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聖書に出てくる人たちから学ぶ
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塔般23 No. 1 10–11ページ

3 | 聖書に出てくる人たちから学ぶ

3 | 聖書に出てくる人たちから学ぶ

聖せい書しょによると… 神かみ様さまに信しん仰こうを持もっていた人ひとたちも,「私わたしたちと同おなじようにいろいろな感かん情じょうを持もつ人ひとでした」。ヤコブ 5:17

どういう意い味みか

聖せい書しょには,感かん情じょうの浮うき沈しずみを経けい験けんした人ひとたちのことがたくさん載のせられています。その中なかには私わたしたちと同おなじような感かん情じょうを経けい験けんした人ひともいるかもしれません。

どのように役やく立だつか

誰だれでも自じ分ぶんの気き持もちをほかの人ひとに分わかってほしいと思おもうものです。こころの病びょう気きと闘たたかっている時ときは特とくにそういえます。聖せい書しょに出でてくる人ひとたちの物もの語がたりを読よむと,自じ分ぶんと同おなじように考かんがえたり感かんじたりした人ひとが見みつかるかもしれません。つらい思おもいをしているのは自じ分ぶんだけではないことが分わかると,安あん心しんできます。

  • 聖せい書しょには,自じ分ぶんは無む力りょくだと感かんじて絶ぜつ望ぼうした人ひとたちの言こと葉ばがたくさん出でてきます。あなたも「もうこれ以い上じょう耐たえられない」という気き持もちになったことがありますか。モーセやエリヤやダビデもそう感かんじました。(民みん数すう記き 11:14。列れつ王おう第だい一いち 19:4。詩し編へん 55:4)

  • ハンナという女じょ性せいは「非ひ常じょうに苦くるしんで」いました。子こ供どもができず,夫おっとであるエルカナのもう1人ひとりの妻つまからひどい仕し打うちを受うけていたからです。(サムエル第だい一いち 1:6,10)

  • ヨブという男だん性せいは神かみ様さまに強つよい信しん仰こうを持もっていました。でも精せい神しん的てきに追おい込こまれ,「私わたしは自じ分ぶんの命いのちに嫌いや気けが差さします。生いきていたくありません」と言いいました。(ヨブ 7:16)

でも,こうした聖せい書しょの登とう場じょう人じん物ぶつはネガティブな考かんがえに負まけませんでした。そのことを知しると,つらい思おもいと闘たたかう力ちからをもらえます。