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 第​23​章

主イエスから許すことの大切さを学んだ人

主イエスから許すことの大切さを学んだ人

1. ペテロ​の​人生​で​最悪​の​瞬間​は,いつ​の​こと​だっ​た​か​も​しれ​ませ​ん​か。

ペテロ​は,イエス​と​目​が​合っ​た​あの​瞬間​の​惨め​な​気持ち​を,決して​忘れ​ない​でしょ​う。イエス​の​まなざし​に,がっかり​し​た​よう​な,とがめる​よう​な​何​か​を​感じ​た​でしょ​う​か。確か​な​こと​は​分かり​ませ​ん。聖書​は,「主​は​振り向い​て​ペテロ​を​ご覧​に​なっ​た」と​述べ​て​いる​だけ​です。(ルカ 22:61)その​一瞥​で,ペテロ​は​犯し​た​過ち​の​重大​さ​を​悟り​ます。そんな​こと​は​決して​し​ない​と​断言​し​て​い​た​の​に,主​イエス​の​予告​どおり,愛する​主​を​否認​し​て​しまっ​た​の​です。ペテロ​に​とっ​て,どん底​と​も​言える​時​でし​た。人生​で​最悪​の​日​の​最悪​の​瞬間​だっ​た​か​も​しれ​ませ​ん。

2. ペテロ​は​どんな​教訓​を​学ぶ​必要​が​あり​まし​た​か。わたしたち​も,ペテロ​の​例​から​どんな​益​が​得​られ​ます​か。

2 しかし,取り返し​が​つか​ない​わけ​で​は​あり​ませ​ん。ペテロ​は​強い​信仰​を​持つ​人​だっ​た​の​で,失敗​から​立ち直り,イエス​から​非常​に​重要​な​教訓 ― 許す​こと​の​大切​さ ― を​学び​まし​た。わたしたち​も​皆,その​教訓​を​学ぶ​必要​が​あり​ます。ペテロ​が​つらい​経験​を​通し​て​それ​を​どの​よう​に​学ん​だ​か,見​て​ゆき​ましょ​う。

学ぶ​べき​こと​が​たくさん​あっ​た

3,4. (イ)ペテロ​は​イエス​に​どんな​質問​を​し​まし​た​か。そう​尋ね​た​ペテロ​は,どの​よう​に​思っ​て​い​た​か​も​しれ​ませ​ん​か。(ロ)イエス​は,ペテロ​が​当時​の​人々​の​態度​に​影響​さ​れ​て​いる​こと​を​どの​よう​に​示し​まし​た​か。

3 ペテロ​は​半年​ほど​前,郷里​カペルナウム​で​イエス​に​こう​尋ね​まし​た。「主​よ,兄弟​が​わたし​に​罪​を​おかす​とき,わたし​は​その​人​を​何​回​許す​べき​でしょ​う​か。七​回​まで​です​か」。ペテロ​は​自分​が​寛大​だ​と​思っ​て​い​た​の​でしょ​う。当時​の​宗教​指導​者​は,許す​の​は​3​回​まで​でよ​い​と​教え​て​い​た​の​です。ところ​が​イエス​は,「七​回​まで​で​は​なく,七十七​回​まで​です」と​答え​ます。―マタ 18:21,22

4 イエス​は​ペテロ​に,だれ​か​が​罪​を​犯す​たび​に​その​回数​を​記録​し​て​おく​よう​勧め​て​い​た​の​でしょ​う​か。そう​で​は​あり​ませ​ん。7​回​で​は​なく​77​回​許す​よう​に​と​述べる​こと​に​より,愛​は​許す​回数​に​限度​を​設け​ない,と​言っ​て​い​た​の​です。(コリ​一 13:4,5)イエス​は,当時​の​社会​で​一般​的​だっ​た,人​を​許そ​う​と​し​ない​狭量​な​ 態度​に​ペテロ​が​影響​さ​れ​て​いる​こと​を​示し​まし​た。あたかも​許す​回数​を​数え​て​帳簿​に​つける​か​の​よう​な​態度​です。一方,神​は​惜しみなく​寛大​に​許し​て​ください​ます。―ヨハネ​第​一 1:7‐9を​読む。

5. 人​を​許す​こと​の​大切​さ​が​身​に​しみ​て​分かる​の​は,どの​よう​な​時​か​も​しれ​ませ​ん​か。

5 ペテロ​は,イエス​の​言葉​に​異議​を​唱え​ませ​ん​でし​た。と​は​いえ,与え​られ​た​教訓​を​心​に​銘記​し​た​でしょ​う​か。人​を​許す​こと​の​大切​さ​が​身​に​しみ​て​分かる​の​は,自分​自身​が​切​に​許し​を​必要​と​する​時​か​も​しれ​ませ​ん。では,イエス​の​死​に​至る​まで​の​出来事​に​話​を​戻し​ましょ​う。その​苦難​の​時​に,ペテロ​は​主​イエス​の​許し​を​必要​と​する​事柄​を​幾つ​も​行なっ​て​しまい​ます。

許し​を​何​度​も​必要​と​し​た

6. イエス​が​使徒​たち​に​謙遜​さ​を​教え​よう​と​し​た​時,ペテロ​は​どう​反応​し​まし​た​か。それでも​イエス​は​ペテロ​に​どの​よう​に​接し​まし​た​か。

6 それ​は​重要​な​晩,つまり​イエス​が​地上​で​過ごし​た​最後​の​夜​の​こと​です。使徒​たち​に​教える​べき​事柄​は​まだ​たくさん​あり​ます。その​一つ​は​謙遜​さ​です。イエス​は​謙遜​な​態度​で​使徒​たち​の​足​を​洗い,手本​を​示し​ます。人​の​足​を​洗う​こと​は​普通,最も​立場​の​低い​僕​に​与え​られる​仕事​でし​た。イエス​が​ペテロ​の​足​を​洗お​う​と​する​と,ペテロ​は​最初,疑問​を​はさみ​ます。次​に,それ​を​拒み​ます。ところ​が​しまい​に​は,足​だけ​で​なく​手​も​頭​も​洗っ​て​ください,と​言い出し​ます。それでも​イエス​は​辛抱​を​失っ​たり​せ​ず,自分​の​し​て​いる​事柄​の​重要​性​と​意味​を​穏やか​に​説明​し​ます。―ヨハ 13:1‐17

7,8. (イ)ペテロ​は,イエス​の​辛抱​を​試す​よう​な​どんな​こと​を​し​まし​た​か。(ロ)イエス​は,優しさ​と​進ん​で​許す​気持ち​を​どの​よう​に​示し​まし​た​か。

7 その​後​すぐ,ペテロ​は​再び​イエス​の​辛抱​を​試す​よう​な​こと​を​し​て​しまい​ます。使徒​たち​は,自分​たち​の​うち​で​だれ​が​一番​偉い​か,口論​し​始め​ます。誇り​を​露骨​に​表わす​その​争い​に,ペテロ​も​加わっ​て​い​た​に​違いあり​ませ​ん。それでも​イエス​は,使徒​たち​を​優しく​正し,その​時​まで​の​立派​な​行動​を​褒める​こと​さえ​し​ます。彼ら​は​主​イエス​に​堅く​付き,忠実​さ​を​示し​て​き​た​の​です。しかし​イエス​は,使徒​たち​が​皆​イエス​を​見捨てる​こと​を​予告​し​ます。ペテロ​は,たとえ​死ぬ​こと​に​なっ​て​も​イエス​から​離れ​たり​は​し​ない,と​答え​ます。ところ​が​イエス​は,まさに​その​夜​に​おんどり​が​二​度​鳴く​前,ペテロ​が​三​度​イエス​を​否認​する,と​預言​し​ます。ペテロ​は​それ​を​きっぱり​否定​し​た​だけ​で​なく,他​の​使徒​たち​より​も​忠実​で​ある​こと​を​示す,と​豪語​し​ます。―マタ 26:31‐35。マル 14:27‐31。ルカ 22:24‐28。ヨハ 13:36‐38

8 イエス​は​ペテロ​に​対する​辛抱​を​失い​そう​に​なる​でしょ​う​か。いいえ,その​苦難​の​時​も​ずっ​と,不​完全​な​使徒​たち​の​持つ​良い​面​に​目​を​向け​て​い​まし​た。ペテロ​ に​否認​さ​れる​こと​は​分かっ​て​い​まし​た​が,こう​言い​まし​た。「わたし​は,あなた​の​信仰​が​尽き​ない​よう​に,あなた​の​ため​に​祈願​を​し​た​の​です。それ​で​あなた​は,ひとたび​立ち直っ​た​なら,あなた​の​兄弟​たち​を​強め​なさい」。(ルカ 22:32)こう​し​て​イエス​は,ペテロ​が​霊的​に​立ち直っ​て​再び​忠実​に​奉仕​する​と​いう​確信​を​表明​し​ます。優しさ​と​進ん​で​許す​気持ち​を​示し​た​の​です。

9,10. (イ)ペテロ​は​ゲッセマネ​の​園​に​おい​て,どんな​点​で​矯正​を​必要​と​し​まし​た​か。(ロ)ペテロ​の​例​から,どんな​こと​が​分かり​ます​か。

9 その​後,ゲッセマネ​の​園​で,ペテロ​は​一度ならず​矯正​を​必要​と​し​ます。イエス​は,ペテロ​と​ヤコブ​と​ヨハネ​に,自分​が​祈っ​て​いる​間​ずっ​と​見張っ​て​いる​よう​に​と​言い​ます。イエス​は​深く​苦悩​し,支え​を​必要​と​し​て​い​まし​た。それなのに​ペテロ​たち​は​何​度​も​眠り込ん​で​しまい​ます。イエス​は​思いやり​深く​も​彼ら​を​許し,「もとより,霊​は​はやっ​て​も,肉体​は​弱い​の​です」と​言い​ます。―マル 14:32‐41

10 やがて​暴徒​が​やっ​て​来​ます。たいまつ​を​掲げ,剣​や​こん棒​を​持っ​て​い​ます。まさに​用心深く​慎重​に​行動​す​べき​時​です。しかし,ペテロ​は​性急​に​行動​し,大​祭司​の​奴隷​マルコス​の​頭​めがけ​て​剣​を​振るい,片耳​を​切り落とし​て​しまい​ます。イエス​は,穏やか​に​ペテロ​を​正し,相手​の​傷​を​治し,非​暴力​の​原則​を​述べ​ます。その​原則​は​今​も​追随​者​たち​の​行動​の​指針​と​なっ​て​い​ます。(マタ 26:47‐55。ルカ 22:47‐51。ヨハ 18:10,11)ペテロ​は​すでに,主​イエス​の​許し​を​必要​と​する​事柄​を​幾つ​も​行なっ​て​い​まし​た。ペテロ​の​例​から​分かる​よう​に,わたしたち​は​みな​何​度​も​罪​を​犯す​もの​です。ヤコブ 3:2を​読む。神​の​許し​を​必要​と​し​ない​日​など,一日​たり​と​も​あり​ませ​ん。その​夜,すでに​多く​の​過ち​を​犯し​て​い​た​ペテロ​は,もっと​ひどい​過ち,つまり​最悪​の​過ち​を​犯す​こと​に​なり​ます。

最悪​の​過ち

11,12. (イ)ペテロ​は​イエス​が​捕縛​さ​れ​た​後,勇気​を​どの​よう​に​示し​まし​た​か。(ロ)この​時​の​ペテロ​に​は,自ら​公言​し​て​い​た​ほど​の​愛​が​見​られ​なかっ​た,と​言える​の​は​なぜ​です​か。

11 イエス​は​暴徒​に,わたし​を​捜し​て​いる​の​で​あれ​ば​弟子​たち​は​去ら​せる​よう​に,と​言い​ます。ペテロ​は,イエス​が​暴徒​に​捕縛​さ​れる​の​を,なす​すべ​も​なく​見守り​ます。その​後,ペテロ​も​仲間​の​使徒​たち​も​逃げ​て​行き​ます。

12 ペテロ​と​ヨハネ​は,途中​で​逃げる​の​を​やめ​ます。その​場所​は,イエス​が​尋問​の​ため​に​最初​に​連行​さ​れ​た,元​大​祭司​アンナス​の​家​の​近く​で​あっ​た​と​思わ​れ​ます。イエス​が​その​家​から​連れ​て​行か​れる​時,ペテロ​と​ヨハネ​は「かなり​離れ​て」でし​た​が,あと​に​付い​て​行き​ます。(マタ 26:58。ヨハ 18:12,13)ペテロ​は​臆病​者​など​で​は​あり​ませ​ん。付い​て​行く​に​は,それなり​の​勇気​が​必要​だっ​た​はず​です。暴徒​たち​は​武器​を​持っ​て​おり,ペテロ​は​その​一​人​を​負傷​さ​せ​て​い​まし​た。と​ は​いえ,自ら​公言​し​て​い​た​よう​な​忠節​な​愛,必要​と​あら​ば​主​の​そば​で​死ぬ​こと​も​いとわ​ない​気持ち​は​見​られ​ませ​ん。―マル 14:31

13. 正しく​キリスト​の​あと​に​従う​に​は,どう​する​必要​が​あり​ます​か。

13 今日,ある​人​たち​は​ペテロ​と​同様,だれ​に​も​気づか​れ​ない​よう​に「かなり​離れ​て」キリスト​の​あと​に​従お​う​と​し​ます。しかし,後​に​ペテロ​も​書い​て​いる​とおり,正しく​キリスト​の​あと​に​従う​に​は,キリスト​に​密着​する​か​の​よう​に,しっかり​付い​て​行か​なけれ​ば​なり​ませ​ん。結果​が​どう​なろ​う​と,すべて​の​こと​に​おい​て​キリスト​の​模範​に​倣う​の​です。―ペテロ​第​一 2:21を​読む。

14. イエス​の​裁判​が​行なわ​れ​て​い​た​夜,ペテロ​は​どう​し​て​い​まし​た​か。

14 ペテロ​は​用心​し​ながら,エルサレム​で​も​特に​立派​な​邸宅​の​門​の​所​に​まで​やっ​て​来​ます。裕福​で​権力​を​持つ​大​祭司​カヤファ​の​家​です。その​種​の​家​は​普通,中庭​を​囲む​造り​に​なっ​て​い​て,正面​に​は​門​が​あり​まし​た。ペテロ​は​門​の​所​に​来​た​もの​の,中​に​は​入れ​て​もらえ​ませ​ん。大​祭司​と​面識​の​ある​ヨハネ​は,すでに​中​に​入っ​て​い​て,戸口​番​に​頼ん​で​ペテロ​を​中​に​入れ​ます。ペテロ​は,ヨハネ​と​一緒​に​は​行動​し​なかっ​た​よう​です。また,イエス​の​そば​に​行こ​う​と​家​の​中​に​入る​こと​も​し​なかっ​た​よう​です。むしろ​中庭​に​とどまり​ます。そこ​で​は​奴隷​や​僕​たち​が,肌寒い​夜​の​間,明るい​火​の​前​で​暖​を​取っ​て​い​まし​た。家​の​中​で​は​裁判​が​続い​て​おり,イエス​に​不利​な​偽証​を​する​者​たち​が​出入り​する​の​を​ペテロ​は​見​て​い​た​こと​でしょ​う。―マル 14:54‐57。ヨハ 18:15,16,18

15,16. ペテロ​が​イエス​を​三​度​否認​する​と​いう​預言​は,どの​よう​に​成就​し​まし​た​か。

15 門​の​所​で​ペテロ​を​中​に​入れ​た​下女​は,火​の​明かり​で​ペテロ​を​よく​見る​こと​が​でき,弟子​の​一​人​で​ある​こと​に​気づき​ます。そして​とがめる​か​の​よう​に,「あなた​も,ガリラヤ​人​の​イエス​と​一緒​に​い​まし​た!」と​言い​ます。不意​を​突か​れ​た​ペテロ​は,イエス​を​知っ​て​いる​こと​を​否定​し​ます。あなた​の​言っ​て​いる​こと​が​理解​でき​ない,と​まで​言い​ます。注意​を​引く​まい​と​し​て​門舎​の​近く​に​行き​ます​が,別​の​下女​が​ペテロ​に​気づき,同じ​よう​に,「この​人​は​ナザレ​人​の​イエス​と​一緒​に​い​まし​た」と​言い​ます。ペテロ​は,「わたし​は​その​人​を​知ら​ない!」と​誓っ​て​言い​ます。(マタ 26:69‐72。マル 14:66‐68)おそらく​この​二​度​目​の​否認​の​あと​と​思わ​れ​ます​が,ペテロ​は​おんどり​の​鳴き声​を​聞き​ます。しかし,ひどく​動転​し​て​い​た​の​で,ほんの​数​時間​前​に​イエス​の​語っ​た​預言​を​思い起こし​ませ​ん。

16 しばらく​後​の​こと,ペテロ​は​依然,気づか​れ​まい​と​必死​で​い​ます。そこ​へ,中庭​に​立っ​て​い​た​人​たち​が​寄っ​て​来​ます。その​一​人​は,ペテロ​が​負傷​さ​せ​た​マルコス​と​いう​奴隷​の​親族​で,「わたし​は​あなた​が​園​で​彼​と​一緒​に​いる​の​を​見​た​で​は​ない​か」と​言い​ます。ペテロ​は​うろたえ,彼ら​が​考え違い​を​し​て​いる​と​思わ​せ​よう​と​し​ます。それで,その​こと​に​つい​て​誓い​ます。自分​が​うそ​を​つい​て​いる​の​ なら​のろわ​れ​て​も​いい,と​述べ​た​よう​です。イエス​を​否認​し​た​の​は,この​時​が​三​度​目​です。その​言葉​が​口​から​出る​と​すぐ,おんどり​が​鳴き​ます。その​夜​ペテロ​が​耳​に​し​た​二​度​目​の​鳴き声​です。―ヨハ 18:26,27。マル 14:71,72

「主​は​振り向い​て​ペテロ​を​ご覧​に​なっ​た」

17,18. (イ)イエス​を​否認​し​た​こと​に​気づい​た​時,ペテロ​は​どう​反応​し​まし​た​か。(ロ)ペテロ​は​どう​思っ​た​か​も​しれ​ませ​ん​か。

17 イエス​は​その​時,中庭​を​見下ろす​バルコニー​に​出​て​来​た​よう​です。その​瞬間,冒頭​で​述べ​た​よう​に,ペテロ​は​イエス​と​目​が​合っ​た​の​でしょ​う。ペテロ​は​はっ​と​し,主​イエス​を​否認​し​て​しまっ​た​こと​に​気づき​ます。罪​の​意識​に​打ちひしが​れ,中庭​から​外​の​通り​へ​出​て​行き​ます。沈みかけ​た​満月​が​ペテロ​の​足元​を​照らし​て​い​ます。涙​が​こみ​上げ,目​の​前​が​かす​ん​で​見え​ます。ペテロ​は​くずおれ​て,激しく​泣き​ます。―マル 14:72。ルカ 22:61,62

18 その​よう​な​大きな​過ち​を​犯す​と,ひどい​罪​を​犯し​た​自分​が​許さ​れる​はず​は​ない,と​思い​がち​です。ペテロ​も​そう​思っ​た​か​も​しれ​ませ​ん。では,ペテロ​は​どう​なり​まし​た​か。

ペテロ​は​許さ​れ​なかっ​た​の​か

19. ペテロ​は,犯し​た​過ち​に​つい​て​どう​感じ​て​い​た​に​違いあり​ませ​ん​か。ペテロ​が​絶望​し​なかっ​た​こと​は,どんな​点​から​分かり​ます​か。

19 夜​が​明け​て​事態​が​進展​する​に​つれ,ペテロ​の​心痛​は​いよいよ​深まっ​た​こと​でしょ​う。その​日​の​後刻,イエス​が​ひどい​苦痛​を​何​時間​も​耐え忍ん​で​亡くなっ​た​時,ペテロ​は​強い​自責​の​念​に​駆ら​れ​た​に​違いあり​ませ​ん。主​イエス​の​人間​と​し​て​の​生涯​の​最後​の​日​に,主​の​苦痛​を​自分​が​増し加え​て​しまっ​た​こと​を​思い,ぞっ​と​し​た​こと​でしょ​う。ペテロ​は​深い​悲しみ​に​沈ん​で​い​まし​た​が,絶望​し​ませ​ん​でし​た。程なく​し​て,霊的​兄弟​たち​と​の​交友​を​再び​持っ​て​い​た​の​です。(ルカ 24:33)使徒​たち​は​皆,あの​悲しい​夜​に​取っ​た​行動​を​悔やみ,慰め合っ​た​に​違いあり​ませ​ん。

20. 過ち​を​犯し​た​あと​の​ペテロ​の​行動​から,何​を​学べ​ます​か。

20 この​時​の​ペテロ​は,良い​判断​を​し​まし​た。神​の​僕​が​どれ​ほど​大きな​過ち​を​犯し​て​倒れ​た​と​し​て​も,重要​な​の​は,立ち上がっ​て​物事​を​正そ​う​と​する​強い​決意​を​抱く​こと​です。箴言 24:16を​読む。ペテロ​は,意気​消沈​し​て​い​て​も​兄弟​たち​と​集まり合う​こと​に​より,真​の​信仰​を​示し​まし​た。悲しみ​や​後悔​の​念​に​打ちひしが​れ​て​いる​時​に​は,独り​に​なり​たい​と​思う​もの​です​が,孤立​する​の​は​危険​です。(箴 18:1)賢明​な​の​は,信仰​の​仲間​の​そば​に​とどまり,霊的​な​強さ​を​取り戻す​こと​です。―ヘブ 10:24,25

21. ペテロ​は​霊的​兄弟​たち​と​一緒​に​い​た​ため,どんな​知らせ​を​聞き​まし​た​か。

 21 ペテロ​は,霊的​兄弟​たち​と​一緒​に​い​た​ため,イエス​の​遺体​が​墓​の​中​から​なくなっ​た​と​いう​衝撃​的​な​知らせ​を​聞き​まし​た。ペテロ​と​ヨハネ​は,イエス​が​葬ら​れ​入口​が​封じ​られ​て​い​た​墓​に​向かっ​て​走り​ます。ペテロ​より​若かっ​た​と​思わ​れる​ヨハネ​が​先​に​到着​し​ます。ヨハネ​は,墓​の​入口​が​開い​て​いる​の​を​見​て,入る​の​を​躊躇​し​ます。しかし,ペテロ​は​ためらい​ませ​ん。息​を​切らし​ながら​も,すぐさま​中​に​入り​ます。墓​は​確か​に​空​だっ​た​の​です。―ヨハ 20:3‐9

22. ペテロ​の​心​に​あっ​た​悲しみ​や​疑い​が​消え去っ​た​の​は​なぜ​です​か。

22 ペテロ​は​イエス​が​復活​さ​せ​られ​た​こと​を​信じ​た​でしょ​う​か。最初​は​信じ​ませ​ん。忠実​な​女性​たち​に​み使い​たち​が​現われ,イエス​が​よみがえらさ​れ​た​こと​を​知らせ​ます。その​こと​を​聞い​て​も​信じ​ませ​ん​でし​た。(ルカ 23:55–24:11)しかし,その​日​の​うち​に,ペテロ​の​心​に​あっ​た​悲しみ​や​疑い​は​すべて​消え去り​ます。イエス​は​生き​て​おり,強力​な​霊者​と​なっ​て​いる​の​です。イエス​は​使徒​たち​全員​の​前​に​現われ​ます。しかし​その​前​に,ある​事柄​を​行ない​ます。使徒​たち​は​その​日,「主​は​ほんとう​に​よみがえらさ​れ​て,シモン​に​現われ​た​の​だ!」と​述べ​て​い​ます。(ルカ 24:34)後​に​使徒​パウロ​も,その​劇的​な​日​に​つい​て,イエス​が「ケファ​に​現われ,次い​で​十二​人​に​現われ​た」と​書い​て​い​ます。(コリ​一 15:5)ケファ​と​シモン​は,ペテロ​の​別名​です。その​日,ペテロ​が​独り​で​い​た​時​と​思わ​れ​ます​が,イエス​は​ペテロ​に​現われ​た​の​です。

ペテロ​は​主​イエス​の​許し​を​必要​と​する​事柄​を​幾つ​も​行なっ​た。わたしたち​も,神​の​許し​を​必要​と​し​ない​日​など​一日​たり​と​も​ない

23. 罪​を​犯し​て​しまっ​た​クリスチャン​が​ペテロ​の​例​を​思い出す​必要​が​ある​の​は​なぜ​です​か。

23 その​感動​的​な​再会​の​詳細​は,聖書​に​記さ​れ​て​い​ませ​ん。ペテロ​は,生き返っ​た​愛する​主​の​姿​を​見​て,どれ​ほど​うれしく​思っ​た​こと​でしょ​う。きっと​悲しみ​や​後悔​の​念​を​伝える​こと​が​でき,安堵​し​た​に​違いあり​ませ​ん。ペテロ​は​何​より​も​許し​を​得​たい​と​思っ​て​い​まし​た。イエス​は​惜しみなく​許し​た​こと​でしょ​う。罪​を​犯し​て​しまっ​た​クリスチャン​は,ペテロ​の​例​を​思い出す​必要​が​あり​ます。神​に​許し​て​いただく​の​は​無理​だ,と​思わ​ない​よう​に​し​ましょ​う。イエス​は​父​で​ある​神​に​完璧​に​倣っ​て​おり,神​は「豊か​に​許し​て​くださる」方​な​の​です。―イザ 55:7

許さ​れ​た​こと​の​さらなる​証拠

24,25. (イ)ガリラヤ​の​海​で​ペテロ​が​漁​を​し​た​夜​の​こと​を​説明​し​て​ください。(ロ)翌朝,ペテロ​は​イエス​の​奇跡​を​見​て​どう​し​まし​た​か。

24 使徒​たち​は,ガリラヤ​へ​行く​よう​イエス​から​指示​さ​れ​て​い​まし​た。その​地​で​再び​イエス​に​会う​こと​に​なっ​て​い​た​の​です。そこ​に​着い​た​後,ペテロ​は​ガリラヤ​の​海​へ​漁​に​出る​こと​に​し,他​の​幾​人​か​も​一緒​に​行き​ます。ペテロ​は,かつて​この​湖​で​かなり​の​時​を​過ごし​て​い​まし​た。その​湖​に​再び​漕ぎ出し​ます。舟​の​きしむ​音,打ち寄せる​波​の​音,網​の​ごわごわ​し​た​感触​など,すべて​が​なじみ深く,心地よく​ 思え​た​に​違いあり​ませ​ん。しかし,その​夜​は​魚​が​一​匹​も​捕れ​ませ​ん​でし​た。―マタ 26:32。ヨハ 21:1‐3

ペテロ​は​舟​から​水​に​飛び込ん​で​岸​まで​泳い​だ

25 ところ​が​明け方​の​こと,岸​に​いる​人​から​呼びかけ​られ,舟​の​反対​側​に​網​を​投じる​よう​勧め​られ​ます。その​とおり​に​する​と​大漁​に​なり,153​匹​も​の​魚​が​入り​ます。ペテロ​は​その​人​が​だれ​な​の​か​分かる​と,舟​から​水​に​飛び込ん​で​岸​まで​泳ぎ​ます。浜辺​で​イエス​は,魚​を​炭火​で​焼い​て​忠実​な​友​たち​に​食事​を​させ​ます。その​後,ペテロ​に​注意​を​向け​ます。―ヨハ 21:4‐14

26,27. (イ)イエス​は​ペテロ​に​どんな​機会​を​三​度​与え​まし​た​か。(ロ)イエス​は,ペテロ​を​完全​に​許し​た​こと​を​どの​よう​に​示し​まし​た​か。

 26 イエス​は​ペテロ​に,「これら​以上​に」わたし​を​愛し​て​い​ます​か,と​尋ね​ます。「これら」と​は​大量​の​魚​の​こと​だっ​た​よう​です。ペテロ​の​心​の​中​で​は,漁業​へ​の​愛​が​イエス​へ​の​愛​と​張り合う​こと​に​なる​でしょ​う​か。ペテロ​は​イエス​を​三​度​否認​し​まし​た。その​ペテロ​に​イエス​は,仲間​たち​の​前​で​イエス​へ​の​愛​を​言い表わす​機会​を​三​度​与え​ます。ペテロ​が​そう​する​と,イエス​は​その​愛​を​どの​よう​に​示す​べき​か​を​教え​ます。神聖​な​奉仕​を​何​より​も​優先​し,キリスト​の​羊​の​群れ​つまり​忠実​な​追随​者​たち​を​養い,強め,牧する​こと​に​よっ​て​示す​の​です。―ヨハ 21:15‐17。ルカ 22:32

27 こう​し​て​イエス​は,自分​と​み父​に​とっ​て​ペテロ​が​今​も​有用​な​存在​で​ある​こと​を​明らか​に​し​まし​た。ペテロ​は​キリスト​の​指導​の​もと​に​ある​会衆​で​大切​な​役割​を​果たす​の​です。イエス​が​ペテロ​を​完全​に​許し​た​こと​の​紛れ​も​ない​証拠​です。ペテロ​は​その​憐れみ​に​感動​し,それ​を​心​に​深く​刻ん​だ​に​違いあり​ませ​ん。

28. ペテロ​は​どの​よう​に,自分​の​名​に​ふさわしく​生きる​よう​に​なり​まし​た​か。

28 ペテロ​は,与え​られ​た​務め​を​長年​に​わたり​忠実​に​果たし​まし​た。イエス​が​死​の​前夜​に​命じ​た​とおり,兄弟​たち​を​強め​まし​た。キリスト​の​追随​者​たち​を​牧し,養う​こと​を,優しく​辛抱強く​行ない​まし​た。シモン​と​呼ば​れ​た​この​人​は,イエス​から​与え​られ​た​ペテロ​すなわち​岩​と​いう​名​に​ふさわしく​生きる​よう​に​なり​まし​た。会衆​内​で​良い​感化​を​与える,安定​し​た,強い,頼もしい​存在​と​なっ​た​の​です。その​こと​は,ペテロ​の​記し​た​2​通​の​温か​な​手紙​から​うかがえ​ます。聖書​の​貴重​な​書​と​なっ​た​それら​の​手紙​は,ペテロ​が​イエス​から​学ん​だ,許す​こと​の​大切​さ​を​決して​忘れ​なかっ​た​こと​も​示し​て​い​ます。―ペテロ​第​一 3:8,9; 4:8を​読む。

29. どう​すれ​ば​ペテロ​の​信仰​と​イエス​の​憐れみ​に​倣え​ます​か。

29 わたしたち​も,許す​こと​に​つい​て​の​教訓​を​学び​たい​もの​です。自分​が​犯し​て​しまう​多く​の​過ち​に​つい​て,日々,神​の​許し​を​求め​て​いる​でしょ​う​か。許し​を​求め​た​なら,神​の​許し​を​受け入れ,その​許し​に​よっ​て​自分​が​清め​られる​こと​を​信じ​て​い​ます​か。自分​自身​も​他​の​人​たち​を​許し​ます​か。その​よう​に​すれ​ば,ペテロ​の​信仰​に,また​主​イエス​の​憐れみ​に​倣っ​て​いる​こと​に​なる​の​です。