ヨハネ​に​よる​福音​書 18:1-40

18  イエスはこれらのことを言い終えてから,弟子たちと一緒に外に出て,キデロンの谷+を渡って庭園がある所に行き,中に入った+  裏切り者のユダ+もその場所を知っていた。イエスはそこで弟子たちとよく集まっていたからである。  ユダは,兵士の一隊と,祭司長とパリサイ派に遣わされた下役たちを連れ,たいまつやランプや武器を携えてやって来た+  イエスは,自分に起きることを全て知っていて,進み出て,「誰を捜しているのですか」と言った。  その人たちは,「ナザレ人イエスだ+」と答えた。イエスは言った。「それは私です」。裏切り者のユダもそこに立っていた+  「それは私です」とイエスが言った時,その人たちは後ずさりして地面に倒れた+  イエスは再び,「誰を捜しているのですか」と尋ねた。「ナザレ人イエスだ」とその人たちは言った。  イエスは言った。「それは私だと言いました。私を捜しているのであれば,この人たちは行かせなさい」。  これは,「託してくださった人のうち,一人も失いませんでした」という言葉が実現するためだった+ 10  その時,シモン・ペテロが,持っていた剣を抜き,大祭司の奴隷に襲い掛かって右耳を切り落とした+。奴隷の名前はマルコスといった。 11  しかしイエスはペテロに言った。「剣をさやに収めなさい+。私は父が与えてくださった杯を飲むべきではありませんか+」。 12  その時,兵士たちと軍司令官とユダヤ人の下役たちはイエスを捕らえて縛り, 13  まずアンナスの所に引いていった。アンナスは,その年に大祭司だったカヤファ+のしゅうとであった+ 14  カヤファは,1人の人が民のために死ぬ方が皆の得になる,とユダヤ人たちに助言した人である+ 15  さて,シモン・ペテロともう1人の弟子がイエスに付いていった+。その弟子は大祭司に知られていて,イエスと一緒に大祭司の家の中庭に入っていった。 16  ペテロは外で戸口*の所に立っていた。それで,大祭司に知られていた弟子が出ていって戸口番に話し,ペテロを中に入れた。 17  その際,戸口番である召し使いの女性がペテロに言った。「あなたもあの人の弟子ではないでしょうね」。ペテロは,「違う」と言った+ 18  奴隷や下役たちは,寒かったので炭火をおこし,周りに立って体を温めていた。ペテロも一緒に体を温めていた。 19  祭司長はイエスに,弟子たちや教えについて質問した。 20  イエスは答えた。「私は皆の前で話してきました。全てのユダヤ人が集まる神殿や会堂でいつも教え+,何もひそかに話したりはしませんでした。 21  なぜ私に質問するのですか。私が話したことを聞いた人たちに質問しなさい。私が言ったことを知っています」。 22  イエスがこう言うと,そばに立っていた下役がイエスの顔を平手打ちし+,「祭司長にそんな答え方をするのか」と言った。 23  イエスは答えた。「私が間違ったことを言ったなら,何が間違っているのかを言い*なさい。しかし,正しいなら,なぜたたくのですか」。 24  それからアンナスは,イエスを縛ったまま大祭司カヤファのもとに送った+ 25  さて,シモン・ペテロは立って体を温めていた。すると人々が言った。「あなたも彼の弟子ではないだろうな」。ペテロは否定して,「違う」と言った+ 26  大祭司の奴隷の1人で,ペテロに耳を切り落とされた男性+の親族が言った。「私はあなたが庭園で彼と一緒にいたのを見たぞ」。 27  しかし,ペテロはまた否定した。するとすぐに,おんどりが鳴いた+ 28  ユダヤ人たちはイエスをカヤファの所から総督の邸宅に引いていった+。もう早朝になっていた。しかし彼らは邸宅に入らなかった。汚されることなく+,過ぎ越しの食事をするためである。 29  それでピラトは彼らがいる所に出てきて,言った。「どんな理由でこの人を訴えるのか」。 30  ユダヤ人たちは答えた。「この男が悪事*をしていなければ,あなたに引き渡したりはしません」。 31  そこでピラトは言った。「彼を連れていき,自分たちの律法に従って裁きなさい+」。ユダヤ人たちは言った。「私たちが人を殺すことは許されていません+」。 32  これは,自分がどんな死を遂げようとしているかについて述べたイエスの言葉が実現するためだった+ 33  それでピラトは再び総督の邸宅に入り,イエスを呼んで,こう言った。「あなたはユダヤ人の王なのか+」。 34  イエスは答えた。「自分の考えでそう尋ねているのですか。それとも,ほかの人が私について告げたのですか」。 35  ピラトは答えた。「私がユダヤ人だとでもいうのか。あなたの国の人々と祭司長たちがあなたを私に引き渡したのだ。あなたは何をしたのか」。 36  イエスは答えた+。「私の王国はこの世界のものではありません+。もしそうだったなら,私に付き従う者たちは,私をユダヤ人たちに渡さないように戦ったでしょう+。しかし実際は,私の王国はこの世界からのものではありません」。 37  ピラトは言った。「それでは,あなたは王なのだな」。イエスは答えた。「その通りです+。真理を明らかにする*こと,このために私は生まれ,このために私は世に来ました+。真理に従う人は皆,私の声を聞きます+」。 38  ピラトは言った。「真理とは何か」。 そう言ってから,再びユダヤ人たちの所に出ていって,言った。「彼には何の過失も見つからない+ 39  それに,あなた方の習慣に従って,過ぎ越しの時に1人を釈放することになっている+。ユダヤ人の王を釈放してほしいか」。 40  ユダヤ人たちは再び叫んだ。「この男ではなく,バラバを!」 バラバは強盗だった+

脚注

または,「入り口」。
または,「間違いを証明し」。
または,「犯罪」。
または,「について証言する」。

注釈

キデロンの谷: または,「キデロンの冬の奔流」。ギリシャ語聖書でここだけに出ているキデロンの谷は,エルサレムとオリーブ山を隔てている。エルサレムの東側に沿って北から南に通っている。キデロンの谷は,特に激しい雨が降らない限り普段は冬でも水がない。ここで「谷」と訳されているギリシャ語ケイマッロスは,字義通りには「冬の奔流」という意味。冬の奔流とは,冬の激しい雨によって勢いよく流れる川のこと。このギリシャ語は,「谷」に相当するヘブライ語ナハルの訳としてセプトゥアギンタ訳で80回以上使われている。ナハルはキデロンの谷がヘブライ語聖書に出てくる時に使われている。(サ二 15:23。王一 2:37)「谷」に当たるこのヘブライ語とギリシャ語は,奔流や川を指すこともある。(申 10:7。ヨブ 6:15。イザ 66:12。エゼ 47:5)しかしこれらの語は,冬の奔流に削られてできる谷を指すことの方が多く,冬の雨の時期にそこを川が流れる。(民 34:5。ヨシ 13:9; 17:9。サ一 17:40。王一 15:13。代二 33:14。ネヘ 2:15。ソロ 6:11)どちらの語も「ワジ」と訳されることも多い。用語集の「ワジ」参照。

兵士の一隊: ギリシャ語スペイラが使われていることは,ここで述べられているのがローマ兵であることを示している。4人の福音書筆者のうちヨハネだけが,イエスが捕らえられた時にローマ兵がいたことを述べている。(ヨハ 18:12

大祭司の奴隷に襲い掛かって: この出来事は4人の福音書筆者全員が記していて,それらの記述は補い合っている。(マタ 26:51。マル 14:47。ルカ 22:50)「愛されている医者」ルカ(コロ 4:14)だけが,イエスが「奴隷の耳に触れて癒やした」ことを述べている。(ルカ 22:51)剣を振るったのがシモン・ペテロで,耳を切り落とされた奴隷の名前マルコスであることを述べている福音書筆者はヨハネだけ。「大祭司」とその家の人たち「に知られていた」弟子とはヨハネのことだと思われ(ヨハ 18:15,16),けがを負った男性の名前がヨハネの福音書に出ているのは自然なこと。ヨハネが大祭司の家の人たちをよく知っていたことはヨハ 18:26からも分かる。そこでヨハネは,ペテロがイエスの弟子だと指摘した奴隷について,「ペテロに耳を切り落とされた男性の親族」だと説明している。

杯から飲む: 聖書で,「杯」はしばしば比喩的に使われ,ある人に対する神の意志,つまり「与えられた分」を指す。(詩 11:6,脚注; 16:5,脚注; 23:5)ここの「杯から飲む」とは,神の意志に従うことを意味する。イエスが言っている「杯」には,冒とくという偽りの訴えを受けたイエスの苦しみと死だけでなく,天での不滅の命への復活も含まれる。

この杯を……取り去って: 聖書で,「杯」はしばしば比喩的に使われ,ある人に対する神の意志,つまり「与えられた分」を指す。(マタ 20:22の注釈を参照。)イエスは,冒とくと扇動の訴えを受けて死ぬことが神に非難をもたらすことにならないかを非常に心配して,この「杯」を取り去ってくださるよう祈ったのだろう。

杯を飲む: 聖書で,「杯」はしばしば比喩的に使われ,ある人に対する神の意志,つまり「与えられた分」を指す。(詩 11:6,脚注; 16:5,脚注; 23:5)ここの「杯を飲む」とは神の意志に従うことを意味する。イエスが言っている「杯」には,冒とくという偽りの訴えを受けたイエスの苦しみと死,また天での不滅の命への復活が含まれる。マタ 20:22; 26:39の注釈を参照。

ユダヤ人: この語はヨハネの福音書で,文脈によって異なる意味を伝えている。ユダヤ人やユダヤにいる人々全般,あるいはエルサレムやその近くに住んでいる人を指す以外に,モーセの律法に関連した人間の伝統を厳格に守るユダヤ人を指すこともある。その伝統はしばしば律法の精神に反していた。(マタ 15:3-6)そうした「ユダヤ人」の筆頭がイエスに敵意を抱くユダヤ人の権力者または宗教指導者だった。この節とヨハネ 7章の他の幾つかの箇所では,文脈からすると,ユダヤ人の権力者または宗教指導者を指している。(ヨハ 7:13,15,35前半用語集参照。

軍司令官: ギリシャ語キリアルコス(千人長)は,字義的には「1000の支配者」つまり1000人の兵士の支配者という意味。ローマの上級将校を指す。ローマの軍団ごとに6人の上級将校がいた。軍団が6つの部隊に分けられたのではなく,各上級将校が軍団全体を6分の1の期間指揮した。そのような軍司令官には大きな職権があり,百人隊長を指名して割り当てる権限もあった。このギリシャ語は,高位の士官一般を指すこともあった。ローマの軍司令官がイエスを捕らえた兵士たちに同行していた。

ユダヤ人: ユダヤ人の権力者または宗教指導者を指すと思われる。ヨハ 7:1の注釈を参照。

アンナスとカヤファが祭司長: ルカは,バプテストのヨハネの宣教の開始を正確に示して,ユダヤ人の祭司たちが2人の有力者に支配されていた時代について述べている。アンナスは西暦6年か7年ごろにシリアのローマ総督クレニオによって大祭司に任命され,西暦15年ごろまで務めた。ローマ人に退任させられて大祭司という公式の称号を持たなくなった後も,名誉大祭司またユダヤ教の聖職者階級の有力な発言者として大きな力と影響力を行使し続けたと思われる。息子5人は大祭司となり,娘婿カヤファは西暦18年ごろから36年ごろまで大祭司を務めた。それで西暦29年にはカヤファが大祭司だったが,アンナスも主要な地位のゆえに「祭司長」と言うことができた。(ヨハ 18:13,24。使徒 4:6

まずアンナスの所に引いていった: イエスがアンナスの所に引いていかれたことを述べているのはヨハネだけ。アンナスは西暦6年か7年ごろにシリアのローマ総督クレニオによって大祭司に任命され,西暦15年ごろまで務めた。ローマ人に退任させられて大祭司という公式の称号を持たなくなった後も,名誉大祭司またユダヤ教の聖職者階級の有力な発言者として大きな力と影響力を行使し続けたようだ。息子5人は大祭司となり,娘婿カヤファは西暦18年ごろから36年ごろまで大祭司を務めた。その期間は,イエスの処刑された注目すべきその年つまり西暦33年を含んでいた。ルカ 3:2の注釈を参照。

イエスが愛する人: イエスが特に愛した人のこと。ある弟子について,「イエスの愛する」とか「イエスが愛情を持っていた」という表現が5回使われているうちの1回目。(ヨハ 19:26; 20:2; 21:7,20)この弟子は,ゼベダイの子でヤコブの兄弟である使徒ヨハネのことと一般に考えられている。(マタ 4:21。マル 1:19。ルカ 5:10)そう特定できる1つの理由は,使徒ヨハネはヨハ 21:2で「ゼベダイの子たち」と述べられている以外,この福音書に名前が出てこないこと。別の点はヨハ 21:20-24にあり,そこでは「イエスの愛する弟子」という表現がこの福音書の筆者を指して使われている。またイエスはその使徒について,「私が来る時まで彼がいることが私の願いだとしても,あなたにどんな関係があるのですか」と言った。これはその弟子がペテロや他の使徒よりずっと長生きすることを示唆しており,それは使徒ヨハネに当てはまる。ヨハ 書名ヨハ 1:6; 21:20の注釈を参照。

愛する弟子: イエスが特に愛した人のこと。ある弟子について,「イエスの愛する」とか「イエスが愛情を持っていた」という表現が5回使われているうちの2回目。(ヨハ 13:23; 20:2; 21:7,20)この弟子は使徒ヨハネのことと一般に考えられている。ヨハ 13:23の注釈を参照。

イエスが愛情を持っていたもう1人の弟子: イエスが特に愛情を持っていた人のこと。ある弟子について,「イエスの愛する」とか「イエスが愛情を持っていた」という表現が5回使われているうちの3回目。(ヨハ 13:23; 19:26; 20:2; 21:7,20)この弟子は使徒ヨハネのことと一般に考えられている。(ヨハ 13:23; 18:15の注釈を参照。)他の4カ所では,ギリシャ語アガパオーが使われている。この節では類義語であるギリシャ語フィレオーが使われていて,その語はこの聖書翻訳でしばしば「愛情を抱く」と訳されている。(マタ 10:37。ヨハ 11:3,36; 16:27; 21:15-17。コ一 16:22。テト 3:15。啓 3:19ヨハ 5:20; 16:27; 21:15の注釈を参照。

イエスの愛する弟子: イエスが特に愛した人のこと。ある弟子について,「イエスの愛する」とか「イエスが愛情を持っていた」という表現が5回使われているうちの4回目。(ヨハ 13:23; 19:26; 20:2; 21:7,20)この弟子は,ゼベダイの子でヤコブの兄弟である使徒ヨハネのことと一般に考えられている。(マタ 4:21。マル 1:19。ルカ 5:10。ヨハ 21:2)そう特定できる理由については,ヨハ 13:23; 21:20の注釈を参照。

イエスの愛する弟子: イエスが特に愛した人のこと。ある弟子について,「イエスの愛する」とか「イエスが愛情を持っていた」という表現が5回使われているうちの最後。(ヨハ 13:23; 19:26; 20:2; 21:7,20)この弟子は,ゼベダイの子でヤコブの兄弟である使徒ヨハネのことと一般に考えられている。(マタ 4:21。マル 1:19。ルカ 5:10。ヨハ 21:2)文脈のヨハ 21:20-24では,「イエスの愛する弟子」のことが「これらのことについて……書いたのはこの弟子」とあり,ヨハネの福音書の筆者であることが分かる。ヨハ 書名ヨハ 1:6; 13:23の注釈を参照。

もう1人の弟子: 使徒ヨハネのことと思われる。これは自分の名前を福音書で述べていないヨハネらしい書き方。(ヨハ 13:23; 19:26; 20:2; 21:7,20の注釈を参照。)さらに,ヨハネとペテロはヨハ 20:2-8にある復活後の記述に一緒に出てくる。ガリラヤ出身の弟子ヨハネがどのように大祭司に知られるようになったか聖書は述べていないが,ヨハネは大祭司の家の人たちをよく知っていたので,戸口番の所を通って中庭に入ることができ,ペテロも入れてあげることができた。(ヨハ 18:16

炭: 普通は木材を蒸し焼きにしたもので,黒くて砕けやすく,たくさんの小さな穴が開いた炭素の塊。古代には,木材を積み上げて土で覆い,気体成分を燃やし切るだけの空気を入れて数日かけてゆっくりと焼き,炭を作った。そうすると,ほとんど炭素だけが残った。これは,よく見守る必要があり,時間のかかる製法だったが,煙の出ない安定した火力が欲しい時には,炭が重宝された。炭を直火で使ったり火鉢に入れたりして暖を取った。(イザ 47:14。エレ 36:22)炭は炎や煙を出さず火力が一定なので,料理にも使いやすかった。(ヨハ 21:9

まずアンナスの所に引いていった: イエスがアンナスの所に引いていかれたことを述べているのはヨハネだけ。アンナスは西暦6年か7年ごろにシリアのローマ総督クレニオによって大祭司に任命され,西暦15年ごろまで務めた。ローマ人に退任させられて大祭司という公式の称号を持たなくなった後も,名誉大祭司またユダヤ教の聖職者階級の有力な発言者として大きな力と影響力を行使し続けたようだ。息子5人は大祭司となり,娘婿カヤファは西暦18年ごろから36年ごろまで大祭司を務めた。その期間は,イエスの処刑された注目すべきその年つまり西暦33年を含んでいた。ルカ 3:2の注釈を参照。

祭司長: アンナスのこと。ヨハ 18:13の注釈を参照。

大祭司カヤファのもとに: カヤファの家があったと考えられる場所について,付録B12参照。

おんどりが……鳴いた: 4福音書全てがこのことを述べているが,マルコだけはおんどりが2度目に鳴いたことまで記している。(マタ 26:34,74,75。マル 14:30。ルカ 22:34,60,61。ヨハ 13:38; 18:27)ミシュナはイエスの時代にエルサレムでおんどりが飼育されていたことを示しており,聖書の記述を支持している。ここで言うおんどりの鳴き声は夜明け前のことだったと思われる。マル 13:35の注釈を参照。

おんどりが鳴いた: マル 14:72の注釈を参照。

総督の邸宅: ギリシャ語プライトーリオン(ラテン語プラエトーリウムに由来)は,ローマ総督の公邸を指す。エルサレムでは,恐らくヘロデ大王が建てた宮殿で,上の町つまりエルサレム南部の北西隅に位置していた。(場所は付録B12参照。)騒乱が起きる危険があったので,ピラトは祭りの時などはエルサレムにいた。普段はカエサレアに住んでいた。

総督の邸宅: マタ 27:27の注釈を参照。

早朝: イエスが裁判にかけられて死んだ日,ニサン14日の朝。過ぎ越しは前の晩に始まり,他の福音書の記述が示しているように,イエスと使徒たちは前の晩に過ぎ越しの食事を終えていた。(マタ 26:18-20。マル 14:14-17。ルカ 22:15)それで,この節の過ぎ越しの食事をするとは,無酵母パンの祭りの最初の日であるニサン15日の食事のこと。イエスの時代,過ぎ越し(ニサン14日)とそれに続く無酵母パンの祭り(ニサン15-21日)は,まとめて「過ぎ越し」と呼ばれることがあった。(ルカ 22:1

あなたはユダヤ人の王なのか: ローマ帝国でカエサルの同意なしに統治できる王はいなかった。それでピラトは特にイエスの王権について尋問したのだと思われる。

あなたはユダヤ人の王なのか: マタ 27:11の注釈を参照。

私の王国はこの世界のものではありません: イエスは,「あなたは何をしたのか」というピラトの質問に直接の答えを述べなかった。(ヨハ 18:35)そうする代わりに,「あなたはユダヤ人の王なのか」というピラトの最初の質問に答えた。(ヨハ 18:33)イエスは短い答えの中で,自分が王となる王国のことを繰り返し述べた。自分の王国は「この世界のものでは」ないと言うことにより,その王国が人間によるものではないことを明らかにした。これは,以前に語った「天の王国」や「神の王国」という言葉と一致している。(マタ 3:2。マル 1:15)イエスは,自分の弟子たちは「世の人々のようではない」,つまり神と神に仕える人たちから遠く離れていて神に従わない人間社会の一部ではない,と述べたこともあった。(ヨハ 17:14,16)イエスが数時間前にペテロに語った言葉は,弟子たちは人間の王の支持者たちのようにイエスを守るために戦うことはしないということを示していた。(マタ 26:51,52。ヨハ 18:11

あなたは分かっています: 直訳,「あなた自身が言いました」。質問した人の述べた通りだと認めるユダヤ人の慣用句。イエスは,ユダの「まさか私ではありませんね」という言葉を受けて,いわば「あなたが『私』と言ったその言葉の通りです」と答えていた。ユダ自身の言葉がイエスを裏切った責任を認めている,と指摘したのだろう。この後,イエスが主の晩餐を制定する前のある時点でユダは部屋を出ていったと思われる。ヨハ 13:21-30の記述と比較するとそれが分かる。マタイの記述でユダが次に出てくるのはマタ 26:47で,群衆と共にゲッセマネの庭園にいる場面。

その通りです: 直訳,「あなた自身が言いました」。イエスはカヤファの質問をはぐらかしていたのではない。真実を述べるように誓わせる大祭司の権威を認めていた。(マタ 26:63)この表現は,述べられた通りであると肯定するユダヤ人の慣用句だったと思われる。そのことは,マルコが並行記述でイエスの返答を「その通りです」と表現していることから分かる。(マル 14:62マタ 26:25; 27:11の注釈を参照。

その通りです: 直訳,「あなた自身が私が王だと言っています」。イエスはこの答えで自分が王であることを肯定している。(マタ 27:11マタ 26:25,64の注釈と比較。)しかし,イエスの王国はこの世界のものではなくローマを脅かすものではないので,イエスの王としての地位はピラトが考えているものとは違う。(ヨハ 18:33-36

真理: イエスは一般的な意味での真理ではなく,神の目的に関する真理について述べていた。神の目的の重要な要素となるのは「ダビデの子」イエスが大祭司また神の王国の統治者として仕えること。(マタ 1:1)イエスは,自分が人類という世に来て地上で暮らし伝道する主な理由は王国に関する真理を伝えるためだと説明した。ダビデが生まれた町であるユダヤのベツレヘムで,イエスが誕生する前また誕生した時に,天使たちは同様のメッセージを伝えた。(ルカ 1:32,33; 2:10-14

を明らかにする: または,「について証言する」。ギリシャ語聖書の中で,「証言する」(マルテュレオー),「証言」(マルテュリア),「証人」(マルテュス)と訳されるギリシャ語には幅広い意味がある。これらの語は,直接見聞きしたり個人的に知っていたりする事実を証言するという基本的な意味でも使われるが,「宣言する」,「確認する」,「良く言う」という考えも含む場合がある。イエスは自分が確信している真理について証言し,伝えただけでなく,天の父の預言の言葉や約束に関する真理を支持する生き方をした。(コ二 1:20)王国とメシアである統治者に関する神の目的は詳細に予告されていた。犠牲の死に至る地上でのイエスの生涯の歩みによって,律法契約の中にあった影つまり型を含め,イエスに関する全ての預言が実現した。(コロ 2:16,17。ヘブ 10:1)それで,イエスは言葉と行いによって「真理を明らかに」したと言える。

真理とは何か: ピラトの質問は,イエスが直前に話していた「真理」についてではなく,一般的な意味での真理についてだったと思われる。(ヨハ 18:37)誠実な質問であれば,イエスは答えていたはず。しかしピラトは「真理だと?何だ,それは。そんなものはない!」と言うかのように,皮肉を込めて疑うような態度で質問したようだ。実際ピラトは答えを待つこともなく立ち去り,ユダヤ人たちの所に出ていった。

あなた方の習慣に従って……1人を釈放することになっている: 囚人1人を釈放するこの習慣はマタ 27:15マル 15:6でも述べられている。ピラトがユダヤ人に「あなた方の習慣」と言っているので,この習慣はユダヤ人が始めたのだと思われる。ヘブライ語聖書にこの習慣の根拠や前例はない。しかし,ユダヤ人はイエスの時代までにこの慣例を作り上げていたようだ。ローマ人は群衆を喜ばせるために囚人を釈放した証拠があり,おかしな慣習とは思わなかっただろう。

メディア

キデロンの谷
キデロンの谷

キデロンの谷(ナハル・キドロン)はエルサレムとオリーブ山を隔てていて,大体エルサレムの東側に沿って北から南に通っている。この谷はエルサレムの城壁の少し北から始まっている。最初は広くて浅い谷だが,次第に狭まり深くなっていく。以前の神殿域の南端の辺りは,深さが30メートル,幅が120メートルほどになる。イエスの時代にはもっと深かったと思われる。谷はユダヤの荒野を通って死海まで続いている。イエスは西暦33年のニサン14日に主の晩餐を制定した後,この谷を渡ってゲッセマネの庭園に向かった。(ヨハ 18:1

1. キデロンの谷

2. 神殿の丘

3. オリーブ山(映っている部分には墓がびっしりある)

ギリシャ語聖書の現存する最古の写本断片
ギリシャ語聖書の現存する最古の写本断片

ここにあるのは写本断片ライランズ・パピルス457(P52)の表と裏。これはヨハネの福音書のごく初期の写本。英国マンチェスターのジョン・ライランズ大学図書館にあり,1920年にエジプトで入手された。片面にはヨハ 18:31-33の一部が,その裏面にはヨハ 18:37,38の一部が記されている。パピルスの両面に文字が書かれているのは冊子本の一部であることを示している。断片は縦9センチ横6センチ。多くの学者は,これはギリシャ語聖書の現存する最古のギリシャ語写本で,西暦2世紀の前半のものだと考えている。ヨハネの福音書は西暦98年ごろに書かれたので,この写本はそのわずか数十年後に作られたと思われる。この断片の語句は,ギリシャ語聖書の現代訳の元になっているもっとそろった,後の時代のギリシャ語写本とほぼ一致する。