハマン​は,ユダヤ​人​の「法令​は​ほか​の​どの​民族​の​もの​と​も​違っ​て」いる​と​唱え​まし​た。(エス 3:8,9,13)エホバ​は​この​時,ご自分​の​僕​たち​を​見捨て​たり​は​なさい​ませ​ん​でし​た。エステル​と​モルデカイ​は,神​の​民​を​保護​し​て​くれる​よう​王​に​嘆願​し,その​努力​を​エホバ​は​祝福​さ​れ​まし​た。―エス 9:20‐22

4. この​章​で​は​どんな​こと​を​考え​ます​か。

4 現代​に​おい​て​は​どう​でしょ​う​か。前​の​章​で​考え​た​よう​に,世俗​の​権力​者​たち​は​時​と​し​て​エホバ​の​証人​に​反対​し​て​き​まし​た。この​章​で​は,反対​する​政府​が​わたしたち​の​崇拝​を​どの​よう​に​制限​し​よう​と​し​て​き​た​か​を​取り上げ​ ます。これ​から​次​の​3​つ​の​分野​を​扱い​ます。(1)一つ​の​組織​と​し​て​存続​し,自分​たち​の​望む​仕方​で​崇拝​を​行なう​権利。(2)聖書​の​原則​に​かなっ​た​医療​処置​を​選ぶ​自由。(3)エホバ​の​規準​に​従っ​て​子ども​を​育てる​と​いう​親​の​権利。それぞれ​の​分野​に​関し​て,メシア​王国​の​忠節​な​市民​が,自分​たち​の​貴重​な​立場​を​守る​ため​に​どの​よう​に​奮闘​し,その​努力​が​どの​よう​に​祝福​さ​れ​た​か​を​考え​て​み​ましょ​う。

法的​認可​と​基本​的​自由​の​ため​の​闘い

5. 法的​認可​に​は​どんな​利点​が​あり​ます​か。

5 エホバ​を​崇拝​する​ため​に,人間​の​政府​から​の​法的​認可​は​必要​で​は​あり​ませ​ん。それでも,法的​に​認可​さ​れ​て​いる​なら,崇拝​を​行なう​の​が​容易​に​なり​ます。例えば,王国​会館​や​大会​ホール​で​自由​に​集まり​を​持つ,聖書​文書​を​印刷​もしくは​輸入​する,良い​たより​を​公​の​場​で​人々​に​伝える,など​の​活動​を​妨げ​られる​こと​なく​行なえ​ます。多く​の​国​で​エホバ​の​証人​は​法的​に​登録​さ​れ​て​おり,法的​に​認可​さ​れ​て​いる​他​の​宗教​と​同様,崇拝​の​自由​を​得​て​い​ます。と​は​いえ,政府​が​法的​認可​を​与え​ない​場合​や,わたしたち​の​基本​的​自由​を​制限​し​よう​と​する​場合​も​あり​ます。幾つ​か​の​例​を​挙げ​て​み​ましょ​う。

6. 1940​年代​初め,オーストラリア​の​エホバ​の​証人​は​どんな​困難​に​直面​し​まし​た​か。

6 オーストラリア。1940​年代​初め,オーストラリア​総督​は​わたしたち​の​信条​を​戦争​の​遂行​を“阻害”する​もの​と​みなし​まし​た。その​ため,禁止​令​が​課さ​れ​まし​た。エホバ​の​証人​は​集会​や​伝道​を​自由​に​行なえ​なく​なり,ベテル​の​活動​は​停止​さ​せ​られ,王国​会館​は​差し押さえ​られ​まし​た。わたしたち​の​聖書​文書​を​所持​する​こと​も​禁止​さ​れ​まし​た。オーストラリア​の​エホバ​の​証人​は,数​年​に​わたっ​て​ひそか​に​活動​を​続け​ます。その​後,事態​が​好転​し​ます。1943​年​6​月​14​日,オーストラリア​高等​裁判​所​は​禁止​令​を​取り消し​た​の​です。

7,8. ロシア​の​兄弟​たち​は​長年,崇拝​の​自由​の​ため​に​どんな​闘い​を​し​て​き​まし​た​か。

7 ロシア。エホバ​の​証人​は​何十​年​に​も​わたっ​て​共産​主義​政権​下​で​禁止​令​を​課さ​れ​て​い​まし​た​が,1991​年,ついに​法的​に​登録​さ​れ​まし​た。旧​ソビエト​連邦​の​崩壊​後​は,ロシア​連邦​に​おける​法的​認可​が​1992​年​に​与え​られ​まし​た。ところが,程なく​し​て​反対​者​たち,とりわけ​ロシア​正教会​の​関係​者​たち​が,わたしたち​の​急速​な​増加​に​脅威​を​感じる​よう​に​なり​ます。反対​者​たち​は​1995​年​から​1998​年​に​かけ​て,エホバ​の​証人​に​対し,続けざま​に​5​件​の​刑事​告発​を​し​ます。検察​官​は​どの​件​に​関し​て​も,違法​行為​の​証拠​を​提出​する​こと​が​でき​ませ​ん​でし​た。しかし,反対​者​たち​は​態度​を​変え​ず,1998​年​に​民事​訴訟​を​起こし​ます。当初​は​エホバ​の​証人​に​有利​な​判決​が​下り​まし​た​が,反対​者​たち​は​その​判決​を​受け入れ​よう​と​し​ませ​ん​でし​た。上訴​が​なされ,結果​と​し​て​2001​年​5​月,エホバ​の​証人​は​敗訴​し​まし​た。その​年​の​10​月​に​再​審理​が​開始​さ​れ,その​判決​が​2004​年​に​下さ​ れ​ます。エホバ​の​証人​が​モスクワ​で​用い​て​い​た​法人​を​解散​さ​せ,その​活動​を​禁止​する,と​いう​判決​です。

8 迫害​が​勢い​を​増し​まし​た。テモテ​第​二 3:12を​読む。)エホバ​の​証人​は​嫌がらせ​を​受け,襲撃​さ​れ​まし​た。宗教​的​な​文書​は​押収​さ​れ,崇拝​の​場所​を​借り​たり​建て​たり​する​こと​が​非常​に​難しく​なり​まし​た。この​よう​な​苦難​に​遭遇​し​た​兄弟​姉妹​の​気持ち​を​想像​できる​でしょ​う​か。エホバ​の​証人​は​すでに​2001​年​に​ヨーロッパ​人権​裁判​所​に​申し立て​を​行なっ​て​おり,2004​年​に​は​付加​的​な​情報​を​提出​し​まし​た。2010​年,判決​が​下さ​れ​まし​た。同​裁判​所​は,ロシア​が​エホバ​の​証人​の​活動​を​禁止​し​た​こと​の​背後​に​宗教​的​不​寛容​が​ある​こと​を​はっきり​見​て​取り,ロシア​国内​の​裁判​所​の​判決​を​支持​する​理由​は​ない,と​裁定​し​まし​た。エホバ​の​証人​が​違法​行為​を​行なっ​て​いる​と​いう​証拠​は​なかっ​た​から​です。ヨーロッパ​人権​裁判​所​は​また,モスクワ​に​おける​禁止​令​は​エホバ​の​証人​の​法的​権利​を​剥奪​する​こと​を​意図​し​た​もの​で​ある,と​指摘​し​まし​た。今回​の​判決​は,エホバ​の​証人​の​信教​の​自由​を​擁護​する​もの​です。ロシア​の​当局​者​は​判決​を​履行​し​て​い​ませ​ん​が,ロシア​に​住む​神​の​民​は,こう​し​た​勝利​に​大いに​勇気づけ​られ​て​い​ます。

ティトス​・​マヌサキス(9​節​を​参照)

9‐11. ギリシャ​の​エホバ​の​民​は,集会​で​崇拝​を​行なう​自由​を​得る​ため​に,どの​よう​に​闘っ​て​き​まし​た​か。どんな​結果​に​なり​まし​た​か。

9 ギリシャ。1983​年,ティトス​・​マヌサキス​は​クレタ​島​の​イラクリオン​で​会場​を​借り,少​人数​の​エホバ​の​証人​が​崇拝​の​ため​に​集まれる​よう​に​し​まし​た。(ヘブ 10:24,25)やがて,正教会​の​ある​司祭​が​警察​に​苦情​を​訴え,エホバ​の​証人​が​その​会場​を​崇拝​の​ため​に​使用​し​て​いる​こと​に​抗議​し​まし​た。エホバ​の​証人​の​信条​が​正教会​と​は​異なっ​て​いる​こと​が​気​に​入ら​なかっ​た​の​です。当局​者​は​ティトス​・​マヌサキス​および​地元​の​3​人​の​エホバ​の​証人​を​刑事​訴追​し​ます。彼ら​は​罰金​を​科さ​れ,2​か月​の​刑​を​宣告​さ​れ​まし​た。神​の​王国​の​忠節​な​市民​で​ある​4​人​は,この​裁判​所​の​判決​が​崇拝​の​自由​を​侵害​する​もの​で​ある​と​考え,国内​の​裁判​所​に​上訴​し,最終​的​に​は​ヨーロッパ​人権​裁判​所​に​申し立て​を​行ない​まし​た。

10 1996​年,ヨーロッパ​人権​裁判​所​は​清い​崇拝​の​反対​者​たち​に​大きな​痛手​と​なる​判決​を​言い渡し​ます。同​裁判​所​は,「エホバ​の​証人​は,ギリシャ​の​法律​で​定め​られ​て​いる『既知​の​宗教』の​定義​の​枠内​に​入る」と​述べ​まし​た。また,ギリシャ​国内​の​裁判​所​の​判決​は,「申立​人​の​信教​の​自由​に​直接​の​影響​を」及ぼす​こと​を​指摘​し​まし​た。さらに,ギリシャ​政府​に​は「宗教​的​信条,または​その​信条​を​表現​する​手段​が​正当​で​ある​か​否​か​を​決定​する」権利​は​ない,と​も​裁定​し​まし​た。こう​し​て,エホバ​の​証人​に​対する​有罪​判決​は​覆さ​れ,崇拝​の​自由​が​擁護​さ​れ​た​の​です。

11 しかし,この​勝利​に​よっ​て,ギリシャ​に​おける​問題​が​なくなっ​た​わけ​で​は​あり​ませ​ん。その​後,ギリシャ​の​カサンドリア​で​別​の​法廷​闘争​が​始まり, 12​年​近く​に​及び​まし​た。この​裁判​で​反対​を​主導​し​た​の​は​正教会​の​主教​です。2012​年,ギリシャ​で​最高位​の​行政​裁判​所​で​ある​国務院​は,神​の​民​に​有利​な​判決​を​下し​まし​た。この​判決​は,ほか​なら​ぬ​ギリシャ​憲法​が​保障​する​信教​の​自由​を​引き合い​に​出し​ながら,たびたび​なさ​れ​て​き​た​訴え,すなわち​エホバ​の​証人​は​既知​の​宗教​で​は​ない​と​いう​訴え​を​退け​まし​た。裁判​所​は,「『エホバ​の​証人』の​教理​は​非​公開​の​もの​で​は​ない。したがって,彼ら​は​既知​の​宗教​を​信奉​し​て​いる」と​述べ​まし​た。カサンドリア​の​小さな​会衆​の​成員​は,今​で​は​自分​たち​の​王国​会館​で​崇拝​の​ため​に​集会​を​開ける​よう​に​なり,その​こと​を​喜ん​で​い​ます。

12,13. フランス​で​反対​者​たち​は,「布告​に​よっ​て​難儀​を​仕組」もう​と​し​て,どんな​方法​を​用い​まし​た​か。どんな​結果​に​なり​まし​た​か。

12 フランス。神​の​民​に​反対​する​人​は,法的​な「布告​に​よっ​て​難儀​を​仕組」む​と​いう​策略​を​用いる​こと​が​あり​ます。詩編 94:20を​読む。)例えば,1990​年代​半ば​に,フランス​の​税務​当局​は,フランス​の​エホバ​の​証人​が​用い​て​いる​法人​の​一つ​で​ある​アソシアシオン​・​レ​・​テモワン​・​ド​・​ジェオバ(エホバ​の​証人​協会)の​財務​の​監査​を​始め​まし​た。予算​担当​大臣​は​次​の​よう​に​述べ​て,監査​の​真​の​意図​を​明らか​に​し​まし​た。「この​監査​は……解散​命令​もしくは​刑事​訴追​に​つながり​得る。それ​に​より,協会​は​運営​に​支障​を​きたす​よう​に​なる​か,我々​の​管轄​地域​に​おける​活動​を​停止​せ​ざる​を​得​なく​なる​だろ​う」。この​監査​で​不正​は​何​も​見いださ​れ​なかっ​た​に​も​かかわら​ず,税務​当局​は​エホバ​の​証人​協会​に​対し​て​法外​な​課税​を​し​まし​た。もし​この​策略​が​適用​さ​れ​た​なら,兄弟​たち​は​巨額​の​税​を​支払う​ため​に​支部​事務​所​を​閉鎖​し,建物​を​売却​する​しか​なかっ​た​でしょ​う。神​の​民​は,大きな​打撃​と​なる​事態​に​直面​し​て​も,あきらめ​ませ​ん​でし​た。エホバ​の​証人​は​断固​たる​行動​を​取り,この​不当​な​措置​に​異議​を​申し立て,最終​的​に​2005​年,ヨーロッパ​人権​裁判​所​に​提訴​し​まし​た。

13 2011​年​6​月​30​日,同​裁判​所​の​判決​が​言い渡さ​れ​まし​た。信教​の​自由​から​する​と,国家​は​極端​な​場合​を​除き,宗教​的​信条​の​正当​性​や​その​信条​を​表明​する​方法​の​正当​性​を​評価​す​べき​で​は​ない,と​いう​考え​が​示さ​れ​まし​た。ヨーロッパ​人権​裁判​所​は​次​の​よう​に​も​述べ​まし​た。「当該​課税​は,協会​の​重要​な​財源​を​切り断つ​もの​で​ある。結果​的​に​協会​は,信者​が​実際​的​な​形​で​崇拝​の​自由​を​行使​する​うえ​で​必要​と​する​支援​を​行なえ​なく​なる」。同​裁判​所​は​全員​一致​で,エホバ​の​証人​側​勝訴​の​判決​を​下し​た​の​です。喜ばしい​こと​に,フランス​政府​は​最終​的​に,エホバ​の​証人​協会​から​取り立て​た​金額​を,利息​を​含め​て​返還​し​まし​た。また​同​裁判​所​の​命令​に​従っ​て,支部​の​財産​に​設定​し​た​担保​権​を​解除​し​まし​た。

いま​法的​な​面​で​不​公正​を​経験​し​て​いる​霊的​な​兄弟​姉妹​の​ため​に,折​ある​ごと​に​祈る​こと​が​できる

14. 崇拝​の​自由​の​ため​の​闘い​に​おい​て,わたしたち​に​は​何​が​でき​ます​か。

14 昔​の​エステル​と​モルデカイ​の​よう​に,今日​の​エホバ​の​民​も,エホバ​の​命じ​て​おら​れる​仕方​で​崇拝​を​ささげる​自由​の​ため​に​闘い​ます。(エス 4:13‐16)この​闘い​に​おい​て,あなた​に​も​できる​こと​が​あり​ます。いま​法的​ な​面​で​不​公正​を​経験​し​て​いる​霊的​な​兄弟​姉妹​の​ため​に,折​ある​ごと​に​祈る​こと​が​でき​ます。その​よう​な​祈り​は,苦難​や​迫害​を​忍ぶ​兄弟​姉妹​に​とっ​て​大きな​力​と​なり​ます。ヤコブ 5:16を​読む。)法廷​に​おける​幾つ​も​の​勝利​は,エホバ​が​そう​し​た​祈り​に​基づい​て​行動​し​て​くださる​こと​を​物語っ​て​い​ます。―ヘブ 13:18,19

自分​の​信条​に​かなっ​た​医療​処置​を​選ぶ​自由

15. 血​の​使用​に​関し​て​神​の​民​は​どんな​点​を​考慮​に​入れ​ます​か。

15 11​章で​考え​た​よう​に,神​の​王国​の​市民​は,血​の​誤用​を​避ける​よう​に​と​いう,聖書​に​基づく​明確​な​指針​を​与え​られ​て​い​ます。今日,血​の​誤用​は​広く​見​られ​ます。(創 9:5,6。レビ 17:11。使徒 15:28,29を​読む。)わたしたち​は​輸血​を​受け入れ​ませ​ん​が,神​の​律法​に​違反​し​ない​かぎり,自分​や​子ども​たち​が​最善​の​医療​を​受け​られる​よう​望ん​で​い​ます。多く​の​国​の​最高​裁判​所​は,人​に​は​自分​の​良心​や​宗教​的​信条​に​照らし​て​医療​処置​を​選択​もしくは​拒否​する​権利​が​ある​こと​を​認め​て​い​ます。しかし​国​や​地域​に​よっ​て​は,この​点​で​神​の​民​が​大きな​問題​に​直面​する​こと​も​あり​ます。幾つ​か​の​事例​を​挙げ​ましょ​う。

16,17. 日本​の​一​姉妹​は,手術​の​際​に​どんな​不​本意​な​扱い​を​受け​まし​た​か。姉妹​の​祈り​は​どの​よう​に​聞か​れ​まし​た​か。

16 日本。63​歳​の​主婦​の​武田​みさえ​は,大きな​手術​を​受け​なけれ​ば​なり​ませ​ん​でし​た。神​の​王国​の​忠節​な​市民​で​ある​武田​姉妹​は,無​輸血​で​治療​を​受け​たい​と​いう​願い​を​医師​に​明確​に​伝え​て​い​まし​た。ところ​が​何​か​月​も​後​に​なっ​て,手術​の​際​に​輸血​が​施さ​れ​た​こと​を​知り,愕然​と​し​まし​た。欺か​れ,暴行​を​受け​た​よう​に​感じ​た​武田​姉妹​は,1993​年​6​月,医師​団​と​病院​を​訴え​まし​た。姉妹​は​控えめ​な​性格​で,話し方​は​穏やか​でし​た​が,揺るぎない​信仰​を​抱い​て​い​まし​た。満員​の​法廷​で​立派​に​証言​し,体力​に​限界​が​ある​中​で​も​1​時間​以上​に​わたっ​て​証言​台​に​とどまり​まし​た。その​後,亡くなる​1​か月​前​まで​法廷​に​出廷​し​まし​た。その​勇気​と​信仰​に​感銘​を​受ける​の​で​は​ない​でしょ​う​か。武田​姉妹​は,この​闘い​を​祝福​し​て​くださる​よう​エホバ​に​絶え​ず​請願​し​て​い​た​と​述べ​て​い​ます。姉妹​は​祈り​が​聞か​れる​こと​を​確信​し​て​い​まし​た。その​後​どう​なっ​た​でしょ​う​か。

17 武田​姉妹​が​亡くなっ​て​から​3​年​後,最高​裁判​所​は​姉妹​側​に​勝訴​判決​を​下し​まし​た。本人​の​明確​な​意思​に​反し​て​輸血​を​施し​た​の​は​不当​で​ある,と​いう​主張​を​認め​た​の​です。2000​年​2​月​29​日​の​判決​に​は,本件​の​よう​な​場合,「意思​決定​を​する​権利​は,人格​権​の​一​内容​と​し​て​尊重​さ​れ​なけれ​ば​なら​ない」と​あり​まし​た。武田​姉妹​は,聖書​に​よっ​て​訓練​さ​れ​た​良心​に​沿っ​た​医療​処置​を​選ぶ​と​いう​自由​の​ため​に,断固​闘い​まし​た。その​おかげ​で,日本​の​エホバ​の​証人​は​現在,無断​で​輸血​さ​れる​こと​を​心配​せ​ず​に​医療​を​受ける​こと​が​でき​ます。

パブロ​・​アルバラシーニ(18‐20​節​を​参照)

18‐20. (イ)アルゼンチン​の​控訴​裁判​所​は,輸血​拒否​の​意思​を​医療​上​の​指示​書​に​よっ​て​示す​権利​を​擁護​し,どんな​裁定​を​下し​まし​た​か。(ロ)血​の​誤用​と​いう​問題​に​おい​て,キリスト​の​指導​に​服し​て​いる​こと​を​どの​よう​に​示せ​ます​か。

18 アルゼンチン。神​の​王国​の​市民​は,自分​が​意識​不明​の​間​に​医療​上​ の​決定​が​必要​と​なる​場合​に​備え​て,何​が​でき​ます​か。自分​の​意思​を​伝える​法的​文書​を​携帯​する​こと​です。パブロ​・​アルバラシーニ​も​その​よう​に​し​まし​た。2012​年​5​月,パブロ​は​強盗​未遂​事件​に​巻き込ま​れ,数​か所​に​銃弾​を​受け​まし​た。病院​に​搬送​さ​れ​た​時​に​は​意識​不明​の​状態​で,輸血​に​関する​自分​の​立場​を​説明​する​こと​が​でき​ませ​ん​でし​た。兄弟​は​医療​上​の​指示​書​を​4​年​以上​前​に​作成​し​署名​し​て​おり,それ​を​携帯​し​て​い​まし​た。重篤​な​状態​で,命​を​救う​に​は​輸血​が​必要​だ​と​考える​医師​たち​も​い​まし​た​が,病院​と​し​て​は​本人​の​意思​を​尊重​する​つもり​でし​た。ところが,エホバ​の​証人​で​は​ない​父親​が,パブロ​の​意思​に​反し​て​輸血​を​施す​裁判​所​命令​を​取り付け​まし​た。

19 パブロ​の​妻​の​代理​を​務める​弁護​士​が,直ちに​上訴​し​ます。数​時間​の​うち​に,控訴​裁判​所​は​下級​裁判​所​の​命令​を​取り消し,医療​上​の​指示​書​に​記さ​れ​て​いる​本人​の​意思​を​尊重​す​べき​で​ある,と​いう​裁定​を​下し​まし​た。パブロ​の​父親​は​アルゼンチン​の​最高​裁判​所​に​上訴​し​まし​た。最高​裁判​所​は,輸血​拒否​の​意思​を​表明​し​た​本人​の​医療​上​の​指示​書​が,自ら​の「判断,意図,自由​意思​を​もっ​て​作成​さ​れ​た​こと​を​疑う​べき​理由​は​ない」と​裁定​し​まし​た。そして​次​の​よう​に​も​述べ​まし​た。「判断​能力​を​持つ​すべて​の​成人​は,自ら​の​健康​に​関し​て​事前​に​指示​する​能力​を​有し,……特定​の​医療​処置……を​受け入れ​たり​退け​たり​できる。担当​医​は,これら​の​指示​を​聴き入れ​なけれ​ば​なら​ない」。

自分​の​医療​上​の​指示​書​に​記入​し​まし​た​か

20 アルバラシーニ​兄弟​は,今​で​は​すっかり​回復​し​て​い​ます。兄弟​も​妻​も,医療​上​の​指示​書​を​作成​し​て​おい​て​本当​に​よかっ​た,と​思っ​て​い​ます。簡単​ながら​重要​な​この​手順​を​踏む​こと​に​より,兄弟​は,神​の​王国​を​通し​て​行使​さ​れる​キリスト​の​支配​に​服し​て​いる​こと​を​示し​まし​た。あなた​も​ご家族​も,この​よう​な​方法​で​緊急​時​の​備え​を​し​て​い​ます​か。

エイプリル​・​カドレス(21‐24​節​を​参照)

21‐24. (イ)カナダ​の​最高​裁判​所​が,未​成年​者​の​輸血​拒否​に​関し​て​注目​に​値する​判決​を​下し​た​経緯​を​述べ​て​ください。(ロ)この​経験​から,エホバ​に​仕える​若い​人​は​どんな​励み​が​得​られ​ます​か。

21 カナダ。一般​的​に​言っ​て,裁判​所​は,子ども​に​どんな​医療​を​施す​の​が​最善​か​を​決める​親​の​権利​を​認め​て​い​ます。場合​に​よっ​て​は,判断​能力​を​持つ​未​成年​者​に​つい​て​も,本人​の​医療​上​の​決定​を​尊重​す​べき​で​ある,と​裁定​する​ケース​も​あり​ます。エイプリル​・​カドレス​の​場合​が​そう​でし​た。エイプリル​は​14​歳​の​時,ひどい​内​出血​の​ため​病院​に​搬送​さ​れ​まし​た。その​数​か月​前​に,「医療​上​の​事前​の​指示」カード​を​作成​し,緊急​時​で​も​輸血​は​し​ない​で​ほしい​と​指示​し​て​い​まし​た。担当​医​は​この​明確​な​意向​を​無視​し,輸血​の​裁判​所​命令​を​取り付け​ます。そして,本人​の​意思​に​反し​て​輸血​を​施し​まし​た。この​少女​は​後​に,その​時​の​こと​を​レイプ​に​なぞらえ​まし​た。

22 エイプリル​と​両親​は​裁判​を​起こし​まし​た。2​年​後,この​件​は​カナダ​の​最高​裁判​所​で​争わ​れ​まし​た。違憲​で​ある​と​の​エイプリル​側​の​主張​は​ 認め​られ​ず,形​の​上​で​は​敗訴​と​なり​まし​た。それでも​裁判​所​は,訴訟​費用​を​相手​側​に​負担​さ​せ,エイプリル​に​有利​な​内容​の​判決​を​下し​まし​た。この​判決​は,医療​処置​を​自分​で​決定​する​権利​を​行使​し​たい​と​考える,判断​能力​の​ある​他​の​未​成年​者​に​とっ​て​も​有利​な​もの​と​なり​まし​た。最高​裁判​所​は​次​の​よう​に​述べ​まし​た。「医療​処置​を​施す​際,16​歳​未満​の​者​に​対し​て​も,特定​の​医療​処置​に​関する​当人​の​見方​に,十分​な​自主​的​思考​と​判断​能力​が​反映​さ​れ​て​いる​こと​を,当人​が​実証​する​機会​を​与える​べき​で​ある」。

23 この​裁判​は,最高​裁判​所​が​判断​能力​を​有する​未​成年​者​の​憲法​上​の​権利​を​論じ​た​と​いう​点​で,重要​な​意味​を​持っ​て​い​ます。この​判決​が​下さ​れる​まで,カナダ​の​裁判​所​は,ある​医療​処置​が​子ども​の​最善​の​利益​に​資する​と​判断​する​なら,その​医療​処置​を​16​歳​未満​の​子ども​に​施す​許可​を​出す​こと​が​でき​まし​た。しかし,この​判決​が​下さ​れ​た​今,裁判​所​は​16​歳​未満​の​若者​に​対し​て,十分​な​判断​能力​を​有し​て​いる​こと​を​示す​機会​を​まず​与える​こと​が​必要​に​なり​まし​た。その​機会​を​与え​ず​に,当人​の​意思​に​反する​治療​を​許可​する​こと​が​でき​なく​なっ​た​の​です。

「神​の​み名​を​賛美​し,サタン​が​偽り者​で​ある​こと​を​証明​する​こと​に,少し​です​が​貢献​でき​まし​た。その​こと​を​考える​と,うれしく​なり​ます」

 24 闘い​は​3​年​に​及び​まし​た​が,エイプリル​は​頑張り通し​た​こと​を​どう​思っ​て​いる​でしょ​う​か。「そう​し​て​良かっ​た​です」と​言っ​て​い​ます。今​で​は​元気​に​なり,正規​開拓​奉仕​を​し​て​いる​エイプリル​は,こう​語り​ます。「神​の​み名​を​賛美​し,サタン​が​偽り者​で​ある​こと​を​証明​する​こと​に,少し​です​が​貢献​でき​まし​た。その​こと​を​考える​と,うれしく​なり​ます」。エイプリル​の​経験​から​も​分かる​よう​に,若い​人​も​勇気​ある​立場​を​取り,神​の​王国​の​正真正銘​の​市民​で​ある​こと​を​示せる​の​です。―マタ 21:16

エホバ​の​規準​に​従っ​て​子ども​を​育てる​面​で​の​自由

25,26. 夫婦​が​離婚​に​至る​場合,どんな​状況​が​生じる​こと​が​あり​ます​か。

25 エホバ​は,ご自分​の​規準​に​従っ​て​子ども​を​育てる​責任​を​親​に​ゆだね​て​おら​れ​ます。(申 6:6‐8。エフェ 6:4)この​務め​は​簡単​な​もの​で​は​あり​ませ​ん。夫婦​が​離婚​に​至る​場合​は​なおさら​です。子育て​に​関する​両者​の​方針​は​大きく​異なる​場合​が​あり​ます。例えば,エホバ​の​証人​で​ある​親​は,子ども​を​クリスチャン​の​規準​に​従っ​て​育て​たい​と​強く​願う​の​に​対し,証人​で​ない​ほう​の​親​は​それ​に​異議​を​唱える,と​いう​状況​が​生じ​ます。言う​まで​も​なく,エホバ​の​証人​で​ある​親​は,離婚​に​よっ​て​夫婦​の​結びつき​は​断た​れる​と​し​て​も,双方​が​子ども​の​親​で​ある​こと​に​変わり​は​ない,と​いう​点​を​十分​に​認識​す​べき​でしょ​う。

26 証人​で​ない​ほう​の​親​が,子ども​の​親権​を​求め​て​裁判​を​起こす​こと​が​あり​ます。子ども​の​宗教​へ​の​かかわり​を​自分​の​側​で​決め​よう​と​し​て​の​こと​です。中​に​は,エホバ​の​証人​と​し​て​育てる​なら​子ども​に​害​が​及ぶ​と​主張​する​人​も​い​ます。子ども​は​誕生​日​の​祝い​や​クリスマス​など​の​様々​な​行事​を​楽しむ​こと​が​でき​ず,医療​上​の​緊急​事態​が​起き​た​時​に​は“命​を​救う”輸血​を​受け​られ​ない,と​唱える​の​です。幸い,裁判​所​は​多く​の​場合,単に​一方​の​親​の​宗教​が​子ども​に​害​を​及ぼす​か​どう​か​を​判断​し​よう​と​する​の​で​は​なく,何​が​子ども​に​とっ​て​最善​の​利益​と​なる​か​を​検討​し​ます。幾つ​か​の​例​を​見​て​み​ましょ​う。

27,28. 子ども​に​エホバ​の​証人​の​教育​を​施す​なら​害​を​与える​と​いう​主張​に​対し​て,オハイオ​州​最高​裁判​所​は​どんな​裁定​を​下し​まし​た​か。

27 米国。1992​年,オハイオ​州​最高​裁判​所​で,ある​裁判​が​行なわ​れ​まし​た。エホバ​の​証人​で​ない​父親​は,幼い​息子​に​エホバ​の​証人​の​教育​を​施す​なら​息子​に​害​を​与える​こと​に​なる,と​主張​し​て​い​まし​た。下級​裁判​所​は​父親​の​主張​を​認め,親権​を​父親​に​与え​て​い​まし​た。母親​の​ジェニファー​・​ペーター​は​面接​交渉​権​を​与え​られ​まし​た​が,「いかなる​形​で​あれ​エホバ​の​証人​の​信条​を​子ども​に​教え​たり,その​信条​に​触れ​させ​たり」し​ない​よう​命じ​られ​まし​た。この​裁判​所​命令​は​あまり​に​広範​で,ペーター​姉妹​が​息子​の​ボビー​に​聖書​や​聖書​の​道徳​規準​に​つい​て​話す​こと​すら​でき​ない,と​いう​意味​に​も​解釈​でき​まし​た。姉妹​の​気持ち​を​察する​こと​が​でき​ます​か。ペーター​姉妹​は​打ちのめさ​れ​まし​た。それでも,辛抱​し​エホバ​が​ 行動​し​て​くださる​の​を​待つ​こと​を​学ん​だ,と​述べ​て​い​ます。「エホバ​が​ずっ​と​そば​で​支え​て​ください​まし​た」と​も​言っ​て​い​ます。姉妹​の​弁護​士​は,エホバ​の​組織​の​援助​の​もと,オハイオ​州​最高​裁判​所​に​上訴​し​まし​た。

28 最高​裁判​所​は​下級​裁判​所​の​判決​を​支持​し​ませ​ん​でし​た。最高​裁判​所​は,「双方​の​親​に​は,子ども​に​教育​を​施す​基本​的​な​権利​が​あり,それ​に​は​道徳​的​および​宗教​的​な​価値​観​を​伝える​権利​も​含ま​れる」と​述べ​まし​た。さらに,エホバ​の​証人​の​掲げる​宗教​上​の​価値​観​が​子ども​の​身体​的​および​精神​的​福祉​を​害する,と​いう​こと​が​示さ​れ​ない​限り,裁判​所​に​は​宗教​に​基づい​て​一方​の​側​の​親権​を​制限​する​権利​は​ない,と​し​まし​た。最高​裁判​所​は,エホバ​の​証人​の​宗教​的​信条​が​子ども​の​精神​的​または​身体​的​福祉​に​悪​影響​を​及ぼす​と​いう​証拠​は​ない,と​認定​し​まし​た。

裁判​で​エホバ​の​証人​の​親​に​親権​が​与え​られ​た​例​は​少なく​ない

29‐31. デンマーク​の​一​姉妹​は,どんな​理由​で​娘​の​親権​を​失い​まし​た​か。最終​的​に,デンマーク​の​最高​裁判​所​は​どんな​判断​を​下し​まし​た​か。

29 デンマーク。アニータ​・​ハンセン​も​同様​の​問題​に​直面​し​まし​た。離婚​し​て​い​た​夫​が,7​歳​の​娘​アマンダ​の​親権​を​手​に​入れ​よう​と​裁判​を​起こし​た​から​です。地方​裁判​所​は​2000​年​に,ハンセン​姉妹​に​親権​を​与え​て​い​まし​た。しかし,アマンダ​の​父親​が​高等​裁判​所​に​上訴​し​ます。高等​裁判​所​は​地方​裁判​所​の​判決​を​覆し,父親​に​親権​を​与え​まし​た。高等​裁判​所​は,二親​の​人生​観​の​相違​が​双方​の​宗教​信条​に​基づい​て​いる​こと​を​理由​に,父親​の​ほう​が​子ども​を​教える​の​に​適し​て​いる,と​判断​し​まし​た。ですから, ハンセン​姉妹​は​実際​の​ところ,エホバ​の​証人​で​ある​ため​に​親権​を​失っ​た​の​です。

30 この​厳しい​試練​の​時期​に,ハンセン​姉妹​は​時折​ひどく​落ち込み,どう​祈っ​たら​よい​か​分から​ない​こと​も​あり​まし​た。姉妹​は​こう​語っ​て​い​ます。「そんな​時,ローマ 8​章​26,27​節​から​とても​慰め​られ​まし​た。エホバ​は,言葉​に​なら​ない​わたし​の​思い​を​分かっ​て​い​て​くださる​と,感じる​こと​が​でき​た​から​です。エホバ​は​どんな​時​も​わたし​を​見​て​い​て​支え​て​ください​まし​た」。―詩編 32:8; イザヤ 41:10を​読む。

31 ハンセン​姉妹​は​デンマーク​の​最高​裁判​所​に​上訴​し​まし​た。裁判​所​は​判決​の​中​で​次​の​よう​に​述べ​まし​た。「親権​の​問題​は,何​が​子ども​の​最善​の​利益​に​資する​か​を​具体​的​に​査定​し​た​うえ​で​決定​す​べき​で​ある」。この​裁判​所​は​また,親権​に​関する​判断​は,二親​が​意見​の​相違​を​どう​扱う​か​に​基づい​て​下す​べき​で​あり,エホバ​の​証人​の「教理​や​立場」に​基づい​て​下す​べき​で​は​ない,と​し​まし​た。たいへん​喜ばしい​こと​に,最高​裁判​所​は,ハンセン​姉妹​が​親​と​し​て​適格​で​ある​こと​を​認め,娘​の​親権​を​母親​に​与え​まし​た。

32. ヨーロッパ​人権​裁判​所​の​判決​に​よっ​て,エホバ​の​証人​の​親​に​対する​差別​的​な​扱い​は​どの​よう​に​正さ​れ​まし​た​か。

32 ヨーロッパ​諸国。子ども​の​親権​を​めぐる​法的​な​争い​が,国内​の​最高​裁判​所​で​は​決着​し​ない​場合​も​あり​ます。ヨーロッパ​人権​裁判​所​は,親権​を​めぐる​裁判​に​も​関与​し​て​き​まし​た。人権​裁判​所​は​2​つ​の​事例​に​おい​て,それぞれ​の​国​の​裁判​所​が,宗教​だけ​に​基づき,エホバ​の​証人​で​ある​親​と​証人​で​ない​親​に​対する​扱い​の​面​で​相違​を​生じ​させ​た,と​認定​し​まし​た。ヨーロッパ​人権​裁判​所​は,その​よう​な​扱い​を​差別​的​と​評し,「実質​的​に​宗教​の​違い​のみ​に​基づく​区別​は​受け入れ​られ​ない」と​裁定​し​まし​た。人権​裁判​所​の​そう​し​た​判決​の​恩恵​に​あずかっ​た,エホバ​の​証人​で​ある​母親​は​安堵​し,大変​だっ​た​ころ​を​こう​振り返っ​て​い​ます。「子ども​に​害​を​及ぼし​て​いる​と​非難​さ​れ​て,とても​つらく​感じ​まし​た。わたし​は​ただ​子ども​たち​に​とっ​て​最善​と​思える​もの,つまり​クリスチャン​と​し​て​の​教育​を​与え​よう​と​し​て​い​た​だけ​な​の​です」。

33. エホバ​の​証人​の​親​は,フィリピ 4​章​5​節​の​原則​を​どの​よう​に​当てはめ​ます​か。

33 もちろん,エホバ​の​証人​の​親​で,子ども​の​心​に​聖書​の​規準​を​教える​権利​を​めぐっ​て​係争​中​の​人​は,道理​に​かなう​バランス​の​取れ​た​態度​を​取る​よう​に​努め​ます。フィリピ 4:5を​読む。)エホバ​の​証人​の​親​は,神​の​道​に​従っ​て​子ども​を​訓練​する​権利​を​持てる​こと​を​感謝​し​ます。それ​と​とも​に,証人​で​ない​ほう​の​親​が​子ども​に​対する​責務​を​分担​する​こと​を​望む​なら,その​立場​を​認め​ます。では,エホバ​の​証人​の​親​は,子ども​を​訓練​する​責任​を​どれ​ほど​真剣​に​果たし​ます​か。

34. 今日​の​クリスチャン​の​親​は,ネヘミヤ​の​時代​の​ユダヤ​人​から​どんな​こと​を​学べ​ます​か。

34 ネヘミヤ​の​時代​の​例​は​教訓​と​なり​ます。ユダヤ​人​は​エルサレム​の​城壁​を​修理​し​再建​する​ため​懸命​に​働き​まし​た。そうすれば,自分​や​家族​ を​周辺​の​敵国​から​守る​こと​が​でき​た​から​です。その​ため​ネヘミヤ​は,「自分​たち​の​兄弟,息子​および​娘,妻​および​家​の​ため​に​戦い​なさい」と​強く​勧め​まし​た。(ネヘ 4:14)当時​の​ユダヤ​人​が​払っ​た​努力​は,大きな​意味​を​持ち​まし​た。今日​で​も,エホバ​の​証人​の​親​は,真理​の​道​に​従っ​て​子ども​を​育てる​ため​懸命​に​努力​し​ます。子ども​は​学校​や​近所​で​不​健全​な​影響​に​絶え​ず​さらさ​れ​て​い​ます。その​よう​な​影響​力​が​メディア​を​通し​て​家庭​に​入り込む​こと​も​あり​ます。親​の​皆さん,お子さん​が​霊的​に​立派​に​成長​できる​よう,安全​な​環境​を​整え​ましょ​う。その​よう​な​努力​は​大きな​意味​を​持つ,と​いう​こと​を​忘れ​ない​で​ください。

真​の​崇拝​に​対する​エホバ​の​支え​を​確信​する

35,36. エホバ​の​証人​が​自分​たち​の​法的​権利​の​ため​に​闘っ​た​こと​は,どんな​良い​結果​に​なり​まし​た​か。あなた​は​どんな​こと​を​決意​し​て​い​ます​か。

35 現代​の​エホバ​の​組織​は,崇拝​の​自由​の​ため​に​闘っ​て​き​まし​た。その​努力​を​エホバ​は​確か​に​祝福​し​て​ください​まし​た。法的​な​闘い​を​し​て​き​た​神​の​民​は,しばしば​裁判​所​で​強力​な​証言​を​行なう​こと​が​でき,それ​は​一般​の​人々​に​対し​て​も​証言​と​なり​まし​た。(ロマ 1:8)エホバ​の​証人​に​よる​多く​の​法的​勝利​の​付随​的​な​益​と​し​て,エホバ​の​証人​で​は​ない​人々​の​市民​と​し​て​の​権利​が​強化​さ​れる​こと​に​も​なり​まし​た。と​は​いえ,わたしたち​神​の​民​は​社会​改革​を​目指す​わけ​で​も,自己​の​正しさ​を​証明​し​たい​わけ​で​も​あり​ませ​ん。エホバ​の​証人​が​法的​権利​を​求め​て​裁判​で​闘っ​て​き​た​の​は,何​に​も​まして,清い​崇拝​を​確立​し​推進​する​こと​を​願っ​て​いる​から​です。―フィリピ 1:7を​読む。

36 エホバ​を​崇拝​する​自由​の​ため​に​闘っ​て​き​た​人々​から,信仰​に​関する​大切​な​教訓​を​学べ​ます。その​よう​な​教訓​を​心​に​銘記​し​ましょ​う。さらに,忠実​で​あり​続け,次​の​こと​を​確信​し​ましょ​う。エホバ​は​わたしたち​の​業​を​支え​て​くださり,ご意志​を​行なう​ため​の​力​を​今後​も​与え​て​くださる​の​です。―イザ 54:17

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「ものみの塔」

平和を愛する人々は自分たちの名誉を守る

ロシアのエホバの証人は,自分たちの名誉を守るためにどんな行動に出ましたか。