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 第​18​章

彼女は「心の中であれこれと結論を下し」た

彼女は「心の中であれこれと結論を下し」た

1,2. マリア​の​旅​の​様子​を​説明​し​て​ください。この​旅​が​マリア​に​とっ​て​大変​だっ​た​の​は​なぜ​です​か。

マリア​は,ロバ​の​背​で​少​し​つら​そう​に​座り直し​ます。もう​何​時間​も​揺ら​れ​て​い​ます。前​を​行く​ヨセフ​は​変わら​ない​足取り​で​進ん​で​い​ます​が,ベツレヘム​は​まだ​だいぶ​先​です。マリア​は​お腹​の​赤ちゃん​が​動く​の​を​また​感じ​ます。

2 出産​の​日​が​近づい​て​い​ます。聖書​は,マリア​が「身重​に​なっ​て​い​た」と​述べ​て​い​ます。(ルカ 2:5)道​沿い​の​畑​です​き​返し​たり​種​を​まい​たり​し​て​いる​農夫​の​中​に​は,顔​を​上げ​て​この​夫婦​を​目​に​し,『身重​の​女性​が​どうして​旅​を​し​て​いる​の​だろ​う』と​不思議​に​思う​人​も​い​た​こと​でしょ​う。マリア​が​郷里​の​町​ナザレ​から​遠く​離れ​た​所​に​まで​やっ​て​来​た​の​は​なぜ​でしょ​う​か。

3. マリア​は​どんな​任務​を​与え​られ​まし​た​か。これ​から​どんな​こと​を​学び​ます​か。

3 この​若い​ユダヤ​人​女性​は​数​か月​前​に,人類​史​上,前例​の​ない​任務​を​与え​られ​まし​た。メシア​と​なる,神​の​子​を​産む​こと​に​なっ​た​の​です。(ルカ 1:35)そして​出産​が​近づい​た​ころ,この​旅​を​し​なけれ​ば​なら​なく​なり​ます。旅​の​間​に,マリア​の​信仰​は​何​度​も​試さ​れ​ます。では,マリア​が​霊的​な​強さ​を​保つ​の​に​何​が​助け​と​なっ​た​か,調べ​て​み​ましょ​う。

ベツレヘム​へ​の​旅

4,5. (イ)ヨセフ​と​マリア​が​ベツレヘム​に​向かっ​た​の​は​なぜ​です​か。(ロ)カエサル​の​布告​に​よっ​て,どの​預言​が​成就​し​まし​た​か。

4 旅​を​し​て​い​た​の​は​ヨセフ​と​マリア​だけ​で​は​あり​ませ​ん。少し​前​に​カエサル​・​アウグスツス​が​民​に​登録​を​命じる​布告​を​出し​た​の​で,人々​は​それ​に​従っ​て​先祖​の​町​まで​旅​を​し​なけれ​ば​なら​なく​なり​まし​た。ヨセフ​は​どう​し​た​でしょ​う​か。こう​記録​さ​れ​て​い​ます。「もと​より​ヨセフ​も,ダビデ​の​家​また​家族​の​一員​で​あっ​た​の​で,ナザレ​の​都市​を​出​て,ガリラヤ​から​ユダヤ​に​入り,ベツレヘム​と​呼ば​れる​ダビデ​の​都市​に​上っ​た」。―ルカ 2:1‐4

5 カエサル​が​この​時​に​布告​を​出し​た​の​は​単なる​偶然​で​は​あり​ませ​ん。700​年​ほど​前​に​記さ​れ​た​預言​に​は,メシア​は​ベツレヘム​で​生ま​れる,と​予告​さ​れ​て​い​ まし​た。ナザレ​から​わずか​11​㌔​の​所​に​も​ベツレヘム​と​いう​町​が​あり​まし​た​が,預言​に​よる​と,メシア​が​生ま​れる​こと​に​なっ​て​い​た​の​は「ベツレヘム​・​エフラタ」でし​た。ミカ 5:2を​読む。その​小さな​村​は,ナザレ​から​サマリア​を​通っ​て​起伏​の​多い​道​を​約​130​㌔​行っ​た​ところ​に​あり​ます。ヨセフ​が​登録​の​ため​に​行か​なけれ​ば​なら​ない​の​は,その​ベツレヘム​です。そこ​は,ダビデ​王​の​家系​の​人​に​とっ​て​先祖​の​都市​で​あり,ヨセフ​も​マリア​も​ダビデ​の​子孫​だ​から​です。

6,7. (イ)マリア​に​とっ​て​ベツレヘム​へ​の​旅​が​容易​な​もの​で​なかっ​た​の​は​なぜ​です​か。(ロ)ヨセフ​の​妻​に​なっ​て​い​た​こと​は,マリア​の​決定​に​どう​影響​し​まし​た​か。(脚注​を​参照。)

6 ヨセフ​は​布告​に​従う​こと​に​し​まし​た。マリア​は​その​決定​を​支持​する​でしょ​う​か。それ​は​マリア​に​とっ​て​大変​な​旅​に​なる​はず​です。おそらく​秋​の​初め​ごろ​で,乾季​は​終わりかけ​て​おり,小雨​が​降る​こと​も​ある​でしょ​う。さらに,「ガリラヤ​から……上っ​た」と​記さ​れ​て​いる​とおり,ベツレヘム​は​標高​760​㍍​を​超える​高地​に​あり​ます。数​日​間​の​旅​の​最後​に​は,つらく​て​急​な​上り坂​が​待っ​て​い​ます。身重​の​マリア​は​何​度​も​休ま​なけれ​ば​なら​ない​の​で,普通​より​時間​が​かかる​でしょ​う。出産​間近​の​若い​女性​で​あれ​ば,陣痛​が​始まっ​た​時​すぐ​家族​や​友人​に​助け​て​もらえる​よう,自宅​から​離れ​たく​ない​もの​です。この​旅​に​出る​に​は​確か​に​勇気​が​求め​られ​ます。

ベツレヘム​へ​の​旅​は​容易​な​もの​で​なかっ​た

7 そういう​状況​で​も,ルカ​の​記録​に​よれ​ば,ヨセフ​は「マリア​と​共​に​登録​を​する​ため」に​出かけ​た,と​あり​ます。また,マリア​は「約束​どおり[ヨセフ]に​嫁(い​ で)い​た」,と​も​述べ​られ​て​い​ます。(ルカ 2:4,5)ヨセフ​の​妻​に​なっ​て​い​た​こと​は,マリア​の​決定​に​大きく​影響​し​まし​た。マリア​は,夫​の​決定​を​支持​する​こと​に​よっ​て,神​から​与え​られ​た,夫​の​助け手​と​し​て​の​役割​を​受け入れ,夫​を​霊的​な​頭​と​見​て​いる​こと​を​示し​まし​た。 * その​ため,信仰​を​試さ​れ​かね​ない​この​場面​で,進ん​で​従順​を​示し​まし​た。

8. (イ)マリア​が​ヨセフ​と​共​に​ベツレヘム​へ​行っ​た​理由​と​し​て,どんな​こと​が​考え​られ​ます​か。(ロ)マリア​の​模範​は​忠実​な​人々​に​とっ​て,どんな​点​で​励み​と​なっ​て​い​ます​か。

8 マリア​が​従っ​た​理由​と​し​て,ほか​に​どんな​こと​が​考え​られ​ます​か。マリア​は,メシア​が​ベツレヘム​で​生ま​れる,と​いう​預言​を​知っ​て​い​た​の​でしょ​う​か。聖書​は​何​も​述べ​て​い​ませ​ん。と​は​いえ,その​可能​性​は​否定​でき​ませ​ん。なぜなら,宗教​指導​者​だけ​で​なく​一般​の​人々​も​その​預言​を​知っ​て​い​た​から​です。(マタ 2:1‐7。ヨハ 7:40‐42)マリア​は​聖書​に​よく​通じ​て​い​まし​た。(ルカ 1:46‐55)彼女​が​旅​を​する​こと​に​し​た​理由​と​し​て​は,夫​に​服す​ため,布告​に​従う​ため,エホバ​の​預言​どおり​に​する​ため,と​いっ​た​点​が​考え​られ​ます。あるいは,それら​の​理由​が​重なっ​た​の​か​も​しれ​ませ​ん。いずれ​に​せよ,マリア​は​立派​な​模範​を​残し​まし​た。エホバ​は,男性​で​あれ​女性​で​あれ,謙遜​で​従順​な​精神​を​示す​人​を​高く​評価​なさい​ ます。服する​態度​が​軽視​さ​れる​現代,マリア​の​模範​は​世界​中​の​忠実​な​人々​に​とっ​て​励み​と​なっ​て​い​ます。

キリスト​の​誕生

9,10. (イ)マリア​と​ヨセフ​は​ベツレヘム​に​近づい​た​時,どんな​こと​を​考え​た​か​も​しれ​ませ​ん​か。(ロ)二​人​は​どこ​に​泊まり​まし​た​か。なぜ​です​か。

9 ようやく​ベツレヘム​が​見え​た​時,マリア​は​ほっ​と​し​た​に​違いあり​ませ​ん。マリア​と​ヨセフ​は​丘​を​登り,一​年​の​最後​の​収穫​物​で​ある​オリーブ​の​畑​の​横​を​通り​ながら,この​小さな​村​の​歴史​を​考え​た​こと​でしょ​う。預言​者​ミカ​が​述べ​て​い​た​とおり,ベツレヘム​は,ユダ​の​諸​都市​の​一つ​と​し​て​数える​に​は​取る​に​足り​ない​村​です。しかし,1,000​年​以上​前​に​ボアズ,ナオミ,ダビデ​が​生ま​れ​た​場所​な​の​です。

10 到着​する​と,村​は​混み合っ​て​い​ます。すでに​多く​の​人​が​登録​の​ため​に​やっ​て​来​て​おり,二​人​は​泊まる​場所​を​見つける​こと​が​でき​ませ​ん。 * やむ​を​得​ず,家畜​小屋​で​夜​を​過ごし​ます。そう​し​た​状況​で,マリア​は​今​まで​経験​し​た​こと​の​ない​痛み​を​感じ,痛み​は​どんどん​強まり​ます。そんな​妻​を​見​て,ヨセフ​は​どんな​に​か​心配​し​た​こと​でしょ​う。より​に​よっ​て,こんな​所​で​陣痛​が​始まっ​た​の​です。

11. (イ)女性​に​は​マリア​の​気持ち​が​よく​分かる​と​言える​の​は​なぜ​です​か。(ロ)イエス​は​どんな​意味​で「初子」でし​た​か。

11 女性​に​は​マリア​の​気持ち​が​よく​分かる​か​も​しれ​ませ​ん。その​時​から​4,000​年​ほど​前​に​エホバ​が​予告​さ​れ​た​とおり,女性​は​受け継い​だ​罪​の​ゆえに​出産​の​際​に​苦痛​を​経験​する​よう​に​なっ​て​い​た​から​です。(創 3:16)マリア​も​その​苦痛​を​経験​し​た​に​違いあり​ませ​ん。ルカ​は,マリア​の​苦しむ​様子​を​描写​する​こと​なく,「彼女​は​男​の​子,初子​を​産(ん​だ)」と​だけ​述べ​て​い​ます。(ルカ 2:7)生ま​れ​た​の​は​マリア​に​とっ​て「初子」で,マリア​は​後​に​少なく​と​も​6​人​の​子ども​を​産み​ます。(マル 6:3)と​は​いえ,この​子​は​特別​です。マリア​の​初子​と​いう​だけ​で​なく,エホバ​ご自身​に​とっ​て「全​創造​物​の​初子」,神​の​独り子​だ​から​です。―コロ 1:15

12. マリア​は​赤ちゃん​を​どこ​に​横たえ​まし​た​か。実際​の​状況​と,キリスト​降誕​の​劇​や​絵画​や​飾り付け​と​で​は,どんな​違い​が​あり​ます​か。

12 ここ​で,次​の​有名​な​記述​が​登場​し​ます。「彼女​は​男​の​子……を​布​の​帯​で​くるん​で,飼い葉​おけ​の​中​に​横たえ​た」。(ルカ 2:7)世界​各地​の​キリスト​降誕​に​関する​劇​や​絵画​や​飾り付け​で​は,この​場面​が​美しく​描か​れ​て​い​ます。しかし,実際​は​どう​だっ​た​の​でしょ​う​か。飼い葉​おけ​と​は,家畜​に​えさ​を​与える​ため​の​箱​です。この​親子​は​家畜​小屋​に​泊まっ​て​い​ます。今​も​昔​も,空気​や​衛生​状態​が​良い​と​は​とても​言え​ない​場所​です。ほか​に​場所​が​あれ​ば,そんな​所​で​子ども​を​産み​ たい​と​は​だれ​も​思わ​ない​でしょ​う。親​で​あれ​ば,子ども​の​最善​を​願う​もの​です。マリア​と​ヨセフ​は​なお​の​こと​そう​です。その​子​は​神​の​子​だ​から​です。

13. (イ)マリア​と​ヨセフ​は​持っ​て​いる​物​を​使い,どの​よう​に​できる​限り​の​こと​を​し​まし​た​か。(ロ)今日​の​賢明​な​親​たち​は,マリア​と​ヨセフ​に​倣っ​て,どの​よう​に​優先​す​べき​事柄​を​見分ける​こと​が​でき​ます​か。

13 しかし​二​人​は,快適​と​は​言え​ない​状況​で​も​いらだっ​たり​は​し​ませ​ん。持っ​て​いる​物​を​使っ​て,できる​限り​の​こと​を​し​ます。例えば,マリア​は​自ら,赤ちゃん​を​布​の​帯​で​しっかり​と​包み,飼い葉​おけ​の​中​に​そっと​横たえ,その​子​が​温かく​安心​し​て​眠れる​よう​に​し​ます。置か​れ​た​状況​へ​の​不安​から​最善​を​尽くせ​なく​なる,と​いう​こと​は​あり​ませ​ん。マリア​も​ヨセフ​も,最も​重要​な​の​は​霊的​な​面​で​世話​を​する​こと​で​ある​と​分かっ​て​い​ます。申命記 6:6‐8を​読む。今日​の​賢明​な​親​たち​も,霊的​な​貧困​状態​に​ある​世​で​子ども​を​育てる​に​あたり,優先​す​べき​事柄​を​見分け​ます。

やっ​て​来​た​人​たち​に​励まさ​れる

14,15. (イ)羊飼い​たち​が​その​子ども​を​一目​見​たい​と​思っ​た​の​は​なぜ​です​か。(ロ)羊飼い​たち​は​家畜​小屋​で​イエス​を​見​た​後,何​を​し​まし​た​か。

14 突然,辺り​が​騒がしく​なり,羊飼い​たち​が​家畜​小屋​に​飛び込ん​で​き​ます。彼ら​は,この​親子,特に​その​子ども​を​一目​見​たい​と​思っ​て​い​ます。皆,喜び​に​顔​を​輝かせ,興奮​し​て​い​ます。丘​の​中腹​で​羊​と​一緒​に​い​た​の​です​が,そこ​から​急い​で​やっ​て​来​た​の​です。 * そして,びっくり​し​て​いる​マリア​と​ヨセフ​に,見聞き​し​た​ばかり​の​驚く​べき​事柄​を​話し​ます。羊飼い​たち​が​丘​の​中腹​で​羊​の​番​を​し​て​い​た​ところ,夜中​に​突然,ひとり​の​み使い​が​現われ​まし​た。辺り​一面​に​エホバ​の​栄光​が​きらめき,その​み使い​が,たっ​た​今​ベツレヘム​で​メシア​なる​キリスト​が​生ま​れ​た,と​言い​ます。そして,あなた方​は​その​子​が​布​の​帯​に​包ま​れ​て​飼い葉​おけ​の​中​に​横たわっ​て​いる​の​を​見つける​でしょ​う,と​告げ​ます。それ​から,さらに​壮大​な​光景​が​広がり​まし​た。大勢​の​み使い​たち​が​現われ​て,神​を​賛美​し​た​の​です。―ルカ 2:8‐14

15 この​謙遜​な​人​たち​が​ベツレヘム​に​駆けつけ​た​の​も​不思議​で​は​あり​ませ​ん。羊飼い​たち​は,み使い​が​述べ​た​とおり,生ま​れ​た​ばかり​の​赤ちゃん​が​横たわっ​て​いる​の​を​見​て,胸​を​躍らせ​た​こと​でしょ​う。この​良い​ニュース​を​他​の​人​に​話さ​ず​に​は​いら​れ​ませ​ん。「彼ら​は……語ら​れ​て​い​た​事柄​を​知らせ​た。すると,聞く​者​は​皆,羊飼い​たち​の​話す​事柄​に​驚嘆​し​た」と​記さ​れ​て​い​ます。(ルカ 2: 17,18)当時​の​宗教​指導​者​たち​は​羊飼い​を​見下し​て​い​た​よう​です。しかし​エホバ​は,この​謙遜​で​忠実​な​人​たち​を​高く​評価​し​て​おら​れ​まし​た。では,彼ら​が​来​た​こと​に​よっ​て,マリア​は​どんな​影響​を​受け​まし​た​か。

エホバ​は,この​謙遜​で​忠実​な​羊飼い​たち​を​高く​評価​し​て​おら​れ​た

16. マリア​は​物事​を​深く​考える​人​で​ある​こと​を​どの​よう​に​示し​まし​た​か。マリア​が​信仰​を​保て​た​の​は​なぜ​です​か。

16 マリア​は,出産​で​疲れきっ​て​いる​はず​です​が,話さ​れる​言葉​に​一心​に​耳​を​傾け​ます。それ​だけ​で​なく,「心​の​中​で​あれこれ​と​結論​を​下し​つつ,こう​し​て​語ら​れる​事柄​すべて​を​記憶​に​とどめ​て」ゆき​ます。(ルカ 2:19)この​若い​女性​は,物事​を​深く​考える​人​です。み使い​に​よる​この​知らせ​が​とても​大切​な​もの​で​ある​こと​を​知っ​て​い​ます。エホバ​神​は,生ま​れ​て​き​た​子​が​実際​に​は​だれ​で​ある​か,どれ​ほど​重要​な​人物​な​の​か​を,マリア​が​知っ​て​理解​する​こと​を​願っ​て​おら​れ​まし​た。それで,マリア​は​聴く​以上​の​こと​を​し​ます。聴い​た​言葉​を​心​の​中​に​収め,その​後​の​年月​に​何​度​も​思い巡らせる​よう​に​し​た​の​です。それゆえに,マリア​は​生涯​に​わたっ​て​信仰​を​示す​こと​が​でき​まし​た。―ヘブライ 11:1を​読む。

マリア​は,羊飼い​たち​の​話​に​注意深く​耳​を​傾け,聴い​た​言葉​を​心​の​中​に​収め​た

17. 霊的​真理​を​取り入れる​際,マリア​の​模範​に​どの​よう​に​倣え​ます​か。

17 あなた​は​マリア​の​模範​に​倣い​ます​か。エホバ​は,み言葉 聖書​に​大切​な​霊的​真理​を​満たし​て​おら​れ​ます。しかし,わたしたち​が​それ​に​注意​を​向け​ない​限り,真理​から​益​を​得る​こと​は​でき​ませ​ん。ですから,聖書​を​定期​的​に​読み​ましょ​う。文学​作品​と​し​て​で​は​なく,霊感​を​受け​た​神​の​言葉​と​し​て​読む​の​です。(テモ​二 3:16)そして,マリア​の​よう​に,語ら​れる​霊的​な​事柄​を​心​の​中​に​収め,「あれこれ​と​結論​を​下(す)」必要​が​あり​ます。聖書​を​読ん​で​その​内容​を​黙想​し,エホバ​の​助言​を​いっそう​十分​に​適用​する​方法​を​考える​なら,信仰​を​養っ​て​成長​さ​せる​こと​が​でき​ます。

語ら​れる​事柄​を​さらに​記憶​に​とどめる

18. (イ)イエス​が​生ま​れ​て​間​も​ない​時,マリア​と​ヨセフ​は​モーセ​の​律法​に​どの​よう​に​従い​まし​た​か。(ロ)神殿​で​ヨセフ​と​マリア​が​ささげ​た​物​から,二​人​の​経済​的​な​状況​に​つい​て​どんな​こと​が​分かり​ます​か。

18 マリア​と​ヨセフ​は,モーセ​の​律法​の​要求​に​従っ​て​生後​八​日​目​に​息子​に​割礼​を​施し,指示​さ​れ​た​とおり​に​その​子​を​イエス​と​名づけ​ます。(ルカ 1:31)その​後,40​日​目​に,ベツレヘム​から​約​10​㌔​離れ​た​エルサレム​の​神殿​に​息子​を​連れ​て​行き​ます。そして,浄め​の​捧げ物​と​し​て,律法​で​貧しい​人​の​ため​に​定め​られ​て​い​た​2​羽​の​やまばと,あるいは​2​羽​の​いえばと​を​ささげ​ます。二​人​は,経済​的​ に​余裕​の​ある​親​たち​の​よう​に​1​頭​の​雄羊​と​1​羽​の​やまばと​を​ささげる​こと​が​でき​ず,その​こと​に​引け目​を​感じ​た​か​も​しれ​ませ​ん​が,それでも​律法​に​従い​まし​た。いずれ​に​し​て​も,マリア​と​ヨセフ​は​この​神殿​で​力強い​励まし​を​受ける​こと​に​なり​ます。―ルカ 2:21‐24

19. (イ)マリア​は​シメオン​の​語る​どんな​事柄​を​心​の​中​に​収め​まし​た​か。(ロ)アンナ​は​イエス​を​見つけ​た​時,どう​し​まし​た​か。

19 シメオン​と​いう​名​の​老人​が​マリア​と​ヨセフ​に​近づき,話しかけ​ます。マリア​は​シメオン​の​語る​事柄​も​大切​に​心​の​中​に​収め​ます。この​老人​は,メシア​を​見る​まで​は​死な​ない,と​約束​さ​れ​て​い​まし​た。そして,エホバ​の​聖霊​に​より,この​幼い​イエス​が​予告​さ​れ​た​救い主​で​ある​こと​を​知らさ​れ​た​の​です。シメオン​は,マリア​が​いずれ​耐え忍ば​なけれ​ば​なら​ない​苦痛​に​つい​て​も​指摘​し,あなた​は​長い​剣​に​貫か​れる​よう​に​感じる​だろ​う,と​述べ​ます。(ルカ 2:25‐35)こう​し​た​言葉​は​苦難​を​予示​する​もの​でし​た​が,30​年​以上​後​に​その​つらい​出来事​が​生じ​た​時​に​は,マリア​が​忍耐​する​助け​に​なっ​た​こと​でしょ​う。シメオン​に​続い​て,アンナ​と​いう​女​預言​者​も​幼い​イエス​を​見つけ,エルサレム​の​救出​を​待ち望ん​で​いる​人​たち​に​イエス​に​つい​て​語り​はじめ​ます。―ルカ 2:36‐38を​読む。

エルサレム​に​ある​エホバ​の​神殿​で,マリア​と​ヨセフ​は​多く​の​励まし​を​得​た

20. イエス​を​神殿​へ​連れ​て​行っ​た​こと​が​良い​決定​だっ​た​と​言える​の​は​なぜ​です​か。

20 ヨセフ​と​マリア​が​赤ちゃん​を​エルサレム​の​エホバ​の​神殿​に​連れ​て​行く​こと​に​し​た​の​は,本当​に​良い​決定​でし​た。その​日​は​イエス​に​とっ​て,忠実​に​エホバ​ の​神殿​に​行く​と​いう​生涯​の​歩み​の​始まり​と​なっ​た​の​です。神殿​に​おい​て,二​人​は​自分​たち​に​できる​最善​の​犠牲​を​ささげ,教え​と​励まし​の​言葉​を​受け​まし​た。神殿​を​去る​時,マリア​の​信仰​は​いっそう​強まり,心​は​黙想​し​たり​他​の​人​に​語っ​たり​できる​霊的​な​事柄​で​満ち​て​い​た​に​違いあり​ませ​ん。

21. どう​すれ​ば​マリア​の​よう​に​信仰​を​強める​こと​が​でき​ます​か。

21 今日​の​親​たち​が​この​模範​に​倣っ​て​いる​の​は​素晴らしい​こと​です。エホバ​の​証人​の​親​たち​は,忠実​に​子ども​を​クリスチャン​の​集会​に​連れ​て​行き​ます。仲間​の​クリスチャン​に​励まし​の​言葉​を​かけ​たり​し​て,自分​たち​に​できる​こと​を​行なっ​て​い​ます。そして,集会​から​帰る​時​に​は,強め​られ,いっそう​幸福​に​なり,他​の​人​に​語る​こと​の​できる​良い​事柄​で​満たさ​れ​て​い​ます。そう​し​た​仲間​と​集い合える​の​は,本当​に​うれしい​こと​です。わたしたち​も​その​よう​に​する​なら,マリア​の​よう​に,自分​の​信仰​を​強める​こと​が​できる​でしょ​う。

^ 7節 この​記録​と​は​対照​的​に,これ​より​前​の​旅​に​つい​て​は,マリア​は​エリサベツ​に​会い​に​行っ​た​と​述べ​られ​て​い​ます。(ルカ 1:39)その​時,マリア​は​婚約​し​て​い​た​もの​の​結婚​は​し​て​い​なかっ​た​の​で,ヨセフ​に​相談​せ​ず​に​行動​し​た​の​か​も​しれ​ませ​ん。結婚​後​の​二​人​の​旅​に​つい​て​は,マリア​で​は​なく​ヨセフ​の​行動​と​し​て​述べ​られ​て​い​ます。

^ 10節 当時​は,旅人​や​隊商​に​住民​が​宿​を​提供​する​習慣​が​あり​まし​た。

^ 14節 この​時,羊飼い​たち​が​羊​の​群れ​と​一緒​に​戸外​に​住ん​で​い​た​こと​は,聖書​の​年代​計算​の​正しさ​を​裏づけ​て​い​ます。その​計算​に​よる​と,キリスト​が​誕生​し​た​の​は​12​月​で​は​なく​10​月​の​初め​です。12​月​で​あっ​た​なら,羊​の​群れ​は,所有​者​の​家​の​近く​の​屋根​が​ある​場所​に​入れ​られ​て​い​た​こと​でしょ​う。