マルコによる福音書 15:1-47
注釈
サンヘドリン: エルサレムにあった,ユダヤ人の高等法廷のこと。「サンヘドリン」と訳されるギリシャ語(シュネドリオン)は字義的には,「共に座る」という意味。会合や集会を指す一般的な言葉だったが,イスラエルでは宗教上の司法機関つまり法廷も指した。マタ 5:22の注釈と用語集を参照。サンヘドリン広間があったと考えられる場所について,付録B12も参照。
サンヘドリン: マタ 26:59の注釈を参照。
ピラト: 西暦26年に皇帝ティベリウスが任命したユダヤのローマ総督(長官)。その支配は10年ほど続いた。ピラトについては聖書以外の筆者も記述している。その1人,ローマの歴史家タキツスは,ティベリウスの治世中にピラトがキリストの処刑を命じたと記している。ラテン語で「ポンテオ・ピラト,ユダヤの長官」と刻んだ碑文が,イスラエルのカエサレアにある古代ローマの劇場の遺跡で発見されている。ポンテオ・ピラトの支配した領土について,付録B10参照。
あなたはユダヤ人の王なのか: ローマ帝国でカエサルの同意なしに統治できる王はいなかった。それでピラトは特にイエスの王権について尋問したのだと思われる。
その通りです: 直訳,「あなた自身が言っています」。これは,ピラトが述べる通りであると肯定する返答だと思われる。(マタ 26:25,64の注釈と比較。)イエスは自分が確かに王であることを認めたが,それはピラトが考えるのとは別の意味だった。イエスの王国は「この世界のものでは」なく,ローマを脅かすものではないから。(ヨハ 18:33-37)
あなたはユダヤ人の王なのか: マタ 27:11の注釈を参照。
その通りです: マタ 27:11の注釈を参照。
囚人1人を釈放していた: このことは4人の福音書筆者全員が述べている。(マタ 27:15-23。ルカ 23:16-25。ヨハ 18:39,40)ヘブライ語聖書にこの習慣の根拠や前例はない。しかし,ユダヤ人はイエスの時代までにこの慣例を作り上げていたようだ。ローマ人は群衆を喜ばせるために囚人を釈放した証拠があり,おかしな慣習とは思わなかっただろう。
もう一度: ルカ 23:18-23にある通り,群衆は少なくとも3回叫んで,イエスを処刑するようピラトに要求した。マルコのここでの記述は,ピラトがイエスに関して群衆に3回質問したことを示している。(マル 15:9,12,14)
むちで打たせ: ローマ人は,ラテン語でフラゲッルムとして知られる恐ろしい道具で打った。この語に由来するギリシャ語動詞(フラゲッロオー,「むちで打つ」)がここで使われている。この道具は柄に何本かの綱かこぶのある革ひもが付いていた。時には,ひもの部分にぎざぎざの骨片や金属片が重りとして付けられ,打たれた時の痛みが増すようにしてあった。そのようなむちで打たれると,深い挫傷が生じ,肉がずたずたに裂け,死に至ることもあった。
むちで打たせて: マタ 27:26の注釈を参照。
総督の邸宅: ギリシャ語プライトーリオン(ラテン語プラエトーリウムに由来)は,ローマ総督の公邸を指す。エルサレムでは,恐らくヘロデ大王が建てた宮殿で,上の町つまりエルサレム南部の北西隅に位置していた。(場所は付録B12参照。)騒乱が起きる危険があったので,ピラトは祭りの時などはエルサレムにいた。普段はカエサレアに住んでいた。
総督の邸宅: マタ 27:27の注釈を参照。
紫の衣をまとわせ: これは,イエスをあざけり,王としての立場を笑いものにするために行われた。マタイの記述(27:28)は,兵士たちがイエスに「緋色の衣」をまとわせたと述べている。それは王や行政官や士官が身に着けるようなものだった。マルコとヨハネ(19:2)の記述は,紫の衣と言っているが,古代において,「紫」は赤と青が合わさったどんな色も指した。また見る角度,光の具合,背景によって,どんな色に見えるかに違いが出ただろう。色の描写に相違があることから,福音書筆者が他の筆者の記述を単に書き写したのでないことが分かる。
冠: イエスは王としての立場をあざけられ,紫の衣(この節の前半)と共に,いばらの冠,そしてマタ 27:29にあるように「アシ」の王笏を与えられた。
ごあいさつ申し上げます: または,「万歳」。直訳,「喜べ」。兵士たちは,カエサルに敬礼するかのようにイエスに敬礼した。王であるという主張を冷やかしていたのだと思われる。
ごあいさつ申し上げます: マタ 27:29の注釈を参照。
唾を掛けられ: 人の体や顔に唾を掛けることは,非常な侮辱,敵意,憤りを示す行為で,そうされた人に恥辱をもたらした。(民 12:14。申 25:9)イエスは,ここで自ら述べているように,そのような扱いを受ける。それは,「侮辱や唾から顔を覆い隠さなかった」という,メシアに関する預言の実現となった。(イザ 50:6)イエスはサンヘドリンに出ていた時に唾を掛けられ(マル 14:65),ピラトによる裁判の後にもローマ兵に唾を掛けられた。(マル 15:19)
敬意を表する: または,「ひざまずく」,「ひれ伏す」。ギリシャ語動詞プロスキュネオーは,神や神とされる者への崇拝について述べる場合,「崇拝する」と訳される。しかしこの文脈で,占星術師たちは「ユダヤ人の王として生まれた方」について尋ねているので,神ではなく人間の王への敬意について述べていることは明らか。同様の用例がマル 15:18,19にあり,イエスをからかい,「ひれ伏し」て「ユダヤ人の王」と呼んだ兵士にこの語が使われている。マタ 18:26の注釈を参照。
唾を掛けたり: イエスに対するこの侮辱行為は,マル 10:34のイエス自身の言葉およびイザ 50:6のメシアに関する預言の実現となった。マル 10:34の注釈を参照。
ひれ伏した: または,「敬意を表すしぐさをした」,「敬うしぐさをした」。ここでギリシャ語動詞プロスキュネオーは,イエスをからかい,ひれ伏して「ユダヤ人の王」と呼んだ兵士たちに関して使われている。(マル 15:18)マタ 2:2の注釈を参照。
杭に掛けられて: ギリシャ語聖書にギリシャ語動詞スタウロオーは40回以上出てくるが,ここはその最初の箇所。「苦しみの杭」と訳されるギリシャ語名詞スタウロスの動詞形。(マタ 10:38; 16:24; 27:32の注釈と,用語集の「杭」,「苦しみの杭」を参照。)この動詞は,セプトゥアギンタ訳のエス 7:9で,ハマンを高さ20メートルの杭に掛けるようにとの命令で使われている。古典ギリシャ語で,この動詞は「杭で柵を巡らす」,「とがった杭で防御柵を作る」を意味した。
杭にくぎ付けにする: または,「杭(棒)に留める」。マタ 20:19の注釈と,用語集の「杭」,「苦しみの杭」を参照。
要求された: ローマの当局者たちが市民に要求できた強制奉仕に言及している。例えば,人や動物を奉仕に徴用したり,公務の遂行に必要とされる物を何でも徴発したりできた。ローマの兵士たちがキレネのシモンにイエスの苦しみの杭を「強制的に」運ばせたのはその1例。(マタ 27:32)
キレネ: 北アフリカの海岸近くの町。クレタ島の南南西。付録B13参照。
苦しみの杭: マタ 27:32の注釈を参照。
強制的に: ローマの当局者たちが市民に要求できた強制奉仕に言及している。例えば,人や動物を奉仕に徴用したり,公務の遂行に必要とされる物を何でも徴発したりできた。マタ 5:41の注釈を参照。
アレクサンデルとルフォスの父親: マルコだけが,キレネのシモンについてこの点を述べている。
キレネ: マタ 27:32の注釈を参照。
ゴルゴタ: 「どくろ」を意味するヘブライ語から。(ヨハ 19:17を参照。裁 9:53と比較。そこでは,ヘブライ語グルゴーレトが「頭蓋骨」と訳されている。)イエスの時代,この場所はエルサレムの城壁の外にあった。しかし,確かな場所は分かっていない。(付録B12参照。)聖書は,ゴルゴタが丘にあったと明言していないが,離れた所から処刑を見ていた人がいたことは述べている。(マル 15:40。ルカ 23:49)
どくろの場所: クラニウー トポンというギリシャ語の表現は,ゴルゴタというヘブライ語名の訳。(この節のゴルゴタに関する注釈を参照。ギリシャ語聖書で使われているヘブライ語という語については,ヨハ 5:2の注釈を参照。)この場所について「カルバリ」という語が使われることがあるが,それは「どくろ」に当たるラテン語カルウァーリアから来ている。その語はウルガタ訳で使われている。
ゴルゴタ: 「どくろ」を意味するヘブライ語から。(裁 9:53,王二 9:35と比較。そこではヘブライ語グルゴーレトが「頭蓋骨」と訳されている。)イエスの時代,この場所はエルサレムの城壁の外にあった。確かな場所は分かっていないが,その場所と言い伝えられていて現在聖墳墓教会が建っている辺りである可能性が高いと考える人もいる。(付録B12参照。)聖書は,ゴルゴタが丘にあったと明言していないが,離れた所から処刑を見ていた人がいたことは述べている。(マル 15:40。ルカ 23:49)
ゴルゴタ: マタ 27:33の注釈を参照。
どくろの場所: クラニウー トポスというギリシャ語の表現は,ゴルゴタというヘブライ語の訳。(ヨハ 19:17の注釈を参照。)この場所についてカルバリという語が使われることがあるが,それは「どくろ」に当たるラテン語カルウァーリアから来ている。その語はウルガタ訳で使われている。
胆汁: ここのギリシャ語コレーは,植物から作られた苦い液や,苦いもの全般を指す。マタイはこの出来事が預言の実現であることを示し,詩 69:21を引用している。セプトゥアギンタ訳のその聖句では,「毒」に当たるヘブライ語の訳としてこのギリシャ語が使われている。エルサレムの女性たちは処刑の痛みを和らげるためにぶどう酒と胆汁を混ぜたものを準備していたのだと思われる。ローマ人はそれを使うのをとどめなかった。並行記述のマル 15:23は「没薬を混ぜた」ぶどう酒と述べているので,没薬と苦い胆汁の両方が入っていたと思われる。
没薬を混ぜたぶどう酒: 並行記述のマタ 27:34は,「胆汁を混ぜた」ぶどう酒と述べている。その飲み物には没薬と苦い胆汁の両方が入っていたと思われる。この混ぜ物は痛みを和らげるために差し出されたようだ。この節の受けようとしなかったに関する注釈とマタ 27:34の注釈を参照。
受けようとしなかった: イエスはこの信仰の試練の間,精神機能全てをしっかり保っていたいと思ったのだろう。
イエスの外衣を分配し: ヨハ 19:23,24の記述はマタイ,マルコ,ルカの述べていない点を補足している。4福音書の記述を合わせると,以下のようになる。ローマの兵士は恐らく外衣と内衣の両方についてくじを引いた。外衣は「4つに分け,1人1つずつ手に入れた」が,内衣は分割したくなかったので,誰が取るかをくじで決めた。メシアの衣服のためにくじを引くことは詩 22:18の言葉通りだった。刑執行者が処刑される人の衣服を取るのは普通のことだったと思われる。犯罪者は処刑前に衣服や所持品を全て剝ぎ取られ,いっそうの屈辱を受けることになった。
イエスの外衣……分配した: マタ 27:35の注釈を参照。
くじで決め: 用語集参照。
午前9時: この記述とヨハ 19:14-16は食い違っているのではないかと指摘する人もいる。ヨハネは,ピラトがイエスを処刑するために引き渡したのが「昼の12時ごろだった」と記している。聖書にこの相違点のはっきりした説明があるわけではないが,次のような点を考慮できる。福音書の記述で,イエスの地上における最後の日の出来事について,時間的要素はおおむね調和している。4福音書は全て,夜が明けてから祭司たちと長老たちが集まり,イエスをローマ総督ポンテオ・ピラトのもとに連れていかせたことを示している。(マタ 27:1,2。マル 15:1。ルカ 22:66-23:1。ヨハ 18:28)マタイ,マルコ,ルカはいずれも,イエスが杭に掛けられた後,闇が全土に垂れ込めて「昼の12時から……午後3時にまで及んだ」ことを伝えている。(マタ 27:45,46。マル 15:33,34。ルカ 23:44)イエスが処刑された時刻に関係すると思われる1つの要素は,むち打ちが処刑の過程の一部とも見なされたことである。ひどくむち打たれた人が死亡することもあった。イエスのむち打ちも厳しいものだった。そのため,最初は自分で苦しみの杭を運んでいたが,途中から別の男性が運ばなければならなかった。(ルカ 23:26。ヨハ 19:17)むち打ちを処刑の流れの始まりと見れば,イエスが実際に苦しみの杭にくぎ付けにされるまでに幾らかの時間が経過していたはずである。マタ 27:26とマル 15:15は,むち打ちと杭での処刑をまとめて記録している。従って,処刑の時刻に関する記述に違いがあるのは,どの時点を処刑の始まりとしているかが人によって異なるからかもしれない。このように記述を照らし合わせると,イエスが杭にくぎ付けにされてそんなに早く死亡したのかとピラトが驚いたのも理解できる。(マル 15:44)加えて,聖書筆者たちはしばしば,日中と夜間をそれぞれ3時間ごとに4つに分ける習慣に沿って書いている。こうした日中の分け方があったため,午前6時ごろの日の出から数えた,午前9時,昼の12時,午後3時などの表現が多い。(マタ 20:1-5。ヨハ 4:6。使徒 2:15; 3:1; 10:3,9,30)さらに,当時の多くの人は正確な時計を持っていなかったので,ヨハ 19:14にあるように,時刻はしばしば,何時「ごろ」と言い表された。(マタ 27:46。ルカ 23:44。ヨハ 4:6。使徒 10:3,9)要約すると,ヨハネは杭にくぎ付けにされることだけに言及しているのに対し,マルコはむち打ちと杭にくぎ付けにされることの両方を含めているのかもしれない。さらに,両者とも大まかに,日中の4分割のうち一番近い時刻を選んで記述したと思われる。ヨハネの場合は何時「ごろ」という表現を使っている。こうした点は,異なる時刻が記されていることの説明となるかもしれない。数十年後に書いたヨハネが,マルコの記述にある時刻と一見異なる時刻を記したということは,ヨハネがマルコの記述をそのまま書き写したのではないことを示している。
強盗: または,「盗賊」。ギリシャ語レーイステースは暴力を使う場合も含み,革命家を指すこともある。同じ語がバラバに使われている。(ヨハ 18:40)バラバはルカ 23:19によれば「暴動」と「殺人」の罪で牢屋に入れられていた。並行記述のルカ 23:32,33,39はこの強盗たちを「犯罪者たち」と述べていて,元のギリシャ語(カクールゴス)は字義的には,「悪事を行う人」という意味。
強盗: マタ 27:38の注釈を参照。
後期の幾つかの写本では以下の文が加わっている。「『彼は不法な者たちと共に数えられた』と述べる聖句が実現した」。これはイザ 53:12の一部を引用したもの。とはいえ,この文は最初期の最も信頼できる幾つかの写本には出ていない。マルコの原文の一部ではないと思われる。同様の言葉が,ルカ 22:37の聖書本文に含まれている。写字生がルカの記述にある表現をマルコの記述に挿入したという見方がある。付録A3参照。
頭を振って: あざけり,侮蔑,冷やかしを表現するしぐさで,たいてい言葉を伴う。通行人は図らずも詩 22:7の預言を実現していた。
頭を振って: マタ 27:39の注釈を参照。
苦しみの杭: マタ 27:32の注釈を参照。
苦しみの杭: マタ 27:32の注釈を参照。
午前9時ごろ: 直訳,「第3時ごろ」。1世紀のユダヤ人は,日中を午前6時ごろの日の出から始まる12時間とする数え方をした。(ヨハ 11:9)それで,第3時は午前9時ごろ,第6時は正午ごろ,第9時は午後3時ごろになる。人々は正確な時計を持っていなかったので,たいてい出来事のおおよその時刻しか書かれていない。(ヨハ 1:39; 4:6; 19:14。使徒 10:3,9)
午前9時ごろ: 直訳,「第3時ごろ」。1世紀のユダヤ人は,日中を午前6時ごろの日の出から始まる12時間とする数え方をした。(ヨハ 11:9)それで,第3時は午前9時ごろ,第6時は正午ごろ,第9時は午後3時ごろになる。人々は正確な時計を持っていなかったので,たいてい出来事のおおよその時刻しか書かれていない。(ヨハ 1:39; 4:6; 19:14。使徒 10:3,9)
昼の12時: 直訳,「第6時」。マタ 20:3の注釈を参照。
闇: ルカの並行記述は「日の光がなくなった」という点も述べている。(ルカ 23:44,45)この闇は奇跡的なもので,神が生じさせた。日食によって生じたはずはない。日食が起きるのは新月の時だが,これは過ぎ越しの時期で満月だった。この闇は3時間続き,日食よりはるかに長い。どんなに長い皆既日食でも8分は続かない。
午後3時: 直訳,「第9時」。マタ 20:3の注釈を参照。
エリ,エリ,ラマ サバクタニ: これをアラム語と考える人もいるが,幾らかアラム語の影響を受けた当時のヘブライ語だったと思われる。マタイとマルコが記録しているギリシャ語への翻字からは何語か確定できない。
私の神,私の神: 天の父に呼び掛けて,その方を自分の神と認めたイエスは,詩 22:1を実現した。イエスの苦悩の叫びは,それを聞いた人たちに,詩 22の残りの部分で預言されていた多くのことを思い起こさせただろう。イエスがあざ笑われ,あざけられ,手足を痛めつけられ,服がくじで分けられることなど。(詩 22:6-8,16,18)
エリ,エリ,ラマ サバクタニ: マタ 27:46の注釈を参照。
私の神,私の神: マタ 27:46の注釈を参照。
エリヤ: 「私の神はエホバ」という意味のヘブライ語の名前。
酸味の強いぶどう酒: または,「ぶどう酢」。ラテン語でアケートゥム(酢),また水で割ってあればポスカとして知られる,酸味のある弱いぶどう酒を指すと思われる。ローマの兵士を含め,貧しい人が喉の渇きを癒やすためによく飲んだ安い飲み物。セプトゥアギンタ訳の詩 69:21ではギリシャ語オクソスも使われていて,そこではメシアに「酢」が与えられることが預言されていた。
酸味の強いぶどう酒: マタ 27:48の注釈を参照。
アシ: マタ 27:48の注釈を参照。
息を引き取った: または,「息絶えた」,「自分の生命力を委ねた」。ここでギリシャ語プネウマは「息」もしくは「生命力」を指すと理解できる。これは並行記述のマル 15:37でギリシャ語エクプネオー(直訳,「息を吐き出す」)が使われていることによって裏付けられている。(そこでは「息を引き取った」と訳され,注釈には「息絶えた」とある。)「委ねた」とも訳せるギリシャ語が使われているのは,イエスが必死で生き延びようとはしなかったということだと考える人もいる。全てのことが成し遂げられていたからである。(ヨハ 19:30)イエスは進んで「自分の命を捧げて死をも受け入れ」た。(イザ 53:12。ヨハ 10:11)
息を引き取った: または,「息絶えた」。マタ 27:50の注釈を参照。
聖なる所: ここでギリシャ語ナオスは,聖所と至聖所という2つの部屋がある中心的な建物を指す。
幕: 美しい装飾が施されたこの垂れ布が神殿の聖所と至聖所を隔てていた。ユダヤ人の伝承では,この重い幕は長さ18メートル,幅9メートル,厚さ7センチほどだった。エホバは幕を2つに裂くことによって,ご自分の子を殺した人々に対する憤りを表明するとともに,天そのものに入ることが今や可能になったことを示した。(ヘブ 10:19,20)用語集参照。
聖なる所: マタ 27:51の注釈を参照。
幕: マタ 27:51の注釈を参照。
護衛: ここで使われているギリシャ語はスペクーラトールで,ラテン語(スペクラートル)からの借用語。このラテン語は護衛や急使を指し,死刑執行人を指すこともある。ギリシャ語聖書には,軍事,司法,通貨,家政に関する30ほどのラテン語に対応するギリシャ語が見られる。そのほとんどはマルコとマタイにある。マルコはそれらをどの聖書筆者よりも多く使っている。これは,マルコが福音書をローマで,おもにユダヤ人でない人たち,特にローマ人のために書いた,という見方を裏書きしている。ヨハ 19:20の注釈を参照。
ラテン語: 聖書本文でラテン語とはっきり述べているのはここだけ。ラテン語はイエスの時代に,イスラエルのローマ当局の言語だった。公式の銘文に使われているが,人々の日常語ではなかった。多言語の社会だったので,ピラトは,公式のラテン語,またヘブライ語とギリシャ語(コイネー)で書いた罪状を,ヨハ 19:19にあるように,処刑されるイエス・キリストの頭上に掲げたと思われる。ギリシャ語聖書にはラテン語由来の単語や表現がいくつもある。用語集の「ラテン語」,「マルコの紹介」参照。
士官: または,「百人隊長」。すなわち,ローマ軍で約100人の兵士を率いた人。この士官は,ピラトの前でのイエスの裁判の場にいたのかもしれず,イエスが神の子だと主張しているとユダヤ人が言うのを聞いていたのかもしれない。(マル 15:16。ヨハ 19:7)マルコはここでケンテュリオーンというギリシャ語を使っている。これはラテン語からの借用語で,マル 15:44,45にも出ている。「マルコの紹介」とマル 6:27,ヨハ 19:20の注釈を参照。
マリア・マグダレネ: マグダレネ(「マグダラの」という意味)という呼び名は,カペルナウムとティベリアのほぼ中間に位置するガリラヤ湖西岸の町マグダラに由来すると思われる。そこがマリアの出身地か居住地だったという説もある。マタ 15:39,ルカ 8:2の注釈を参照。
マリア・マグダレネ: マタ 27:56の注釈を参照。
小ヤコブ: イエスの使徒の1人で,アルパヨの子。(マタ 10:2,3。マル 3:18。ルカ 6:15。使徒 1:13)「小」という呼び方は,このヤコブがゼベダイの子である他の使徒ヤコブより若いか背が低かったことを示しているのかもしれない。
ヨセ: 「ヤハが加え(増やし)ますように」,「ヤハが加えた(増やした)」という意味のヨシフヤの短縮形であるヘブライ語に由来。「ヨセフ」としている写本も幾つかあるが,古代写本の大半は「ヨセ」としている。並行記述のマタ 27:56と比較。
サロメ: 恐らく,「平和」という意味のヘブライ語に由来。サロメはイエスの弟子だった。マタ 27:56をマル 3:17; 15:40と比較すると,サロメは使徒のヤコブとヨハネの母親だったと思われる。マタイが「ゼベダイの子たちの母親」と述べている女性を,マルコは「サロメ」と呼んでいる。さらに,ヨハ 19:25と比較すると,サロメはイエスの母親マリアの姉妹だった可能性がある。そうだとすれば,ヤコブとヨハネはイエスのいとこ。加えて,マタ 27:55,56,マル 15:41,ルカ 8:3が示しているように,サロメはイエスに同行しながら自分の持ち物を使って仕えた女性たちの1人だった。
準備の日: マルコは,おもにユダヤ人ではない読者を念頭に置いて書いていると思われ,これが安息日の前日であることを明らかにしている。他の福音書には見られない説明。(マタ 27:62。ルカ 23:54。ヨハ 19:31)この日にユダヤ人は,食事を余分に準備したり安息日後まで待てない仕事を終わらせたりして安息日に備えた。この場合,ニサン14日が準備の日だった。用語集参照。
サンヘドリン: エルサレムにあった,ユダヤ人の高等法廷のこと。「サンヘドリン」と訳されるギリシャ語(シュネドリオン)は字義的には,「共に座る」という意味。会合や集会を指す一般的な言葉だったが,イスラエルでは宗教上の司法機関つまり法廷も指した。マタ 5:22の注釈と用語集を参照。サンヘドリン広間があったと考えられる場所について,付録B12も参照。
ユダヤ人の最高法廷の……一員: または,「議員」。エルサレムにあったユダヤ人の高等法廷つまりサンヘドリンの一員。マタ 26:59の注釈と用語集の「サンヘドリン」を参照。
アリマタヤ: マタ 27:57の注釈を参照。
ヨセフ: ヨセフに関する記述の仕方に福音書筆者たちの特徴が表れている。徴税人マタイは,ヨセフが「裕福な男性」だったと言っている。おもにローマ人のために書いたマルコは,「最高法廷の評判の良い一員」で神の王国を待っていた,と述べている。同情心のある医師ルカは,「正しくて善い人」でイエスに対する法廷の行動を支持する投票をしなかった,と語っている。ヨハネだけが,「ユダヤ人たちを恐れてひそかにイエスの弟子となっていた」と伝えている。(マタ 27:57-60。マル 15:43-46。ルカ 23:50-53。ヨハ 19:38-42)
墓: または,「記念の墓」。ここでは自然の洞窟ではなく,軟らかい石灰岩をくりぬいた穴倉や部屋。こうした墓にはたいてい,死体を横たえる棚やくぼみがあった。用語集の「記念の墓」参照。
墓: マタ 27:60の注釈を参照。
石: 円形の石と思われる。この節ではそれを入り口に転がしたとあり,マル 16:4ではイエスが復活した時,それが「転がしてどけてあった」と記されている。1トン以上あったかもしれない。マタイは「大きな石」と述べている。(マタ 27:60)
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この写真は,11.5センチの鉄のくぎが突き刺さった,人間のかかとの骨の複製。実物は,1968年にエルサレム北部で発掘されたローマ時代のもの。これは,処刑の際,人を木の杭に留めるために恐らくくぎが使われたことを示す考古学的証拠になっている。ローマの兵士たちはイエス・キリストを杭に掛けた時,同様のくぎを使用したかもしれない。このかかとの骨は石の納骨箱の中で発見された。納骨箱には,遺体が朽ちた後の乾いた骨が納められた。このことは,杭に掛けられて処刑された人でも葬られる場合があったことを示している。

ユダヤ人は通常,亡くなった人を洞窟か,岩をくりぬいた穴倉に葬った。そのような墓は王の墓を除けば,普通は町の外にあった。発見されているユダヤ人の墓は簡素なことでよく知られている。ユダヤ人の崇拝で死者をあがめることは行われず,死後も霊界で意識ある存在であり続けるという概念は育たなかったからだと思われる。