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自然界の設計から学ぶ

自然界の設計から学ぶ

 自然界の設計から学ぶ

「最も優れた発明の多くは,他の生物をまねたものか,それらがすでに使っていたものである」。―フィル・ゲイツ,「ワイルド・テクノロジー」(英語)。

前の記事で述べたように,バイオミメティックス科学が目ざすところは,自然界を模倣することによって,より複雑な物質や機械を作り出すことです。自然界は公害を生み出すことなく,いろいろなものを作り出します。しかも作られるものは概して軽く耐久性があり,それでいて驚くほど強力です。

例えば,骨は同じ重量の鋼鉄よりも強力です。その秘密は何でしょうか。見事に設計されたその形にも答えがありますが,おもな理由はもっと深いところ,つまり分子のレベルにあります。「生体がうまくできている理由は,その設計と,最小部分の組成にある」とゲイツは説明しています。科学者たちは,それら最小部分をよく調べた結果,骨からシルクに至る天然物に,望ましい強度と軽さを与えている物質を分離させることができました。発見されたそれらの物質とは,様々な形態の天然の複合体です。

複合体の奇跡

複合体とは,二つ以上の物質が結合して新しい物質を形成するときにできる固体であり,元の成分よりも優れた特性を備えています。人工的に生成した複合グラスファイバーの例で説明しましょう。複合グラスファイバーは,ボートの船体,釣りざお,弓,矢,その他のスポーツ用品に普通に使われています。 * グラスファイバーは,質の良いガラスの繊維を液状またはゼリー状のプラスチックの母型(ポリマーと呼ばれる)の中で固まらせて作ります。ポリマーが硬くなる,つまり固まると,軽くて強力でしなやかな複合体ができ上がります。繊維や母型の種類を変えれば,ありとあらゆる種類の製品を作ることができます。もちろん,人間の作る複合体は,人体や動物や植物の中に自然に存在するものと比べれば,やはり粗削りです。

人間や動物の場合,皮膚や腸,軟骨,腱,骨,歯(エナメル質を除く)などに強度を与える複合体の素材になっているのは,ガラス繊維や炭素繊維ではなく,コラーゲンと呼ばれる硬タンパク質です。 * ある参考文献は,コラーゲンを素材にした複合体を,「知られて いる最先端の構造上の複合物質の一つ」と表現しています。

一例として,筋肉と骨を結んでいる腱について考えてみましょう。腱は,コラーゲンを素材にした繊維の強さだけでなく,それらの繊維が見事に絡み合っていることのゆえにも,驚嘆すべきものです。ジャニン・ベニヤスは自著「バイオミミクリー」(英語)という本の中で,ほどけることのない腱についてこう書いています。「その多層の精密さはほとんど信じがたいほどである。前腕の腱は,つり橋で使われているケーブルのように,ケーブルの束をねじった形になっている。各ケーブルは,さらに細いケーブルをねじった形になっており,それらの細いケーブルは各々,分子の束をねじった形になっている。言うまでもなく,それらの分子は,原子の束をねじってらせん状にした形をしている。ほどいてもほどいても,数学的な美しさが明らかになる」。ベニヤス女史はこれを「工学上の輝かしい偉業」と呼んでいます。科学者たちは自然界の設計からひらめきを得たと言いますが,そうした発言に何の不思議があるでしょうか。―ヨブ 40:15,17と比較してください。

すでに述べたとおり,人間の作る複合体は,自然が生み出す複合体と比べると精彩を 欠いています。とはいえ,人工的に生成される化合物は注目に値します。実際,それらは過去25年間の際立った工学上の10の業績の一つに数えられています。例えば,黒鉛または炭素繊維を素材にした複合体が生み出してきたものとしては,急激に増加した品目の幾つかを挙げるだけでも,新世代の航空機や宇宙船の部品,スポーツ用品,F1カー,ヨット,軽量の義肢などがあります。

多機能で驚異的な皮下脂肪層

クジラやイルカは気づいていませんが,それらの動物の体は驚くべき組織 ― 脂肪の一種である皮下脂肪層 ― に包まれています。「バイオミメティックス: 設計と物質の加工処理」という本は,「クジラの皮下脂肪層は,知られている物質の中でおそらく最も多機能な物質である」と述べ,その理由を説明して,皮下脂肪層は驚くべき浮揚装置であり,そのおかげでクジラは呼吸するために水面に浮上できると付け加えています。また,これら温血のほ乳類にとっては,海の冷たさを防ぐ優れた断熱材ともなります。さらに,えさを食べずに何千キロも回遊する間,その皮下脂肪層は考え得る最も優れた食料貯蔵庫になります。実際,脂肪は同じ質量のタンパク質や糖の2倍から3倍のエネルギーを生み出します。

上記の本はこう述べています。「皮下脂肪層は弾力性に富むゴムのような物質でもある。今の時点で最も信頼できる推計によると,尾びれを振る度に伸縮する皮下脂肪層の跳ね返りの力によって加速度が生じるため,長期に及ぶ連続した遊泳期間中に,移動にかかるエネルギーを20%節約できる」。

皮下脂肪層は何世紀も採取されてきました。しかし,皮下脂肪層の体積の約半分が,それぞれの動物を包み込む複雑に絡み合ったコラーゲン繊維からできていることが分かったのは,つい最近のことです。科学者たちは今も,このコラーゲン繊維の混じり合った脂肪複合体の機能を探ろうとしていますが,驚くべき生成物をさらにもう一つ発見したと考えています。それを人工的に作り出せれば,幾らでも応用し,実用化させることができるのです。

8本足の工学上の天才

近年,科学者たちはクモについても注意深い研究を行なってきました。クモの糸の製造過程を何とか理解したいという願いがあるのです。クモの糸も一つの複合体です。確かに,糸を作り出す虫は幾らでもいますが,クモの糸は特別です。地上で最も強い物質の一つであり,科学関係の一著述家はこれを「夢のような素材」と評しました。クモの糸は極めて特異なものであり,その驚くべき特性のリストを見れば,信じがたく思われるでしょう。

科学者たちはクモの糸について述べる際,なぜ最上級の賛辞を用いるのでしょうか。クモの糸は鋼鉄の5倍も強い上に弾力性に富んでいますが,このような組み合わせは物質界では珍しいことなのです。クモの糸は最も伸縮性のあるナイロンより30%も長く伸びます。それでも,トランポリンのようには弾まないので,クモが捕らえた獲物を空中にほうり出す ことはありません。サイエンス・ニューズ誌(英語)は,「人間の規模で言えば,クモの巣は,旅客機を受け止めることのできる魚網に似ている」と述べています。

もしわたしたちがクモの化学上の妙技 ― 2種類のクモは7種類の糸を作り出すことができる ― をまねできたら何に利用できるか,想像してみてください。はるかに高品質のシートベルト,縫合糸,義肢,軽量のロープやケーブル,防弾繊維などは,その数例にすぎません。科学者は,クモがどのようにして糸をそれほど効率よく,しかも有毒な化学物質を使わずに作るのかを理解しようとしています。

自然の変速装置とジェットエンジン

現代の世界は,変速装置やジェットエンジンを利用して活動しています。しかし,それらの設計に関しても,人間は自然界にかなわないことをご存じでしたか。変速装置の例を取り上げましょう。この装置のおかげで,車のギアを変え,モーターを最も効率よく使うことができます。自然界の変速装置は,それと同じ働きをしますが,エンジンと車輪ではなく,羽と羽を連結しています。どんな生き物がそのような装置を備えているのでしょうか。普通のハエです。ハエには,羽と連結した3段変速のギアがあり,空中でギアを変えることができます。

イカやタコやオウムガイなどは,一種のジェット推進装置を持っていて,水中で前進することができます。科学者たちはそうしたジェットエンジンを見て,うらやましく思っています。なぜなら,それらの装置は壊れない柔らかい部品 でできていて,非常に深い所でも持ちこたえ,静かに効率よく動くからです。実際,イカは敵から逃げる時,ジェット噴射によって時速32㌔まで出すことができます。「ワイルド・テクノロジー」という本によると,「水中から飛び出して,船のデッキに上ることさえある」のです。

確かに,自然界についてほんの少しの間じっくり考えるだけでも,わたしたちは畏敬の念や感謝の気持ちに満たされます。自然界はまさに,次から次へと疑問を生じさせる生きたパズルです。ホタルやある種の藻類が明るい冷光を発する背後には,どんな化学上の驚異が隠されているのでしょうか。北極地方の種々の魚やカエルは,体が凍結していた冬が終わると,元どおり体も温まり,活動を再開します。どうしてそのようなことができるのでしょうか。クジラやアザラシが呼吸装置も着けず,長時間水に潜っていられるのはどうしてでしょうか。非常に深い所まで繰り返し潜るのに,一般に潜水病と呼ばれる減圧症にかからないのはなぜでしょうか。カメレオンやコウイカは,どのように体色を変えて周囲に溶け込むのでしょうか。ハチドリは,3㌘にも満たない燃料でどのようにメキシコ湾を横断するのでしょうか。疑問は際限なく続くように思えます。

確かに,人間は観察して不思議に思うばかりです。「バイオミミクリー」という本が述べるとおり,科学者たちは自然を研究すると,「崇敬の念にも似た」畏敬の気持ちを持つようになります。

設計の背後には設計者がいる

生化学の准教授マイケル・ビヒーは,生細胞の中を探って得られた最近の成果の一つは,「『設計されている!』という,大きく明確な,かん高い叫びである」と述べました。 そして,細胞を研究する努力によって得られたこの結果は,「あいまいさの全くない,非常に意義深いものであり,科学史上最も偉大な業績の一つとして位置づけなければならない」と付け加えました。

設計者がおられる証拠が,進化論の支持者にとって問題となることは想像に難くありません。進化論では,生物,とりわけ細胞や分子のレベルに見られる極めて精巧な設計について説明することはできないからです。ビヒーは,「生命の仕組みに関するダーウィンの説明を立証することは,永遠にできそうにないと考えてよい強力な理由がある」と述べています。

ダーウィンの時代には,生細胞 ― 生命の基盤 ― は単純なものと考えられていました。そうした比較的無知な時代に進化論は考え出されたのです。しかし,科学はすでにそのような時代を後にしてきました。分子生物学やバイオミメティックスにより,細胞は大いに複雑な仕組みを持つこと,またその中に極めて緻密かつ完ぺきな設計が随所に見られるということが,疑問の余地なく証明されてきたのです。そうした設計と比べると,人間の作った最も精巧な道具や機械の内部構造でさえ,子どものお遊びのように映ります。

こうした見事な設計から,「生命は理知ある行為者によって設計された」という当然の結論が導き出される,とビヒーは述べています。ですから,この行為者が目的を持っておられ,その目的には人間もかかわっていると考えるのは道理にかなったことではないでしょうか。もしそうであれば,その目的とは何でしょうか。設計者についてもっと知ることはできるでしょうか。続く記事では,そうした重要な質問について考慮します。

[脚注]

^ 6節 厳密に言えば,グラスファイバーとは複合体中のガラスの繊維を指します。しかし一般的には,プラスチックとガラス繊維からできた複合体そのものを指して使われます。

^ 7節 野菜の複合体の素材は,コラーゲンではなくセルロースです。樹木が建築材料として望ましい特性を数多く備えているのは,セルロースのおかげです。セルロースは「無類の伸張物質」と評されてきました。

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絶滅したハエが太陽熱発電の進歩に貢献

ニュー・サイエンティスト誌(英語)が伝えるところによると,ある博物館を訪れていた一人の科学者は,絶滅したハエがこはくの中に保存されている写真を見ました。その際,ハエの目に一連の格子模様があることに気づき,ハエの目はその格子模様により,特に非常に傾斜したその角度のおかげで多量の光をとらえることができるのではないかと考えました。その科学者と他の研究者たちは実験を始め,その直感が正しかったことを確認しました。

科学者たちはすぐに,太陽電池パネルのガラスに同じ格子模様を刻みつける計画を立てました。科学者たちは,これによって太陽電池パネルの生み出すエネルギーが増加すると期待しています。また,太陽電池パネルを常に太陽に向けておくために現在必要とされている,費用のかかる追跡装置も不要になるかもしれません。改良された太陽電池パネルを利用すれば,使用する化石燃料は少なくてすみ,結果として公害も減らせるかもしれません。それは価値ある目標です。明らかにこの種の発見は,自然というものが,発見され,理解され,可能であれば有益な形で模倣されるのをじっと待っている,優れた設計の真の宝庫であることを認識する助けになります。

[6ページの囲み記事]

ふさわしいところに誉れを帰す

1957年のこと,スイスの技師ジョルジュ・ド・メストラルは,自分の服にしっかりと付いている小さないがに,たくさんの微小なフックがあることに気づきました。それらのいがとフックを研究したこの技師は,すぐに独創的なアイディアを思いつき,その後8年をかけて,いがと同じ仕組みの合成品を開発しました。その発明品はたちまち世界に広がり,現在ではマジックテープとして親しまれています。

もしド・メストラルが,マジックテープはだれが設計したのでもなく,ある作業場で何千回も事故が起きて偶然出来上がったものだ,と言われたとしたらどう感じるか,想像してみてください。明らかに,偏りのない公正な見方をすれば,誉れは当然ふさわしいところに帰さなければなりません。人間の発明家は特許を取って,確実に誉れを受けられるようにします。確かに,何かを製作した人は,その作品のゆえに誉れや金銭的な報い,それに賛辞にさえ値するように思えます。しかし,それらの作品は,自然界に存在する物の粗末な模造品である場合が少なくありません。完全な原型を造られた知恵に富む創造者にこそ,感謝をささげるべきではないでしょうか。

[5ページの図版]

骨は同じ重量の鋼鉄よりも強力

[クレジット]

Anatomie du gladiateur combattant...., Paris, 1812, Jean-Galbert Salvage

[7ページの図版]

クジラの皮下脂肪層は,浮揚装置,断熱材,食料貯蔵庫になる

[クレジット]

© Dave B. Fleetham/Visuals Unlimited

[7ページの図版]

クロコダイルやアリゲーターの表皮は,槍や矢,さらには弾丸でさえはじいてしまう

[7ページの図版]

クモの糸は鋼鉄の5倍も強い上に弾力性に富んでいる

[8ページの図版]

キツツキの脳は,衝撃を吸収する非常に密度の高い骨で守られている

[8ページの図版]

カメレオンは体色を変えて周囲に溶け込む

[8ページの図版]

オウムガイには浮力を調節する特別な小室がある

[9ページの図版]

ノドアカハチドリは,3㌘にも満たない燃料で約1,000㌔の旅をする

[9ページの図版]

イカは一種のジェット推進装置を利用する

[9ページの図版]

ホタルの発する明るい冷光は化学上の驚異

[クレジット]

© Jeff J. Daly/Visuals Unlimited